竜奇譚~空に舞い、地に祈り~

鈴懸

第1話 序章 始まりの時

 



「このにおい。知っている。

 かいいだことがある。


 いつだ?どこで?何年、いや、何千年も前だ!

 何が起こっている?どこに居る?」



 古い大きな石城の中、長年、王として君臨してきた天昇てんしょうが走る。

 世界を大きく四分割している大陸の一つ。

 人と人外と魔性、ケモノや多種多様な生き物が混在する世界。

 力のあるものが支配する弱肉強食の世界。


 その中にあって天昇てんしょうはずば抜けた力を持った魔性で、

 この地を何万年と支配してきた。


 上級魔性の天昇てんしょうは見た目は二十代半ばぐらいの青年で、

 美しい顔立ちにすらりとした体躯からだをしていた。


 においをたどって王宮の奥深くへ進む。

 薄暗い廊下の向こうに長いマントをかぶった塊を見つけた。



「貴様、誰だ⁉」


 天昇てんしょうが叫ぶ。


 黒い塊がゆっくりと動き、天昇てんしょうのほうへ向き直る。


「…ほう。珍しい生き物がいる。まだ生きていたのか?天昇てんしょう


 こちらを見る薄紫の瞳がキラリと光る。

 ゆっくりとフードを下すと漆黒の長い髪が揺れ、美しい整った顔が現れた。


「⁉ シオン!翼の一族の…どうしてお前がここに居るんだ⁉」


 天昇てんしょうが驚きの声をあげる。



「久々に会うたのだ。もう少し歓迎してもよかろう?」


 シオンと呼ばれたものがニヤリと笑う。



「誰が歓迎するか!お前の存在自体がろくでもないだろうが!」


 天昇てんしょうが声を荒げる。



「言い方…相変わらずだな、天昇てんしょう

 何万年生きてきても成長せんな。まあ、よい。

 お前にちょっと預かってもらいたいものがあってな」


 シオンの手元が動く。

 そのてのひらから小さな淡い光を放つ玉が三つ、フワリと浮き上がる。

 それぞれが翡翠ひすい琥珀こはく紫水晶むらさきすいしょうの色に輝いていた。


「シオン、何だそれ?まさか…竜じゃないか!

 しかも放つ色は違うが三つともコハクだ!

 コハクはさきの大戦で滅んだはずじゃないのか⁉」


 天昇てんしょうから驚きの声があがる。


「実は生き残った姫がいてね。私が姫から頼まれて作ったのだ」


 シオンから不敵な笑みがこぼれた。


「作った?そもそも生き残ったといって、いったい何千年前のことを言っている⁉

 竜にそんな寿命はない!」


 天昇てんしょうから怒りの混じった言葉が出る。


「私が少しずつ命を分け与えてね。でも、とうとう終わりが見えた。

 だから、姫から懇願されてね。血を残すことにしたんだよ」


 シオンが遠くを見るように言葉を紡ぐ。


天昇てんしょう。この子たちは純粋なコハクの飛竜だが、

 私が少し仕掛しかけをしたからね。

 寿命も長いし力も強い。

 今、世界はまた雑然としつつある。

 お前が大切に守ってきたこの大陸も決して穏やかとは言えなくなるだろう。

 この子たちは役に立つよ?この大陸のために、

 この子たちを育ててみないかい?」

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