第4話 柊雷(しゅうらい)と美怜(みれい)



 久実くみ柊雷しゅうらい同化どうかしてから二年、

 柊雷しゅうらいは軍のトップをまかかされ、

 大陸中を移動する日々を送っていた。


 もちろん、たて側仕そばづかえの四人も一緒だ。


 大陸の治安の維持と地方のもめごとの仲裁、

 他大陸からの侵略の防衛など、

 その内容は多岐にわたっていた。


 そんな柊雷しゅうらいのもとに嬉しい知らせが飛び込んできた。

 桂雷けいらいが双子を出産したという知らせだった。




「やった!けいが無事に子供を産んだぞ。

 双子の男の子と女の子だそうだ!」




 柊雷しゅうらい小躍こおどりして喜びを爆発させる。

 もちろん、桂雷けいらいとは共鳴きょうめいしており経過は感じていたが、

 実際の知らせはとても嬉しいのもだった。


 側仕そばづかえの四人も一同に祝福した。



柊雷しゅうらい様、帰還きかんが楽しみですね」


 美怜みれいが言う。


桂雷けいらい様と叶偉かい様のお子様だから

 きっととても可愛いのでしょうね?」


 黄玉こうぎょくが続く。


「じゃ、柊雷しゅうらい様、オジサンですか?」


 紅玉こうぎょくがいつもの口調で言ってくる。


「こら!紅玉こうぎょく!」


 青玉せいぎょくが慌ててたしなめる。


「今はチョー機嫌がいいから許してやるぞ、紅玉こうぎょく


 柊雷しゅうらいがいたずらっぽく言い返す。


けいの望みがかなった。あいつには幸せになってもらいたいからな。

 あのけい叶偉かいに関しては幼子おさなごのようになってしまう」


 柊雷しゅうらいは少し苦笑した。


「それほど叶偉かい様を大切に思っておられるのでしょう」


 美怜みれい桂雷けいらいおもいをんで言葉にする。


帰還きがんは一週間後だ。残りの仕事を片付けるぞ」


 柊雷しゅうらいは告げた。


御意ぎょい!」


 四人がひざまずいた。

 




 城に帰還きかん天昇てんしょうへの報告もそこそこに

 柊雷しゅうらい桂雷けいらいのもとに急いだ。



けい!」


 勢いよく部屋に飛び込む。

 中央の広間の奥の桂雷けいらい叶偉かいの寝室に、

 桂雷けいらいたちと双子の子供たちが待っていた。



けい叶偉かい。おめでとう!」


 柊雷しゅうらい桂雷けいらいを抱きしめる。


しゅう、お帰りなさい。そして、ありがとう」


 桂雷けいらい微笑ほほえむ。


叶偉かいも父親か。すごいな」


 柊雷しゅうらい叶偉かいに笑顔を向ける。


「ありがとう。本当にオレが父親だなんて不思議だよ。

 家族のいなかったオレに家族をくれたけいには心から感謝している」


 叶偉かい桂雷けいらいと子供たちを見ながら嬉しそうに答えた。

 温かい光があふれた。


「で、チビたちは二人ともコハクか?」


 柊雷しゅうらいが子供たちをのぞむ。


「女の子は琥珀こはくなんだけどね。

 男の子、水晶すいしょうなの。淡い紫の、私の色なんだけど…」


 桂雷けいらいがチラリと茗雷めいらいを見る。


水晶すいしょう?て、霜家そうけだったけ?

 えっ?あそこって、シャーマン…浄化じょうかか…」


 柊雷しゅうらいが血の記憶をたどりながら話す。


「うん。天昇てんしょうは先祖返りかもって」


 桂雷けいらいが言った。


「でも、叶偉かいの血は引いているけど二人とも竜だし力もあるの。

 天昇てんしょうが喜んでた」


 桂雷けいらいがニコリと笑う。


「そうなんだ」


 柊雷しゅうらいはへえ、と感嘆かんたんする。


「オレは竜でも人型ひとがたでも、力があっても無くても、

 この子たちが幸せになってくれればいいけどね」


 叶偉かいが苦笑いしている。


「名前は?」


 柊雷しゅうらいが尋ねる。


叶偉かいの字を一つもらって、男の子が藍偉雷あいらい

 女の子が朱偉雷しゅいらい。この子たち、色がとてもキレイなの」


 桂雷けいらいが嬉しそうに説明する。


「そうか、いい名前だな」


 柊雷しゅうらいは満面の笑顔で笑った。





 以来、柊雷しゅうらいは時間を作っては遠征先から戻ってきた。

 現場は青玉せいぎょくたちにまかせていた。

 美怜みれいだけは柊雷しゅうらい一人で行動させたくないとついてきた。    

 そして、いつも部屋の外で待機していた。



 いつものように美怜みれいは一人、柊雷しゅうらいを待っていた。

 そこに桂雷けいらいが声をかけてきた。



「いつもご苦労様だこと。お前、人間でしょ?

 大変なんじゃないの?」


桂雷けいらい様。私の役目は柊雷しゅうらい様のたてです。

 おそばつかえるのは当たり前です。

 大変なこどなどありませんよ」


 美怜みれいがにこやかに答える。


「お前も風威ふうい久実くみと同じなの?」


 桂雷けいらいの言葉に美怜みれいはドキッとして

 桂雷けいらいを見返してしまった。


桂雷けいらい様、何を…」


「お前、同じにおいがする。

 しゅうのためだけに命をかけようとする、

 危険なにおいがする。

 しゅうは竜だよ?かっている?」


 桂雷けいらい美怜みれいにらむように言った。


桂雷けいらい様。叶偉かい様も人間ですよね?

 叶偉かい様はどうして桂雷けいらい様の伴侶はんりょとなられたのですか?」


 美怜みれいは思わず口に出した後に、しまったと思った。


「私が選んだの、叶偉かいを。すべてを私のものにすると。

 叶偉かいはそれに答えてくれたわ。

 人間が竜と共に生きることは簡単なことではないわ。

 覚悟がいるわよ?」


 桂雷けいらい美怜みれいためすかのように話をしてきた。



 美怜みれいは何も答えられなかった。

 覚悟とは?そんなの柊雷しゅうらい様のたてとなり、

 お守りすることではないのか?

 それ以外、どうしろと言うのだ。


 桂雷けいらい様は何を言いたかったのか。

 美怜みれいは困惑していた。




  長い遠征から戻って柊雷しゅうらいたちの部隊は一ヶ月ほどの休暇に入った。            それぞれ思い思いにさとに帰って行った。

 青玉せいぎょくたちも同じさとの出で、一緒に旅立って行った。

 美怜みれいだけは一人城に残った。



美怜みれい、お前はさとに帰らないのか?」


 美怜みれいの姿を見つけて柊雷しゅうらいが声をかけてきた。


柊雷しゅうらい様。私に帰るさとはありません。

 天涯孤独の身ですから。このまま城に残ります」


 美怜みれいが答える。


「ふ~ん、そうか。じゃ、俺に付き合え。着替えてこい」


 柊雷しゅうらい美怜みれいに命令する。


「えっ?どちらに?」


「いいから、ほら、早く。俺も準備してくるから」


 聞いてくる美怜みれいに対し柊雷しゅうらいは王宮に戻ってしまった。




 出かける準備をして美怜みれいが戻ってきた。


柊雷しゅうらい様、どちらに?」


 美怜みれいが聞いても柊雷しゅうらいはそれに答えず、

「いいから、飛ぶぞ」と美怜みれいの腕をつかむと

 飛竜の姿となり大空に舞い上がった。


 美怜みれいは驚いた。

 まともに柊雷しゅうらいの飛竜の姿を見たことがなかったし、

 飛んだことも初めてだった。


 だが、それ以上に柊雷しゅうらいの飛竜の姿のなんと美しいことか。

 こんな美しい生き物がいたのかと感嘆かんたんしてしまった。




 しばらく飛んだ後、小高い丘の上に建つ小屋にたどり着いた。

 周囲は草原で後方に針葉樹の森が広がっていた。

 遠くに城が見える。



「こちらは?天昇てんしょう様の直轄地ちょっかつちですか?」


 美怜みれいが尋ねる。


「ああ。天昇てんしょうが時々、暇つぶしに使っている小屋だ。

 のんびりするには丁度ちょうどいい。

 ほら、メシ食うぞ。タキに作ってもらった」


 柊雷しゅうらいは荷物を広げてタキの手作りの料理を並べた。



 美怜みれいは嬉しかった。

 きっと柊雷しゅうらいが一人城に残った美怜みれいを気の毒に思い

 誘い出してくれたに違いないと思った。


 こうして柊雷しゅうらいと二人、食事をすることが出来る。

 二人だけで何気なにげない会話が出来る。

 たったそれだけの事が嬉しくてたまらなかった。

 そして、柊雷しゅうらいも機嫌が良かった。


 食事がほぼ終わるころ、柊雷しゅうらい美怜みれいに聞いてきた。


美怜みれい。お前、俺に何か言いたいことあるだろ?今なら聞いてやれるぞ」


「えっ⁉いえ、そんな何もありませんよ?」


 突然のことに美怜みれいは驚いた。


「じゃ、何でいつも俺を見ている?ずっと、見ているだろ?」


 柊雷しゅうらい美怜みれいの目をのぞむ。


「…それは…」


 美怜みれいは思わず柊雷しゅうらいから目をらしてしまった。


美怜みれい。言わないと伝わらないこともあるぞ?

 俺はお前の本心が知りたい。お前の口からお前の言葉で聞きたい」


 柊雷しゅうらいが静かに語りかける。


柊雷しゅうらい様は…イジワルですね。何もかもお見通しのくせに。

 私に言わせようとする。そんなの決まって…

 私は…柊雷しゅうらい様をおしたいしています。

 あなたのすべてを愛しています」


 美怜みれいはうつむき加減に一つ一つ言葉を選びながら自分の気持ちを吐露とろした。


美怜みれい、よく言った」


 柊雷しゅうらいが嬉しそうに美怜みれいを抱きしめた。


 美怜みれいの瞳から一筋の涙がこぼれた。

 柊雷しゅうらいはその涙を唇ですくった。


 美怜みれいの体がフルっとふるえた。





 小屋のベッドの上、柊雷しゅうらい美怜みれいの首筋に

 顔をめている。

 そして顔や胸に口付けていく。


 美怜みれいはどうしていいのか分からず手がくうつかむ。


美怜みれい。俺にしがみついていろ。くしてやるから」


 柊雷しゅうらい美怜みれいを生まれた姿にしていく。


柊雷しゅうらい様、柊雷しゅうらい様…」


 美怜みれいは名前を呼ぶことしかできなかった。


 しかし、声につやが生まれる。

 吐息といきれてくる。

 柊雷しゅうらい美怜みれいの変化を確かめるように楽しんだ。




 以前から美怜みれいが自分に好意を寄せていることは知っていた。

 竜は人の感情や変化に敏感だ。


 久実くみった後の美怜みれいの変化に早々に気が付いていた。             気が付いていて気が付かない振りをしていた。


 柊雷しゅうらい自身、久実くみのことで傷ついていた。

 もう傷つきたくないと思っていた。

 だからえて今まで通りの接し方しかしなかった。



 しかし、あれから数年、美怜みれいの気持ちに変化はなかった。

 変わらず自分を見てくれていた。

 柊雷しゅうらい美怜みれい一途いちずさに

 心が痛むことがあった。


 しかも、自分のたてとなり真っ先にその命を差し出そうとする。

 美怜みれいは必ず柊雷しゅうらいの左前に立ち、

 食事の時など柊雷しゅうらいから見て左側向かいに座り

 柊雷しゅうらいを守った。


 これ以上、気付かない振りは出来なかった。

 だが、その選択肢せんたくしは本人に与えたかった。

 美怜みれい自身で選んで欲しかった。


 だから、今回、いい機会だと思って柊雷しゅうらい

 美怜みれいを連れ出したのだ。




美怜みれい。ずっと俺のことをおもっていてくれてありがとう。

 すぐにお前の気持ちに答えてやることが出来なくてすまなかった」


 柊雷しゅうらい美怜みれいびる。



「いいえ、柊雷しゅうらい様。私が勝手にあなたをおもっていただけです。

 私は人間なのに竜に恋をしてしまった。

 風威ふうい久実くみのように私もあなたにとらわれてしまった。

 あなたは何も悪くない。

 あなたに恋をした私が悪いのです」


 美怜みれいささやくように思いを告白する。


美怜みれい。俺のそばにいろ。

 この身もその心も俺に渡せ。俺のものになれ。

 俺はお前と共に生きたい」


 柊雷しゅうらい美怜みれいの瞳を見ながら思いを伝えた。


 美怜みれいの瞳から涙があふれた。


「私のこの身もこの心も柊雷しゅうらい様、あなたのものです。

 どうか私をずっと柊雷しゅうらい様のおそばにおいてください」


 美怜みれいが答える。



 柊雷しゅうらい美怜みれいいだ

 二人はつながった。


 お互いの気持ちを確かめるように、強く深く一つになり、

 そのおもいは溶けた。


 美怜みれいの歓喜の声が柊雷しゅうらいの耳に心地よく響いた。



 柊雷しゅうらいは再び大切なものを手に入れた。



fin


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