藤嶌古書店4


「以上が、先日以降私の元に集まった『イワナベミズコ』に関する怪談や目撃情報になります」

「………」

「……どうかな?」

「………」


 藤嶌古書店。


 店内に一つしかない、窓際のテーブル席。


 先日と同様、テーブルを挟んで私の対面に座るのは、銀髪ダウナーなサボり大学生のユーレイ君である。


 ユーレイ君は、マスターの淹れたコーヒーを一口啜る。


「……何で俺に聞くの?」

「いや、出来ればお知恵を拝借したいと」


 溜息を吐くユーレイ君。


 テーブルの上には私の持参した『イワナベミズコ』に関する資料。


 それと、お土産に買ってきた某有名店のラムどら焼きが置かれている。


 コーヒーに合うと思っての精選だ。


「あ、どうぞどうぞ、食べて下さい」

「……結局、北上してるっていう仮説は間違ってたってことでしょ」


 資料の一つ――日本地図に、各怪談・目撃情報の発生時期を記したものを見ながら、ユーレイ君が言う。


 彼の言うとおり、『イワナベミズコ』が日本列島を南から北上しているという説は、高知と大阪より寄せられた怪談によって否定されてしまった。


「そうなんだよねぇ」


 ハァ……と、私は深く嘆息を漏らす。


「凄い発見をしたと思ったのに、所詮底辺ライターの勘だったなぁ」


 まぁ、沖縄の妖怪、キジムナーから着想を得ただけと言えば、それだけだったのだが。


「……というか、そもそもまだ情報が少なすぎるでしょ」


 そこで、落ち込む私に、ユーレイ君は言う。


「それに、日本中で目撃例が上がってるって事は、発生源を探る手段はある」

「というと?」

「“カギュウコウ”」


 ペラペラと資料を捲りながら、ユーレイ君は言った。


「……カギュウコウ?」

「方言周園論って知ってる?」

「聞いたことがあるような……ええと、確か、柳田國男?」

「うん。方言周園論は、柳田國男が自著『蝸牛考』で命名したもので、近畿地方では蝸牛かたつむりを「デデムシ」って呼ぶのに対し、同じくらい距離の離れている東北や九州地方では「ツブリ」と呼ぶ。つまり、言葉は当時文化の中心だった京都から同心円状に伝わっていくって考えた説」


 トン――と、ユーレイ君は日本地図の上に指を置いた。


「『イワナベミズコ』だって、ある場所を基点に波紋状に広がっていると考えられる」


 ハッとして、私はマーキングした日本地図を見る。


「そっか。日本のどこかから『イワナベミズコ』が発生してるなら、そこを中心に波紋状に広がって行ってる可能性が高い」


 現状、最も年代が新しいのは北海道(2019年・釧路)や東北(2016年・秋田)、四国(2018年・土佐)や関西(2018年・岸和田)。


 他の情報も絡めて推測すると……。


「関東圏の方が震源地の可能性がある」

「あくまでも、今はね」


 ユーレイ君は、日本地図上に記された丸点を一つ一つ指でなぞる。


「現在集まった怪談と目撃情報は、全てで九件。これじゃあ、情報量としては乏しいでしょ」

「でも、もっと情報が集まれば、震源地を更に絞り込めるかもしれない。そうすれば、真相に辿り着き、『イワナベミズコ』の正体がわかる……」

「そう」


 そこで、ユーレイ君は資料を捲り、次のページを開く。


「“こいつら”が何なのか、そして、何が目的なのか」

「……目的」


 そのページに記されているのは、『イワナベミズコ』の怪談に登場する、二種類の怪異の事だ。


「“真っ赤な人”、“カタツムリ”……か」


 ユーレイ君が、便宜上名付けられたその名を呟く。


「この二体……いや、二種類。寄せられた怪談を読み解くと、“真っ赤な人”は人に影響を与え、“カタツムリ”は場所に影響を与えているように思えるんだよね」


 私は、自分なりの分析をユーレイ君に話す。


 振り返ると、人を襲っている(?)のは、“真っ赤な人”と思われる方。


“カタツムリ”は、イワナベミズコという名称が書かれた何かを場所に埋め込もうとしたり、また、場所そのものに書いたりと、人を相手にしていないようにも見える。


 ……いや、唯一『人形屋敷』の目撃情報は違うか。


「この怪異達の目的は何なんだろう……」

「“真っ赤な人”は、人に『イワナベミズコ』と唱えて回ってるように考えられるね、情報だけ読み解くと」


“真っ赤な人”は、何をしている?


 呪っている?


 殺している?


“真っ赤な人”に『イワナベミズコ』と語り掛けられた人達は、行方不明になったり、もしくは怪我をしたり、ノイローゼになって自殺したり……。


「ただわかるのは、現状“真っ赤な人”には複数の姿がある」


 高崎の廃神社や九十九里浜の海岸沿いの道路で発見された、完全に全身が真っ赤な怪人。


 周智郡のパーキングエリアで出会った地元の老婆や、都内のホームレスの宴会に途中参加したサラリーマンは、言わば“成り掛け”のような姿に思える。


 そして、姿を見せなかったが、岸和田で暴走族に接触した森の中の声。


 おそらく、“真っ赤な人”には、成り掛けの者から完全に怪異化した者までいるのではないだろうか。


 だとすると……。


「“真っ赤な人”は感染している?」


 ……と、予想だけはできるが、それしか分からないのが現状だ。


 そして、一方の“カタツムリ”についても、同じように感染する類いの怪異である可能性が高い。


 北海道の廃ビルの女型、秋田の人形屋敷の主だった老人、四国の神社に現れた男型。


 これらが持っていたものには、『イワナベミズコ』と読める文字が書かれていた。

“カタツムリ”達は、何故、文字を書くのか。


 そして最大の謎は――。


 これらの怪談・目撃情報が全て同一の発生源――つまり、『イワナベミズコ』を元にしたものだと仮定した場合――。


「各地で発見される『イワナベミズコ』の文字、なんでバラバラなのかな」


 ユーレイ君が、私の思考を読み取ったかのように続けた。


 ――『祝鳴戸みず湖』、って読めるような。


 ――胃、ワ、鍋……みたいな赤い字が見えました。


 祠に書かれた文字――『イ輪なべ観図ko』。


 人形に書かれた文字――『言わなベ不見子』。


「……私、ちょっと思った事があるんだけどね」


 そこで、私はユーレイ君に言う。


「これらを見た時……まるで、“予測変換”みたいだって」

「……予測変換?」

「そう。テキストとかワードとか、スマホでメッセージ書く時もそうだけど……ほら、同じ文字を変換したとしても、予測で何種類も同音異義の文字が表示されるでしょ? ハナだって、鼻や花があるように」

「うん、それはわかった。だとして、なんで『イワナベミズコ』も予測変換機能みたいにバラバラなの?」


 ……想像する。


 例えば、文章を打ってるとき。


 予測変換で、一回でキチンと変換がされない文字。


 音読みも訓読みもごっちゃになって、ただ単に音に合わせた適当な文字列になってしまう……。


 こういう事が起こるのは……。


「……“わからない”から?」


 率直に。


 私は、思った事をそのまま呟いた。


「『イワナベミズコ』の、正しい綴りがわからないから……」

「わからない?」

「自分の名前がどういう綴りか……『イワナベミズコ』自身にもわからない?」

「………」


 眉を顰めるユーレイ君。


 私も、考え込むように下を向く。


 そこで、会話が止まってしまった。


 不気味な静寂が場を包む。


 結局、謎は謎のまま……どころか、考えるほど『イワナベミズコ』という得体の知れない怪現象にズブズブと身が沈んでいくだけのように感じる。


「……それでも、今はまだ情報を集めていくしかない」


 もっと怪談や目撃情報が集まれば、発生源となる場所がわかり、『イワナベミズコ』の目的もわかるかもしれない。


「まぁ、それしかないよね」

「あ、もうこんな時間か。ユーレイ君、相談に乗ってくれてありがとう」


 時計を確認し、私はテーブルの上の資料を鞄に戻す。


 そして、封筒を二つ、ユーレイ君に差し出した。


「? 何、それ」

「謝礼。この前の分と、今日の分」


 お気持ち分程度だけど、と、私は情けなく笑う。


 一方、ユーレイ君はちょっとビックリした顔をしていた。


「え? どうしたの?」

「……まさか、本当に払うとは思わなかった」

「そりゃあ、謝礼を求められたら支払うしかないでしょ。貧乏ライターの自己満足だけど、そこはキッチリとしときたいから」


 ユーレイ君は、私の差し出した封筒をしばしジッと見詰める。


「……いいや」


 そして、そう言った。


「え? いいの?」

「だって、この怪談の提供者の人達には支払ってないでしょ」

「まぁ、条件で謝礼はお支払いできないって書いてあるから」

「じゃあ、いい」


 ユーレイ君は、お土産のラムどら焼きを一つ手に取る。


「別に、専門知識の協力って言ったって、この店の埃被ってる本から覚えた情報に当てはめてるだけだし。それに、俺も普通に知りたいだけだし」


 そう言って、お土産のどら焼きを頬張った。


 ……それを、十分知識協力っていうと思うんだけどな。


 どら焼きを頬張りつつ手元の古書に視線を戻すユーレイ君を、私は……。


 なんだか、微笑ましく感じて、微笑みながら見詰めていた。

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