『イワナベミズコ』の怪談を聞かせてください。5


 日はすっかり沈み、完全に夜の時間帯。


 藤嶌古書店を後にした私は、自宅への帰路に着いていた。


 ユーレイ君に話を聞きに行ったのは幸いだった。


 豊富な知識と、私とは視点の違う意見。


 彼へ相談した甲斐もあり、今置かれている状況と今後の見通しがハッキリした気がする。


『イワナベミズコ』の発生源を探るには、もっと情報を集めないといけない。


 つまりは、今まで同様SNSを通じての怪談収集を続ける形となる。


 けど、大分時間が掛かりそうでもある。


「……情報、か」


 そこでふと、脳裏に浮かんだのは先日飲み屋で酩酊していた河瀬さんの顔だった。


 私よりも先に、『イワナベミズコ』に気付き、調査を進めていた河瀬さん。


 何とか河瀬さんに協力してもらい、彼の持っている情報を提供してもらえれば……。


「どうしよう……いっそ、河瀬さんにお願いしてみる?」


 スマホを取り出し、着信履歴から河瀬さんの名前を探そうとする。


 ……しかし、そこで指を止める。


 いや、本人も言っていた事だけど、河瀬さんがそう簡単に『イワナベミズコ』の情報を渡すわけがない。


 それに、お願いしようものなら、それと引き換えにどんな取り引きを持ち掛けられるか分からないし……。


 その瞬間だった。


 私の手の中で、スマホが震えた。


「え」


 振動にもビックリしたが、それ以上に驚いたのは、画面に表示された着信相手の名前。


 河瀬さんからだった。


 あまりにも見計らったかのようなタイミング。


 私は慌てて、どこか落ち着いて通話が出来そうな場所を探す。


 ちょうどバス停の近くだった事もあり、ベンチが見付かった。


 私は腰を下ろし、スマホの通話ボタンを押す。


「もしもし、河瀬さんですか?」

『いよぉー、永羽ちゃん。今どこにいる?』


 聞こえてきたのは、いつもの調子の河瀬さんの声だった。


「今出先で、家に帰る途中です」

『あ、マジで? 夕飯とかまだ? もし近くなら、ちょっとメシでも行かない?』


 早速のお誘いに、私は「あはは~」と曖昧な相槌を返す。


 河瀬さん、何だか普段以上にテンションが高い気がする。


『ねぇ、いいじゃんいいじゃん。ちょっとさ、聞いて欲しい話があるっていうかさ。っていうか、絶対に永羽ちゃんも聞きたいに決まってると思ったから連絡したんだけどさ』

「え? どういう……」


 そう言いながらも。


 次に河瀬さんの口から発せられる言葉が、自然と予想できた。


『『イワナベミズコ』の正体が、分かったかもしれないんだよね』


 心臓が高鳴った。


 言葉を失っている私に対し、河瀬さんはスマホの向こうでくつくつと、満足そうな笑みを発している。


『いやぁ、重大な手掛かりを手に入れちゃってさ。ヤバいよ、永羽ちゃん。もし、俺の考察が正しいなら……もう、これはオカルトネタとか実話怪談とか、そういうレベルの話には収まらないかも。河瀬アツノリ生涯史上、最高の大仕事になるかもしれないね』

「そ、それって、一体……」

『まぁまぁ、永羽ちゃん、落ち着いて。ちょっと会って話そうよ』

「………」


 勿体ぶる河瀬さんに、私は少し疑いの気持ちを抱く。


「河瀬さん……本当に、『イワナベミズコ』の正体がわかったんですか?」

『あ、疑ってる!? もしかして疑ってる!? ヒデーな、永羽ちゃんってそんな女だったっけ!? なんて嘘嘘、ま、そりゃ簡単には信じられないよね~。んじゃあ、ちょっとだけ、その重大な手掛かりの一端を教えてあげるよ』


 大分上機嫌だ。


 笑声混じりに言った後、河瀬さんは数瞬の沈黙を挟む。


 ゴクリ――と、私は息を呑む。


『君は知らないかもしれないけど、昔テレビで……』

「……………………………?」


 河瀬さんの、次の言葉が聞こえない。


「……河瀬さん?」


 間と呼ぶには余りにも長すぎる。


 私は思わず、河瀬さんの名を呼ぶ。


「あの、河瀬さん、どうし――」

『『イワナベミズコ』が呼んでる』

「え?」


 再び、河瀬さんの声が聞こえた。


『『イワナベミズコ』が呼んでる』

「河瀬さん?」

『『イワナベミズコ』が呼んでる』

「あの、河瀬さん、冗談なら止めて……」

『――――――――――――』

「……河瀬さん、聞こえてますか?」

『――――――――――――』

「河瀬さん……っ!?」

『『イワナベミズコ』に呼ばれました』


 平坦な。


 感情の感じられない、河瀬さんの声。


「……え……」

『『イワナベミズコ』に呼ばれました』

「………」

『『イワナベミズコ』に呼ばれました』

「あ、あの、河瀬さ――」

『ありがとうございます。ありがとうございます。『イワナベミズコ』に呼ばれました。『イワナベミズコ』に呼ばれました。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。『イワナベミズコ』に呼ばれました。ありがとうございます。ありがとうございます』


 壊れたテープレコーダーのように。


 悪趣味な音声読み上げソフトのように。


 河瀬さんの声が、繰り返される、繰り返される。


 繰り返される。


『『イワナベミズコ』に呼ばれました。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。『イワナベミズコ』に呼ばれました。ありがとうございます。『イワナベミズコ』に呼ばれました。ありがとうございます。ありがとうございます。『イワナベミズコ』に呼ばれました。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます』

「河瀬さん! 落ち着いて下さい! 河瀬――」




「イワナベミズコ」




 ――別の人の声だった。




 加工されたような低い声。


 河瀬さんじゃない声が、スマホの向こうから――いや。


 直接耳元で囁かれた、気がした。


「ヒッ……」


 思わす悲鳴を上げ、手元からスマホを落とす。


 地面に転がったスマホを見詰め、私はしばらく突っ立ったまま、動けずにいた。


 恐怖で、体が動かなかった。




 ――河瀬さんが遺体で発見されたのは、その数日後の事だった。



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