第四章 鉱山街に潜む影

22 ひと月の進展

 早いもので、ルヴェールに居着くことになってから一月が経った。俺はまだ、イルとリオル兄さんの工房で働く日々を送っている。


「ありがとうございましたー!」


 ラジオの修理を依頼してくれたお客さんに別れの挨拶をしつつ、ガレージの外に出れば、日はすでにすっかり傾いて大通りを赤く照らしている。


「ジオー? もうお客さんこなさそー?」

「多分さっきので最後だな」


 背後から折よくイルの声が響いて、もう閉店時間であることを確信した。店先に立ち止まっている人の姿は無いし、多分間違いないだろう。


「だったら看板裏返しといてー!」

「りょーかい」


 記憶が正しければ、ガレージの壁に添えられた無駄に大きなソレは、幼き日のイルの手作りなのだったか。赤青緑のペンキ塗りを背景に、筆文字で大きく「だれでもいらっしゃい!」と綴られている立て看板を「きょうはおしまい!」の面にしてやれば、仕事は終わりだ。


「おりゃー!」

「おっと」


 いつの間にかタタタッっと飛び込んできていたイルの拳を受け流してやると、彼女は追撃も無しにスキップして俺の横を駆け抜けていった。


「上機嫌だな。なにかいいことでもあったのか?」

「べっつにー?」

「ほう……?」


 わざわざにやけ面を見せてくるということは、相当に楽しみな予定でもあるのだろうか。


「じゃー私遊んでくるから! お兄ちゃんに言っといてー!」

「おう、気を付けてな」


 一応、こんな夕暮れ時に出かけるなんて危ないぞとか、せめて行き先くらいは教えろとか言う事はできるのだけど、彼女はあれで居てしっかりしているから、多分大丈夫だろう。リオル兄さんからも、なるべく好きにさせてやってくれって頼まれてるしな。


「おつかれ。……ってイルはもう行ったのか」


 噂をすればなんとやら。居間の方で帳簿を付けていたはずのリオル兄さんが店先に出てきた。彼は相変わらずのオーバーオール姿で、相変わらず裸足で過ごしている。


「彼女も一日中働いてたっていうのに、元気ですよね」

「子供は動けば動くほど体力が付くからね。おかげでイルは無尽蔵さ」


 思えば昔の彼女も、暇さえあれば外遊びに出ていた気がする。俺がここに居候していた頃から数年経つが、本当に変わりなくてびっくりする。


「ところで、君は行かなくていいのかい?」

「ん……どこにです?」

「うん? ひょっとしてまだ知らなかったりするかい?」


 頷いて見せたらリオル兄さんは心底意外そうな表情で声を漏らした。


「いや、君ならとっく知っていると思っていたんだけど」

「なるほど……?」

「ま、気になるなら後を追ってみればいいよ?」

「それって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫っていうのは」


 一応、イルは秘密にしていたいようだったし、妹さんの嫌がることは、リオル兄さん的にはご法度かと思っていたのだけど。


「まあ、別に僕らと君の仲だしなぁ……」


 それもそうだ。別に俺がイルに嫌われているのだって、いつものことだし。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。夕飯は作り置きしておくね」


 リオル兄さんがそう言うってことは、どうやらそこそこに時間を取る案件のようだ。素直に感謝を伝えて後を追うと、大通りの奥にショートボブの女児が見えた。別にこの町じゃ赤髪は珍しくもなんともないが、振る舞いの方が特徴的なのですぐにわかる。


「ここは……テリアの酒場か」


 夕方から酒場通いなんて良いご身分だと言いたいところだが、正直言って納得が行った。イルの目当てが彼女だとすれば遠慮の必要もないというものだ。


「おねーちゃーん! 来たよー!」

「あらイル~! いらっしゃい!」


 予想通り酒場の中にはいつものウエイタースタイルのテリアと、そこに抱きつくイルの姿があった。まるで休みの日の親子のように微笑ましい光景だ。


「と……あれ? ジオット?」

「げっ!?」

「ようテリア。それとイル」


 開けっ放しになった扉を閉じつつ、中へ踏み入ると予想通りの糾弾を乗せた右ストレートが飛んできた。手のひらでパシンと受け止めたところでもう一発来たので、また手を合わせて止めてやる。


「なんでここにいるの!!」

「なんでってそりゃあ、後をつけたからな」


 自分で言っていてなかなかの問題発言に思えたが、この辺りの人には顔馴染みも多いし、変に思われることはないだろう。実際、まばらに集まった酒場の人々には、どちらかといえば微笑ましいものとして扱われているように思う。


「でも丁度よかったわ! 今日の仕事はもう終わったのよね?」

「もちろん。こっちは今日何かイベントでもあるのか?」

「うん! それがね……!」


 聞いてから、こちらを見るテリアの表情が興奮気味であることに気がついた。自慢の白い肌は少しだけピンクっぽくなって、その目はやけに輝いているように見える。


「丁度今度、またベルバンの方で歌わせてもらえることになったの!」


 言葉を耳に入れた途端、鈍器で頭をぶん殴られたような衝撃。たった一月の間に、テリアはそんな誘いを受けるまでになっていたのかなんて思うが……衝撃はそれだけで終わらなかった。


「リハーサルは今日港の方でやるから、ジオットも一緒に練習しましょ!」

「なっ……!?」

          ◆     ◆     ◆

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