21 花かんむりとネックレス

 それはまるで、空のフチに残る微かな夕焼け空のように。身体の内側に確かな熱を帯びて、花弁の上に舞い落ちたワタリドリの羽根を拾い集めていく。まるで収穫後の麦畑に残った落穂を拾っているみたいだ。どう考えても腰に悪い動きのせいで、定期的に伸びをしないとやってられない。


「ふう……ちょっと休憩」


 伸びを終えたら、膝の上に手を置いて屈みこみ、腰を休める。一応、この辺りに散らばったものはあらかた拾い終えたとは思うし、手元のバスケットもかなり満たされてきた。これでもみかん箱に貼る羽根を張り替えるには足りないと思うが、別に一度にすべて交換しなければいけないわけでもない。造船所ならともかく、修理工房で船のメンテナンスにつかう分には、かなりのストックになるんじゃないだろうか。


「ジオットー?」

「んん……? うわっ!」

「ばあっ!」


 突然、背後から声をかけられて振り向いたら、すぐ後ろに桃色の花かんむりを身につけたテリアが立っていた。いくらファンシーな見た目をしていたって辺りが薄暗ければ心臓に悪い。


「驚いた?」

「そりゃあもう。バスケットの中身をひっくり返しそうなくらいに」

「そんなに? ジオットって意外と臆病者だったり……」

「皮肉だよ! そのまま受け取るな!」

「あははっ! ごめんなさい!」


 まったく、こっちは真面目に仕事してるってのにご機嫌なことだ。なんて呆れてみたけれど、彼女の手にもうバスケットはない。おそらく、もうあらかた拾い切って、飛行船に積み終えたんだろう。


「……仕事が早いな」

「でっしょー? 私、こういうの得意みたいで」

「……いつも空を飛んでたから、体幹が強いとか?」

「タイカン? ってなにそれ」

「背中とか腰辺りの丈夫さっていうか、バランス感覚みたいなやつ」

「へぇ~! まあ確かに、その辺りを不便に思ったことはないわね!」


 なんてことだ。前々から身体が強い方だとは思っていたけれど、そこまでとは。腰痛に悩むおじさま方が聞いたら泣いて羨ましがりそうだ。正直、俺だって羨ましいし。なんて、一瞬考えこんでいるうちに、テリアはこちらを見てニヤついていることに気が付いた。


「どうした?」

「いや~、別に大したことじゃないんだけどね?」


 やけに前置きするけど、一体どうしたんだと見てみれば、彼女がずっと、左手を後ろの方にやっていることに気付く。瞬間、そこから何かが勢い良く差し出された。


「これあげる! ジオットにプレゼントよ!」


 プレゼント。という言葉に脳がフリーズして、言葉が出てこなくなってしまう。よくよく見てみればそれは、彼女が花畑に降り立って以来ずっと身に着けている、桃色の花かんむりによく似たモノのようだ。


「これは……?」

「あえて言うなら、羽根かんむりかしら? イルに教えてもらった花かんむりのやり方で、ワタリドリの羽根をくっつけてみたの!」

「おお……マジか」


 どう考えても適切な相槌でないとわかっているが、テリアの言う羽根かんむりを受け取って、素直に感心してしまう。試しに羽根の部分を触ってみても、ワタリドリの羽根がもげる気配はない。どうやら、草の茎で編まれているのは外側だけで、芯には組み紐を使っているらしい。


「ちょっと? 壊そうとしないでよ?」

「あ、ああ……いや、頑丈だなと」

「なんで最初にそれチェックするのよ!」


 見れば、俺が羽根かんむりを突っつきまわしている間に、彼女はふくれっ面になっていた。どうすればよかったのかはわからないが、確実に反応を間違えたことはわかる。……いや、違うな。今からでもちゃんと伝えておくべきか。


「ありがとう。大切にする」


 改めて、俺が真っ直ぐに目線を向けてそう言うと、テリアは目を丸くしてしまった。


「大切って……そんなに長く持たないんじゃない?」

「だとしてもだよ。せっかく貰ったんだから」

「……ふーん?」


 ……やはり、また何か間違えただろうか? じとっとした眼差しで、俺の顔を覗き込むテリアの感情はわからないが……


「えいっ!」

「うわっ! なにすんだ!」

「いいから! ちょっと待ってて……!」


 突然、渡されたばかりの羽根かんむりを奪われて、テリアがこちらに背を向けてしまった。一体どうしたんだと覗き込もうとしても、翼を広げて隠されてしまう。


「よしできたっ! はいっ!」

「ええっ? って……なんか、伸びてないか?」


 振り向いたテリアから改めて渡されたのは、元よりも随分と伸びきって、輪の大きくなった羽根かんむりだった。いや、これはもう、かんむりというよりも……


「ネックレス?」

「ええ! 何重も巻いてた紐を緩めて、首かけできるようにしたわ!」

「お、おう……なんで?」

「あなたが大切にできるようによ。あなたっていつも、帽子被りっぱなしじゃない」


 言われてみれば。俺は今も作業帽を被っているから、同時に羽根かんむりを被るのは無理があるか。


「これなら、服の内側にしまうとかして、いつも身に着けていられるでしょ?」

「ああ、確かに?」

「……んふふ。ね?」


 彼女の気遣いと、喜色に満ちた笑みを間近で受けて、心臓が跳ねる。

 いつか感じた胸の高鳴りが、再発したみたいに打ち鳴らされる。

 鼓動が聴覚を埋め尽くして、テリアの顔が輝いて見えて……


「こらーっ! ジオッ!」

「ぐえあっ!!」


 直後に背後から伝わる鈍痛。腰に何らか勢い乗った一撃を受けて花畑に倒れる。花畑の中に頭から突っ込んで俺の視界花びらが舞う。犯人が一体誰かなんて、確かめてやる必要もない。


「なにすんだイルっ!!」

「このサボリ魔っ! まじめに仕事しろ!」

「うるせぇぞこのやんちゃ娘! 人が一回見逃してやったからっていい気になりやがって!」

「あれはただの仕返しだもん! これだってサボリのおしおきだよ!」

「もう許さねぇ! 今度こそこめかみをすりつぶしてやる!」


 無遠慮に花びらを散らしながら花畑を駆ける。さっきのでぶちまけられたバスケットのせいで、ワタリドリの羽根も舞っている。ひたすらイルを追い回すうちに、耐え切れなくなったような笑い声が聞こえて来た。快晴の空のように澄み切った、よく通る声だ。


「あ~もう! 本当にたのしっ!」


 追いかけっこの途中で聞こえた、その声はきっと聞き間違いじゃないと思う。同時になんの計画性も無い、突拍子もない思いつきで彼女を笑顔にできたことを誇りに思って、胸の中にどうしようもない嬉しさがこみ上げてくる。


「……なんか、懐かしいな」


 嬉しい。楽しい。久しく忘れていた感覚を、ここ数日で過剰なほどに摂取できているような気がする。その原因は明白だけど、あえて言葉にはせず、走りながら右手のネックレスを握りしめた。

 そうやってひとしきり遊び終えた後、ルヴェールに戻る頃になって思い出したこととして。お仕事二日目のテリアに無断欠勤をさせてしまったと気付いた俺たちは、お詫びに数日間、例の酒場に通い詰めることとなる。

 もちろんその時はリオル兄さんと、彼のアコースティックギターも一緒で、みんなで作った例の曲は、しばらくして完成することになるわけだけど……それはまた、別のお話。

          ◆     ◆     ◆

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