13 たった一つの無茶なやり方
「きゃあああっ!?」
回転する視界の端から響く、聞き覚えのある悲鳴。逆さまの視界で見てみれば見覚えのある赤髪の褐色肌が見えた。
「ジオ……? それにお姉ちゃん!?」
「おうやんちゃ娘。帰りが遅いんで迎えに来たぞ」
「お待たせしたわね!」
逆立ちの要領で身体を跳ね上げ、立ち上がったところでテリアが甲板に降り立った。受け身に大失敗した俺と違って、優雅な振る舞いだ。
「どうしようこの船……このままじゃきっと食べられちゃう!」
舵を背に狼狽えつつ訴えかけるイルの目線は、俺ではなくテリアへ向いている。どうやら彼女らは俺の知らないうちに、確かな信頼関係を結べていたらしい。
「大丈夫。そうさせないために私たちが来たのよ」
テリアはそう言って膝を折り、イルに目線を合わせてその頭を撫でた。涙の滲んだイルの表情は、それだけで決意に満ちたように引き締まる。
「そうでしょジオット! 何か考えがあるのよね!」
「……ああ。もちろんだ!」
イルは本当によく頑張った。いつ追いつかれるかもわからない巨大生物から、こんなにも長い間逃げ続けて……俺とテリアが来るまで持ちこたえてくれた。だけどこの状況を打開するためには、もうひと頑張りだけ必要だ。
「二人は積み荷の固定を解いてくれ! 終わり次第、後部ハッチを開ける準備を!」
事前に算段立てていた通りの指示を出し、俺は飛行船の舵を握る。
「ジオ!? まさかおまえ!」
「この船じゃそれしかないんでね!」
指示が具体的だったおかげか、イルも何かに気が付いたようだ。話をする間にもクジラは着実に迫ってきている。全身で舵を左に切り、姿勢制御用のレバーを降下方向へ入れる。雲海との距離を鑑みるに、きっとこれが最後の回避行動になる。
「急げ! もう長くは持たないぞ!」
「……わかった!」
レバーを元に戻しつつ、貨物室へ向かう二人を見送って舵を握る。ここからはもう半分賭けだ。彼女らの荷解きが間に合うかどうか。俺が限界まで耐えられるかどうか。
「まだだ……まだ早い。まだ引き付けるんだ……!」
背後に確かな気配を感じながらも、船体を水平に保ち続ける。今すぐにでも切り返してみせたいが、船を曲げれば速度が落ちる。だったら今は耐えるんだ。
「まだ早い、まだ、まだ、まだ……!」
頭上から影が迫っても、脂汗が首筋を伝っても。ひたすらに耐えて呼吸を整え、最後の手順の開始に備えろ……!
「ジオ! 積み荷を解き終わったよ!」
貨物室から声が響いたら、詰まる息を無理やり吐き出して叫べ!
「今すぐ船のハッチを開けろ! そしたらすぐにテリアに捕まれ!!」
指示を出しながら足元を見る。左のレバーはエンジン出力。右のレバーは姿勢の制御。舵を握って飛び上がり、二つのレバーに足をかける。そして俺は――
「許せイル! たまらなく怖いのはこれで終わりだ!」
左のレバーを思い切り踏み付け、右のレバーへ踵を落とした。急加速した船体が上を向き、甲板が反り上がって上を向く。握った舵が頭上に上がって、両腕で宙吊りの形になる!
「きゃあああああ――――……」
直後に響いた甲高い悲鳴を、崩落する積み荷の音がかき消す。船体全部が真上を向いて、ヤツの脳天へ無数の積み荷が襲い掛かる!
『――――ッ!!』
いくつもの鈍い激突音が鳴って、でたらめな音量の唸り声が響く。下方を見れば、真っ白なクジラが身をよじりつつ大口を開けていた。
「そして……こいつで仕上げだ!!」
全身をひねって勢いを付け、離した両手で左のレバーへ飛び移る。ガコンと音を立てて後ろに入ったレバーは、瞬く間にエンジン出力をゼロにする。船が止まる。後ろからクジラが追突する。
「ブモ――――ッッ!!!』
尋常でない衝撃と叫び声。揺れる空気に、トランポリンみたく跳ね上がる船体。思わず離した両手が風防に付いて、船体表面に貼りつけられたワタリドリの羽根が風を受ける。空を漂うための力が生まれて、船体が水平に戻っていく。水平になった甲板を、俺の全身が滑っていく。
……やがて止まる。
「ああ……」
最後の力を振り絞って、エンジン出力を通常に戻した。
「いよっと!」
呆然と空を見上げた俺の耳に、快活な掛け声が響いて羽根が舞う。日の光に当てられて瞬く純白の羽根――テリアの羽根だ。
「……無事だったか」
「全く、信じられない無茶させるんだから」
言う通り。俺はこの場の全員に無茶をさせた。船に残った俺、貨物室を飛び出したテリア。そして、テリアの腕に抱かれたイル。
「ジオ、ばか、信じられない……」
「さっきも俺をキャッチできたわけだし、今回もきっと大丈夫だろうと思ってな」
「だからって……うえぇええっ……」
流石に、事前説明もなしに大空へ放り出すのは無茶だったか。この分だとまたイルに嫌われてしまっただろうけど……どうせ背に腹は代えられない。
「でもどうするの? 今は痛がってくれてるけど、この分じゃアイツ、きっとどこまでも追いかけてくるわよ?」
「大丈夫。それについても考えがある」
いい加減に立ち上がり、背後の眼下を見てみれば、相変わらず身をねじりながらも確かな眼でこちらを睨むシマナガスクジラの姿がある。おそらく、並大抵のことでは許してもらえやしないだろうが、これだけの距離を放せれば、きっと街までは戻っていけるはず。
「なに、粗相のお詫びにランチを用意してやろうと思ってな。あれだけいれば、きっと十分足りるだろ?」
そう言って力強く指差した頭上には、ルヴェールの町の港があった。そう、つい今朝方から一向に変わらず、おびただしい数のワタリドリが円環を描いて飛び続けている、港があった。
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