11 何でも修理工房

 ガレージめいた店先からほんの少しだけ中へ踏み入り、戸を開いたのち、その先にある居間へ目線を向けると、一足先に飛び出す影が一つ。


「お兄ちゃーん! ジオがやっときやがったよ!」


 殴り掛かったことに対する謝罪もなく、ただ一方的にそう伝えられたことには少しだけ腹が立つが、彼に要件があることには違いない。


「リオル兄さーん、いますかー?」

「はいよー!」

「ジオうるさい!」


 ひとまずまともに話が通じる人が居てくれたことに安堵しつつ、足元から襲い掛かる理不尽の拳骨を手のひらで受ける。横に居るテリアはソレを見て、ずいぶんと微妙な顔をしている。


「ねえ、そろそろ説明してくれない?」

「ソレに最適な人を今呼んだところだ」


 疑問に答えつつ、暴れるやんちゃ娘をタイミングよく押しのける作業をこなしていると、居間の奥からペタペタと裸足の彼が歩いてきた。


「待ってたよジオ。いつもの時間に港に居ないって言うから、ちょっと心配してたんだ」


 イルと同じ色味の褐色肌に、これまた同じ髪質の赤毛を後ろに括った好青年。くすんだ灰色の防火服に、丈夫そうな厚手のオーバーオールを身につけている彼は、俺にとってのもう一人の恩人、リオル兄さんだ。


「おや? そっちは見ない顔だね」


 ガレージよりも一段高い居間からこちらを見下ろしつつ、不思議そうに呟くリオル兄さんの横で「そうなのお兄ちゃん、こいつ仕事をサボって女の子と……」なんて騒ぎだそうとしたやんちゃ娘の口を覆いつつ、テリアの方へ目線を送る。


「ど、どうも初めまして……!」

「あら、これは礼儀正しい。さっき彼が言った通り、僕の名前はリオルです」

「よ、よろしく! 私はテリア……! です」


 テリアも緊張しているのだろうか、ずいぶんとぎこちない返答だ。


「ごめんなさい私、あんまり人と話したことなくて……!」

「大丈夫だよ。堅苦しい礼儀とか必要ないから」

「ほ、ほんと?」

「うん。何か事情がありそうだし、それを話しに来てくれたんだろう?」


 二人の会話を耳に入れつつ、流石はリオル兄さんだと思う。彼はこの工房を切り盛りしているだけあって、ずいぶんとコミュニケーションが上手い。この調子なら、今日の要件も手早く済みそうだ。


「改めまして、イル&リオル何でも修理工房へようこそ! こんな錆臭いところでよければ、ゆっくりしていっておくれよ!」

          ◆     ◆     ◆

 来客があればすぐに対応できるよう、ガレージに続くドアをほんの少しだけ開いたまま、ちゃぶ台のある居間の中心で座布団に腰掛け、リオル兄さんと向かい合う。


「ふーんなるほど、それで君があの子をねぇ……」


 彼は、俺が話をしたいと言うと、ずいぶんと上手く気を利かせて、二人で話し合う時間を作ってくれた。つまりはイルとテリアの二人組に、俺の船を取りに行かせてくれたわけだ。


「ま、大体事情はわかったけど、それだけを話しに来たわけじゃないだろう?」


 流石、相変わらず察しがいい。ちゃぶ台の上に冷えた雑穀茶を用意してくれている辺り、最初から長話になると気づいてくれていたのだろう。


「実は相談したいことがあって」

「恋愛相談?」

「まさか。彼女の身だしなみについてです」


 今の彼女ははっきり言って、ずいぶんみすぼらしい身なりをしている。着替えの一つも持っていないし、白のワンピースはずいぶんとくすんでしまっている。足に至っては裸足のままだし、その他生活必需品が足りているのかどうかもわからない。


「何? つまりは彼女に貢ぎたいってわけかい?」

「からかうのはやめてください」

「ははは、ごめん」


 リオル兄さんは二人きりの時に限って、こういう冗談を擦りがちだ。確か彼は本当に経験豊富なタイプの人だったはずだから、俺としては非常に反応に困る。


「まあでも、実際生半可な気持ちで挑める相手じゃないんじゃないかな」

「だからそういうのとは違うって……」

「いや、違わないね」


 まだ同じ話題を続けるつもりか……なんて思いつつ、ちゃぶ台の上に用意された飲み水を取ろうとしたら、彼の手に止められた。


「君は自分がやろうとしていることを、きちんと理解していない」

「……どういう意味ですか」

「確認のため聞くけど、あの子を船に乗せる代わりに、ちょっとだけ仕事を手伝ってもらえばいいやなんて思ってるんじゃないか?」


 ……率直に言って、驚いた。実のところ、俺の心持ちはまさに今言い表された通りのものだったからだ。


「それじゃ無条件で貢いでるのと変わんないって言ってるのさ。君は今、人手が足りなくて困っているわけでもなければ、彼女を助けなきゃいけないーなんて、使命感に駆られているわけでもない」

「……でも、彼女は」

「身寄りがないからー、とか言うつもりじゃないだろうね。言っちゃ悪いけど、彼女はたぶん放っておいても仕事を見つけるよ」


 言われて思い返したのは、あの日、ベルバンでミュージシャンたちについて行こうとした彼女を、とっさに引き留めてしまった、その光景。


「心当たりがあるらしいね」

「……まあ」


 記憶を刺激されてしまった以上、まとまった反論はできそうにない。論理的な根拠も何もない反発的な感情だけが、俺の心に残っている。この感情の正体を、俺は知らないというのに。


「こう言っちゃなんだけど、君、寂しいんだろ?」


 リオル兄さんはいとも簡単に、俺の心の内を言い表してみせた。


「別に、本当にただ寂しいだけなら僕がやイルが関わってやれるし、君のことだ、ベルバンの方にだって何人か気にかけてくれるような知り合いも居るだろう」


 頭に浮かぶのは、向かいの席で俺を勧誘するフリエンデさんとナターシャさんの顔。彼らは少し押しが強いが、俺のことを気にかけてくれていることは確かだ。


「だけどねジオ。君が本当に求めているのはきっと、別のモノなんだよ」

「別のモノって……?」

「ほら、君はいつも言っていたじゃないか。君は――」


 不敵に笑うリオル兄さんの声色につられて、尋ねようとした――

 ――直後に、会話を遮る物音。

 勢い良く開いた引き戸の向こう側には、泥まみれなテリアの姿がある。


「大変よジオット! イルがでっかい魚に追い回されてるの!」


 ……何がなんだって?

          ◆     ◆     ◆

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