第2話

「結局、今年も三人やったな」

 水野くんはそう呟くと、炭酸ジュースを一気飲みした。制服姿の水野くんは珍しい。いつも絵の具まみれのツナギを着ているから、今日は小綺麗に見える。

 新入生は誰も来なかった。去年も同じだった。一応、映画を見られるようにセットしていたプロジェクターの電源を切る。ため息をついて、天井にスクリーンを戻す。二人しかいない視聴覚室は、いつもと変わらないはずなのに空間が膨張したように、広い。

「一人ぐらい来るかと…」

 ポロリとこぼすと、よく通る声が飛んできた。

「そらステージでパフォーマンスもない地味な部活に来るわけないやろ」

 ムッと口を曲げる。そんなの文化部の半分が当てはまる。だから、これは映画研究部のポスターの位置が悪いとか、デザインが悪いんだと思う。結局僕のせいになり、肩を落とす。

「むしろ三人も部員がいるのが驚きや」

 胸がドキリとした。水野くんは立ち上がり、イーゼルに立てかけた油絵が乾いてるか確認する。

「まあ、あとの一人は幽霊部員やし誰か知らんけど」

 乾いてなかったようで、絵の具のついた指先を擦った。その幽霊部員の正体は、僕しか知らない。思い返してみると、これまで一度も聞かれなかった。

「その、水野くんは幽霊部員が誰か気にならないの…?」

 もし誰か聞かれたら、答えようと思っていた。別に秘密にしてと、言われたわけじゃない。ただ、僕が胸に秘めていただけだ。魔法が解けないように。

 すると、水野くんが振り返った。眉は吊り上がって、目はすわっている。

「興味あらへんし、幽霊部員も俺のこと気にしとらんやろ。なら関わらん」

 そう言い切ると、キャンバスの前にあぐらをかいた。右肘で頬杖を立てて、絵と対話を始めている。もうこの話題には興味がないようだった。竹を割ったような性格。水野くんためにあるような言葉だ。

 僕は手元にあるカメラを覗き込む。映像研究部とは名ばかりで、映像を撮っているのは僕だけだ。

 電源を入れて、過去に撮った映像を見返す。体育館、校庭、道路、道端に咲いている花、信号機、どの画面にも人は写っていない。本当はこの画面に、彼がいて欲しかった。三年間、そう思っていた。叶わなかったのは、僕の心が弱かったからだ。

 項垂れてカメラの電源を切る。黒い画面には、自分の顔が映っている。

 よく女の子と間違えられる大きな目に小さな口。この顔のせいで、小さい頃から揶揄われた。前髪を伸ばして、人と関わらないようにしたら、自然と人々は僕を無視した。これでいい、と思いながら長い前髪ごしに世界を見ていた。

 どこかから、鳥の声がした。振り返ると、窓の外の空は暗く、昼は綺麗だった桜も、夜は黒く塗りつぶされていた。窓ガラスに手をつけると、指先がみるみる冷えてゆく。

 これから先の人生も、自分に落胆していくのだろう。きっと僕は変わらない。諦めの気持ちに包まれながら、僕はいつまでも暗い桜を見つめていた。

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