君と地球最後の日

第1話

 春が来た。最後の春だ。

 僕は、視聴覚室の扉が開くのを待つ。もしかしたら開かないかもしれないし、別の人かもしれない。それでも、彼が来るまでずっと待っているつもりだ。

 春の日差しが柔らかく、室内に入り込む。白い壁に反射して、部屋全体が明るい。早めに来て、掃除してよかった。あとは、あの言葉を言うだけだ。寝る前に何度も繰り返したけれど、もう一度練習しよう。息を吸い込んだと同時に、ガチャリと音がした。

 扉が開いた。そこに、彼がいた。

 釘付けになるスタイルの良さ。サラサラの茶髪からのぞく綺麗な二重まぶたに通った鼻筋、完璧だ。完璧な造形がそこにある。空間が彼に引っ張られて、華やぐ。息を吸い込んだまま、僕は固まった。

「岡センに渡しといて」

 紙を一枚受け取った。息を吐けない僕は、無言のまま頷いた。胸が苦しい。彼は、チラリと僕を見た。一瞬、ほんの一秒だけ目が合う。それだけ。彼は踵を返して、視聴覚室から出て行った。

 足音が遠ざかる。

「っはぁ…はぁ…」

 やっと息を吐き出せた。それから、深いため息をついた。心臓が音を立てて、僕を責める。

 僕のバカ。どうしていつも、こうなんだ。

 最後の最後まで、空回る。視界が滲む。もう一度、彼がさっきまでいた空間を見つめる。そこは、さっきまでキラキラ華やいでた面影はなく、ただ扉が開けっぱなしになっているだけだった。受け取った入部届が、カサカサと風に揺れた。

 深い後悔の中、彼の入部届を見つめる。届先『映画研究部』、氏名『橘幸生』と綺麗な字で書いてある。

 去年も一昨年もこの紙を見た。彼は、一応映画研究部員だった。きっと誰も、このことを知らない。それで良かった。宝箱を開けないまま箱を愛でるように、彼がいるだけで良かった。けれど、と思う。本当はそれだけじゃない。

 窓の外では、桜が雪みたいに散っている。窓を開けると、少し冷たい風が頬にぶつかる。

 校門の方で、橘くんが色んな人たちに囲まれていた。女の子たちが長い髪を揺らして、彼を見上げている。きっと顔もスタイルも良い彼女たちの後ろ姿は、見分けがつかないほど似ていた。

 その中で、身長が高い彼は頭ひとつ分飛び抜けている。橘くんは愛想笑いはしないけど、彼女たちの話に耳を傾けていた。

(どんな話してるんだろ…)

 ふいに、言えなかった言葉が、口の中に蘇った。

 橘くん。

「僕の映画に出てください」

 その言葉は風に攫われて、消えていった。届かなかった。

 人差し指と親指を立て両手でフレームを形作り、彼を撮る。一瞬、彼がこっちを振り向いた気がしたけど、そんなわけがない。小さくなっていく彼の後ろ姿を撮り納め、青空に向かってフレームを掲げた。

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