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 僕が野球を始めたのは小学校一年生の時だ。

 きっかけを聞かれれば、憧れの先輩を追いかけてということになる。

 僕の暮らす地区では、班での登下校が義務化されていて、近隣に住む子供たちが集団となって学校へと通っていた。一年生から六年生の児童らが仲睦まじく、登下校している様子は今ならば微笑ましく感じるが、当時一年生であった僕には、六年生というのは、親と同じくらいの大人に見えていた。身長は見上げるほどに高かったし、歩くのが早かったし、僕の全く知らない世界のことを話していた。そんな六年生は、僕の所属している班にも1人だけいた。

 よく可愛がってくれた方だと思う。先輩は班長を務めていて、親や先生に言われたから世話をしていたのだろうけど、登下校の際にはすぐ近くを歩いてくれていた。そんな先輩のことを憧れるのはあっという間のことだった。


 先輩が野球をやっていることを知ったのは夏休みに入ってからだった。その時からすでに早寝早起きの習慣がついていた僕は、日が昇り始めたころに目を覚まし、母親が玄関で誰かと喋っているのがわかった。

 目をこすりながら玄関へと行くと、先輩のお母さんが訪ねてきていた。たしか旅行の土産を持ってきていたのだと思う。そして、その後ろにユニフォームに身を包んだ先輩を発見したのだった。

 先輩を見つけた瞬間、寝ぼけていた頭がはっきりとして、パジャマ姿なのが恥ずかしくなってすぐに隠れた。しかし、先輩のお母さんに発見されてしまい、僕は寝癖を必死に手で直しながら、姿を現すことになった。

 どうやら先輩はこれから練習に行くらしい。

 いつもと変わらず優しく接してくれたが、ユニフォームを着た先輩に僕は特別感があった。

 「イサトくんも野球やってみない?」

 先輩のその言葉がどれだけ本気だったのかなんてわからないけど、僕にとってはとても嬉しい言葉だった。

 すぐに僕は地元の野球少年団に入った。入ってすぐの時は、同学年もおらず、たった1人の一年生ということで持て囃されていた。

 それゆえに中々、みんなの練習に混ざらずに、個別で指導されることの方が多かった。

 すでにチームの主力だった先輩は、積極的に声を出し、指示を出し、盛り上げていた。

 「ショーゴ!ナイスピッチ!」

 「ナオト!その球、大事に!」

 「タクマ!よそ見するな!」

 いつも優しい言葉を使っている先輩が、激しく厳しい声を飛ばしているのには、初めこそ驚いたけど、先輩の違う一面を素直にカッコいいと思った。

 練習が終わると、汗と泥まみれになった先輩の元へと駆けていき、先輩のことを見上げながら、今日はどんな練習をしたのか話すのが日課になっていた。

 「たくさんバットを振ったよ」

 「あそこまで投げられたよ」

 「前より速く走れるようになったよ」

 敬語も使えない僕の話を聞いてくれて「イサトくんは頑張ってるね」とか「きっと上手くなるよ」なんて言われて、嬉しかった。

 

 そして高一の夏。

 先輩が通っていた高校に入り、かつて先輩がキャプテンを務めていた野球部にいる。

 練習試合はこちらの勝利で終わり、同じ一年生たちと片付けをしていると、グラウンドの向こうから何人かが歩いてくるのが見えた。

 先輩だった。

 OBである先輩は卒業後、大学生になっても何度か顔を出していた。初めての再会の時は憧れの先輩に会えたことが嬉しかった。

 「こんにちは‼︎」

 帽子をとって頭を下げる。

 その声に気づいた他の一年生たちも、同じように挨拶した。

 先輩は「おつかれ〜」と言いながら歩いていく。

 僕の前を通り過ぎると、ミーティングを終えた三年生が走ってきて次々と挨拶をしていた。

 先輩は「ようユウタ、何本打った?」とか「ハヤトは肩の調子どう?」とか聞いていて、後輩にアドバイスなんかをしていた。

 それを背後に聞きながら、僕は黙々とグランド整備をしていた。

 整備が終わってトンボを片付けていると後ろから先輩が声をかけてきた。

 「近藤くん、お疲れ」

 「お疲れ様です」

 「また体でかくなったんじゃない」

 肩の辺りを触りながら聞いてくる。

 「そうですね。たくさん食べてるんで」

 僕はいつも通りの笑顔を貼り付けて答えた。

 「まあ、今は我慢の時期だから。三年のこと、しっかりサポートしてあげてよ」

 「はい」

 こちらを見上げてくる先輩は、最近覚えたであろう下手くそなウインクをして去っていった。

 もう先輩を見上げることが出来ないくらい、僕の背は大きくなっていた。

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お前に縫い目を刻みたい 赤井朝顔 @Rubi-Asagao0724

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