暴食魔王 with the スワンプマン 〜魔力なしの俺がひたすら魔術を研究した結果、気付けば厄災級のラスボスになっていました。過保護な令嬢たちに溺愛されながらも自由に生きます。〜
017 - 公爵家姉妹は男女の距離感がバグっている
第二章 - 魔王顕現編
017 - 公爵家姉妹は男女の距離感がバグっている
相変わらずがたがたと居心地の悪い馬車の中で、けれど心地よく目を覚ました。
後頭部に伝わるのはむにゅりとしたやわらかな感触だ。
まどろみの中で目を開けようとすれば、眩しくないようにと気遣った女の手のひらがゆっくりと俺の瞼をなぞる。
「おはよ、ハロ。お前はよく寝るね」
額を撫でる指の隙間から、ザリアがこちらを見下ろしている。
やわらかな太ももの上に頭をあずける、いわゆる "膝枕" というこの体勢──
ここ数日の共同生活で、段々と気恥ずかしさはなくなってきた。
「…………」
「ぼーっとしてんなあ。まだ眠い?」
「まあ、ちょっと……野営ってのが慣れてなくて」
そうかそうか、とにまにま笑って、ザリアは俺の髪を撫でた。
幾度も
ここ数日は野営と移動の繰り返しだ。
交代で行う夜の見張りのために寝不足気味で、日中はこうしてまどろむばかり。
それにしても公爵令嬢の膝枕などという背徳的な真似が許されるのは、このボックス型の馬車がそう大きいものではないから、という理由がまず挙がるが──
それを抜きにしてもこの姉妹は妙に距離感が近い。
俺が子供だと思って無防備になっているのか、それとも元からこういう性格なのか。
なんとも不思議な感覚だが、これはザリアだけでなくノーチェの方も同じ。
俺が目を覚ましたことに気付いたノーチェは向かいのソファから軽く立ち上がって身を屈ませ──
「…………」
──無言でじいっとこちらを見つめたのち、俺の頬に口先が触れる程度のキスをした。
俺には分かる。これは母が子に、姉が弟にするような挨拶代わりのキスだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「おはよう、ハロ」
普通はそっちが先だろ。
何事もなかったようにソファへと戻るノーチェに、俺は呆れる。
「……ザリア、君の妹はこれでいいのか?」
「なにが? ノーチェは今日も世界一かわいいけど」
「ああ、そうですか」
この魔性どもめ。
「ハロ、右腕の治療」
「そうだった。今日もよろしくお願いします」
ノーチェから言われて、俺はザリアのからだに頭を預けたまま、右腕だけを差し出した。
否、実際には差し出したというより、動かない右腕をノーチェが勝手に掴んで伸ばした──というほうが正しい。
俺の右腕の麻痺は悪化した。
それは未だ元に戻らず、現在ノーチェたちと共に治療中である。
まずは
手のひらを握っては離す、腕を折り曲げては伸ばす、水平に置いたポーション瓶を指で押さえつけて前後に転がす──
そんな基本的な筋トレだが、まあ暇つぶしにはちょうどいい。
「痛みは?」
「まったく。前より楽だよ」
前は中途半端に痛覚が残っていたから神経痛に悩まされていたが、ここまで麻痺が進むともはや何も感じない。
「そういえば、目的地まではあとどれくらいだ?」
ふと思って聞いた。
今朝話していた感じでは、今日のうちに到着するとのことだったが──
「ああ、そういやハロは寝てたんだったね」
「もう壁が見えてきたよ」
そう言って、姉妹は俺の上体を起こした。
上半身は手伝ってもらわなくても動くんだけど……などと思いながら、俺は窓の外を覗く。
平たい草原の向こうには、たしかに巨大な石の城壁が見えてきていた。
馬車の走る街道もまたいつの間にか整備された石造りに変わっていて、まっすぐ城門へと続いている。
左手側から流れる大きな河川もそのまま外壁の中に取り込まれ、こちらは街の水路へと合流している様子だった。これだけでも豊かな街であることがよくわかる。
「あー! はやくお風呂入りたい!」
「……うん、私も」
ザリアの叫びに、ノーチェも珍しく感情のこもった声色で重く頷く。
俺の知る
風呂を嗜む文化もあれば、下水道と上水道の分類もある。
これは水魔術や土魔術の存在によって水道工事が発展しやすかったためだろう。
なんにしても公爵家出身のお嬢様方としては、
「ハロは片腕使えんし、ウチらが洗ってやるからな〜」
何言ってんだこいつ。
「街への出入り、言っていた通りにお願いね」
「へ、へいっ! お任せを!」
ノーチェの言葉に御者はびくっと背筋を震わせ、未だ怯えきった様子で言いなりに頷く。
そういうわけで、俺たちはついに目的地へと辿り着いたようだった。
しばらく走ると、門がはっきりと見えてきた。
ここでは役人による審査があり、身元のはっきりしないものを弾いたり、またほとんどの市民には通行税の支払いがあったりする。
今回の場合、俺には自分がモスカネイラの人間であることを証明する手立てがない。
なので本来なら審査不合格の対象となるのだが──
今回の場合、俺の身元を保証してくれるのはもちろんレヴィ公爵家、そして御者の彼だ。
御者のほうは町一番の大商会で仕事をしている男なので、当然それなりの通行許可証を有している。二組以上の保証があると役人の印象がいいのだとか。
「ハロ、なんか緊張してね?」
「するだろ。ここがダメだったら行くあてがない」
「意外と心配性だなあ……大丈夫だって、話はウチらがするんだから。お前は大人しい顔してればいいの」
通行税もアイツに払わせるし──と言ってザリアは御者の男を指差した。
ここだけ切り取れば完全にチンピラのセリフなのだが、残念ながら彼女は公爵家のご令嬢だ。
「大丈夫」
ノーチェもまた俺の背中を押すように言った。
やがて馬車は門の目の前まで到着して、二名の門兵に止められる。
御者が最初の応対をして、しばらくすると門兵のひとりが馬車の中の俺たちに声をかけた。
「レヴィ公爵家のお嬢様方だと伺ったのですが、その……」
「はいはい、通行証と貴人紋、あとギルドカードね」
「ありがとうございます、拝見いたします」
気だるげに書類やらバッジやらを見せるザリアに、門兵はぺこぺこと頭を下げて手早く確認を済ませた。
商人だろうが貴族だろうが街を跨ぐためには必須となる通行証に、貴人紋とは各貴族の身分を証明するための意匠だ。家柄ごとに製法が秘匿されて模倣ができない。ザリアたちの場合はそれをローブの裏手に刺繍している。
チェックは問題なかった様子だ。
最後に門兵は俺のほうを見た。
「そこの少年は……おふたりが後見なさるということですが」
「ハロね。顔が可愛いから拾ったの。ウチらのお気に入り」
「なにか問題がある?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
ザリアとノーチェのふざけた返答に、門兵はそれ以上聞かなかった。
代わりにしばらく俺の方を見て、そして馬車の中へと腕を伸ばす。
「ドゥーラへようこそ」
「え? ああ、どうも」
なにかと思えば握手だ。
動く方の手でぎゅっと握り合い、そして離す。
それから門兵は、ザリアや御者にも同じく「ドゥーラへようこそ」との挨拶をしてその場から離れた。俺たちを乗せた馬車がゆっくりと動き出し、いよいよ街の中へと進んでいく。
城壁から少し離れて、ぷはっ、とザリアは息継ぎをした。
「ちょっとだけ怪しまれてたかな? でも突破! セーフ!」
「今の怪しまれてたのか?」
「……手の様子を確認されたね。剣を握るにもペンを握るにも、訓練した者の手には特徴が出る。経歴を隠そうとする人間は工作員である可能性が高い」
「なるほど」
相手が公爵家だからと不審者をスルーしない、いっそ好感の持てる勤務態度だ。
まあとにかく、とザリアは続けた。
「本当ならこのまま風呂に直行の予定だったけど……ちょい疑われてる感じなら、先に身元をしっかりさせとこうか」
「身元?」
「うん、冒険者ギルド」
けっこう役に立つんだぜ、と言ってザリアは手元に名刺サイズの紙切れをかざして見せる。
それは通行証や貴人紋と同じく、彼女らが門兵に確認させていた身分証のひとつ──
"ギルドカード" と呼ばれる冒険者ギルドの組合員証であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます