018 - 冒険者ギルド
「お、お世話になりやした、ノーチェ様、ザリア様、ハロ様……!」
「お疲れさま。もう変な仕事を受けたらダメだよ」
「へ、へいっ! 肝に銘じやす!」
ノーチェは世話になった御者をいよいよ解放してやり、俺たちは自分の足で街を歩くことにした。石畳の大通りをまっすぐ行く。
ドゥーラの街はよく賑わっている。
いわゆる交易拠点だ。世界を渡り歩く商人たちの休憩所として栄え、各所で露店や市がひしめき合う。
街並みはほとんどが石造りだが、人々が明るいおかげでどんよりした印象はなく、空気がからっと乾いているのもあって過ごしやすい。
「雨が少ないから森が大きく育たない、火事への備えにもよく、土魔術のおかげで建築コストも低い……たしかに木造建築に頼る必要がないな」
「……地理学にも興味があるの? 貪欲だね」
「いや、まあ。これは魔術へのモチベーションとはちょっと違うかも」
「ハロはなんでも興味津津だな〜」
と、ザリアは微笑ましそうに言う。
少し気恥ずかしくなって、俺は黙った。
俺たちが今向かっているのは冒険者ギルドという場所だ。
ギルドというのはいわゆる組合のことであり、すなわち冒険者ギルドとは冒険者への依頼仲介、業績管理、情報支援といった役割を持つ団体である。
では冒険者とは何かと言えば、まあいわゆる "何でも屋" が近い。
元は世界を飛び回って危険地帯を調査する探検家をそう呼んだそうだが、今では魔物の討伐や用心棒、人探しや郵便配達まで、とにかく何でも任せられるフリーの傭兵のように扱われている。
今から俺は、そんな冒険者になるためにギルドへ行く。
冒険者になる理由は仕事をするためではなく身分証明のためだ。
ギルドの組合員になるとギルドカードが発行してもらえる。これにはそこそこ強力な身分証であり、少なくとも街と街を行き来するのには不便がなくなる。
というのも冒険者は世界のあちこちを飛び回る職種なので、旅先での不便がいくつか免除されるようになっているのだ。
街としても近隣の魔物被害をどうにかするためには他所から冒険者を呼び込む必要があるので、そういう意味でも彼らは歓迎される立場と言える。
「……というか、ふたりは冒険者だったんだな」
「まあね。旅をするなら便利なんだよ。面倒なノルマもあるけど!」
「この街のギルドには、ハロを訪ねる直前二ヶ月くらいお世話になってた」
なるほど、元々拠点にしていた街だったのか。
貴族が冒険者として登録する例は、もちろんレアだがない話でもないらしい。
とはいえ公爵令嬢がそんなことをしていいのか? とは思うが……俺は未だこの姉妹がどういう立場にいるのかよく分かっていないのだった。
街をぶらぶらと見物して歩きながら、やがて俺たちはギルドに辿り着いた。
二階建ての巨大な建物だ。玄関口は常に開いたままにされ、一階は集会所といった様相。掲示板には無数の紙っぺらが所狭しと貼り出され、おそらくあれが依頼書なのだろうと分かった。
あちこちのテーブルでは革鎧や武器を携えいかにも戦士然とした男たちが好き勝手な会話を広げ、騒がしくしている。どこかからアルコールの匂いまでする。
まさに喧騒だ。
これがギルドのスタンダードなのかと俺は思ったが、ザリアたちからしてみると違うようだった。
「なになに? なんか今日騒がしくね?」
「変だね」
ザリアとノーチェが頷き合う。いつもとは様子が違うらしい。
けれど入口から中の会話に聞き耳を立てていれば、騒ぎの原因はすぐに分かった。
「数年前から各地で目撃報告のあった氷竜ジーヴラ、まさかそのような片田舎の小山に隠れ棲んでいたとは!」
「貴族さまはてんやわんやだとさ。屋敷の壁をトロールにぶっ壊されたそうだ」
「市民には大した被害なかったんだろ? 不幸中の幸いじゃないか」
「魔物の群れは退散したそうですが、未だモスカネイラ家からは救難要請が出されたままになっています。依頼書はこの通りです、参加希望者は明日の朝までに準備をまとめてください!」
「はっ、何が竜種だ! この俺が討伐してやるぜ!」
…………。
俺たちは顔を見合わせた。どうにも心当たりのある会話ばかりが聞こえる……というか、おそらくそれはすでに俺たちが解決してしまった案件だ。
「……どうする?」
俺が様子を窺えば、ノーチェは特に興味もなさそうに首を傾げ、ザリアは気まずそうに髪をいじる。
仕方なく口を開いたのはザリアの方だった。集会所の中に一歩踏み込み、皆の話を遮るように言う。
「あー、お前ら、ちょっといい? その話、盛り上がってるとこ悪いんだけど──」
そして次に紡いだザリアの言葉に、ギルドの時間はぴたりと止まった。
「──ごめん、そいつもう倒しちゃった」
その一瞬、しん、と静まりかえった。
皆がぽかんとした顔で俺たちのほうを見て、依頼書を高く掲げていた受付嬢らしき女性もまた、手からひらりとそれを取り落とす。
彼らが再びざわめき出したのは、一拍遅れてのことだ。
「た、倒した? 誰が? 何を?」
「おい、あれってレヴィ家の魔術師姉妹じゃねえか! まさか竜種をたった二人で……?」
「冗談だろ、今から何十人かき集められるかって話をしてたところだぞ!」
「いや、待て。後ろの白いガキは誰だ?」
「ザリア嬢、ノーチェ嬢、アンタら戻ってたのか! そういやここしばらく見てねえと思ったら……!」
……とんでもない騒ぎになっている。
それにしても、ザリアとノーチェは案外に同業者たちから受け入れられているようだ。まあ、なんかいい意味で貴族っぽくないもんな、この姉妹。
騒ぎ立てる冒険者たちを割って、受付嬢らしき女性が目の前に飛び出た。
「え、えーっと……」
きょろきょろと視線を彷徨わせ、挙動不審気味にザリアに尋ねる。
「ザリアさん、それはその、何か冗談を言ってらっしゃるんですか……?」
「なんで? ウチこういうときあんまり冗談とか言わないよ」
氷の竜を倒してきた、とはっきり言って、ザリアはノーチェにちらりと視線を向けた。
以心伝心、ノーチェはポーチから竜の魔石を取り出し、受付嬢に手渡す。
「これ魔石。鑑定したら竜のものだと分かるはず」
「は、はいっ!? わ、分かりました、今すぐに……丁重にお預かりします!」
受付嬢は「鑑定おねがいしまーすっ!」とカウンターに呼びかけ、やってきた鑑定係に魔石を預けた。
「それにしても相変わらずお強いですね……まさか、おふたりだけで?」
「いいや? まあウチらもちょっとだけ働いたけど、一番貢献したのはこいつだから」
そう言ってザリアは──不意打ちのように俺を指差した。
そのときだ。皆の視線がぎょろりと一斉にこちらを向いた。冒険者たちの戸惑いと疑いを肌で感じ取る。
……ああ、なにか嫌だ。
今世の俺は人と話すタイミングがなさすぎて、声帯が物理的に萎んでしまうくらいにはコミュニケーションに不慣れなのだ。そわそわする。
「お、おいおい、それこそさすがに冗談だろ……」
「正気か? あのガキいくつだ? ザリア嬢より下だよな?」
「ざ、ザリアさん? あのう、この白い子は一体……」
おそるおそる俺を見る受付嬢。
そもそも "貢献" といったって、あの氷竜に一番の決定打を叩き込んだのはレヴィ姉妹なのだが……そんな俺の思考を見透かすように、ノーチェは「呪いを解いてくれたのはハロだよ」と耳元で釘を刺した。
「こいつはハロ。氷竜を墜とし、殺した魔術師だ。今日はハロを冒険者にするために来た」
「えっ、冒険者でもない子が竜を倒したんですか!?」
……かっこいいように言いやがって。
そもそも俺は魔術師でも何でもないんだけど……まあ傍から見たらやってることは同じだし、この場ではそれでいいか。
「ウチとノーチェからの推薦ね。つーわけで、登録手続きよろしく!」
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