3.Double Seven


 ゴールデンウイークが終わって最初の登校日、やはり私は浮かれていた。

 長い休みの間、好きな人に会えなかったのだから当然だ。

 しかし、あまりにもうっきうっきの浮かれた状態で会うのも考え物だ。奏子は笑ってくれるだろうけど、私としては少し恥ずかしい。

 だが、意識して誤魔化せたのは気持ちまでで、頭と体は正直だった。


 昨日の夜は眠れなかった。

 明日は待ちに待った奏子に会える日だ!と早くベットに着いたが、寝たのはいつもよりずっと遅い時間。

 運よく?睡眠は取れたが、起きたのはいつもよりずっと早い時間。遅寝早起き。健康に良いのかよく分からない単語だったが、気にせずそのまま登校。しかし着いてびっくり教室にはまだ誰もいない時間だった。

 いつもは時間ギリギリの登校なだけに、初めて見た光景。そういえば前に奏子が私が教室に入るまで出待ちしてた事があったっけ。折角早く来たんだし、今日は私が奏子の事を出待ちしてみよう。

 片肘をつきながら頭を支えて、登校してくる人全員を眺めていたが、目が合う人はいなかった。

 ただ1人を除いて。

 奏子は教室に入りながら私の方を見ていたのだ。

 お互い目がぱっちり。

 思いがけず目を逸らしそうになったが、ギリギリの所で踏み留まる。ここで目を逸らしたらやましい気持ちがあるみたいじゃないか。

 小さく手を振る。奏子も同じように手を振り返してくれた。

 そのままずっと奏子を目で追い続ける。

 自分の机に荷物を置いてこちらを振り返る。あ、また目が合った。

 奏子がまたか、と笑いながらスタスタと私の方へ向かってくる。

「おはよう奏子。」

「おはよう。今日はよく目が合いますね。」

「え!?多分気のせいだよ……。」

「そんなわけないでしょ。今日は唯が珍しく早く来てると思ったらそのままずっと私の事見てるんだから。」

「それは、久しぶりに会ったから……。」

「久しぶりって、ゴールデンウイークだけじゃない?でもその前は休日の2日が会わない1番長い時間だったから久しぶりではあるか。」

「そうだよ!お久しぶり!」

 少し大げさに誤魔化してる感はあるけど気にしないで欲しい。

「お土産しっかり持ってきたからね。今日は火曜日。昼休みに学食行く時渡すから楽しみにしていてね。」

「今日持って来てくれたんだ。ありがとう。楽しみにしてるね。」

 笑顔で返す。持ってきたという事は、あまり大きくもなく重くもないものであろうか。聞こうとしたが、あまり詮索しても後程の楽しみが薄れてしまうからやめておこう。

「じゃあ、また後でね。」

 奏子が席に戻っていく姿も後ろから眺める。その後も無意識にずっと奏子の後ろ姿を眺めていたが、その事実に気付いたのはHRが終わった後だった。


 待ちに待った昼休み。

 奏子は小さな紙袋を持って来た。 

「これ?お土産だよ。学食着いたら渡すからね。」

 最近視線の方が私の発する言葉より分かりやすく伝わってる気がする。ほとんどが無意識な部分だから気を付けないといけない。

「私達まだ学食行ったのって少ないよね。」

「そうだね。この学校の学食って他の学校のよりメニューかなり多いらしいよ。」

「そうなんだ。全メニューコンプリート目指すのも面白いかもね。」 

 到着。

 私と奏子は同じメニューを頼んでいた。嘘。私が奏子とこっそりと同じものを頼んだだけだ。

「それじゃあお土産発表会~。といただきます。」

「わ~。いただきます。」

「食べながら渡すのはお下品なので、お披露目だけして後で渡すね。」

「うん。分かった。」

 奏子が紙袋をごそごそ。そして取り出したのは小さなサメのぬいぐるみだった。

「じゃ~ん。サメちゃんです。この子かわいくない?私見つけた時めっちゃかわいい!って思って買っちゃいました。かわゆい唯さんにぴったりかなと思いまして。」

 ちょっとからかってるのだろうか。

 しかし、サメが可愛いのは頷ける。サメと言えば海の中でもかなりの大きさをほこり、凶暴で、肉食で、見た目も恐ろしい。だがこの子は両手に乗っけるとちょうどよい程の大きさしかなく、目なんかまんまるで本来の恐ろしさなど微塵もなかった。

「かわいいねこの子。水族館行った時の?」

「そうだよ。あのみんなで集合写真送ったやつね。本当はカタツムリかダンゴムシにしようかと思ったんだけどね。ごめんこれは嘘。売店に行った時にこのサメちゃんと目が合ってね。これだ!って思って。気に入ってくれた?」

「うん。ありがとう。部屋で1番目に付く所に飾っておくよ。」

「それは良かった。なんなら名前付けてあげて。」

 またも奏子が紙袋をがさごそ。

「はい、これもおまけであげるね。本当はサメちゃん1匹の予定だったんだけど、帰り際に見つけちゃってね。」

 といい、小さなキーホルダーを取り出した。

「これは、イカのキーホルダー。唯の家でやったゲームがイカで泳いでたの思いでしてさ。ちょっとしたネタ枠で買ってきたの。」

「小さいのに随分とリアルなイカだねこれ。ゲームのイカはデフォルメされていてこれとは違うけど、これはこれで可愛いね。スマホに付けようかな。」

「え!まじ!?ここまで評価貰えるとは思ってなかった。気持ち悪いって言われるの覚悟で買ってきたのに。それならもう1個買ってきてお揃いにすればよかったな~。」

 お揃い。それはとても魅力的だ。けど奏子は1個しか買ってこなかったのか。残念。

「私生き物は結構好きだよ。あんまり変な見た目とか、嫌な生き物は敬遠しちゃうけど。」

「そうなんだ。新しい唯の好み発見!」

 そう言って奏子は嬉しそうに笑う。

「お土産ありがとう。大事にするね。ご飯冷めちゃうからいただきましょう。」

「そうだね。いただきます。」

 

 2人とも食べ終わった頃、また奏子が紙袋をがさごそし始めた。そして1枚のパンフレットらしき紙を取り出した。

「今度近くで七夕祭りがあるんだけど一緒に行かない?」

「っ?」

 いきなりの奏子の提案にびっくりして、まともに声が出せなかった。

「おばあちゃんちで貰ったやつなんだけど、この辺でやるらしくてさ。この前折角唯にゴールデンウイーク遊ぼうって誘って貰ったの断っちゃったし。っておーい話聞いてますか?」

 奏子が私の前で手をふらふら振っている。勿論聞いてますとも。

「うん!絶対行く!七夕って事は7月7日だよね?その日は休日なの?」

「今年はラッキーな事に土曜日だよ。」

 パンフレットには七夕祭り7/7(土)という大きな文字、笹の葉に吊るされた短冊、夜空に浮かぶ花火の絵等が描かれていた。こんなの奏子と言ったら絶対楽しいじゃん。

「私達ってまだ休みの日、遊びに行った事無かったじゃん?用事があったとはいえ、唯からのお誘い断ったの勿体なく思って。その埋め合わせは言葉が悪いかもだけど一緒に行ったら絶対楽しいよね?と思って。」

「そうなんだ。ありがとう。」

 あの時誘った言葉が思いがけず別の形で返ってきたようだ。

「じゃあ決定~。そして解散〜。」

 解散と言っても私達同じ教室に戻るのに。

 奏子が少々浮かれて見えるのは、スキップ気味な歩幅からも間違いないだろう。

 あ、奏子さん。お土産私に渡し忘れてるから後で頂戴ね。

 

 今日は私にとっていい事がありすぎた。約1週間ぶりの再会に、お土産と七夕のお誘い。いい事がありすぎて事故にあうんじゃないかと思ってしまう位だ。危ないからいつもの倍近く注意して帰宅しよう。

 というのは半分冗談だけど、約1ヶ月後が今から楽しみでしょうがないのは確かだ。

 当日何を着て行けばいいのか、何を持っていけばいいのか等考えなくてはいけない事が沢山あるのだが、そんな事も全て楽しみに思えてしまう。

 

 そして、遅めの梅雨明けと共に、七夕祭りの1週間前がやってくる。

 


 ー   7/2(月)  唯   ー


 

 「放課後空いてない?私バイト始めてみようと思うんだ。だからちょっと相談に乗ってくれない?」

 週明けの月曜日、奏子に言われた最初の言葉がこれだった。それ位の相談なら別に昼休みでも大丈夫な気もするが、放課後の指定。何か思う事があるのだろうか。

「いいよ。でも私バイトした事無いけど役に立つのかな?」

「当り前じゃない!ありがとう。じゃあ放課後一緒にドーナツ屋行かない?」

「分かった。行こう。」

 初めての放課後に遊びへ行く予定が立った。これはいわゆるデートではないか?デート。初デート……。初放課後デート!

 ニヤけそうになる顔を引き締めて頷く。奏子は真剣に相談に乗ってほしいと言っているのだ。その相手に選ばれたのだから、その役目を全うしないと!勘違いするんでないぞ私!


 そして放課後。

 ドーナツ屋。

 私はスマホと財布を片手に、腕をブンブン振り回していた。

「唯さん気合入ってますね~。そんなに楽しみだったの?」

「うん!奏子はどれが食べたい?私が取るから好きなの言って。」

 ここのお店はショーケースに並んでいるドーナツをセルフ形式で取る形だ。私がその取る役をかってでる。

「あ。ごめん奏子。荷物預かってくれない?流石に持てないや。」

「スマホと財布とお盆とトングは腕2本じゃ操れないね。いいよ。貸して。」

 奏子にスマホと財布を渡す。

「じゃあ私はこれとこれにしようかな。あ。唯のスマホ鳴ったよ。唯ママからだって。」

「ごめん今手が塞がってるから見てくれない?多分お使いだから。」

 奏子の選んだのはこれとこれで。私のは……これとこれにしよう。1種類は奏子とお揃いにする。

「……。唯の言った通りお使いの依頼だったよ。ケチャップ買って来てだって。」

「はーい。分かったって返信しといて。それとお会計もしてくるから財布だけ頂戴。奏子は席取っといて。」

 奏子が口ごもっていたけどどうしたのだろうか。

 会計を終わらせて奏子の所へ戻る。私の席と思われるところに既に奏子のドーナツ分のお金が置いてあった。

「会計ありがとう。それ私の分だからしっかり受け取ってね。返金は受け付けません。」

 どうやら私がお代はいいよと言うのを見透かしいたらしい。これは先手を打たれてしまった。

「了解。回収させて頂きますね。これ奏子の分のドーナツだよ。」

「ありがとう。これスマホ。言われた通り返信しておいたけど確認しておいてね。」

 母からのメッセージに分かった!スタンプが押されていた。私がよく奏子に送るやつだ。

「バイトの相談だよね?ってどうしたの奏子?具合悪い?」

「え?何もないよ?ちょっと考え事をしてただけ。」

「バイトの?」

「違うよ~。いや違わないバイトの!」

「?」

「ごめんあんまり気にしないで……。バイトの相談をさせて下さい……。」

 奏子がちょっと変な気がするけど、なんでもないって言ってるしここは気にしないべきなのかな。

 

 奏子の相談事は正直相談する必要あるのかな?という内容だった。私視点で都合よく言うと放課後デートする口実を作った、みたいな感じ。

 こんな事奏子には申し訳なくて言えないけど、デートは楽しかった。

 お使いも付き合ってくれたし、ありがとう。

 


 ー   7/3(火)  唯   ー


 

 今日は奏子のバイトの面接日である。昨日の放課後デートへ行った時に言っていた。

 つまり私は今話す人がいなくて暇なのである。……嘘。大体いつも学校終わったら暇である。

 でも、今奏子に連絡しても返信は来ないであろう。

 そんなに毎日してるわけではないが、なんか特別な気がしていた。

 放課後の自室。

 いつもは帰ったらほとんどゲームを始めているのに、今日はベットで寝転がっていた。

「なんか落ち着かないなあ。何でだろう。奏子が面接に行って頑張ってるからかな?そういえば奏子はどこバイト行くんだろう。昨日相談されたけどその辺何も聞けてなかったな。というか相談っていう割には相談らしい事されなかったし……。奏子がバイト始めるなら私も始めた方がいいのかな?やるならなんだろう。楽そうなのは、あまり動く必要がなさそうな室内での接客とかなのかな?でも楽そうだからなんて理由で志望されてもお店側の人は迷惑か。もうこの時点で私はクビ!その点奏子は頑張ってるな~。何か目標のために頑張る自慢の彼女。それを応援する私。何かいい関係じゃない?」

 ふと、奏子の事を彼女と言ってしまった。違う。まだ付き合ってもいないし告白もしていない友達だぞ!

 部屋で独り言。その独り言で頬を赤らめる。

「最近多いな私。本人の前で無意識に言わないようにしないと。言ったら大問題だぞ私!はぁ……。奏子は何でバイトを始めたんだろう。何か欲しいものでもあるのかな?待って!奏子がバイト始めるって事は今後一緒に遊べる時間が減るって事じゃない!?それはちょっと寂しいかも……。でも奏子は頑張るって言ってたしどうすればいいのー。」

 今更衝撃の事実に気付いてベットの上でじたばたし始める。

「ちょっと唯うるさいよー。Gでも出たのー?」

「ごめーん。何でもなーい。」

 怒られた。

 またひとつはぁ、とため息。

 この前新しくやって来た部屋の住人のいる所へ顔を向ける。ゲーミングモニターに向き合う私に対して正面を向くように配置されたサメ。間違いなくこの部屋で1番目に付く場所だろう。

 サメを見ても疑問は解決するはずもなく、またベットに寝直す。

 

 もやもやしてるうちに寝てしまった。

 起きたのは夕食より後。勿論その後は寝られなかった。

 


 ー   7/4(水)  唯   ー



 今日私は学校の休み時間、机に突っ伏してばかりだった。

 理由は簡単で昨日変な時間に寝てしまったせいで本来の時間に眠れず、朝方までゲームをしていたからだ。

 しかし、短い休み時間で寝られるわけがない。

 寝たふりをしていると背後から奏子の気配が。顔を上げてみると、びっくりした顔の奏子の姿があった。

「え?なんで分かったの?足音消したつもりだったんだけど。」

「奏子の匂いがしたからだよ。というか足音消して近づいて何しようとしたの?」

「別に~。いたずらしようなんて思ってませんよ。というか匂いって何?私そんなに体臭キツい?」

「全然キツくないよ。悪臭とかそういうのでなくて、人間の自然なものだから。」

「ふーん。もしかして唯って犬?」

「いや、人だけど。」

「ごめんごめん。私の匂いってどんな感じなの?今の話聞いてめっちゃ気になったんですけど。」

「どんな、か。例えばりんごの匂いはりんごじゃん?多分一般的に通じると思う。その一般的で例えられる物は無いかな。言ってしまえば奏子の匂い。遺伝子的な奴。私は好きな匂いだよ。」

「難しい事言いますねえ。遺伝子的な匂いと来ましたか……。」

「うん。柔軟剤とかシャンプーとかの匂いも混ざってるけど、メインはそれだよ。この前泊まりに来た時も、うちのお風呂出た後全然違った匂いしてたし。」

「待って。その話めっちゃ恥ずかしい……。すっごい疑問なんだけど、遺伝子的な匂いって何?」

「人の遺伝子には匂いがあるんだけど、生物上子孫を残す関係で遠く離れてるほどいい匂いに感じられるっていう話。極端な例を言うと身内同士の結婚は薦められてないのがそれで、自分とより遠い遺伝子と組み合わせたほうが人類の進化上良い事だからそう感じられるんだよ。」

「物知りだね唯博士。」

「私は昔から嗅覚には自信あって、そのついでに調べただけだよ。」

「なるほど~。今の話って聞かなきゃ分からないけど聞くと面白い話だよね。あ、チャイムが鳴った。また後でね。授業中は寝るんじゃないよ~。」

 奏子が自分の席へ帰っていった。

 私今結構偏った趣味?の話をしてしまったけど大丈夫だろうか。というか流れで言っちゃったけど奏子の匂いって何。本人の目の前でとんでもないパワーワードを言ってしまった気がする。ちょっとだけ恥ずかしい。

 考えすぎかな。奏子も面白い話って言いながら真面目に聞いてくれてたし。

 授業が始まる。

 机に突っ伏して寝るのは流石に失礼だから座ったまま寝よう。

 あ。奏子に寝るなって注意されたばかりだった。

 

 

 ー   7/5(木)  唯   ー



 今日は学校が終わるなりすぐ解散した。

 そういえば今週はびっくりする事が多くて後回しになっていたが、週末に行く七夕祭りの用意をしなきゃいけないんだった。

 持ち物は……貴重品があればいいのかな?特に遠出するわけでもないし。

 移動方法もそんなに遠くなさそうだし、徒歩でいいだろう。奏子が公共交通機関使うって言うならそれでいいし、そこまでも歩いて行ける。

 問題は服装だ。祭りだから浴衣とか?奏子は恐らく浴衣で来るだろう。私も着るの?着た事無いけど。でも折角だから2人で浴衣の方いいよね。

 「お母さん、今度七夕祭りに行くんだけど私が着られる浴衣ってある?」

 「週末の?奏子ちゃんと行くのかい?私のおさがりでいいならあるよ。ちょっと待ってて。」

 え、意外。家に浴衣あったんだ。

 「はいこれ。やっぱり私の娘だわ。似合うじゃない。唯1人じゃ着られないでしょ?当日着付け手伝ってあげるから。」

 「ありがとう。」

 あっさり決まった。

 

 

 ー   7/6(金)  唯   ー



 七夕祭りの前日。

 昼休みに奏子がお弁当と共に1枚のパンフレットを持って来て、当日短冊が用意されるらしいから一緒に書いて吊るそうという提案をしてきた。しかも書く内容はお互い相談せずに決めて、当日せーので見せ合おうとの事。奏子らしい面白い提案だと思い賛成してきた。


 帰宅して自室。

 早速短冊の内容を考えよう。大事な事は明日あるからまた後でいいやなんて考えずに今すぐやる。

「大事なポイントはお互い内容を見せ合うという所だよね。あんまり変な事は書けないし、私達2人に関する事がいいよね。私の素直な気持ちを書くのはダメ。やっぱり大事な事は直接言わなきゃいけないし。……いや、言う予定は今のところ無いけど!」

 ちょっと話が逸れそうになったので一旦止まる。うーん。何にしようか。

「私と奏子は友達。しかもかなり仲の良い。そんな相手に何を思うか……。」

 ……あれ?よく考えたら簡単な事じゃない?もしかして私、短冊に書くとか一緒に見せようねとかの約束のせいで難しく考えすぎじゃない?

 好きです。という告白は置いといて、私が奏子に思う素直な気持ち。

 なんだ簡単じゃん。

 ふふっ、という変な笑いと共に変な笑顔になる。何でこんな変な顔になったか。多分かっこつけようとしてしまった事への自虐だろう。

 自分の気持ちを短冊用に文章化する。この願いが叶うのなら、いつの時代の私も幸せだろう。

 今度は自分でも分かる自然な笑みがこぼれた。よし。これにしよう。

 後は、当日間違わないよう、今のうちに清書の練習をする事。

 もしかしたら本当に織姫と彦星が叶えてくれるかもしれないし。そんなチャンスに間違った言葉書いたら勿体無いじゃん?


 

 ー   7/7(土)  唯   ー


 

 私はなんて学習能力が低いのだろうか。

 次の日に楽しみな事があると興奮して夜眠れない。この前も似たような事をしたはずだ。

 案の定今日も遅寝早起きをしてしまった。慣れは来るのだろうか。

 

 奏子との集合時間は夕方という事もあり、朝ごはんを食べてすっかり気が抜けていた。

 食後の満足感と時間的な余裕で、すっかりおねむモードに。

 抗う必要も無いしベッドへ……。これが少しまずかった。

 いつの間にかアラームもセットせずに寝落ち。これは幸せな寝方の1つ……じゃなくて!自分が寝ている事に気付いてハッと飛び起きた時は冷や汗が出た。

 幸いな事に集合時間には間に合う時間だったが、すぐに浴衣の着付けを始める。母に手伝ってもらいながら完成。うん、自分でも似合ってると思う。

 昨日、楽しみでスマホ以外の持ち物の用意をしていた私ナイス。持ち物を持ってすぐに家を出る。

 間に合う時間とはいえ、奏子を待たせるわけにはいかない。そう思うと自然と早足になる。勿論、楽しみだという気持ちも、だけどね。

 

 集合場所に着くと奏子はすでに立っていた。やっぱり奏子も浴衣を着ていた。私も浴衣にして大正解。

「ごめんお待たせ。待ったでしょ?」

「全然待ってないよ?てか集合時間20分前だし。私たち2人揃って早く来すぎじゃない?」

「私は奏子の事待たせたくなかったから。えーと、浴衣で来たんだね。すごく似合ってるよ。可愛い。」

 思わず可愛いって言ってしまった。だってしょうがないじゃん。可愛いんだもん。

 奏子の浴衣は水色を基調とし、所々に紫色のアジサイが散りばめられている。帯も紫色で、アジサイの色と合わせる事で全体的に青系でまとめており、クールなイメージを持たせる。

 髪型もいつもとは違ってお団子状にまとめてあった。そして髪飾り。

 やはりスタイルが良くて顔が可愛いと何を着ても似合うなぁと改めて感じる。

「ありがと。今日、唯は忙しかったの?朝からメッセージ送っても反応無かったじゃん。」

「え!うそ!?ごめん無視してたかも。」

 スマホを確認してみると奏子から沢山メッセージが届いてた。

「昨日眠れなくて、代わりに今日の朝から寝てました。起きたのも家を出る前で、スマホも確認せずに家を飛び出して来たの。それで反応しなかった上に遅れて来ちゃいました。ごめんなさい。」

「いや、だから時間には一切遅れてないからね!それに私一切怒ってないよ。ちょっと心配しただけ。それに私が早く来たのには理由があるの。」

 奏子が手提げから何かを取り出した。そしてそれを……え?私!?私に手渡してきた。

「これ唯にプレゼント。これを渡したくて集合場所と時間を決めさせてもらったの。開けてみて。」

 奏子に渡されたプレゼントを開けてみると、そこには花が3個と、その下にビーズで垂れ幕のような流れを作った物が付いている髪飾りが入っていた。

 なんか見た事ある気がするけど……。あ!奏子が付けてたやつじゃん。奏子の髪飾りと見比べてると

「気付いたね。そう、私のとお揃いだよ。付けてあげるからこっち来て。」

 言われるがままに奏子の所へ。こんな風に髪をいじられるのは2回目かな。と言っても今回は髪飾りを付けてもらうだけだけど。

「はい、出来たよ。似合ってる。やっぱり可愛い娘は何しても似合うから得だよね~唯さん。」

 また奏子は恥ずかしげも無くそんな事を言う。嬉しいんだけどやっぱり照れる。

「普段使いには派手で難しいと思うけど、今日みたいな祭りの日はいいと思ったんだ。良ければ今日お揃いで一緒に回ろう!」

「勿論!それとありがとう。」


 お揃いという事で記念撮影をした後、七夕祭りの会場へ向かう。

「そういえば奏子バイトはどうなったの?」

「ごめん言ってなかったっけ。受かりましたよ。」

 そうか受かったのか……。奏子はいい娘だし、当然と言えば当然だ。ただ、今後、もしかすると一緒に遊ぶ機会が減ってしまうかもしれない。それはちょっと寂しい。

「でもね、あんまり入れない事にしたの。平日メインで休日はほとんど無し。こんなので大丈夫なの?って思ったけど店長はいいって言ってくれた。だからもし休日に何かあったら早めに言ってね。その日のシフト希望はバツにするから。」

 それって私の事を考えてその希望にしてくれたって事?びっくりして高速で振り返り、奏子を見つめてしまう。

「ほーんと唯は分かりやすいなぁ~。そんな目をキラキラ光らせちゃって。唯に犬の耳と尻尾が見えるよ。あ、匂いの話じゃなくてね。そうだよ。バイトで唯と遊ぶのが減っちゃうのは嫌だったから。」

「うん……。ありがとう。何かあったら早めに言うね。」

 私の奏子がバイト始めるにあたって一番懸念していた事はどうやら杞憂だったようだ。

「あんまり尻尾フリフリしなくていいからね。ほら着いたよ。ずっと寝てたって事はお昼ご飯食べてないんでしょ?なら先に屋台行こう。」

 今日の奏子さん、気遣いが素晴らしすぎではないだろうか。確かに私はお腹が空いていたが、それを今までの会話だけでこの提案をしてくれるとは。私が奏子の彼女だったら、それはもうべた惚れだろう。言われなくても好きだけど。

 私はやきそばとラムネとチョコバナナを買って奏子の所へ。普段なら買いすぎな気もするけど今なら平気。

 この七夕祭り自体、大きいものではなく地域主催のもので、人通りはストレスになるほどではなかった。実際屋台も長くて2人位の行列しかなく、すんなりと買えた。

 奏子と2人で戦利品を抱え、ベンチに座る。

「唯は短冊への願い事考えてきてくれた?」

「うん。悩むかなって思ってたけど、あっさり決まったよ。」

「そうなんだ。じゃあこれどうぞ。さっき私が行った屋台の近くにあったからもう貰ってきちゃった。」

「短冊はいいけどペン2本も貰って来ちゃって大丈夫かな。」

「……ダメかも。先に書いてもらってもいい?あ、まだ見せちゃダメだからね。後で笹の前で一緒に見せるの。」

「分かった。ちょっと待っててね。」

 奏子からペンと短冊を貰って背中を向ける。奏子も私の方に背を向けた気配がする。

 願い事と、しっかり自分の名前も書く。名前を書かないと誰の願いか分からなくて叶えられないらしい。

 奏子の戦利品は飲み物と串物だったため、私からペンを回収した後、食べながら返しに行った。

 戻ってきた奏子の手には行く時とは違い、ヨーヨーがぶら下がっていた。そんなに遠くまで行ったのだろうかと思ったが、私が食べ終わるのを急かさない様に時間を稼ぎながら帰ってきたのだろう。気遣いが素晴らしすぎる。

「ただいま。ちょうど唯も食べ終わったみたいだね。笹の所に行こうか。こっちだよ付いて来て。」

「おかえり。」

 帰ってきた奏子の後に付いていく。奏子の言っていた通り、立派な笹が3本並んでいた。なんか普通の人間じゃ手が届かないすっごい高い所に短冊がぶら下がってるけど、どうやってかけたのだろう。どうしても願いを叶えたい欲張りさんの仕業かな。

「じゃ、見せ合いっこしようか。」

 笹の前でくるんと回って私の方を向く奏子。その表情と行動からとても楽しそうな事が伝わってくる。

 私が書いた願い事は……。

 

 

 ー   7/2(月)  奏子   ー



 なんとなーく唯はお金持ちかもしれないと思った。この前遊びに行った時、部屋の設備すごかったし。調べてみたら10万円程で唯と同じゲームが出来そうだったので、少しずつお金を貯めてみようかなと思った。それがきっかけだった。

 「私バイト始めてみようと思うんだ。」

 初めて唯を放課後誘ってみたけれど、笑顔で快諾してくれた。


 ドーナツ屋。

 今まで見た唯は穏やかな感じの印象が強かったが、今日はやたらと活発的だ。

 ショーケースの前に着くと、4つの道具を腕2本で操ろうとしていた。

 観音様か何かかな?と思ったがやはり人間だったらしく、私に財布とスマホを預けてきた。

 こんな貴重品第1位と第2位になりうるものを平気で預けるなんて私、唯に信頼されてるんだなぁと思った。

 そしてスマホを預かった瞬間を見計らったかのように通知が鳴る。

「あ。唯のスマホ鳴ったよ。唯ママからだって。」

「ごめん今手が塞がってるから見てくれない?多分お使いだから。」

 預けるだけでなく中身も見ていいときた。信頼されてる以上余計な事は絶対しない。預けてくれたとは言え、見られたくないものやプライベートな事は絶対あるはずだ。そこには一切興味を持たずに内容だけを伝えないと。

 スマホにロックはかけてないのかな?と思ったがpinでロックされていた。数字4文字のロックキーが必要な奴だ。

 はて?唯のスマホのロックキーなど知らないぞ?

 唯に聞こうと思ったが聞かずに開けたらびっくりするかな?と、少し悪戯心がうずいて何個か挑戦してみようと思った。

 まず王道0000。違う。唯の誕生日は……確か8/8だ。この前のお泊まり会の時言っていた。じゃあ0808。これも違う。あと3回間違えたらダメだって。次のでダメだったら素直に唯に聞こう。うーん……。まさかとは思うけど私の誕生日。1027。あれ?開いた。

 まさかたまたまな訳ないよね。一緒に私の誕生日も話したんだから唯も知っているはず。

 伝言を頼まれてた事を思い出し、内容を唯に伝える。返信も頼まれた。

 唯ママが唯本人以外が操作してると心配するだろうから、普段の親子の会話を見て違和感ないような返信にしようとして、慌てて手を止める。これはプライベート侵害になってしまう。そうだ、唯ママへはどうか分からないけど、私によく送ってくる、分かった!スタンプを押しておこう。

 その後は、唯に言われた通り席を確保。唯の事だ。お代はいらないよと言いそうだから、先に私の分のお代を唯の席に置いておこう。これなら絶対受け取るはずだ。

「バイトの相談だよね?ってどうしたの奏子?具合悪い?」

「え?何もないよ?ちょっと考え事をしてただけ。」

「バイトの?」

「違うよ~。いや違わないバイトの!」

 なんで私の誕生日がロックキーだっか。こればかり考えていて、返答が変になってしまった。普通に聞けばいい内容なのに。

「ごめんあんまり気にしないで……。バイトの相談をさせてください……。面接って制服でいいの?」

「いいんじゃない?制服って葬儀とかでも許される服だから、学生限定のスーツみたいなものでしょ。」

「履歴書ってコンビニで売ってるやつでいいのかな?」

「変なの選ばなきゃいいんじゃない?」

「じゃあ大丈夫かなぁ?」

「え?相談ってそれだけ?」

「そうだよ。」

「そうなんだ。バイトの場所は決めたの?」

「うん。明日放課後面接来てだって。」

「え!?まじ!展開はや!」

「大丈夫だよ。唯のおかげで自信付いたよ。ありがとう。」

 その後は唯のお使いへ一緒に行き、解散した。

 不思議な疑問は残ったが、とても楽しかった。


 

 ー   7/3(火)  奏子   ー



 学校が終わった後、唯に頑張ってね、と応援されながら私は面接に来ていた。

 なんとなーくの動機と、なんとなーく家から近いからという理由で決めた事が申し訳ないと思える位面接官は丁寧に接してくれた。

 特筆する事も無く進んでいき、面接官からほぼ合格だけど後日改めて最終決定を出して連絡します、という事が言われ解散となった。

 面接官に1つだけ出された、何曜日に何時間位入りたいかを明確にしておいてという宿題以外は、もしかしてバイトってちょろいのかも?なんて失礼な事が思い浮かぶ位、簡単に物事が進んだ。

 ただこの宿題、本来なら面接前に決めている事だろうけど、私は結構てきとーに来てしまった。

 更にもう1つ懸念される要素がこの宿題を難題に変えていた。

 バイトを始めるという事は、今後唯からの誘いを断る可能性が出てくるという事。

 うーん。とても悩む。休日はあんまり入れたくないなぁ。メインは平日の放課後にしてもらおうかな。でも休日に来ない学生バイトなんて需要あるのだろうか?

 バイトの結果よりも受かった後の事が心配な面接だった。

 

 

 ー   7/4(水)  奏子   ー



 今日は唯が寝てばかりいる。授業中はうつらうつらしてるし、休み時間に限っては机にだらーってしている。女の子がはしたないぞ。

 眠い娘を起こすのは少し申し訳ない気がするが、それよりも少しだけ悪戯心が勝ってしまう。

 後ろからそろ~りと近づいて肩を叩いてみよう。そろ~り。

 と、思ったらいきなり唯が上体を起こしてこちらを向いてきた。え!偶然?なんで分かったの?

「奏子の匂いがしたからだよ。というか足音消して近づいて何しようとしたの?」

 ギクッ!ばれるなんて微塵も考えてなかったから言い訳考えてないや。とりあえず誤魔化さないと。というか匂いって何?伏せて寝てる人が分かってしまうほどの匂いとなると相当キツいのでは?もしかして私が気付いてないだけで、日ごろから悪臭を周りにまき散らしてたのか?……それはちょっと恥ずかしくて嫌だぞ。

「全然キツくないよ。悪臭とかそういうのでなくて、人間の自然なものだから。」

 良かった。唯が言うなら大丈夫だろう。今まで匂いで人を判断する人に会った事ないけど、唯ってもしかして犬なのかな。

「いや、人だけど。」

 あ。ちょっとムスッてなった。わんちゃん的には私の匂いってどんなものなんだろう。

「どんな、か。例えばりんごの匂いはりんごじゃん?多分一般的に通じると思う。その一般的な物で例えられる物は無いかな。言ってしまえば奏子の匂い。遺伝子的な奴。私は好きな匂いだよ。」

 ちょっと難しいなぁ。遺伝子的な私の匂い、ねぇ……。私は好きってやっぱり唯は恥ずかしい事さらっと言うよね。

「うん。柔軟剤とかシャンプーとかの匂いも混ざってるけど、メインはそれだよ。この前泊まりに来た時もうちのお風呂出た後全然違った匂いしてたし。」

 お泊り会の時も嗅がれてたのか!私の意識外でそんな事されていたのは恥ずかしいんですけど。

「その人の遺伝子には匂いがあるんだけど、生物上子孫を残す関係で遠く離れてるほどいい匂いに感じられるっていう話。極端な例を言うと身内同士の結婚は薦められてないのがそれで、自分とより遠い遺伝子と組み合わせたほうが人類の進化上よい事だからそう感じられるんじゃないかな。」

 何やら生物学的な事?を唯博士は語りだした。言いたい事はなんとなく分かるけどこんな事よく覚えてるなぁ。

「私は昔から嗅覚には自信あって、そのついでに調べただけだよ。」

 今自分で犬って認めたよね!嗅覚に自信があるって。あ、チャイム。また後でね。

 ひらひらと手を振りながら自分の席へと帰る。寝るんじゃないぞ。

 唯のオタク気味に物事を語る様は初めて見たかもしれない。語る唯は面白かったな。また何か知識を披露してもらおう。

 授業は私があまり好きではない古典。さっきの唯と古典を天秤にかける。……唯の勝ち。生物の復讐しよう。

 頭の中で唯博士の語りを思い出していると2つの言葉で意識が止まる。

 「私は好きな匂い」と「遺伝子が遠く離れてるほどいい匂いに感じる」

 これってかけ合わせれば相性抜群って事じゃん!唯博士照れるよこんな事言われたら。

 衝撃の発言をした本人は何しているのかなとちらっと見てみる。

 ……これは多分、恥ずかしい事を言った自覚無いな。

 睡魔と壮絶な格闘をしていた。

 

 

 ー   7/5(木)  奏子   ー


 

 今日は学校が終わるなりすぐ解散した。

 今週末は唯と七夕祭りへ行く。唯は恐らく浴衣を着て来るだろう。ならば私も浴衣を着ていくという選択肢以外ありえない。

 幸いな事に私は自分用の浴衣を1枚持っている。ちょっと前に妹と一緒に買ってもらったのだ。

 クローゼットの中から出しておく。ふむ……。ちょっと着てみようかな。勿論今着ている服を脱いで羽織るだけだ。帯を巻いてしっかり整えるとなると、とてつもない時間がかかるから今はいいや。

 やっとの事で浴衣を羽織り終え、大きな鏡の前に立ってみる。何かちょっとだけ物足りない気がする。

「お姉ちゃん浴衣着てどこか行くの?」

「今週末友達と七夕祭り行くの。」

「お姉ちゃん友達いたんだ。」

「生意気な妹め。たまに友達の話をしてるでしょ。あんた連れて行かないからね。」

「え~行きたかったなぁ。というかまだ先なのにもう浴衣着てるの?」

「確認だよ。あー分かった髪飾りだ!後で買いに行こう。」

「ふーん。相変わらずお姉ちゃんは着替えるのへたくそ!」

「うるさい!久しぶりの浴衣をうまく着替えられる人がいるものか!」

 妹はもういなくなっていた。この生意気さは誰に似たのやら。

 まぁでも妹のお陰で足りないものが分かったし、早速買いに行こう。


 「そんなにお金あるわけじゃないし、あんまり高いものは買えないなぁ。」

 非常に時間はかかったが、無事に浴衣から着替える事に成功した私は、1人で近くの雑貨屋に来ていた。ここは比較的安価なアクセサリーが多く、安いものだとワンコインで買えてしまう学生にはありがたいお店だ。

 「そうだ。折角だし私と唯とでお揃いのものにしよう。」

 お揃いコーナーへ向かう。案外種類が多い事に驚く。やっぱり需要高いんだなぁ。

 「セットでもその中にも種類があるのか。ほとんど同じもの。色違いのもの。左右対称なもの。モチーフで関連付けられてるもの。色々あるなぁ。私と唯って何なんだろう。」

 色々考えながら、コーナーにあるものを1つずつ眺めていく。そうしているとふと、目に留まるものがあった。

 それをじーっと眺める。……よし、これにしよう。

 物選びは得意でない私が一瞬の閃きのような感覚で選んだこれ。多分今までとは違って私の為の物ではなく、私達の為の物でだったからだろう。

 私だけ先にフライングして試着してみる。うん。悪くはない。多分唯も似合う。これにしよう。

 値段はちょっと張る。けど、唯は多分喜んでくれる。そのためなら、これ位の値段、なんて事は無い。あ、今私ちょっとかっこいい事言った。

 どうやって渡したら唯は喜んでくれるかな?やっぱりサプライズだよね。当日、待ち合わせの時渡そうかな。

 会計をして店を出る。

 妹に見つかると取られちゃいそうだから隠しておかないと。

 


 ー   7/6(金)  奏子   ー



 昼休み。

 今日の私は唯のお弁当と共にゴールデンウィーク明けに見せたパンフレットを一緒に持って来ていた。

 明日の七夕祭りをホームページで調べていたら、面白い催しがある事に気付いたからだ。

「明日の七夕祭りなんだけど、調べてみたら短冊自由に書いていいらしいんだ。結構本格的な笹も用意されるっぽいし。」

「そうなんだ。折角だし書いてみる?」

「勿論!その為にもパンフレット持ってきたの。」

「でもこのパンフレットには書いてないよね?」

「うん。昨日私がホームページで見つけたの。」

「面白そうな催しなのにちょっと勿体ない気がする。」

「という事で唯さん、短冊の内容考えておいてね。」

「分かった。奏子は何にするの?」

「秘密。当日一緒に書いて一緒に見せあいっこしよう。そっちの方が面白いでしょ。」

「いいよ。分かった。なら私も考えておくね。」

「決定~。明日の事だけど、現地集合じゃなくて一旦別の所で集合してから祭りに向かう、でいい?」

「了解。場所はどうする?」

「会場はお互いの家から同じ位の距離だから真ん中のこの辺でどう?時間は○○時集合で。」

「おっけー。」

 流石私達2人。決まるのが流れるように早い。まるで歴が長い友達のようじゃないか!まだ会って3か月も経ってないけどね。

 私の短冊に書く願い事はもう決まっている。というか短冊の存在を知った瞬間、真っ先に思い浮かんだ内容だ。

 シンプルでありながら叶えば今の私も未来の私も喜ぶであろう内容。

 明日私は願いを込めて短冊を書くだろう。折角の織姫と彦星が叶えてくれるチャンス。ものにしないと勿体ないからね!

 

 

 ー   7/7(土)  奏子   ー



 今日は待ちに待った七夕祭り当日。

 唯とは今日の事を待ち合わせ等の決め事以外、ほとんど話をしなかったのだが、今になって聞いておけば良かったなぁと思う事が1つあった。

 今日、唯はどんな格好で来るの?

 聞こうとしているくせに答えはなんとなく分かっている。多分、浴衣で来るだろう。根拠は無い。けれどそんな気がする。言ってる事がめちゃくちゃなのは分かってる。しかし性格上、99%と100%とでは、とてつもない差を感じてしまうのだ。

 何故こんなにこだわっているのかと言うと、答えは簡単。お互い浴衣で一緒に歩きたいからだ。

 ん?待てよ。そんな事、今聞けば良くない?

 何故今までこんな簡単な事に気付かなかったのだろう。早速スマホを取り出して、メッセージを打つ。

 おはよう。今日唯は浴衣で来ますか?

 いつもすぐに返事が来るから、しばらく画面はそのままで。……と思っていたのだが、珍しく今日は既読が付かなかった。

 唯も忙しい事あるよね、と思いながらその場は一旦スマホを手放した。

 しかし、お昼ご飯を食べた後も、浴衣の着付けに手間取った後も、出発直前に確認をした時も既読が付かなかった。

 少し心配になってきたが、もし唯に大事があったらそれこそすぐに連絡が来るはず。だが、そんな連絡は来てないので、寝坊かなんかじゃないかな。

 考えても仕方ないし私は集合場所に向かう。私が時間と場所を指定した手前、遅れる事はあってはならない。

 

 集合時間30分前の到着。唯はまだ来ていない。

 ひとまず私が先に到着した事へ安堵する。もし仮に、この場に唯が居てくれてたら、先程からの心配は杞憂だったと片付けられたのも事実。

 これじゃあ唯より先に着こうが着かまいが、結局モヤモヤしてしまうじゃないか。

 理不尽な現実に、うーんうーんと唸っていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

 振り返ると浴衣を着た元気そうな姿の唯がいた。ひとまず安心。

 「浴衣すごく似合ってるじゃん。ちょーかわゆいですな~。」

 唯が照れてるのか、からかいに反発してるのかよく分からない表情をしていた。

 唯の浴衣は、全体的に赤を基調としていて、所々にピンクの桜が散っていた。全体的に赤が目を引く中に、ピンクの帯がと桜と色を合わせる事で、活発的な印象を持たせている。髪型は私と同じくお団子だった。

 普段控えめな行動をする唯とのギャップを感じさせる組み合わせ。

 そして髪飾りは……してないね!これなら私のプレゼントが役に立つはずだ。

 私の青と、唯の赤。並んで歩けばひと目置かれるような組み合わせではないだろうか。

 スマホに反応が無かった理由を聞くと案の定寝坊だったらしい。心配事も無くなったし、プレゼントを渡そう。受け取ってくれるかな。

「これ、唯にプレゼント。」

 手提げから取り出して唯に渡す。唯はびっくりしながらも受け取って、梱包の袋さえ破らないようにと丁寧にテープを剝がしていた。唯らしい。

「そうだよ。これは私のとお揃い。私が付けてるやつと、この唯のを並べると、このビーズの所でオリオン座が出来るの。2つで1つになるものを私達2人で1個ずつ持ってたら素敵かなと思って見つけた瞬間買っちゃった。普段使いには難しい派手さだけど良かったら今日は付けてみて。」

 早速唯に髪飾りを付けてあげる。やはり元がいいと何をしても似合うから得だよね。

 一緒の髪飾りを付けてお祭りを回ろうと提案すると唯は快諾してくれた。

 唯は髪飾りがどう見えてるか気になるのかちょんちょんと花をつついていた。確かに自分ではどう見えてるか分からないだろうから一緒に記念撮影。一緒に写真を撮ったのは多分2回目。

 これで2人とも会場への出撃準備は完了した。

 「出発~。」

 会場に向かいながら、私が始めたバイトの事について話していたが、終わる頃にはちょうど会場に到着した。

 唯は今日出発前まで寝てたという話だから何も食べてないのかな。なら最初は屋台巡りからかな。

 この提案に唯はやたらと感激していたが、私は牛串とラムネを買って唯のもとへ。途中で笹の近くを通ったので短冊2枚とペンをお借りしていく。私はお昼食べたからあんまりお腹は空いてない。

 唯と合流して、短冊セットを渡した時、他の人が使えないよという痛い指摘を貰った。唯の事は考えて行動していたけど、他の人への迷惑は考えていなかった。反省。

 書き終えた唯のペンを貰って返しに行く。よかった、見た感じ足りなくて困ってた、という事は無さそうだ。

 帰り際にヨーヨー釣りが目に入ったのでやってみる。特別ヨーヨー釣りがやりたい!ってわけではないんだけど、唯が案の定お昼を食べてないっぽくて、屋台でいっぱい買い物をしてきたから、急かさないためのちょっとした時間稼ぎだ。

 昔からよく見る、ティッシュを針にぐるぐる巻きにした物でプールに浮かんでいるヨーヨーを釣る競技だ。

 先述の通り理由が理由なだけにのんびりとヨーヨーを選別する。どれにしようかな~。う~ん。悩む。……フリをする。

 よし、そろそろいいだろう。唯も食べ終わったかな。

 これはティッシュの部分に水が少しでもかかってしまったら強度が無くなり、ヨーヨーを持ち上げる事は難しくなる、いかに針の部分だけで解決させるかが重要ポイントだろう。

 と、まじめに分析をしたものの、うまくはいかず、針をプールの中に落としてしまう。

 あれだけ時間をかけてヨーヨーを選んでたのに残念だったな、と店番のおっちゃんに笑われたが、おまけで1個好きなのをくれるらしい。

 狙っていたヨーヨーは赤とピンクのものだ。そう、今日の唯カラー。

 中指に輪っかをはめて、ボンボン跳ねながら唯の所へ向かう。遠目で唯が見える所まで来て確認すると、よし、食べ終えてるね。

 「ただいま。笹の所に行こうか。」

 私の後を唯が付いてくる。そして立派な笹の前。

 くるんと回って唯の方を向く。そして、私が書いた短冊を見せる。

 私が書いた願い事は……。



「それじゃあ、せーので見せ合おうか。」

 奏子と私、一緒に短冊を披露する。

「「これからも(唯)(奏子)と一緒にいれますように。」」

 約10秒間の沈黙。その間、私の視線は2つの短冊を行き来していた。体感では1分程にも感じられる濃い時間だった。

「あははは。私達名前以外全く同じ事書いてない?」

 沈黙を先に破ったのは奏子の笑い声だった。そう、2人して同じ事を書いていたのだ。

「ホントだね。私も1文字1文字往復しながら確認したけど全部一緒だった。すごいよねこれ。」

「びっくりよりも面白さの方が大きいかも。ここまできたら笹にも隣同士で飾ろうよ。同じ願いなら織姫と彦星も叶えやすいでしょ。」

 織姫と彦星の件まで私と同じだったとは。

 少しでも高い所へとは欲張る必要は無い。私達の背の届くちょうどいい位置に2つ並べて吊るす。

「唯のやつも一緒に写真撮っていいよね?」

「勿論いいよ。後で写真送ってね。あ、さっき撮ってた写真も全部送ってほしい。」

「OK~。家に帰ったら今日撮ったの全部送るね。それじゃあ短冊も飾り終えた事だし行こうか。」

 奏子が私の前に左腕を伸ばして差し出す。ん?これは?それとどこに行くの?

「花火だよ。は・な・び。もしかしてパンフレットに載ってた事忘れちゃった?」

「ごめん忘れてないよ。行こうか。」

 しかし、この腕は何なのだろうか。もしかして手を繋ごうって意味?

 他に意味が思い浮かばないし、奏子をこの状態のまま待たせるのも申し訳ないし、恐る恐るそーっと私の右手を乗せてみた。

 そうしたら奏子が待ってました!と言わんばかりに私の右手を握りしめてきた。良かった間違っては無いようだ。

「手、繋ぐんだね。」

 少し驚いた私の出せた言葉がこれだけだった。しかし、これは聞こえ方によっては嫌に聞こえてしまうかもしれない。待って違う、と言う前に奏子は

「なんかね、今日の唯見てたら手を繋ぎたくなったの。」

 良かった。とりあえず、悪い意味に聞こえてないようで一安心。

 だが、奏子は私の意中の相手。初めて握った手から伝わる感触にどうしても反応してしまう。このドキドキが私の手をから伝わってないといいけど……。

 今までおしゃべりだった私達だったが、手を繋いでからは無言になる。私としては今この状態だと変な事を口走りかねないので助かるのだが、奏子も私と同じように何か感じてくれているのだろうか。

「着いたよ。この辺なら花火も見やすいと思うよ。」

 多分赤面している顔を隠す為に下を向きながら俯いて歩いてたから、いきなり奏子が歩みを止めてぶつかりそうになった。

「こら唯。私の事信頼して歩いてくれるのは嬉しいけど、自分でもしっかり前を見て歩かないと危ないからね?」

「うぅ……。ごめんなさい。気を付けます……。」

 怒られちゃった。でも、まだ顔は見せられない。奏子に見られない様に隠れながら花火が打ち上がるであろう方向を見る。

「時間もちょうどよさそうだし、すぐに上がると思うよ。」

 どーん。

 本当にすぐ上がった。

 小規模のお祭りらしく、花火もテレビで見た事のある大きな大会のものと比べるとどうしても劣ってしまう。

 しかし、今こうして好きな人と手を繋いで花火を見ているという事が、何よりもこの時間を大きなものにしていた。

 この瞬間を写真に収めておこうかな、と思ったけどやめた。右手は奏子と手を繋いでいる為、離したくない。

 それに昔聞いた事がある。今しか見られないこの瞬間をカメラ越しで見るなんて勿体ないよね?と。

 奏子と並んで花火を見ている事10分位だっただろうか。小気味良く上がっていた花火も終了のアナウンスと共に静寂が訪れる。

「花火、終わったね。凄かったね。」

「うん。凄かった。」

 お互い語彙力が著しく低下するほど、のめりこんでいたようだ。

「花火も終わったし帰ろっか。」

「うん、そうだね。」

 今日は奏子と出会ってから初めて休日に約束をして遊びに行ったのだが、とても楽しかったし、大成功だったのではないだろうか。

 サプライズでプレゼントを貰ったり、同じ願い事を短冊に書いて飾ったり、一緒に手を繋いで花火を見たり。

 手を繋いで……、勿論、今も繋いでる。

 あ。私今全然緊張もしてないし、赤面もしてないや。花火のお陰かな?

 しっかりと前を向いて、並んで帰路に就いていた。

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