4.Happy Birthday YUI!
私の感覚ではもう1~2週間は学校が続くと思っていた。
奏子と行った七夕祭りの後、すぐに期末テストが始まった。その後はすぐに終業式までの予定が発表され、いつの間にか学校は夏休み早く来てモードになっていた。
そうだ、ここは静岡県。前にいた中学校時代と同じ感覚だと違和感を感じるのは当たり前だ。
勿論私も夏休みは大歓迎で、今まで一度も来て欲しくないなんて考えすら浮かんだ事が無い。
朝は眠い私を無理やり起こす必要も無いし、学校に行く必要もなくなるからその時間自由な事が出来るし、このあっつい中外に出て汗をかく必要もない。
少し前の私だったらこの悩みの中に、学校に行かないから好きな人に会う機会が無くなてしまう、という絶望的な理由に頭を抱えていただろうが、今はもうそんな悩みは一切無い。
連絡をしたければすればいいし、休みの日にデー……じゃなくて!遊びに行きたければ行けばいい。非常に簡単な話である。
私をここまで成長させた理由は、会ってからある程度時間が経ったという事もあるが、やはりあの日短い時間とはいえ、手を繋いでいた事がとても大きいだろう。
今まで好きな人に対してはどうしても神聖的な感覚を持ってしまっていたが、あの日手を繋いだお陰で、こんなにも身近に存在するんだなぁと感じていた。
そんな奏子が私の前で返却された期末テストの用紙を持って頭を抱えていた。
「どうしよう唯。私赤点取ったから補習って言われちゃった。」
どうやら奏子はお勉強も苦手なご様子で、主要5教科中赤点が2教科あった。
「補習は素直に出た方がいいと思うよ。出ないと留年になると思うし、さっき先生も夏休みは休みたいからって、1学期中に終わらせるって言ってたじゃん。奏子も夏休みに追加補習だと嫌でしょ?」
「確かに唯の言う通りだけど……。頭いい人はいいな~ずるい~。」
「私赤点は取ってないけど、全教科平均点をうろついてるだけだから頭いいとは言わないと思うよ。それと、ずるくない。」
「むぅ~。何も言い返せないじゃないか。」
むくれてる奏子も可愛いと思う。色々文句を言っているが、補習にはしっかり出るだろう。
「私でよければ勉強教えようか?」
「いや、いい。」
即答。しかも拒否られた。
「折角の夏休みに勉強なんかしてたら勿体ないよ!遊ぼう!8/8は絶対開けといてね!」
「その日って、ええっと……わ、私の誕生日だよね!?」
「そうだよ~。唯の誕生日。だから一緒にお出かけするの。私がその日の予定考えようと思うんだけどいい?」
「うん!勿論だよ!楽しみにしてるね。」
「おっけ~。言質は取ったぞ。」
8/8と言えば日本全国どこでも夏休みの真っ最中だろう。今までこの日に家族以外の誰かと一緒に過ごした事は無く、今後も「夏休みの真ん中に友達といる機会なんて無い。」という一生物の言い訳で誕生日にぼっちだった事を誤魔化そうとしていたが、今この瞬間、現実的でとても考え抜かれたこの言い訳は通用しなくなった。とても嬉しい事である。
だが、奏子の「言質は取った」という意味深な言葉と、その時の変な笑みの理由だけはどうしても分からなかった。この日私は何かされるのだろうか?
少し日が経ち、1学期最後の日。つまり終業式。
私は奏子と一緒にいた。違う。私は奏子以外、友達と呼べるような人が出来ていなかった。
人には様々な考え方があるが、私はほとんどの場合、広く浅くより、狭く深く、という考え方が主だった。
これは、友達関係においても当てはまる事で、今の私の奏子とその他クラスメイトとの関係は、狭く深くを体現しているのではないだろうか。
友達が少ない事への言い訳では?なんて考える人は好きに解釈してもらっても構わない。しかし、私は今までの人生の中でも1番充実した時間を過ごせたのではないかと満足していた。
「今日は終業式のお陰で午前中終わりだけど、唯はどうするの?」
「特に予定は無し。今日は火曜日だから奏子帰ってもお昼無い感じ?」
「そうだよ。もしかしてどこかに一緒に寄ってくれるの?」
「うん。いいよ。私も帰ってもゲームするくらいだったし一緒に行こう。」
「ありがとう!じゃあ学校終わったらどこか行こう。希望ある?」
「奏子のバイト先。」
「え?却下。駅近のあそこにしようね~。」
そそくさと奏子がどこかへ行ってしまった。そんなにバイト先が嫌だったのだろうか。それとも照れているのか。
この学校の終業式は一瞬で終わった。何よりも校長の話がとんでもなく短かった。おかげで正午になるギリギリの午前中終わりかと思っていたが、学校に来てすぐ終わりの午前中終わりだった。この学校のいい所、見つけたかもしれない。
奏子指定のファミレス。
終業式が終わった後、奏子に先導されてやって来た。
「ごめんね。バイトしてるとこ見られるのはちょっと恥ずかしいかも。」
なるほどそういう事だったのか。私もバイトをしていたら、働いている所を知人に見られるのは少し恥ずかしいかもしれない。
「でも働いてる姿はかっこいいと思うよ。奏子の事見てみたい。」
「え~。逆の立場なら唯はどう思うの?」
「私も見られるのは恥ずかしいから来るって言われたら遠慮するかもだけど、奏子の働く姿は見てみたい。」
「なんてわがままな!……でも言いたい事は分かるかな。」
「でしょ~。」
ニコニコと笑顔で奏子を見る。この笑顔に奏子は一瞬たじろいだ様にも見えたがそんな事は気にしない。勢いが大事である。
「もぅ……分かったよ!いずれね、い・ず・れ。今はまだ教わってる立場だから見せられる物じゃありません。」
「分かった。物覚えの良い奏子の事だからすぐに戦力になるでしょう?楽しみにしてるね。」
「むぅ~納得いかぬ。」
ニコニコの私に対してふくれてる奏子。ちょっとだけ勝った気分。
「はい!この話は終わり!」
「じゃあ奏子、1学期無事に単位取れておめでとう!嫌々言いながらも補習に出ていた奏子はえらいと思うよ。」
「……今日の唯は意地悪。」
「ははは。でも本当にお疲れ様。おかげで夏休みも無事迎えられたじゃん。」
「それもそうだね!8/8が本当に楽しみだね!」
さっきのふくれ顔から一転、笑顔になったうえに手がわきわきと怪しく動き始めた。
「あの奏子さん。楽しみなのは変わらないのですが、その日私は何されるのでしょうか?」
「別に~。怪しい事はしないから安心して大丈夫だよ!」
私は何をするかと聞いただけなのに、自ら怪しい事と言う奏子さん。でも奏子の言う通り、恐らく、きっと、大丈夫だろう……。多分……。
そして待ちに待った8/8。
私は相変わらず学習する事なく遅寝早起きをしていた。
先述の通り、奏子が今日のプランを全て考えてくれるそうで、私はスマホと財布だけ持って来てとの事だったのでその通りにする。
昨日追加でおしゃれもしてきてね☆彡というメッセージが来ていたのでそれも実行する。
1つ心配事があるとしたら、私のこの精いっぱいのおしゃれが奏子のお眼鏡にかなうかどうかであるが、悩んでも仕方ない。
玄関のドアを開けると今年も快晴。
8月の上旬という事もあり、今までこの日が雨だった記憶が無い。まさか今年に限って、なんて心配はしたが、するだけ無駄だぜと言わんばかりの空模様。
事前にどこへ行くのかと聞いてみたが、秘密♡としか答えてくれなかった。この前の言動と合わせると、連れていかれるという表現の方が正しいかもしれないけど。
集合場所はバス停の近く。この前みたいに何分も前に来ないでちょうどに来ればいいからねと言われたので、集合時間約5分前に到着するとそこには既に奏子の姿があった。
奏子もこちらに気付いたようでトコトコとやって来た。
「唯おはよう。うむ、しっかりおしゃれしてきたね。似合ってるよ。」
よかった。どうやらお眼鏡にかなったようだ。
「奏子おはよう。おまたせ。奏子もか、可愛いと思うよ。」
「ありがとう~。それとお誕生日おめでとう!はいこれあげる。」
私の手のひらにちょこんとぬいぐるみを乗せてくれた。これは……てるてるぼうず?
「そうだよ、てるてるぼうず。昨日、明日の誕生日晴れるといいなーって思って作ったの。そして今日晴れた。だから唯が持ち主の方いいかなって思って。」
「これ奏子が作ったの!?すごく出来がいいから売り物かと思っちゃった。」
「あははは。ありがとう。私があげる立場なのに褒められちゃった。今日を晴れにしたから役に立つと思う。晴れて欲しい時に窓辺に飾ってあげて。」
本体の布はカットした部分が気にならない様にしっかりと織り込んで縫われており、顔の部分には可愛く目と口が縫われていた。綿で頭を膨らました首は、縛るだけでなくマフラーらしきものが巻かれており、頭には引っかけやすいように輪っかが付いている。細部も丁寧に作られており、工夫も色々な所でされていて、これを奏子が昨日すぐに作ったと考えると感心してしまった。
「ありがとう。大事にするね。」
「それじゃあ出発しようか。」
そう言ってバスに乗るのかな?って思ったら奏子が私の正面に仁王立ちのように立って両肩をガシッと掴んできた。え?え?何?
「唯さんよ。今日あなた誕生日だよね?」
「え?そうだけど……?」
「覚悟しなさいよ……。今日は誕生日の唯を私が好きなようにするんだからね!」
?
奏子は満足げにバス停の方へ向かって歩いて行った。
よく分からないけど、普通祝われる方が相手を振り回すものではないだろうか。しかし、奏子が言うには今日は祝われる私が祝う奏子に振り回されるようだ。
う~ん……?
…………別に良いけど。
奏子に連れて行ってもらった、もとい、連れていかれた先は水族館だった。
しかし、水族館と言えば奏子はこの前のゴールデンウィークに行ったのではないだろうか。また同じ所へ行く事になるけれどいいのだろうか。
「ここは深海魚水族館だよ!深海魚がテーマの水族館は世界的に見てもかなり珍しくて、変な生き物が好きな唯にはぴったりだと思ったんだけどどうかな?」
「変な生き物が好きっていうのは納得しないけど、面白そうな場所だね。」
入り口には深海魚水族館と書かた看板が立っており、その文字を囲うように、とても手足が長い変な蟹と、この地球の海のどこかを探せばいるのかなと思うような変なでっかいダンゴムシみたいな生き物と、シーラカンスが飾られている。
変な、という言葉は不要だが、生き物好きな私にとってはかなり興味がそそられる。
中に入ってみると、まるで深海に入ったかと思わせるような暗い雰囲気の中に様々な深海魚が展示されていた。変な形の蟹、海老、イソギンチャク。光る魚に可愛いタコ等。今まで見た事無いような生き物ばかりだったが、その中でも特に印象的だったのがシーラカンスの冷凍標本だった。私の身長をゆうに超えた160㎝にも及ぶその巨体は、まるで生きているかのようだった。鋭く迫力のある大きな歯、普段私達がよく見る魚よりもずっと多いまるで足のようなヒレ、戦国時代の武士達を思わせるような巨大でとにかく分厚い鱗で隙間無く覆われてた体。前に何度かテレビで見た事があるが、映像と標本では見え方がまるで変わってくる。
そんな深海の世界にいつのまにか周りを忘れてのめり込んでいる私がいた。
館内の展示物を一周し終えた頃、私はハッと今は奏子と来ていた事を思い出した。私1人で好きに歩き回り、奏子の事をすっかりと忘れていた。慌ててきょろきょろと探してみると奏子は隣にいた。
「ごめん、私つい夢中になって1人で歩き回ってたかも。」
「大丈夫だよ。私はずっと唯の隣を歩いてたし、正直魚達よりも真剣な唯見てた方が面白かったよ。」
それはちょっと魚達に失礼では?と思ったが、奏子が隣にいる事を忘れていた私にそんな事言う権利は無い。気付かずに何か変な事を言ってないだろうか。そこが心配である。
「……私どんなだった?」
「どんなって?私がいる事すっかり忘れて、ずっと無言で展示物見てたよ。もしかして私と来たのに放置してた事が気になってるの?それなら気にしないで。私もここまで楽しそうにしてくれてよかったと思ってるから。」
「うん。凄く楽しかったよ!ここを選んでくれたありがとうね。」
「それは良かった。では次はお昼ご飯に行きましょう。」
時計を見てみると、ここに到着してから1時間程経っていた。到着した時間も正午が近かったため、遅めの昼食といったところだろうか。
「そうだね。どこに連れて行ってくれるの?」
「ここの近くに港があったの覚えてるかな?そのお陰でこの辺は海関係のお店が多いの。そこで行きたい所を探そう。」
奏子に連れられてやってくると、そこにはたくさんのお店が並んでいた。海鮮丼系、寿司、深海プリン、干物等々、海に関するものばかり。港が近いこの場所で山菜やお肉を中心に商売するよりも立地を生かす事は当たり前と言えば当たり前だが、ここまで同じようなお店が並ぶと競合が激しく大変なのでは?とも思ってしまう。
夏休みのせいか学生達とアニメ柄のプリントTシャツの人が多い港周りを歩いた結果、ワンコインで食べられそうな場所があったのでそこに決定。ワンコインだから美味しくないという事は無く、流石港周りという感じで新鮮な海鮮類を食べる事が出来た。このクオリティを内陸で食べるとなると、倍じゃすまない値段になるんじゃないかな。
奏子はやたらと話題を振ってきた。昼食を食べ終えた後も特にどこか行くわけでもなく港の周りを見学しながらお話をしていた。さっき食べた昼食の話、昨日見たテレビ番組の話、夏休みが始まってから今日までの話、私にも話題を振られて、先程のシーラカンスの話、最近のゲームの話等をした。まるで何かの時間を待つような感じさえしていた。時々時計を確認する奏子の姿も見られたし。
その予感はどうやら正しかったようで、結構な時間が経った頃、奏子が1つ提案をしてきた。
「ちょっとここから少し離れるんだけど、海を見に行かない?」
「うん。いいよ。」
海ならここからでも見える。しかし、わざわざ離れた場所を指定する理由は何だろうか。その疑問と共に、奏子に付いて行く。
道中よほど楽しみなのか奏子が突然踊りだしていた。いやごめん、よく見ると蜂と戦っているようだ。
「刺されるよ~。助けて唯~。」
それは大変だ。応戦しようとまずは蜂の種類を確認すると……。安心。これは蜂じゃないようだ。
「奏子落ち着いて。飛んでるのはオオスカシバ。これは蜂じゃないよ安心して。」
「え?そうなの?というかそれ何語?」
「昆虫の名前だよ。刺しもしないし、嚙みもしないよ。よく見てみて。ちっちゃい鳥みたいですごく可愛い昆虫だから。」
慌てていた奏子をなだめて、2人でその場に腰を下ろす。確かこの子は人に対して大きな警戒心は持たないはずだ。
少し様子を見ても遠くへ飛び立とうとはせずにその辺を飛んでいたため、そっと左手を差し出してみた。
「唯触れるの?しかも虫って人の手に乗ったりするものなの?」
「可愛いから平気だよ。手に乗るかは分からない。この子結構レアな生き物で、こんな所を飛んでるの見てびっくりしちゃった。田舎の方に行けばそれなりにいるんだろうけど、この辺じゃ初めて見たかも。」
私自身オオスカシバと触れ合ってみたいし、奏子に怖い虫だという誤解をしないで欲しい。そんな思いを胸に、その場で動かず手を出し続けていたら……奇跡的に手のひらにちょこんと乗ってくれた。え?まじ!?私今凄い事してない?
頭から緑、黒、黄色という配色をした体長約3㎝ほどの小さな体。大きな触角に、特徴的な透明の羽を持った小さな可愛い生き物。これが蛾の仲間だというのだから驚きである。
「見て奏子。手に乗ったよ。奇跡!」
「確かによく見ると可愛いね。唯が手を出したのも分かるかも。」
「でしょ?奏子にこの可愛さが伝わったならよかった。それとこの子と私、写真撮ってくれない?」
「おっけ~。ちょっと待っててね。あ、脅かさない様にあんまり動かないほういいかな?ゆっくりするね。」
何とか奏子が写真を撮るまでは飛び立たないでくれ~と願っていたのだが、そんな心配は無用だったようで、何故か花の蜜を吸うくちばしで私の手のひらを突っついていた。
はて?私の手を何かの花と間違えているのだろうか。今日は特に花を触った記憶は無しい、花の匂いだって付けてきていない。となると気まぐれ?それとも私達2人が何かの花に見えるのだろうか。
無事、奏子が写真を撮れたらしくOKマークをしてきた。色々な角度から連写で撮ってもらった。後で写真を送ってもらおう。
この子とやりたい事は全てやり終え、放そうかなと思ったけれど、やめる。こんな貴重な経験誰でも出来るものではない。奏子もそれを悟ってくれたのか、黙って私とオオスカシバの事を見守っていた。初めて会ったときは蜂だ!と誤解して怯えていたのに、今はもう近くまで来てオオスカシバの事を観察していた。奏子もオオスカシバの魅力に取りつかれたようだ。
間もなく、私の手からは蜜は吸えないと分かったのか、大空へ飛んで行った。すぐに見えなくなったその姿に名残惜しさを感じながらも、奏子と一緒に見送った後
「じゃあ行こうか。」
「うん。」
びっくりな出来事で本題を一瞬忘れかけたが、本来の目的へ奏子と共に再出発。しかし、すでに目的地は近かったらしく、奏子の歩みはすぐに止まった。
「この辺でいいかな~。」
そう言って連れてこられたのはテトラポットがたくさん見える海辺だった。海なら先程の港にもあるじゃんと思っていたがなるほど、確かにここだと見え方が全然違う。
私が見える世界のほとんどを海が占め、残りはほぼ空。今の時間はちょうど日が沈み始めてるから眩しくもなく、また、1日の中でもわずかな時間しか見られないであろうオレンジ色の空。もしかして奏子はこの時間に合わせて今日の予定を立てていたのではないだろうか。
「どうかな?綺麗でしょ?この辺でどこなら海がいっぱい見えるかなーって下調べしたの。」
やっぱりそうだったのか。今日の少し怪しげな奏子の行動に納得する。
正直今まで景色とか見る機会もなく、あまり興味も無かった。場所を変えようが同じ地球にいる事は変わらないんだから、なんて考えていたが、いざ見てみると感動するものだなぁと思った。
「あのぁ~。唯さんお気に召しましたか?」
「ああごめんごめん。綺麗だから見とれちゃってたよ。」
「よかった~。唯が何もしゃべらなくなっちゃったから心配したよ。」
また奏子の事放置して1人のめり込んでいたのか。けれどこれは全て奏子の行動のお陰なので許してほしい。
「気に入ってくれたようで良かったよ。今日は唯が好きそうなものと、私が見て感動したものに付き合わせちゃったけど楽しんでくれた?」
「うん。凄く楽しかったよ。多分私1人じゃどっちも行こうという考えすら浮かばなかっただろうし、感謝してる。ありがとう。」
しばらく無言の時間。景色に見とれる私。確認してないけれど多分奏子も景色を見ている。
「それはよかったよ。それじゃあ私の誕生日も楽しみにしてるね。」
「うん……。」
ああごめん。景色を見てて返事が適当になっちゃった。えーっと何だって?私の誕生日も楽しみにしてる?
つまりそれは。
奏子は誕生日の日も私と一緒にいたいし、私に期待してくれているという事。
奏子の言葉の隠された意味に今更気付いてバッと奏子の方を見ると、今日貰った感動が全て過去のものになってしまうほどの衝撃があった。
今目の前に広がる景色を反射する奏子の瞳。私の両目が映し出せる最大限の景色全ての感動を奏子の瞳が一点に凝縮する事で生まれる光。例えるなら、同じ力を広い面積で受けた場合は大した威力を感じられないが、小さい面積で受けた場合、感じる威力は大きくなる。それが不意に私に襲い掛かってきた感じ。人間という生き物の瞳が持つ力なのか。多分そうだが、それだけではない。私の好きな娘の瞳という事がその感動という威力をも何倍にも膨らませていた。
私がいきなり奏子の方を向いたまま動かなくなった事を疑問に思ったのか
「どうしたの?私なんかいつでも見れるけど、この景色は少しの時間しか見られないよ?」
そうじゃない。
今日一番の感動は君の瞳に映った景色だよ。
ベタなセリフだなと思う。けれどベタになるからにはそれだけの人間の感動があったのだなと思った。このセリフを吐いた人の中でどれだけの人が同じ感動を味わえたのだろうか。多分かなり少ないと思う。しかし私は自信を持って言えた。
私はその少数派だったぞ、と。
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