2.As usual


 私の奏子への気持ちを自覚して以降、毎日がとても大変だった。

 この気持ちを奏子に伝えてはいないが、私が奏子の事が好きイコール付き合っている、という前提で行動し、他の人には目もくれず、奏子の事を最優先で行動しなければならない。朝は毎日家が逆方向だけどしっかり迎えに行って、昼休み一緒にいるのは勿論の事、授業間の短い休み時間も奏子の所へ行き、放課後はしっかりと家まで送る。その後の同じ空間にいられない時は、出来るだけ連絡を取りながら一緒にいようとし、その空間を埋めようとする。学校が休みの時は勿論朝から晩までデートだ。

 そうしないと好きになった意味が無い。好きになったからにはこれまでの関係とは大きく変える必要がある。


 ……と言うのが中学生に上がりたての頃、人を好きになったらどうすればいいのだろうか?という問いに対して出した私の答えだ。今改めて思い返すと、身体的距離についてや、好きイコール付き合うという決めつけ的な考えで、表面上の気持ちや行動にしか触れてない幼稚さと、知識の少なさをいかんなく発揮していると思う。

 勿論今、同じ問いを出されたら全く違う答えを出す。一番に着目するのは、どうやったらこの先もずっとお互いが気持ち良く関係を続けていけけるか、だろう。

 そのためにはどうするべきか。まず、小さい頃の私が出した答えは全てマイナス方向に進む為、却下。相手を縛り付ける関係はどんどんと窮屈になり自由を奪う。これ位の事なら人付き合いに乏しく、寂しい生活を送ってきてしまった私でも自信を持って答えられる。

 今までの日常を壊さない。

 その中でもお互いの事を大切にしていれば難しい事なんかしなくてもいい。それだけで百点満点ではないだろうか。


 私のこれまでの日常は学校に行き、奏子に会い、月水金はお弁当を貰う。授業間の休みは一緒にいた事はほぼ無いし、放課後は家が逆方向だから金曜日を除いて一緒に帰った事は無かった。奏子の事を自覚するまでの短い5日間で何が日常だ、とも言えるが、これに関してはしょうがない事だ。まさか日数が少なすぎるから、妄想で追加します!なんて事出来るはずが無い。

 

 そしてその後1週間。

 私は新たな発見をしてしまった。それは奏子がクラス内でとても人気であるという事だ。

 それもそのはず奏子はまず見た目が良い。ソフトボール女子だったという事もあってスタイルが良く、体の凹凸も激しいとまではいかないが、平均以上。そして顔もとても可愛い。好きだから、という偏見を無くしてもクラス内では恐らく共通の認識だろう。おまけに感情豊かで行動力もある。好きになるステータスをとにかく詰め込みました。そんな感じだ。

 特に奏子の席の近くの女子2人と仲が良い。席が少し遠い私と違って近い分、時間の短い授業間の休みなんかはいつもその2人と一緒にいる。月水金の昼休みだけは「辛うじて」来てくれるが、圧倒的にあの2人に比べて一緒にいる時間が少ないのは確かだろう。ちなみに火木は2人にとられた。

 そう。「辛うじて」である。つまり私は焦っていた。


 自室。

 今日もいつもと変わらない日常から帰ってきた。

「はあ。私、どうすればいいんだろう。」

 この口にした言葉には、沢山の意味が込められていた。

 好きになった人と一緒にいたいけどいられない悲しさ。もしかしたらあの2人の方が仲良くなって私との時間が無くなってしまうのではないかという怖さ。自分からあの輪に入っていこうとする勇気の無さ。そしてこの全ての焦りを解決してくれるであろう答えに対して。

「ふふふ。そんな都合いい事なんてあるのかな。」

 思わず笑ってしまった。まずは何か考えないと始まらない。

「私は一体どうしたいんだろう?そんな事は決まっている。じゃあどうする?一緒にいてって言う?あの2人より私と仲良くしてって言う?そんな事、何の権利を持って言えるの。なら私が無理やりずっと近くにいる?バカか私は。そんなの子供の頃に考えた事と一緒じゃないか。奏子は嫌な顔はしないかもだし、話は聞いてくれる。けどそれは甘えてるだけでしょ?日常からかけ離れた事をするのは絶対にダメだからね!」

 あらぬ方向に傾きかけた私を私が制止する。ちょっとほっぺをつねった。痛い。

「一旦落ち着こ。今日はぼっちの昼休みだったね。って事は明日は奏子が来てくれるはず。何か、無いかな。今は4月の後半だから、5月……。そうだ!ゴールデンウィーク!と言うかこのままだと何も無い状態で長い休みを迎えるじゃん。ヤバい。明日ゴールデンウィーク一緒に遊ぼうって誘うんだ。いきなりなのは今日が初めてじゃないから大丈夫でしょ。泊まりにも誘えたんだし!」

 よし。やる事は決めた。明日決行しなければ世界が滅ぶ。つまりわたしが世界の命運を握っている。これ位の緊張感を持っておけば、当日躊躇う事は無いだろう。

 少し大袈裟すぎてリアリティに欠けるかもだけど……。


 翌日。

 命運をかけた昼休み。

 4時限目終了のチャイムが鳴ると、お弁当を2つ持った奏子が私の所へ来てくれた。

「はいどうぞ。今日はいつもよりほんの少しだけ豪華にしてみたの。早速開けてみて。」

「いつもありがとう。遠慮無くいただきます。」

 弁当箱を開けると、いつもは白米だけだった所に、今日は海苔で型取った魚が数匹泳いでいた。

「可愛いねこれ。なんだか水族館みたい。」

「でしょう?私のも同じくやって見たよ。ほらお揃い。」

 やはり奏子は器用だなぁ。じゃなくて!今日はやる事があるの!

「奏子!お話したい事があるんだけどいいかな?」

「なんだい改まって。」

「もうすぐゴールデンウィークだけど、良かったら一緒にどこか遊びに行かない?」

「ごめん無理。最近おばあちゃんち行ってなくてさ〜。そろそろ家族揃って来なさいって言われてて。だからゴールデンウィークはほぼ全ておばあちゃんちにいるの。」

 断られた。けれど家族絡みの事ならどうしようもない。私なんかが介入出来る事じゃないし。

「……そっか。ごめんね。」

 奏子に貰ったお弁当と箸を机に置いてしまう程項垂れてしまった。そして無意識に奏子と仲の良い2人組の方をチラッと見てしまう。

 その動きを奏子は見逃さなかった。

「あ〜。なるほどね。ちょっと待っててね。」

 奏子が立ち上がって席を離れていった。

 あ〜って何だろう?何のあ〜だろう?失望?面倒?マイナスな意味ばかりが頭の中を巡る。

 待っててと言われたけど 奏子の行先なんて怖くて見てられない。どんな表情で戻ってくるのか怖い。けれど戻ってくる気配は分かってしまう。

 意を決して顔を上げるとそこには奏子と仲の良い2人組を連れて来た奏子の姿があった。名前は知らないからaさんとbさんと呼ぶ。

 真っ先にaさんが私に言った。

「ごめんね〜。鈴音さんの事取って。ウチらが鈴音さんと話してる時ものすごい形相で睨んで来てたの知っててさ〜。」

「鈴音さんはあなたはそんな酷い事はしない!って言ってたんだけど流石に気付いてて申し訳ないと思ってたんだけどさ〜。」

 とbさん。

 はい?何を言っているんですかこの2人は?

 ポカンと口を開けたままマヌケな顔で2人の話を聞いていた。先に言っておくが、私は2人の事を決して睨んでなどいない。ただ、注意深く何も見逃すまいと鋭く観察していただけだ。

「ちょっと2人とも。それじゃ唯が混乱するでしょ。あのね唯。最近唯が元気無さそうだからどうしたらいいのかって、2人に相談したの。」

「そんなの理由は決まってるじゃん〜。原因は鈴音さんだって分かりきってるのにさ〜。」

「なのに鈴音さんったら分からないって。ウチらが答え言ってもそんな事は、とか言って認めないのよ〜。」

「私もまさかこの2人が言っている事が正解だとは思わなかったんだけど、さっきの唯みたら確信して。だから今2人の事を呼んできたの。」

「うわ。ウチら信用無いんだな!」

「それな!」

 えーと。つまり?

 私が、最近奏子が私より2人の方が一緒にいる時間が多い事に嫉妬していて、それがバレていた、という事ですか?

 気付いて顔が赤くなる。

「おお!その反応!」

「どうやらドンピシャのようだね!」

「だが安心してくれたまえ!ウチらはあなたから鈴音さんを取る気は無いよ!」

「しかも、鈴音さんったら、ウチらと話す内容もあなたの事しか話さないの。この前なんか泊まりに行って一緒に寝たとか。」

「もうそれって両想いだよね〜。」

「ちょっと2人とも!それは私が恥ずかしいからやめなさい!」

 3人でとても盛りあがっている。依然私はポカンとしてて話についていけていないが、とりあえず私が感じていた事は間違いだったんじゃないかな。

 aさんとbさんは喋るだけ喋って自分達のいたであろう場所に戻っていった。なんか台風みたいな人達だったなぁと思う。

「唯ごめんね。騒がしくて。あの2人は席が近いから喋るようになったの。2人とも何を言っても恋愛話にしちゃうほど恋バナ好きでさ。気を悪くしたらごめん。でも悪い人達じゃないから許してあげて欲しい。」

 ずっとポカンとしていた私だが、両想いの件だけは聞き逃さなかった。ポカンとしていたとはいえ、よく表情を変えなかったと思う。そのお陰で奏子含め3人には特に大事として見られてなかったっぽい。助かった。いろんな意味で。

「ううん。大丈夫だよ。私の方こそ暗くてごめんね。折角お弁当用意してくれたのに。」

「いいの気にしないで。でもまさか唯があんな事思ってたとは……。」

「え!?ごめんそこはあんまり気にしないで。恥ずかしいから……。」

「え~。気にするよ?私嬉しかったし。というかさっきから唯謝りすぎじゃない?唯は何も悪い事してないよね?」

 そう言って奏子が私のほうへ腕を伸ばしてきた。

 え?何されるの?

 ちょっと怖くなって下を向いて目を瞑ってしまったが、奏子の腕の行き着く先は私の頭の上だった。

 ぽんぽん、と頭を触られ、その後数回撫でられた。

 まるで奏子に触れられた部分から、私の今まで暴走していたものを全て吸い取ってくれるような感じだった。

 思いがけない行動に目を丸くしながら奏子の方を見ると

 「私の方こそ気付かなくてごめんね、と、ありがとうって意味のつもり。」

 微笑みながら答えを返してくれた。

 嬉しい気持ちと、いきなりでの驚き、安堵した気持ちと、ちょっぴり恥ずかしい気持ち。

 色々な感情が混ざってフリーズしていると

「どうしたの唯?もしかして私に撫でられて嬉しかったの?」

「うん。」

 あ、奏子がちょっと目を逸らした。

「……そうかいそうかい。それはよかった。唯って結構恥ずかしい事さらっと言うのね。」

 え?そんな事、奏子に言われたくない。奏子の方よっぽどじゃないか。それに今のどこが恥ずかしいのか分からない。

「というか私達全然お弁当食べてないじゃん!もう昼休み終わるよ!」

「ホントだ!それに私達何の話してたっけ?」

「えーと。覚えてない。」

 箸を進めながら頑張って思い出す。折角作ってきてくれたお弁当残すわけにいかない。

「思い出した。ゴールデンウイークだ!私おばあちゃんち行くから遊べないって。ごめんね。こんな事になるなら去年イヤイヤ言わずに行っておけば良かった。」

「奏子、それおばあちゃん達聞いたら泣いちゃうよ。折角だから楽しんできたらいいじゃん。」

「ありがとう。そうする~。寂しくなったら電話していい?」

 うん。勿論いいよ。と言おうとしたが、やめる。

「ううん。やめよう。折角遊びに行ってるのに他の人と電話してたらおばあちゃん達悲しむよ。」

 ごめん奏子。ちょっとだけ噓をついた。半分はそれが理由だけど、もう半分は私への反省だ。

 私が1人暴走して、奏子にもaさんにもbさんにも迷惑をかけてしまった。そんな私への私から少しした罰。

「そうなのかな?気にしないと思うけど。じゃあ代わりにお土産買ってきてあげる。」

「ありがとう。楽しみにしてるね。」

 お話ししながらお弁当を食べてる2人。はたから見たら少し下品に見えちゃうかもだけど、今は正直そんな事どうでもよかった。

 

 ちなみに、ゴールデンウイーク中は大変だった。

 何度奏子との約束を後悔した事か。

 奏子といったら電話はしてこないものの、メッセージアプリで行先やご飯、皆との集合写真を沢山送ってくる。勿論無視はしないが、かといって約束を破るわけにもいかない。約束と、そっけなくならない返事の両立。

 これがまた、思った以上に難しいのであった。

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