A gift from Marigold

みんみん

1.The lily blooms


「雨の、匂いがする。」

「今日の天気予報は晴れって言ってたよ?」

 不思議そうに母が玄関のドアを開けると同時に太陽の光に照らされた。

「雲ひとつ無い晴れじゃない。あんまりめでたい日にマイナスな事言わないの。じゃあ、行ってらっしゃい。」

「そうだね。ごめん。行ってきます。」

 そう言って家を出る。

 

 今日は高校の入学式。新たな門出を祝う日だ。小学校、中学校とあまり友達作りを上手く出来なかった私。楽しそうに友達と遊ぶ同級生が羨ましく見え、それに参加できない事が残念と思う気持ち。折角の高校生という区切りなのだから次は楽しく生活したい、と高校選びも真面目にしたし、受験も頑張った。

「だってほら、小学校、中学校と違って高校は人の入れ替わりが激しいじゃん?」

 これが一番のモチベーションだった。

 高校までは1kmと少し。自転車通学にしようか迷ったけど、管理する手間を考えた末、徒歩通学にした。

 少し進むと、隣の家のおばあちゃんが花壇に水をあげていた。雨の匂いの正体はこれだろう。空から降ってくる雨と水道水を並べてどちらが正解でしょう?なんて言われても分からない。乾いたアスファルトが水で濡れると独特な匂いがする。この匂いをただ雨の匂いと言っただけだ。

「ちょっとだけ、反省ね。」

 と言いつつも反省した顔になってないのは自分でも良く分かる。

 楽しみな気持ちと少しの緊張感。戦うにはとてもいい顔をしているだろう。

 

 到着。

 ここ数年前に老朽化の為、新校舎を建設した綺麗な共学の高校。受験前に1度見学へ訪れたが、当時とは違いこれから3年間お世話になる所だという気持ちで見ると、より華やかに見えるのは気のせいでは無いはずだ。

 正門をくぐり、周りを見渡してみると、私と同じく新入生と思われるような人達が固まっている。クラス分けのようだ。着いてすぐ分かる場所に掲載しているのはとてもありがたい事だ。

「私は……1年2組か。」

 見たところクラスは3つある。もしかしたら私の名前が無いかもしれないなんて一瞬思ったけど、掲載板の真ん中あたりを見たらすぐに見つけてしまった。他に誰がいるのだろう?とクラスメイトを見ようとしたけど、やめた。だって見たところで誰が誰だか分からないもの。そんな事より大切なのは、クラスで最初に行われるであろう自己紹介。第一印象がとても大事である事は分かっている。昨日イメトレもしてきたし、頑張ろう。


「おはようございます。西川唯です。しゅっし、ぅぇ……すいません。よろしくお願いします……。」

 やらかした。盛大にやらかした。皆もまだ緊張してるのか、はたまた初日だから見逃してくれたのかは分からないが、笑いは起きなかった。昨日あれだけテンパらない、名前の都合上私が1番手という事は無いから、流れに沿ってあまり悪く浮かないようにする。その中でも出身中学は絶対言わないって考えてたのにこれだ。いやでも出身中学言うのは当たり前じゃんか!今になって自分の浅はかさに気付いてしまう。お陰で第一印象は自己紹介で噛んだヤツ。私より後半の人の話は聞ける状態じゃなかったし、しかも前の人達の事もほぼ忘れてしまった。スタートラインは自己紹介で噛んだヤツ、そして自己紹介でクラスメイトをほとんど覚えられませんでしたという最悪な状態。何度でも言おう。やらかした。

 幸いな事に今日は初日という事もあって、入学式を体育館で行った後、軽くHRを行って解散となった。さらにやらかすような事は無く帰路に着いたが明日以降が心配でならない。


「ただいま。」

「おかえり。学校どうだった?」

「やらかして、やらかしてきた。」

「なになに?詳しく教えて〜。」

「別に……。自己紹介で噛んだだけだよ!」

 何やら楽しそうな母親をバッサリ無視して自室へ直行。楽しそうな事にはまるで子供のようにツッコんでくる母親。嫌いではないんだけど、この調子じゃ後程笑いのネタにされかねない。

「さて、と。」

 今日のやらかし大反省会と明日以降の対策を考えないと。

「原因はやっぱり想定外の事が起こった時にテンパるのと、経験の無さだよね。経験の無さはしょうがないとして、イメトレはガッツリその場をイメージするんじゃなくて、もっとぼんやりとした形に留めておいて、当時に起こる事を受け入れられる余裕を持たせた形にしていく事かな?」

 結構すぐにまとめられた。でも、もっと大事な事は

「明日以降の事だよね。」

  改めて今日のやらかしを思い返してみる。

「名前を言ってすぐに噛んで……って名前しか言ってないじゃん!他の人はその後、出身中学とか趣味とか部活とか言ってたのに私は話すきっかけの話題を何も言えずに終わったのか。もういっその事天然のおバカさんキャラで通してみようかな?」

 なんて冗談混じりに少しだけ考えてみる。友達経験の少ない私にとっては到底出来ない事だ。即却下。

「自分から情報を発信出来なかった以上、私の方から周りに合わせる必要があるよね。明日は周りの会話を聞いて、合いそうな話に自分から積極的に声を掛けていかないとダメかな。折角楽しみにしてた高校だもん。頑張らないと!」

 結構上手にまとめられたんじゃないかなと思う。昔から1人で喋って解決するのは苦手じゃ無い。決して、相談相手がいなかったから自分で解決する事に慣れた訳では無い。決してね……。

 ちなみにその後の夕飯の時に母親から嫌という程質問攻めにあった。最初の方は適当に誤魔化してたんだけど、後半は面倒になってほとんど無視した。

 

 翌日。

 登校して教室に入るなり周りを観察してみる。びっくりな事にもう数人で集まって楽しそうに話をしているではないか。初登校から1日。しかも昨日は軽い自己紹介と入学式しか無かったのにこの進行速度。置いていかれないように昨日の作戦を実行してみる。まずは耳を澄まして周りの人達が何を話しているか聞いてみよう。これでも自称スキル地獄耳を持っているのだ。

「おはよー。昨日の自己紹介で気が合いそうだと思って話しかけてみたんだけど……。」

 これは、昨日の自己紹介を早速使ってる子だな。是非とも見習わないと。

「○○ちゃんが同じクラスでよかったー。」

「ほんとねー私も私も!」

 これは、中学の時の友達同士かな?

「最近駅近にさー、かわいいお店が出来たんだけど。」

 !!おっとお店の話か。少し反応してしまった。

「君、昨日部活野球って言ってたよね?今度一緒に見学行かない?」

 これも昨日の自己紹介を使ってだ。

 思いの外昨日の自己紹介が生きている事に驚きと焦りが生まれてくる。もう少し観察を、と思っていたところで

「HR始めるぞー。席に着けー。」

 担任が入ってきた。何ヶ所かに集まって話していたクラスメイト達は各々の席へ。

 本日は教科書配りや校内案内等の事務的な事が中心のようだ。ありがたい事に先生が今日の予定を黒板に書いてくれているので、後でそれを確認すればいいと判断し、思ったよりも宜しくない現状について再確認する。はぁ、と溜息をつきながらどうしようか考えてると

 とんとん。

 左肩が叩かれた。不思議に思い横を向いてみると

「大丈夫ですか?」

 隣へ座る生徒に声をかけられた。

「はい?大丈夫?ですよ?」

 質問の意味が分からず、頭に?を浮かべながら答えたところ、肩を叩いてくれた生徒が先生の方を指さした。倣って先生の方を見てみると

「西川さん。さっきから下を向いて唸ってますが大丈夫ですか?」

「にしかわ……?え?私?西川は大丈夫です!」

「そ、そうか。大事な話もあるから先生の話は聞いておいてくれよ〜。」

「あ、はい。申し訳ありません……」

 やらかした。またやらかした。今度はもう見逃してくれない。笑い声が聞こえる。しかも先生からのお墨付きになってしまった。はぁ。


 昼休み。

 午前中は時間と必須行動だけ与えられて、後は各自処理して下さいという自由な時間ばかりで、各々仲良くなった人同士でタスクをこなしていた。やらかしたお墨付きの私は勿論1人で機械的に行動していただけだった。周りを見てもクラス内に生徒は半分ほど居ない。恐らく昼食を摂る場所を探して旅に出たのであろう。私は1人でそんな事をしようとは思わず、自分の机で惣菜パンとお茶を広げていた。

「ねぇ、君かわいいよね。」

 冷静に考えれば私に掛けられる言葉では無いのだが、今の私にとってそんな事はどうでも良く、脊髄反射で反応してしまう。そして声が聞こえた方向へとんでもない速さで振り向いた。

「うわ!何そのスピード!面白!ねぇご飯一緒に食べない?前の席空いてるよね?借りるよ〜。」

「え!?あ、うん、どうぞ?」

 良かった、とりあえず声を掛けられたのは私で間違いなさそう。これを間違ってたらとても痛い人になっていた。

「ねぇ、西川唯さん。間違ってたらとても失礼にあたる事なんだけど、でもそれ以上に確信があるんだ。だから質問してもいいかな?」

「え……?何?いいけど……。」

 ここで断る勇気は私には無かった。しかも思い当たる節が多すぎる。

「本名西川唯さん。西という字を取るとかわゆいさん。つまりかわいいさん。ね、今日も朝かわいいって単語に過剰に反応してなかった?そしてさっきの超反応の理由もそうじゃない?」

「ええ……。そうだけど……。ごめん、どこからツッコめば良いか分かんないんだけど。」

 私は嘘が苦手である。知人に対しても、そして今日初めて会った人にも。

「そうだよね。良ければ全部ツッコんでくれない?あなた面白そうな人だもん。」

「え?面白そう?分かったよ。そうだなー。まずはそのかわいいに反応したのは事実です。名前も西を取ればかわゆいになるのも分かってます。最近はいじられなくなったけど、昔母親にいじられてね。少し敏感になってました。」

「なるほどー。でもピッタリな名前じゃん。あなた凄く可愛い顔してるよ?」

「え?正面向いて言われると照れるんだけど……。ありがとう?」

「うんうん。」

「後、朝の反応見てたって私そんなに大袈裟に動いてた?観察してたの?」

「意識して見てなきゃ分からなかったと思うよ?って事で私はあなたの事観察してましたよ。昨日の自己紹介見た時から面白い娘だなと思ってたし。」

「そう。案外簡単にストーカー発言するのね。後は、よくかわゆいかわいいに気付いたね。ツッコミというか何でか聞かせてくれない?」

「さっきも言ったけど自己紹介が独特だったからね。西川唯です。しゅっし、ぅぇ……なんて言われたらね〜。名前覚えようって頭の中で何回も呼んでたら自分で可愛い可愛いって言ってるのに気付いちゃって。」

「ちょっと!なんで噛んだところそんなに上手く出来るの!私でもどう発音したのか分からなかったのに!」

「あははは。それでね、さっき声をかけて確信に至ったわけですよ西川さん。」

「なるほどねー。」

 思いがけず初日のやらかしが生きたわけだ。恥ずかしい話ではあるけど。

「あなた名前はなんて言うの?良ければ教えてくれない?」

「ひどーい。自己紹介聞いてなかったの?」

「それどころではなかったもので。」

「ごめんごめん。私は英語でbellの鈴に音楽の音、楽器を奏でるに子供の子と書いて鈴音奏子(すずねかなこ)です。よろしくね。」

「……うん。よろしく。」

 不思議な感覚だった。

 今日初めましてのはずなのに何故かその感覚が無い。

 そのせいなのか、この時私はこの「よろしくね。」がただの挨拶や社交辞令ではなく、これからも、ずっと、よろしくね、という意味ではないかという事に何の根拠も無しに確信をしていた。


 翌日。

 昨日の昼食の時にあんな出来事があった為、登校時の足取りは自然と軽くなる。鈴音奏子さん。ご丁寧に漢字の書き方も教えてくれたから、ノートに10回位書いてしっかりと覚えてきた。

 教室に入るなりあの娘の姿を探してしまう。すると私に微笑みながら手を小さく振っている鈴音さんと目がバッチリあってしまった。嬉しいのだけど、それよりも教室へ入った瞬間に目が合ってしまうのは、入口をずっと見ていないと出来ない事では無いだろうか。不思議に思いつつも軽く会釈。同じ様に手を振り返して自分の席へ向かう。そういえば昨日自分でストーカー宣言していたし、実際そうかもしれない。

「おはよう!」

「あ、おはようございます。えーと、鈴音さん。」

 私が着席するなり後ろから声を掛けられる。昨日とは違い、変な行動はせずに自然に話す事が出来たぞ!

「固いって!私の事は奏子でいいよ。かなこ。ね?私もあなたの事は、唯さん。唯ちゃん?唯でいいや!ほら、こっちの方仲良さそうに見えるし、2人で呼び捨てにすればお互い様でしょ。じゃあ今日も一緒にお昼ご飯食べようね。じゃあまた昼休みに〜。」

 私の回答も待たずに凄い勢いで話して自分の席に戻って行った。いきなり呼び捨てでいいよと言われても少し戸惑ってしまうんだけど。


「おー。待っててくれたんだね。唯!」

「うん。勿論。かな、こ、さん。」

「じっー。」

「それ、自分で効果音付けるの?分かったから!奏子。」

「はい、合格。」

 本日から授業が始まったのだけれど、ふわふわしていて半分位内容が頭の中に入ってこなかった。理由は簡単。今目の前にいる奏子のせいである。

「唯ってさ、昨日も惣菜パンだけだったよね?お弁当は用意しないの?」

「うち母親が朝忙しくてね。昼食は自分で用意してねって言われてるの。そのうち学食にも挑戦してみようかなって思ってる。」

「ふーん。そうなんだ。」

 そう言って奏子は窓を眺め始めた。奏子も昨日は惣菜パンだった。しかし今日は手作りらしきお弁当だ。ちらっと中身を見てみると美味しそうなお弁当だった。家族が用意してくれたのかな?家庭的で羨ましい。

「よし決めた!ねぇ唯。」

「!?どうしたの?」

 ものすごい速さで私の方を向いてきて言った。本日2度目の驚き。

「良かったらでいいんだけど、唯の分のお弁当今度から私が用意しようか?月水金だけだけど母親がその曜日忙しくて、私が朝ごはんと一緒に自分と家族の分弁当を用意するの。火木はこれまで通りなんだけどいかがでしょう?」

「えーと。うん?」

「会って3日の女が作るものなんて食べられませんと。」

「違う違う!そうじゃなくて迷惑じゃないの?後は大変だし、それに食費だって……。」

「提案したの私だよ?迷惑じゃないし。入れてるものは朝ごはんのアレンジ品だし、唯1人分増えたって何も変わらないよ。食費はそうだな……気にするな!」

「とてもありがたい話です。でも、なんで?」

「なんで。うん、なんでだろうね?私でもよく分からないけど、何となく?ほら、自分と同じ年の娘が昼食を寂しく済ませてるの見てさ。それに私料理は好きだし。誰かに食べてもらうのって嬉しくない?それが唯だったら更にって思ったんじゃないかな?」

 同い年の女の子にほぼ毎日お弁当を作ってもらう事は不思議な感じがしてならないが、嬉しいという事は間違いない。そんな悩む私の決め手になったのは、さっき覗き見したお弁当がとても羨ましく思えた事だ。

「よろしくお願いします!」

「はい、分かりました。こちらこそよろしくお願いします!ただ、用意するのは明後日からね。楽しみにしてくれると嬉しい。」

 万遍の笑みで答える奏子に少しドキッとしてしまった。他人の喜びのために、笑顔になれる人はとても素晴らしいと思う。


 その日の夕食時。

 3日前に餌を撒いて以降、毎日のようにからかい半分に学校での出来事を聞いてくる母親の相手をしていた。残り半分は心配をしてくれているんだろうけど、どうしても初日のあの楽しそうな顔が頭から離れずにいた。けれど今日は前と違ってしっかりとした進歩があったのでどんな顔をするのか楽しみだった。

「初日にやらかした唯ちゃん。今日は学校どうだったの?」

「同じクラスメイトの女の子にお弁当作ってもらえるって事になった。」

「友達出来たのか!というかお弁当!?いきなりすぎない?」

 友達って言う単語に一瞬戸惑ってしまった。

「質問多すぎ!そうお弁当。私もいきなりすぎてびっくりしたんだけど諸々いいよって。お代に関しても気にするなって。あとすごく美味しそうだったから私も流れに任せてお願いします!って言っちゃたんだけど、その後の嬉しそうな笑顔を見て良かったなって思っちゃって。」

「かっこいいお友達じゃない。良かったね。」

「ねぇ、お母さん。お友達って何?私会ってまだ3日しか経ってないし、まだ彼女の事よく知らない。友達って呼んでいいのかな?」

「なーにー?友達って難しく定義するものだと思ってるの?そんなものお互いが友達って思ってれば友達だよ。寧ろあんた達の関係だと親友にまで見える。」

 そう言って母は少し何かを考え始めた。友達と親友への母の考えは、凄く予想外で嬉しい回答だった。ただ、奏子が私の事をどう思ってるかはまだ自信が無い。いきなりお弁当作ってくれるのだから嫌われてはいないと思うけど。

「そうだわ。今週の金曜日、その娘をうちに連れてきなさい。もちろん泊まりで。なんなら日曜日まで泊まってもいいわよ。お代の代わりにうちでおもてなしとご馳走するわって誘って来なさい。」

「え!?こっちもいきなり!?」

「そうよいきなり。いきなりにはいきなりでお礼するべきでしょ?あ、これは今思いついた理論ね。勿論その娘が断るようなら強制はしなくていいよ。ただ、聞くだけ聞いてみなさい。」

 無理やりな気がするが、私だけではどうお礼するべきかを上手く考えられなかったであろう。それにお泊まり会なんて今までやった事無いし、奏子となら楽しいかもと少し邪な事を考えてしまった。あくまでお礼なのだから、と主旨をぶらしてはいけない。

「分かった。明日誘ってみるよ。」

「その子も堂々とあなたに提案したわけでしょ?そして唯は流れに任せた。同じ事よ。唯も誘う時迷惑かも?とか考えずに堂々と誘って来なさい。」

 学校での私と、そして今日始めて話した奏子の事。どうやら母には手に取るようにこれまでの事と、これからの事が分かるようで、明日私がやらかしそうな事をズバっと注意してきた。この点やはり母親なんだな、と思う。

「うん。頑張るよ!」

 明日しっかりと誘える事を夢見ながら、力強く返事をするのだった。


 翌日。

 善は急げ。お誘いは登校してすぐに言おう。時計を見てみると昨日より10分程早く着いていた。無意識のうちに浮かれてたっぽい。

 自分のクラスに着いてすぐに奏子の席を見る。やはりこちらを見ていて、私の事を確認するなり手を振ってきた。私も手を振り返し、まずは荷物を自分の席に……は後でいいや。すぐ奏子の所に行こう。

「あ、あの!奏子!」

「おはよう。唯。」

「あ、おはよう!今週の金曜日うちへ泊まりに来ない!?」

 ポカンとしている奏子。そりゃそうなるだろ!と思いながらも返答を待っていると

「いいよ。お呼ばれしちゃおうかな?」

 笑顔でそう答えてくれた。

「それにしてもいきなりだよね?」

「うん。ごめんね。昨日母親にお弁当の話したらお礼にご馳走するから誘ってきなさいって言われて。」

 母親に言われたから誘った。事実だけど、そこに逃げたような回答をしてしまった事を少し後悔してしまう。

「面白ーい。何それ!ちょー楽しそうじゃん!絶対行くよ!」

「ありがとう。」

「金曜日だよね?学校終わってからすぐ行くの?それとも一旦家に帰ってからにする?」

「そうだね。何も考えてないよ。どうしようか決めないとね。」

 予定を立てようと思ったら担任が入ってきた。

「また後で決めよっか。今からもう楽しみなんだけど!」

「そう言われると凄く嬉しいかも。じゃあまた後でね。」

「うん。またね。」

 奏子を誘えて一安心。しかもとても喜んでもらえたようで、こちらも嬉しくなる。週末が楽しくなる事は確定で、これまでこんな気持ちで週末を迎えた事があっただろうか。顔がニヤケないように自分の席に戻るのが少し大変だった。


「唯の荷物は一旦教室に置いといて、帰ってから回収する?」

「いや、持ったまま奏子の家に行くよ。」

 金曜日の放課後。

 あの後奏子と予定を立てた。まずは奏子の荷物を家に置いてから、泊まりの用意を持って私の家に向かう、という流れになった。

 話したところ、私と奏子の家は学校を挟んでちょうど反対の位置にある。しかしお互い約1kmとそれ程遠くない上に徒歩通学。1度鈴音家に行ってみたいという下心を隠しながら、この案を提案してみたところ、快諾してくれた。しかも、奏子母からも是非私に会ってみたいというおまけを頂いた。

 学校から出て私の家から反対方向に同じ位の時間を歩いたところで奏子が一軒家の前で止まる。

「到着〜。ここが私の家だよ。」

 そう言われて家を見上げてみる。集合住宅の中に溶け込んだ普通の二階建ての家。普通の、なんて言ったらこの際失礼になりかねない。代わりの表現を探していると

「ほら、唯もおいで。一旦家上がってくでしょ?」

 と言いながら手招きされた。私は荷物を回収して軽く挨拶程度かなと思っていたが、どうやら奏子は私を家に上げてくれるようだ。

「うん。お邪魔します。」

「はい。いらっしゃいませ。二階上がって右が私の部屋だからそこに行ってて。ただいまーおかーさーん唯連れてきたよー。」

 そう言って台所と思われる所に消えていった。私は玄関でしっかりと靴を揃え、奏子に言われた通り階段を上っていく。部屋には入口に泊まりの用意と思われる荷物がいくつかあった。そして折角だから、と部屋を観察しているとすぐに奏子が入ってきた。

「おまたせー。後でお母さんが飲み物持って来るって。すぐ出掛けるからいいのにね。」

「いやいやそんな事ないよ。奏子って姉妹いるの?」

「妹が1人いるよ。でもなんで?あー、机がふたつあるからか。小学四年生だよ。」

 学校の荷物を自分の机と思われる方に置いたと思ったらパッとこちらを向いて

「制服じゃなくて私服でいいよね?もうここで着替えちゃうね〜。」

「え!?着替えるの?ちょっと待って一旦部屋出るから。」

「別に女の子同士だから良くない?」

「えーと、私が恥ずかしいの!」

 奏子の返事も待たずに部屋を出る。着替えとはいえ、脱いでも下着姿までだろうし、同じ歳の女の子同士。奏子の言う通り気にする事は無いのだが、何故いきなりこんな事を言ったのだろう?と疑問に思っていると背中から声を掛けられた。

「あなたが唯ちゃん?奏子の母です。」

「あ!えと、こんにちは!西川唯です。よ、よろしくお願いします。」

「これはご丁寧に。こんにちは。もしかして部屋へ入れて貰えなくて締め出し食らってるの?」

 と言い、私の顔を覗き込んだ瞬間顔色が変わった。先程の疑問形の言葉と違い、とても私の顔を観察するかのような目付き。思わず目を逸らしてしまう程だった。

「あなた、奏子も言ってたけど高校生になって初めて会った、でいいんだよね?」

「はい。そうですけど?」

 高校生になってまだ5日。しかも奏子と話したのは入学式の次の日からだから会って実質まだ4日。なぜそんな事を聞かれるのだろう?と不思議に思い、ちらっと奏子のお母さんを見直してみるとまだ観察されていた。

「あら、ごめんなさい。変な事を聞いちゃって。あなたと奏子、2人ともそうなら何も問題ないわ。」

「はい?そうですか?」

「ちょと奏子ー。お客さんを部屋の外に締め出して何してるのー?」

「え!?おかーさん来たの?唯ごめん。まだ着替えてないけど部屋入ってきてー。」

 奏子母の質問はよく分からなかったが、一緒に部屋へ入るとまだ着替えが終わってない奏子の姿があった。私が部屋を出てからそれなりに時間が経ってるぞ奏子さん。奏子はお着替えが苦手なようだ。

 

 片方は制服姿のいかにも学校帰りで、片方は私服姿で大きな荷物を持っている。その2人がちょうど学校の下校時間に仲良く歩いているものだから、第三者目線で見ると今の私達は少し浮いた存在ではないだろうか。

 奏子の下手くそな着替えを見た後、奏子母が持ってきた飲み物を頂き、私の家へ向かう途中。学校を境に鈴音家側の時はおしゃべりだった奏子がいきなり西川家側に入るとキョロキョロとし始めた。同じ学校の近所とはいえ、今日は泊まりに行くので気持ちが高ぶっているのではないだろうか。そんな奏子を横目に母へもうすぐ家に着くよ、と連絡を入れておく。

「到着だよ。」

「ここが唯ハウスかー。」

「なにそれ。私はひとりっこだから今はお母さんが1人だと思う。」

「おっけー。」

「じゃあ入るね。お母さんただいまー。」

 玄関のドアを開けるとそこには学校の制服を着た母が立っていた。

「おかえり。そしていらっしゃいませ。」

「お母さんなんで制服着てるの?」

 我ながらとても冷静にツッコめたと思う。よく見ると私の夏用の制服だった。

「こっちの方がおもしろいと思ったからよ。」

「そ、そうなんだ。紹介するよ。この前話した友達の奏子さんです。そして奏子。制服着てて変だけど私のお母さんです。」

「あははは。なんで制服なのめっちゃウケるんですけど。おっと、ごめんなさい面白くてつい。本日唯に招待頂きました鈴音奏子です。よろしくお願いします。」

「笑って頂いてとても嬉しいわ。母です。よろしくね。」

「もう。お母さんも奏子も……。奏子は私の部屋に行ってて。階段上がって左ね。飲み物持ってすぐ行くから。お母さんはそれ脱いで着替えて!」

 到着前に連絡を寄越しなさいとはこの為か、と思いつつ母の肩を押しながら台所の方へ連れていく。すると母は何もかも計画通りといった様子で

「ウケてくれたし大成功よ。大事なのは第一印象。唯も分かってるでしょ?それに昨日、友達かどうか悩んでたのが嘘のように友達って言ってたじゃん。随分と仲良くなったじゃない。」

 私が疑問に思った母の行動と発言全て、確かに的を得ていた。

「そうだね。ありがとう。」

「昨日はおもてなしとか言ったけれど、唯自身も楽しまなきゃだめよ。唯も昨日から楽しみでそわそわしてたの知ってるからね?逆の立場で考えてみて。招待した側が不機嫌だったらみんな嫌になるでしょう?奏子ちゃんがいる間は自分が彼女といて素直に楽しい、面白いと思える事を自信を持ってやりなさい。」

 ここ数日間を良い方向に導いてくれた人からのアドバイスを思わず聞き入ってしまった。特に自分が楽しいと思う事を素直にやりなさいという事は、言われなかったら考えもしなかっただろう。

「うん。そうする。」

 飲み物の用意も忘れて部屋へ駆け出す足が自分でも分かる位とても軽く感じた。


 部屋では最近の学校での昼休みの様にずっと奏子とお喋りをしてた。私は自分の椅子にほぼ座ったままだったが、奏子はと言うとずっと私の布団の上で座ったり、座ったまま小さくぴょんぴょん跳ねたり、ゆらゆら揺れたり、枕で寝たりとベットの上で色々と動いていた。自分の寝場所を同級生の女の子に堪能されるのは恥ずかしかったが、相手が奏子ならいいかなと思っていた。

 気が付けば1時間程があっという間にすぎた頃、下の階から母が私達を呼ぶ声がした。

「唯ー。奏子ちゃーん。降りてらっしゃいー。」

「はーい。今行くー。」

「今日は唯のお母さんがご馳走してくれるんだよね?めっちゃ楽しみ!何が出るんだろう?」

「実は私も分からないの。昨日からお母さん凄い張り切ってて。私と奏子2人にサプライズだ〜的なノリだったよ。」

「唯のお母さんも面白い人なんだね。」

「も?も、って何?」

「唯もとっても面白い人だよ。この前の自己紹介とか。」

 そう言いながら部屋を出ていく。面白い人だというのは少し疑問だ。

 食卓に向かうとそこには色々な魚介類の刺身と酢飯と思われるご飯が用意されていた。マグロ、サーモン、ブリ、イカ、タコ、ウニ、イクラ、種類の分からない刺身がもう何種類かと、卵に大葉、きゅうり、しかも飾り付けのたんぽぽまである。

「奏子ちゃんいらっしゃいませ。刺身は好きかな?今日は好きなだけ贅沢に刺身を乗せて、海鮮丼や巻き寿司を作ってね〜。」

「はい!私刺身大好きです!お刺身こんなに沢山!やばいめっちゃ興奮しきた!お言葉に甘えて凄いの作っちゃうよ〜。」

「どうぞどうぞ〜。喜んでもらえて嬉しいわ〜。」

 母が私たちにどんぶりを渡してくる。奏子が目をキラキラさせながら食卓を見渡している。母が準備をしたのだが、奏子がここまで喜んでくれるとつられて私も嬉しくなってくる。

「今日の主役は奏子だよ。お先にどうぞ。」

「ありがとう!では遠慮なく行かせてもらうね。いっぱいあって何にするか迷っちゃうな〜。そうだ!せっかくなら全部乗せ丼にしよう!」

 そう言いながら、まずはどんぶりの下に薄くご飯を乗せ始めた。全部乗せ丼?すごく気になるから奏子が何を作るか見てみよう。

「まずはご飯を1番下において〜刻み海苔を散らして〜その上に刺身を敷き詰める!あ、私サーモン大好きだから1番上にしよう。イクラも乗せて親子丼にしようかな。」

 奏子の宣言通り刻み海苔の上に色々な刺身が乗せられていく。

「そしたらまたご飯を乗せて〜海苔を散らして〜また刺身を敷きつめる!」

 どうやらご飯、刺身いっぱい、ご飯、刺身いっぱいというようなミルフィーユにするようだ。

「またご飯を乗せて〜。そろそろ溢れかえっちゃうから1番上をサーモンまみれにしよう!大葉も乗せれば見栄え良くなるかな?丼の端っこから少しはみ出るように大葉を乗せて〜その上にサーモンを敷き詰める!そして真ん中にこれでもかというほどイクラを乗せる!たんぼぼ乗せて完成!」

 奏子丼が完成した。見える範囲内はイクラとサーモンが中心の赤やオレンジ系の色が大半を占めていた。どんぶりからはみ出す様に置かれた大葉の緑と、食べるのか分からないたんぽぽの黄色、そして最後に少し散らした刻み海苔の黒が丼上を色鮮やかなものにしていた。

 奏子も満足したのか、スマホのカメラで連射して写真を撮っていた。

「じゃ〜ん。どう?おいしそうでしょ?見た目は親子丼。だけど食べたら中から他の種類の刺身が出てくるびっくり丼!」

「うん。すごく美味しそうだね。」

 隣で母もうんうんと頷いていた。ここまでテンションが高い奏子は会って初かもしれない。

「次は唯だよ。唯は何を作るのかな〜?」

「奏子のよりは凄いの作れないかも。そうだな~。丼は少しにして手巻き寿司中心にしてみようかな。」

 私も奏子と同じく解説しながら作ってみよう。

「私はブリとサーモンが好きだから、ブリとサーモン親子の二色丼にしてみようかな~。まずはご飯をいつもの半分位入れて、半分から右にブリの刺身を盛り付けて~左にサーモンの刺身を盛り付けます。そして真ん中にイクラを乗せます。」

 飾りつけはほとんど奏子のを真似した。

「あんまり私のと変わらないね。」

「まだまだいくよ。次は手巻き寿司を作ります。」

 巻ききすの上に長方形の大きな海苔を置いてその上にご飯を乗せる。あまりいっぱい乗せると巻ききれなくなるので、刺身の分も考慮して少なめにする。

「まずはマグロを並べます。卵ときゅうりも一緒に。力を入れすぎると中身が潰れちゃうからそっと優しい力で巻きます。そしたらまな板に移して四等分にしてお皿に並べて完成!これならみんな食べられるよ。」

 初めて作ったにしては綺麗に出来たと思う。奏子と母にどうでしょう?という感じで見せてみる。

「すごーい。おいしそうだね。私にも後で1個頂戴!」

「あんた、料理してるとこ見た事ないけど案外器用に作るのね。」

 と、全く違う意見が返ってきた。奏子は嬉しいのだけど、母よ、なんだその感想は……。

 他にも3本ほど具材を変えて作った後、イクラとウニが巻き寿司には合わない事に気付く。卵のつぶつぶ系は包丁を入れた際、中身をつぶしてしまい、べっちゃっとなって見た目もおいしさにも良くないだろう。よし、見よう見まねで軍艦も作ってみよう。1つ作ってみたけど思った以上にそれっぽく出来て自分でもびっくり。軍艦も何個か追加で作っておく。

 自分で食べるものというより、みんなで少しずつ食べるものを作っていた。その間母は自分用の丼を作っており、奏子はというとずっと私の手元を眺めていた。最初は少し恥ずかしかったが、あまりにも楽しそうに眺めていたものだから我慢した。

「……見てて面白かった?」

「うん、面白かったよ。唯って器用だなーって思いながら見てた。」

「昔から細かい作業とか物作りは苦手じゃなかったから。」

「ふむふむ。なるほど……。」

「お母さんも出来てるみたいだし、いただきますしよう。」

 ちらっと時計を見てみると思いの他時間が経っててびっくり。楽しい事や集中してる時は時間の進みが早いと言うが、まさにこの事だろう。今の時間で作った料理の多さが物語っている。改めて見ると結構作ったものだ。

 正方形の食卓を3人で囲む。私の前に母、左隣に奏子だ。

「「「いただきます。」」」

 母は日頃から夕飯の時になると、とてもおしゃべりになる。昔から今日の学校はどうだったの?と私に聞いて、そこから色々な話をするのがほとんどだった。今日はそれに加えて奏子がいるから大盛り上がりするのでは?と思っていたが不気味なほど静かだった。逆に奏子を気遣って、遠慮しているのだろうか。

「ただいまー。」

 玄関の方から扉を開ける音と共に聞こえてくる。

「ん?もしかして唯パパ?」

「そうだよ。仕事から帰ってきたんだと思う。」

「ただいま。お?君が昨日、唯が連れて来るって言ったてお友達かな?」

「はい!こんばんは。鈴音奏子と申します!お仕事お疲れ様です!」

「これはご丁寧にどうも。こんばんは。」

 母に晩飯の用意をお願いと言って母の隣、奏子に向かって前の席に座る。

「唯がお友達を家に連れてくるのは初めてでね。どんな子を連れてくるか楽しみにしてたんだよ。」

「まだ会って5日ですが、随分と仲良くしてもらってます。」

「唯は学校ではどんな感じなのかな?」

「あ!それ私もちょー気になってた!教えて!」

 母が目を光らせながら話に入ってくる。やはりいつもおしゃべりな母も少しは遠慮していたのだろう。あの目の光り方、スイッチ入ったな。

「もー。お母さん変な事聞かないでよ?奏子も変な事言わないでね?」

「「大丈夫だよ。」」

 うわ。母と奏子がシンクロした。そして2人で大笑いしている。

「鈴音さん、とても礼儀正しくて良い子じゃないか。」

 先に質問したが、すっかり話し相手を取られてしまった父。いつもは余り喋らず、私と母の会話をニコニコしながら聞いてるが、今日はその相手が母と私と奏子の3人。そのためか、いつも以上にニコニコ度が増してる気がする。

「うん。私もそう思う。」

「2人とも唯の事で盛り上がってて楽しそうだね。」

「そう、かもしれないけど。ちょっとー2人ともそんなに私の事で笑う事ある?」

 何故か異常な量の笑い声が聞こえる。私は笑いの神様になった覚えは無い。

 いつ2人の会話から爆弾発言が飛び出すか分からない為、気を抜く事は許されない。そんな食事だった。


 あまりにも終わらない2人の会話を無理やり終わらせて今、奏子は入浴中。先に入浴した私は前日に用意しておいた来客用の布団を自分の部屋に敷き直して、少し思い出す。そういえば今日奏子の部屋に行ったとき、ベットが2台置いてあった。もしかしたらいつもと同じくベットで寝たいと言うかもしれないし、後で聞いてみよう。

 部屋をきょろきょろ見渡し、少しうろついてからカーテンを開け、ベランダへ無意識に足を運ぶ。いつもはしない行動を疑問に思う。今日は人が1人多いという状況。私が思っている以上に浮かれているのかもしれない。それか勉強しようと思ったら部屋の掃除をしてしまうアレだ。名前は分からないけどアレ。多分違うケド……。

 自分で自分にツッコみながら空を見ると雲1つない夜空だった。星座はよく分からない。けれど、夜空が綺麗な事はよく分かった。

「私って奏子の事どう思ってるんだろう?」

 またも無意識に自分へ疑問を投げかけてしまった。今の言葉をもう一度復唱してみる。「どう」思ってるか、か。人に対してこんな質問の仕方をしてしまうのは、人付き合いが少なかった私でも流石に分かる。少し頬が熱くなるのが分かった。ブンブンと顔を左右に振る。まて待て一旦落ち着こう。冷静なフリをしながら空を見上げる。するとタイミングよく部屋がノックされた。

「ただいま。いいお湯でした。」

「おかえり。って奏子!なんで下着姿なの!?」

 予想外の奏子の姿に思いっきり体を回転させて目を逸らす。

「あーごめんごめん。服着るのがめんどくさくて。」

 めんどくさい?そういえば奏子さんはお着替えが苦手だったんだ。ここは下着だけでも着て来た事を褒めるべきだったのかもしれない。

 下着姿の女の子がいる部屋の窓を開けておくわけにはいかず、すぐにドアとカーテンを閉める。流れで鍵も閉めてしまった。

 いいぞ、多分冷静に振る舞えている。まずはこの状況を整理。私は今自分の部屋の窓の前で棒立ち。これはあまり良くない。とりあえず座ろう。ベットの上に腰掛けるのがいいかな。

「ごめんね。お気遣いありがとう。あ、ここは唯の部屋だから外で待ってなくていいからね。ここにいていいからね。」

 着替えに非常に手間取る奏子。言葉を選ばなくていいのであれば、とても下手くそだ。

「私の着替え、そんなに気になるの?ものすごい形相で見てるけど。」

「あ、いや、ごめ!違うの!変な目で見てたとかそういうのじゃなくて!」

「変な目?」

「見てません!から許してぇ〜。」

 両目を両手で覆い、奏子とは反対方向に寝転がり、勢い良く掛け布団をかける。

「終わったら言って!」

「?????分かった。」

 特にこれ以上ツッコミもなく穏便に済ませてくれた事への感謝として、私は奏子から声がかかるまで絶対動かないぞ、と誓っていた。

 勢い良く被った布団の中には、先程の焦りですぐに熱が籠っていく。そしてその熱で敏感になった体が、後ろでモゾモゾしている奏子を正確に捉えるのであった。見えないけど何をしてどんな格好をしているのか分かってしまう。

 暴走し始めた頭で、これじゃあ布団を被った意味が無いじゃないか!とか私は透視能力を得たのでは!?とか下らない事を考えてるとようやく

「唯ちゃんお待たせしました。」

 奏子から声がかかった。まずは片目だけそーっと見てみるとそこにはしっかりとパジャマを着た奏子の姿があった。

「か、可愛いじゃん。」

「えへへ、ありがとう。」

「さっきは変でごめんね……。」

「いいよいいよ。夜空見てたんでしょ?私も見たいから一緒にベランダ行かない?」

「うん。」

 特に奏子に変化はなかった。私だけ1人はっちゃけてただけなのかもしれない。そうであると助かる。

「唯はよく夜空を眺めるの?」

「いや、全く。今日が初めてかもしれない。」

「そうだったんだ。私もあまり見ようと思った事は無かったかな。」

 奏子と並んで空を見上げる。奏子はいつもと違う匂いがした。うちのシャンプーやボディソープを使ったから当然だろう。少し新鮮な感じがした。

「奏子は今日床の布団とベッドどっちで寝る?どっちもシーツは洗ったから好きな方選んで。」

「床の方かな。唯はいつもベッドで寝てるんだよね?ならいつも通りでいこう。」

 そう言いながら床に敷いてある布団の方へ行き、そのまま寝転んで掛け布団までかけてしまった。

「眠いの?もう寝ようか?」

「そうだね。いっぱい食べていっぱいお話したし今日はもう疲れたかも。時間も時間だし寝ようかな?」

 時計を確かめてみると、確かにもうすぐ日付が変わりそうだった。気付かないうちにもうこんな時間。

「了解。じゃあ寝ようか。おやすみ。」

「待って寝ながらちょっとお話しよう?」

「いいよ。何話す?」

「えーとそうだなー……。」

 ……

 

「……んんん。」

 スマホを確認する。今日は土曜日か。ならもう少しゆっくりしても大丈夫かな、と布団をかけ直す。

「おはよう。」

 とても控えめな奏子の声が聞こえてきた。ん?なんで奏子の声がするんだ?そうだ!今日は奏子が泊まりに来てるんだった。

「おはよう奏子。ごめん起こした?」

「私もさっき起きたところだよ。起きた時、え?ここどこ?ってなっちゃった。しかも昨日寝た時の記憶が全く無いの。」

 奏子に言われて昨日の事を思い出してみる。おしゃべりしてた記憶はあるんだけど何を話してたのか、いつ寝ようとしたのかさっぱり思い出せなかった。

「私も。お互い寝落ちしたんじゃないかな?」

「寝落ちかー。なら納得かも。」

 奏子が上半身を起こす気配が伝わる。時間を確認すると学生の朝ならとっくに遅刻してしまうような時間だった。いつも休日はダラダラしてしまい、昼前にベッドから出るなんて事もしばしばだが、今日はそんな事をしてられない。

「朝ごはん食べる?」

「うん頂きます。」


 朝ごはんが昨日の夜みたいに豪華なパーティーになってたらどうしようと思ったが、そんな事は無かった。とはいえ、いつもの西川家の朝食に比べたら少しだけ品数が多かったが、母なりに朝食とおもてなしを丁度いい位に組み合わせてくれたのだろう。いい塩梅だ。ナイスお母さん。

 朝食を食べ終え、部屋に戻ってくると開口一番奏子が尋ねてきた。

「夕飯どこに行きたいか私が考えておいてって言われたんだけど、やっぱり遠慮せずにズバッとここ行きたい!って言った方良いよね?」

「そうだね。その方が良いと思う。」

 母から昨日の夕飯は内食で、今日の夕飯は外食にしようと言われたのだ。朝食がかなり遅かった事から、昼飯と夕飯を兼ねて大体16時位に行って、そうすると夜中お腹空くから帰りにケーキ等の夜食を買おう、というナイスな案を母が出してきたのだ。特に反対意見が出るはずもなく決まったのだが、その出先を奏子に決めるように言ってきたのだ。私達に気を使う事も、値段を気にする事もないと言われたが、そんな大役任せられて悩むのは当然だろう。

「唯も後で一緒に決めようよ~。」

「いいよ。一緒に考えようか。」

 と言っても私のやる事は決まっている。奏子に何系がいいのか、何が食べたいのかを聞いて、そこから良さそうな雰囲気と、現実的に可能な距離の場所をピックアップして、最終的に奏子に選ばせる。そうすれば奏子に負担をかける事は無くなるはずだ。

 自分で建てた完璧なプランに自己満足してると、奏子が私の机の方へ行く。

「唯ってもしかして、いや、もしかしなくてもゲーマー?」

「ゲーマー……って自称するのはどうかと思うけど、ゲームは好きだよ。」

 私の部屋にはゲーミングモニターが1台と最新の家庭用ゲーム機が2台置いてあるのだ。勿論、有線LANも整っていて、一般現役高校生が趣味でゲームをするのにはかなり良い環境だと思う。

「昨日唯の部屋に来た時からすごく気になってたんだよ。ちょっとやってみてもいい?私ゲームやった事無くて全然分かんないけど。」

「勿論いいよ。何やりたい?」

「ごめんどんなものがあるかも分かんないんだ。唯がハマってるものってどんなものなのかなって思って。だから今唯のお気に入りのでいいかな?」

「分かった。じゃあこれにしよう。」

 自分の色のインクを塗り広げ、その中を海洋生物に変身し、自分達のナワバリを広げていくゲームだ。対象年齢も全年齢だし、初めてゲームをする人にとっても、分かりやすい上に完成度も高い為、間違った選択ではないだろう。

 ゲームを起動させ、コントローラーを奏子に渡す。よく分からないけどとりあえず、といった感じで受け取る奏子。

「ボタン何も押してないのに画面がめっちゃ動くんですけど!なにこれ面白ーい。」

 初めてのゲームの感想は、ゲームの内容ではなく、ジャイロ機能についてだった。

「すごいよねこれ。最近色々なゲームに浸透してきた機能なんだけど、私も初めて触った時は感動しちゃった。」

 コントローラーを振るだけではゲームは進まないので、操作方法を教える。私の言葉ひとつひとつをすぐ理解し、即実践している奏子。このゲームの操作自体はとても簡単なため、一通りの操作を教えたら、後は奏子の好きなようにやらせてよう。私のハマってるものだから、と言いながらもとても真剣に私の話を聞いてゲームをやってる姿に、自分の趣味が友達にも理解されているようでとても嬉しい。

 約30分、オンラインの対戦もやらせてみたが、たまに相手を倒してるものだから驚きだ。

「あ゙ーつかれたー。唯交代しよう~。集中してると目がしょぼしょぼするね。」

「それほっとくと視力悪くなるから一旦休憩するといいよ。」

「そうする。今度は唯のゲームしてるところ見せてね。」

 私にコントローラーを渡して隣に座る奏子。人に見られながらゲームをするのは初めてだから少し緊張する。しかし、その程度でいつものプレイに支障をきたすほどゲーム歴は短くない。私の腕前はこのゲームの全プレイ人口の中で、中の上くらいだろうか。

「すごーい。唯やっぱり上手だね。」

「上手っていうか今までの経験と練習の成果かな?私はゲーム上手じゃないし、人よりいっぱい練習してやっと人並みっていう感じだから。その点でいうなら奏子の方ずっと上手だよ。私初めてこのゲームやった時、そこまでうまく動かせなかったもん。」

「そうなの?ありがとう。先生がいいからだよ。」

 ちょっと照れる。その後も何戦かやるけどずっと黙って奏子は私のプレイ画面を見ていた。

「奏子またやる?」

「もうちょっとやってみようかな。」

 次は奏子の番。コントローラーを渡す。

 さらに30分程ゲームをする奏子。さっきよりも忖度なしで10倍位はうまくなっていた。

「奏子流石に上達しすぎじゃない?もう今日初めてゲームをしましたなんてレベルじゃないよ。」

「さっき唯がやってたのを参考にしただけだよ。上手になるための1番の近道はうまい人の真似をする事だからね。」

 やたら経験値の乗った言葉に聞こえた。

「奏子って昔何か極めようと頑張ってた時期あるの?」

「極めるはちょっと違うと思うけど、小中ってソフトボールやってたよ。しかも他の人達に負けたくなくてバリバリ練習してたし、試合に負けたら泣いちゃう位真面目にやってたよ。」

 それを聞いて今のゲームの上達速度は偶然じゃなくて必然なんだなって思った。私はソフトボールをやった事ないから良く分からないけど、奏子はチームの中心人物だったに違いない。

「ん?あれ?高校ではソフトボールやらないの?確かうちの高校にもあったよね。」

「最初は入部するつもりだったけど、やっぱりいいかなって思って。」

「そうなの?何かあったの?」

「……何にもないよ。それよりも外食に行く場所決めない?唯ママも唯パパも決めるの早いほう助かるでしょ。」

 何かあったのだろうか。しかし、深く追及するのも良くないため、ここはスルーするべきだろう。

「そうしよう。奏子何か食べたいものある?」

「昨日は海鮮系だったからお肉系にしようかな。唯はお肉好き?」

「うん。好きだよ。じゃあこの辺でお肉系の店探すからその中でどれがいいか奏子が選んでね。」

 ネットで調べて出てきた候補を奏子に見せて選んでもらう。私達の住んでいる地域は、東京等の大都会とはかけ離れた場所だけど、思いの外候補地が出てきた。

「ここにしようかな。料理も美味しそうだし雰囲気も良さそう。」

「分かった。じゃあお母さんに伝えておくね。」

 奏子の選んだ場所はチェーン店ではなく個人営業の華やかな雰囲気の場所だった。なるほど。奏子はこのような場所が好きなのか。奏子の好み覚えておこう。

「連絡しといたよ。okだって。大仕事終わったしちょっと休憩〜。」

 ぼふっ!と大きな音を立ててベットにうつ伏せに倒れる。勢い良く倒れすぎたかもしれない。だってしょうがないじゃなか。この後みんなでお出かけだと考えるとテンション上がっちゃうもん。

 首から上だけを半回転し、奏子の方を向いて

「ゲームまだやる?私見てるからまたやっていいよ。」

「楽しかったけど今はいいや。また唯とお話しよう。折角遊びに来てるんだから勿体無いよ。」

 ここ最近思うのだが、奏子は結構恥ずかしい事をスラスラと言えてしまう人なのだろう。勿論私は嬉しいのだけど、少し照れてしまう。

 照れ隠しで首をまた半回転させて奏子から見えない様に隠れる。

「どうしたの?もう眠いの?それとも隠れてるの?カタツムリ〜。」

「か、カタツムリ!?カタツムリはあんまり好きじゃないかも……。」

 またまた首を半回転させて奏子に抗議する。すぐに隠れる様を言いたいのなら、もう少し見栄えの良い生き物にして欲しかった。

「ごめんて。あ!唯やっぱりさっきの頭の位置に戻して!」

 なにやら奏子が私の所へ来て、いきなり両肩をがっちりとホールドして言ってきた。何かとても面白そうなものを見つけた時に見せる鋭い眼差し。

「え?なになに?私何されるの!?」

「何も変な事しないって。ただ、髪をいじらせて欲しい。もうすぐ出かけるし可愛くしてあげるよ。」

「それは……いいけど。なら別にうつ伏せじゃなくてもいいよね?座るからそのロックを外して欲しい。」

「そうだねごめん。いきなりすぎたね。」

 変な体勢から起き上がり、奏子の方へ背中を向けてベッドに座り直す。

「それでは奏子先生の髪型教室ですよ〜。ご希望はございますか〜?」

 私が何か言う前から既に髪が真ん中から2つに分けられているのだが?慣れたような手つきで片方の髪をヘアゴムでとめている。ツインテールにするのだろうか。

「私、人の髪いじるの好きでさ。唯のさっきのカタツムリ見たら体が勝手に動いちゃった。私の妹は絶対に髪だけは触らせてくれないの。」

 そう言いながら既にツインテールは完成していて、次はその2本の尻尾がそれぞれ三つ編みにされていく。と、思ったらすぐに解かれてポニーテールにされる。また尻尾が三つ編みにされていく。そしてまた解かれて……。

「ふんふんふ〜ん。」

 髪いじりが楽しいのか鼻歌まで歌い始めた。結んで解いて梳かして結んで解いて梳かして……。レパートリーが沢山あるなぁ。私がやってる別のゲームに、使用キャラの髪型を変えられる機能があるのだが、そこにある沢山の髪型を奏子に見せたら喜ぶのではないだろうか。

「私が出来る髪型はこんな感じかな。気に入ったのありましたか?お客様。」

「鏡見てないから分からないし、奏子、完成したらすぐ解くんだもん。だからよく分からなかった。奏子がいいと思ったやつにして欲しい。」

「それなら……。一番最初にしたツインテールかな。三つ編みにしないやつね。元が良い娘はシンプルなのが1番いいと思うよ。」

 ……また恥ずかしくも無くそんな事をサラリと言う。恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちがちょうど半分ずつ混ざった感情。この感情を言語化するならなんと言うのだろうか。

「はい。ツインテールいっちょう!完成しましたよ唯さん。そうだ!私もお揃いでツインテールにしていこう!」

 よほど奏子の中で名案だったのか、早速自分の髪をいじり始める。勿論奏子も元がいい為、とてもお似合いである。しかし、私は奏子のようにそのような言葉をサラリと言う事は恥ずかしく

「似合ってるよ。」

 という言葉しかかけられなかった。せめて友達には思った事は素直に言えるようになるべきだと思う。

「ねー唯。折角だから一緒に写真撮らない?2人でツインテール記念みたいな。」

「いいよ。一緒に撮ろうか。」

 断られる事は無いと思っていたのか、もう既にカメラの準備を終えている。2人並んでパシャリ。

「撮れたよ〜。唯にも送るね。」

 と、言った所でハッと何かを思い出したように2人同時に顔を合わせてフリーズする。そしてその顔がだんだんと笑顔になっていき、2人揃って

「「あー!」」

「わたしたち」

「連絡先交換してなくない!?」

 とんでもない大きさの衝撃の事実に2人して大笑いする。

「普通お弁当作ってくる約束するより先に連絡先交換じゃない?」

「そうそう!泊まりに来るよりも先に連絡先だよね。」

「そのすり合わせも連絡とってればもっと簡単だったよね!」

「2人とも今まで気付かなかったって事も逆に凄いよね。」

「ホントおっかし〜。はいこれ私のID。登録してね。」

 2人して大笑いしながら連絡先を交換する。

 奏子から送られてきたツーショットを見て思う。ファースト○○や初めての○○という言葉が沢山あるように、私も初めてはとても大事だと思うし、今後もずっと大切にすると思う。いずれ時が経ってこの写真見た時、毎回今日の事と、初めて会った時の事を思い出すだろう。ついでに大笑いした事も。

 これは私にとって非常に良い思い出になるだろう。そんな大切なものをくれた奏子に対して無意識に

「ありがとう。」

 と、言葉が出てくる。

「写真が?いえいえどういたしまして。また一緒に撮ろうね。」

 ちょっと、違う。けどまた一緒に写真は撮りたい。

 横目で奏子をちらっと見てみると、自分のスマホを熱心に見ていた。おそらく先程の写真を見ているのだろう。あ、ちょっとニヤけた。そうかそんなに私と写真を撮れた事が嬉しかったか。

 この写真、私のスマホの壁紙にしよう。


 お揃いのツインテールで父と母の所へ行ったら案の定笑われた。特に母は大爆笑。このまま奏子選択のお店へ。

 私と奏子の容姿は似ているか?と言われたら、そこまで似ているという事は無いだろう。髪質と髪の長さは近いが、身長は奏子の方が少しだけ高く、顔は全然違う。

 しかし、そんな2人だが、同じ髪型で父母と思われる2人の計4人で現れたら、両親と娘2人姉妹だと思われる事がほとんどではないだろうか。実際、お店に入った時も

「ご家族4名様ですね。」

 と言われたし。

 そんな奏子選択の外食も良い雰囲気で終わり、また自室。

 母の提案通り、奏子は夜食にお菓子とケーキを買っていた。夜中に甘いもの食べたら太るよ、と注意したけど

「私今まで太った事ないので!」

 と、全く気にしていない様子だった。それは今までバリバリのソフトボール女子で、太る隙など無かったからではないだろうか。高校ではやらないらしいし、甘く見ない方がいいと思う。勿論私にも同じ事が言えるのだが、部屋で1人奏子の夜食シーンを見てるだけなのは辛いだろうから、流れに任せて一緒に買ってしまった。

 人間太ったら痩せるのは大変なように、いきなり太る事も難しいだろう。チートデイという言葉が存在するように1日位じゃあ体型が変わる事は無いから大丈夫だろう。……であってほしい。

 早くも先程の判断へ疑心暗鬼になっていると母から

「奏子ちゃーん。先にお風呂入ってしまいなさーい。」

 と言われた。

「奏子先どうぞ。」

「うん。はーい。ありがとうごさいますー。すぐ行きますー。」

 奏子が部屋を出ようとドアに手をかけた時、ハッとなにか閃いたように私の方へその場で回れ右をした。

「何か忘れ物?」

「違うよ。ねぇ唯、一緒にお風呂入らない?」

「え?まじ?」

 まさかの提案にフリーズ。こんな言葉しか返せなかった。

「あははは。冗談だよ。オーバーリアクションで面白い〜。長風呂すると皆に迷惑だろうからすぐ出てくるね〜。」

 笑いながら部屋を出ていった。冗談で、本当に良かったかもしれない。仮に本気だった場合、私は驚きと焦りで思いっきり断ってただろう。下着姿での登場でもアレだった訳だし、それが裸になった場合どうなるか、想像は容易いだろう。

 昨日と同じく部屋で1人の状況。ふと、ベランダへ行こうとして、やめる。また奏子に黄昏てる〜って言われるところだった。

 外食から帰ってきてそのままだからカーテンはまだ閉めてない。今日も同じく夜空が綺麗だ。

 ……奏子がまた下着で来る確率は非常に高いのでカーテンは閉めておこう。そして、奏子が帰ってきたらまた私ひとりではっちゃけてしまうだろうから、直ぐにお風呂へ向かう事にしよう。

 そういえば昨日の「どう思っているか」という問いに対してしっかりと回答を出そうじゃないか。昨日は考え出した途端、奏子が下着姿で来て結論を出し損ねちゃったし。実は今日1日私は奏子がずっといる事を利用して、私にとって奏子はどんな存在なんだろう?と意識しながら行動していたのだ。たかが1日で人の事を測れるのか?と言われそうだが、私には十分だと確信を持って言える。

「ただいまー。いいお湯でした。」

「ええい!デジャブ!!」

「何!?またダンゴムシになるの!?」

「なりません!私もすぐお風呂行ってきます!暇だったら朝やってたゲームやっていいからね!行ってきます!」

 さっき建てた計画通りに行動する。全くと言っていい程違和感は無いはずだ!

 ……ちなみにまた奏子は下着姿だった。家には父もいるのにその辺は考えてるのかな?

 

 一旦落ち着くために私はゆっくりめにお風呂に入ってきた。

「おかえり。」

 とだけ私に言葉をかけて、その後は熱心にゲームをしていた。勿論!パジャマは既に着ていた。

 邪魔するのも悪いので、その後は特に声をかける事はせずに奏子のゲーム画面を見ていた。たまにさっき買ってきた夜食のケーキやお菓子を食べながらだが、どこからか用意したお手拭きでしっかりと手を拭いてからコントローラーを触ってるあたり、いちゲーム好きの人間としては好感が持てる行為だった。

 朝に奏子が言っていた、一緒にいるんだから勿体無いよ、という言葉はどこへ行ったのだろうか?という気持ちと、私が好きなゲームを熱心にやっている姿に嬉しさを感じる気持ち。この2つに矛盾を感じながらも、それに対してどう行動すべきか悩んでしまい、結局ずっと黙って見ていただけだった。

 奏子と一緒に夜食も食べ終え、歯磨きなどの寝る準備を終えた後もずっと奏子のゲーム画面を見ている。

 ……随分と上達したなぁ。冗談抜きでもう私より上手な気がする。

 お風呂を出て約2時間位だろうか。会話の無い沈黙の中、ゲームの音だけが聞こえる世界にようやく終止符がうたれる。

「あ゙ーづがれだぁー。今日はもうやめるー。」

 朝よりも濁点が多い。よほど疲れたのだろう。

「お疲れ様。随分と上達したね。」

「ホント!?ありがとう。唯と同じ土俵に立ってみたくてめちゃくちゃ頑張ってやったの。」

「もう私より上手いんじゃないかな?試合ごとの成績見てもそう思うよ。」

「いや、それは絶対にない。表面上はそう見えるかもしれないけど、今までの経験や他のゲームから来る共通の技や知識。その点では圧倒的に唯には及ばないはずだよ。」

 ……随分と的確な分析だこと。むしろこの分析こそが早い上達の根本に繋がっているのかもしれない。画面上のゲームではまだ私に分があるが、人生というゲームでは既に奏子にかなう気がしなかった。

「ま、そんな事よりこれなら今後唯と一緒にゲームやる機会があったら楽しめるかなって思って。」

「奏子ゲーム買うの?」

「どうかな〜。欲しいけどお金の問題で難しいかも。でも一緒にオンラインでやれたら楽しそうだよね。」

「うん。絶対楽しい。」

「あははは。ありがとう。私も寝る準備してくるからちょっと待っててね。」

 私は部屋の中の準備をしておく。明日の昼前には奏子が帰ってしまう。流石に休日に家族と顔を合わせないのは良くない為、最終日はすぐに帰ろうという事になっている。

 少し、寂しく思う。よく考えたら次の日の月曜日は登校日だから会えるのにね。

 奏子が部屋に帰ってきていきなり

「唯、今日は一緒に寝ない?唯のベットで!」

 と言ってきた。またも私はフリーズ。え?どゆ事?

「お風呂もダメで一緒に寝るのもダメなのね……。私悲しい……。」

 よよよよ、と効果音が出そうな位悲しい顔をしてくる奏子。

「え!?ごめん嫌じゃないって!お風呂は……いきなりの裸同士は恥ずかしいって思って!」

 ここで奏子がニヤリ。何もかも目論見通りと言った目線を向けてきた。

「じゃあ寝るのは平気なのね?」

「うん……平気。」

「じゃあ一緒に寝ようね〜。」

 何か奏子に上手く乗せられた感がハンパない。

「唯ってもしかしてチョロい?お姉さんちょっと心配になっちゃうな。」

 奏子がお姉ちゃんか。そんなに悪くは無い。じゃなくて!やっぱり全部奏子の策略だったのか!

 私がベットに入るのを確認してから奏子も私のベッドに入ってくる。頭を並べて隣同士。1人用のベッドだからとても狭い。体は半分常に触れた状態。

「えへへ。狭いね。ちょっと緊張するね。」

「そうだね……。」

 私には奏子と違って緊張する理由がもうひとつある。だけどそんな事は言わない。

「この一週間さ、かなりの頻度で唯と一緒に居たけれど、思った事がひとつあるの。聞いてくれない?」

 ここでまさかの愛の告白!?心の準備が出来てないけど!

 そーっと奏子見てみるけど、多分違うと思う。大きな何かを発見した、そんな顔をしていた。

「うん。聞かせて。」

「私ね、初めて唯に会った時から初めましてって気がしなかったの。変だよね。でもね、そのおかげでお弁当作る話もしたし、お泊まり会もしてる。ずっと思っていたこの不思議な感情、唯にも伝えたいなって思って。」

 いきなりの告白だったけれど私は驚く事は一切無かった。だって私も、同じ事を考えてたんだもん。

「奏子もそうなんだ。」

「って事は唯も同じ事考えてたの!?」

 奏子が勢い良く顔をこちらに向けて言う。それに対して私はゆっくりと顔を傾け、笑顔で頷く。

「そうなんだ。不思議だね。でもさ、私達2人なら納得しちゃうよね。」

 しばらくの沈黙。お互いがこの感情にしばらく浸る。

「ねぇ唯、私昨日と同じく寝落ちしちゃうと思うから先に言っておくね。おやすみ。でもまだお話しようね。」

「そうだね。私も寝落ちすると思う。おやすみ。」


 スマホの時計を確認してみると、あれから30分位経ったのかな、奏子からすーすーと寝息が聞こえてきた。家に招いた側としては2日ともしっかりと寝つけてくれて、ひとまず安心した。しかも寝落ちは幸せな寝方のひとつである為、合格点ではないだろうか。

 奏子も寝たし、デジャブで先延ばしにされていた疑問に結論をつけようじゃないか。とは言っても、まだ言葉としてはっきりと宣言していないだけで、答えはもう明確だろう。

 人の事を「どう」思うかなんて疑問は、その人に対して好意がある時にしか浮かばない。

 人のいつもより生まれた姿に近い格好を見て焦ってしまうのは、その人に興味があると言う事。

 人に触れて過剰に感情を揺さぶられるのは、その人を意識してるから。

 そして私が奏子に対して思う気持ち。あの時話しかけてくれてありがとう。一緒にいて楽しい。これからもずっと仲良くして欲しい。

 ああ、やっぱり私

「奏子の事好きなんだなぁ……。」

 思わず声に出してしまった事に遅れて気付き、奏子を確認する。良かった、変わらずにすーすーと寝息が聞こえる。

 ひとまず安心。寝る体勢を整える。昨日の奏子曰くダンゴムシの時の暴走熱とは違い、心地よい温度が体全体に染み渡る。頭で出した結論は体全体でも同じ結論を出し、賛同しているようだった。

 その嬉しさにふふふ、という笑みをこぼしながら目を瞑る。多分この先、奏子と一緒にいる事が多くなるだろう。それは私にとって、とても幸せな事だ。そう思うと自然と眠気が襲ってくる。

 これは寝落ちよりもずっとずっとずっーと幸せな寝方だよね。家に招いた私の方が、より幸せな寝方をしてるかも。

 奏子、ごめんね。私の方が贅沢しちゃった。

 そう思った。

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