第2話

   ※


 秘密の告白を受けたあと、俺は表面的には平常な数日を送った。

 つまり、頭の中では、隼人との会話を何度も思い返し、ためつすがめつしていたわけで。

 ああそう言えば、昔、隼人はこんな態度を取ったことがあったけれど、あれはああだったからかこうだったからか、とか考えたり、

「もしかして俺のことも狙ってたりするのか?」

 と、冗談で尋ねたとき、

「いや、それはない。断じてない。お前にそういう感情はまるっきり湧かない」

 と、とても不愉快そうな声で瞬時に否定されたことに対して、何でだよ! と、遅ればせながら憤慨したり――むろん、狙っていると言われても困るのだが――していたのだった。


 告白から四日目辺りになると、カイエダビールの一員としての考えが、頭の中を占拠するようになった。

 垣島隼人との契約が切れるまで、この問題に対して何かしらの策を講じた方が良いのではないか、と(何しろ流れているCMは、休日に料理を作りすぎた隼人が電話をかけて誰かを家に招く――よかったら来てくれないかな、などと甘ったるい声で言う――というシチュエーションで、明らかに女性の視聴者を意識したものだったのだ。もし隼人の正体を女性ファンが知れば、残念、でも応援するね、と大方の人は優しさを表明してくれるだろうと思う。でも、根っこのところでは、結局、――ああまあいいけど……なんかシラける――なのではないだろうか。そしてそれは、CMに対しても、つまり商品に対しても、そういう目になるのだ)。


 策を練った。

 あらゆる情報網を使って、二週間ほどかけて、隼人の周囲をつぶさに調べた。

 そうして、すべての要素を組み合わせたとき、さて、と頭の中が言ったのだった。

(この計画の実行適任者は、あいつしかいないんじゃないか?)


   ※


 毎日、大抵は終業後、会社を出る前に、俺は電話をかけている。会話は常に、

「冬也、今日会えるか?」

「無理や」

「そうか」

「ほなな」

 という四言。

 誰もいない地下倉庫の小川の席に座って、今回も、俺はいつも通りに会話を始めた。

「冬也、今日会えるか?」

「無理や」

 冬也は言った。短く、いつも通りに。

 だが、

「……そうか」

「なあ、なんでしつこく電話して来るんや?」

 会話はいつも通りには終わらなかった。しかも冬也が、いつもと違う言葉を発した。

「飯おごってやろうと思ってな」

 俺は早口になった。

「なんで俺に、飯、おごろうと思うんや?」

「別に、特に、理由はない」

「ほうか。当分会えへんわ」

 ため息を混ぜたような声だった。

 俺は、ここで会話が終了するな、と察した。

「ほなな」

「待てよ」

 急いで言った。「頼みたいことがある」

「あ?」

「冬也に、頼みたいことがあるんだ」

「頼みぃ?」

 俺は深く息を吸ってから、次の言葉を口にした。

「隼人が困ってる。助けてやってほしいんだ」

「はあ?」

 不審げに言ったあと、

「困ってるって、なんで?」

 冬也の声は、引き締まったものに変わった。

 俺は、携帯を持つ手に力を込めた。

「状況は込み入ってる。できれば、会って話したい」

「……分かった」

 数秒の沈黙で何を考えたのか、冬也は承諾した。

 俺は肩に入っていた力を抜いた。

 それから、会う日時などを決めた。その間交わしたのは、必要最低限の言葉だけだった。冬也は余分なことを聞かなかったし、俺も求められない言葉は口にしなかったからだ。


 こうして俺たちの空白の一年半が終わることが決まったわけだが、これは天の采配によるものに思えた。

 冬也がいつも通りに会話を進めていたら、おそらく俺は頼みごとを口にできなかった。

 なぜなら、冬也の素っ気ない、無理や、を聞いた途端、計画実行へ向けて勢いづいていた気持ちが一瞬にして萎え、頼んだってどうせ断られるに決まっていると、すぐさまあきらめてしまっていたのだから。


「ほな」

「じゃあな」

 電話を切った俺は、安堵といささかの疲労によるため息をついてから、ちょうどいい時期だな、と考えた。

 四月。再会にはちょうどいい。

 そして、もう一つ。冬也はもう高校生ではないのだな、と。

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