第14話 龍の神殿、封じられし誓い

山々を覆う霧の奥へ、キトたちは青龍に導かれて進んでいた。

 風が止み、世界が静止したような錯覚に陥る。

 やがて霧が晴れると、そこに現れたのは——

 巨岩を削り出した、龍の姿を模した神殿。

 その口の奥が入り口となり、青い光が脈打っていた。

「……ここが“龍の神殿”か」

 キトが息を呑む。


「龍はこの地に眠り、神の時代が来る前から人々を守ってきた」

 青龍の声は、どこか懐かしげだった。

「だが神々は恐れた。この力が自らの秩序を乱すことを。

 ゆえに“龍の魂”は封じられ、祈りの代わりに沈黙を強いられたのだ」


 静寂の中、神殿の扉が鈍い音を立てて開く。

 青龍が振り返り、キトを見据えた。

「この先に踏み入れる者は、己の魂と向き合わねばならぬ。

 それでも来るか?」


 キトは迷わず頷いた。

「来るとも。俺はこの世界の“真実”を見届ける」

 その瞳に宿る炎に、青龍は一瞬だけ口角を上げた。

「ならば見せてもらおう。神鬼キト——お前の魂の在処を」


***


 神殿の中は、時の流れが止まっていた。

 壁一面に龍の紋章が刻まれ、青白い光が漂う。

 中心には巨大な円盤状の石床があり、その上に一振りの刀が突き立っていた。

 青龍がその前で立ち止まり、静かに語る。

「この剣は“龍影斬刀(りゅうえいざんとう)”。

 龍の魂を継ぐ者だけが抜くことができる。

 だが、もし不純な心で触れれば、その身は龍の炎に焼かれ灰となる」


 キトが一歩踏み出そうとした瞬間、青龍が制した。

「触れるな。これは俺の試練でもある」

 青龍は深く息を吸い、両手で柄を握った。

 だが——剣は動かない。

 足元から龍の紋様が光を放ち、青龍の体に無数の鎖が絡みついた。


「……な、にこれ……?」

 フィストが驚きの声を上げる。

 青龍は苦しげに唸りながら、地を睨んだ。

「俺の心の奥底に……“神への恐怖”が残っているのか……」


 その時、キトの胸が強く脈打った。

 ——“血”が反応している。

 手の甲に、見覚えのない光の紋章が浮かび上がる。

「キト! お前、腕が……!」

 ルキが声を上げるが、キト自身も制御ができない。

 青龍を拘束していた鎖が、キトの放つ光に共鳴し、音を立てて砕けていく。


「これは……“神の力”……?」

 青龍が目を見開く。

 キトは歯を食いしばり、言葉を絞り出した。

「違う……これは俺の中にある“神と鬼の狭間”の力だ!」


 その瞬間、剣がわずかに揺れた。

 青龍がそれに気づき、再び柄を握る。

 キトの放つ光が剣に伝わり、重い音を立てて——

 龍影斬刀がついに引き抜かれた。


 天井を突き破るような光柱が立ち昇り、神殿全体が振動する。

 封じられていた龍の魂が解放され、咆哮のような風が吹き荒れた。

 青龍の瞳が蒼く輝き、背中に龍の幻影が浮かぶ。

「龍よ——再び、我が剣に宿れ!」


 光が収まった時、青龍の手には龍影斬刀が握られていた。

 彼は膝をつき、静かに頭を垂れた。

「……この力、再び人のために振るうことを許してくれたのか……」


 キトは手を差し伸べた。

「俺たちは、神に抗う。

 だがそれは破壊のためじゃない。

 この世界に“自由”を取り戻すためだ」


 青龍はその手を見つめ、やがて微笑んだ。

「お前の言葉、龍も聞いている。——共に行こう、キト」

 握手が交わされた瞬間、神殿の奥で何かが軋む音がした。


 封印が、まだ終わっていない。

 青龍が険しい表情になる。

「……どうやら、“もう一柱”が目覚めたようだ」

 キトは振り返る。

 神殿の奥、闇の中から赤い瞳がゆっくりと浮かび上がった。


「“封じられし龍”……?」

 青龍は低く呟いた。

「違う、これは……神がこの地に遺した“監視者”だ」


 キトは剣を構え、仲間たちに告げた。

「行くぞ。ここからが——本当の試練だ!」


***


 その夜、神殿の上空に再び雷が走った。

 封印の奥で動き出す黒き影。

 それは、かつて龍の魂を封じた“神の兵器”——アーリウスの影だった。


 そして、キトの腕に刻まれた紋章が、静かに脈打つ。

 “神の血”が目覚めるたび、何かが近づいている。

 神の理と、鬼の誓い。その狭間で、キトは覚醒の境界に立たされていた——。

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