第13話 龍の眠る国
砂嵐の夜が明け、キトたちは静かな砂丘の上に立っていた。
ルキは傷だらけの拳を見つめ、微かに笑う。
「……本気でぶつかり合ったのなんて、いつぶりだろうな」
キトは頷いた。「お前の拳、まるで獣の咆哮だった」
ルキは鼻で笑い、背を向ける。
「勘違いするな。俺はまだお前たちの仲間になったわけじゃねぇ」
「分かってるさ。ただ……同じ空を見ているだけで十分だろ?」
その一言にルキの肩が小さく震えた。
彼は無言で拳を握りしめ、太陽の昇る方向を見た。そこは、東方の大陸——“龍の国”と呼ばれる地だった。
その国には、古より「龍が眠る神殿」があるという。
世界が神に支配される前、人と龍が共に生きた時代の遺産。
だが今は神の信徒によって封印され、誰も近づくことができない。
キトは直感していた——その神殿の奥に“神の力を打ち砕く何か”が眠っていると。
「行くのか?」
フィストが呆れたように聞く。
キトは笑いながら頷いた。「ああ。俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」
砂を蹴り上げ、三人は東へと進む。
ルキは振り返り、遠ざかる砂の都を見つめた。
そこにはもう帰る家もない。だが、胸の奥で何かが小さく灯っていた——“仲間”という温もりが。
***
龍の国・シェンロンは、霧に包まれた山岳地帯だった。
無数の滝が音を立て、石造りの寺院が山肌に並ぶ。
その静けさの中で、一人の男が刀を研いでいた。
黒髪を束ね、碧眼が鋭く光る。
彼の名は——青龍(セイリュウ)。
この国を護る最強の戦士であり、同時に“人でありながら龍の魂を宿す者”だった。
「……また、外の世界からの来訪者か」
彼は遠くの空気の揺らぎを感じ取り、わずかに目を細める。
キトたちの足音が山門をくぐる前から、青龍には彼らの“気”が届いていた。
***
「ここが……龍の国か」
フィストが息を呑む。山肌を覆う霧の中、巨大な龍の彫像が並んでいた。
その眼は宝石のように光り、まるで今にも動き出しそうだった。
キトは思わず呟く。「この地、力が満ちている……何かが、呼んでいる気がする」
ルキも頷く。「俺も感じる。神とは違う、“古の息吹”ってやつだな」
だが、彼らが奥へと進もうとした瞬間——
地を裂くような声が響いた。
「外の者が、この地に足を踏み入れるとは……」
霧の中から、一閃。
龍の鱗を模した青い光が走り、キトの頬をかすめた。
その先に立っていたのは、青龍だった。
「我が名は青龍。この国を護る者だ。
神の力を狙う者も、龍の血を穢す者も——ここで斬る」
キトは剣を構えることなく、一歩前に出た。
「俺たちは戦いに来たわけじゃない。神の力に抗うため、“真の力”を探しているだけだ」
青龍の瞳が細くなる。「……抗う、だと?お前のその瞳。神の血が混じっているな」
キトの心臓が跳ねた。
なぜ、この男がそれを知っている?
誰も知らぬはずの、自分の中の“異質な血”を。
「答えろ、キトとやら。貴様、何者だ?」
キトは沈黙する。だが、その沈黙こそが答えだった。
青龍は刀を抜き、龍のようにうねる剣気を放つ。
「ならば——戦いの中で確かめさせてもらう!」
空気が唸り、岩が砕けた。
キトは剣を抜き、青龍の刃を受け止める。
火花が散り、龍の咆哮のような衝撃波が周囲を吹き飛ばした。
フィストとルキは吹き飛ばされ、崖際まで転がる。
「なんだこの力……!」
フィストが叫ぶ。ルキは冷静に唸る。
「本物の“龍”の力だ。人の域じゃねぇ……!」
キトは一歩も引かず、剣を振るう。
だが青龍はその軌道を読み切り、斬撃を弾く。
「神の血を持つ者よ、その力は呪いだ。お前が生きる限り、この世界は再び神に支配される!」
「俺は神なんかじゃない!俺は——俺として生きる!」
キトの叫びと共に、剣が光を放つ。
空間が震え、青龍の刃とぶつかり合った瞬間、
霧の奥で龍の彫像が微かに動いた。まるで、眠る龍が目覚め始めたかのように。
***
戦いの末、二人は互いの刃を止めた。
青龍の刀先はキトの喉元に、キトの剣は青龍の胸元に。
互いに傷だらけのまま、動きを止める。
沈黙の中で、青龍がわずかに微笑んだ。
「……悪くない。お前の中の“血”は、確かに神のそれだ。だが、心は人のままだ」
キトは息を吐き、剣を下ろす。
「俺はこの世界を壊したくない。ただ、神の理に縛られたままの人々を救いたいだけだ」
青龍は刀を鞘に戻し、霧の奥を見つめた。
「ならば来い。龍の神殿へ。お前が“選ばれる者”かどうか、確かめる価値はある」
キトは仲間たちに振り返り、うなずいた。
フィストは拳を突き上げ、ルキは微笑を浮かべた。
こうして三人と一人の戦士は、霧の奥の“龍の眠る神殿”へと歩き出す——。
やがてその地で目覚めるのは、龍の力か、あるいは神をも喰らう新たな存在か。
そして、空の彼方では、一人の男がそれを見つめていた。
白い翼を持ち、神々の都から世界を監視する存在——エデン。
「……動き始めたか、神鬼キト。次の輪廻では、逃さぬぞ」
龍が眠る国に、静かに雷鳴が落ちた。
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