第14話 本物と偽物

 暗く冷たい部屋に、一人の少女が横たわる。

 静寂に包まれたその部屋は、部屋というよりも洞窟のような場所だった。

 ゴツゴツした岩場のような壁の真ん中には女神のような像がある。

 像には埃がつもり、手入れされている雰囲気はなかった。

 

「ようやく積年の願いが叶いますわ……」

 

 そう呟くと紫の少女、フラノールは横たわる少女、ミラノを仰向けに転がしその顔をマジマジと見つめる。

 

(本当に、鏡を見ているようですわね……)

 

 フラノールは暫く感傷に浸る。

 彼女は徐にミラノの美しい金の髪を一束手に乗せる。

 部屋の四隅で煌々と燃える松明の光で、それはうっすらと光った。

 遠い昔に置いてきた、彼女の思い出の色。

 この紫の髪は遠い昔、乳母様が大切にしていたラベンダーを模したもの。

 本物を倒し世界を手に入れるまでミラノには戻らない。

 フラノをフラノたらしめる決意の色。

 

「フラノ、まだ終わってなかったのか」

 

 背後から声を掛けられ、フラノールはハッと我に帰る。

 そこには背の高い体を少しかがめ、座り込んでいるフラノを覗き込むようにアピスが立っていた。

 

「色んなことを思い返してましたのよ。もう、元には戻れませんから」

 

 そう答えるとフラノールは懐から装飾の美しいナイフを取り出し、ミラノの胸の上の位置に構えた。

 その時、背後の扉が勢いよく開いた。

 

「兄さん!」

 

 リームが大声で叫ぶ。

 

「……ヴィードったらしくじりましたわね」

 

 フラノは恨めしそうにそう言うと、標的をミラノからリーム達に切り替えた。

 

「コイツらの始末が先だな」

 

 アピスはやれやれと両手を広げるジェスチャーをすると、右手にエネルギーを集め始めた。


 手のひらの上にエネルギーの塊を浮遊させ出方を伺っているアピスとドレンド・ビーグを構えたフラノールが、横たわるミラノの前に立ちはだかった。

 

 アピスは時の神より受け賜わり力により、変換媒体を通さずに神力を魔力のように使うことができるらしい。

 そんなとんでもない男を前にし、極々一般のエルフであるバブ達は首から下げて服の中にしまっていたドレンド・ビーグを取り出し手に構えた。

 

フィラは今にも戦いがはじまりそうなこの緊迫した場で、気絶したメイを抱えながらオロオロと周囲を見回していた。

 彼は兵士でもなければ軍人でもない。平和な教会に勤めるほぼ一般人だ。

 

「すいません、フィラさん」

 

 いきなり肩に手を掛けられたフィラはビクッとして振り返る。そこには申し訳なさそうな顔をしたリームが居た。

 

「ああ、驚かせてすいません。貴方、ドレンド・ビーグを持っていますか?」

 

 彼がそう聞くと、フィラは恐る恐るローブのポケットから護身用のそれを取り出した。

 

「申し訳ないですが、これ、借りてもいいですか?」

 

フィラは青い顔をしながらコクコクと頷くと、それをリームの手に渡した。

 

「ありがとうございます。必ず守りますから、メイさんをよろしくお願いします」

 

 笑顔でそう言うと、リームはその道具に魔力を込めヴィードと同じような剣を作り出した。

 

「危ないので下がっていてください」

 

 バブとリームはフィラを庇うように前へ出る。

その瞬間—

 

 アピスが勢いよく走り出し、神力で作り出したエネルギー弾をいくつもバブに打ち込む。

 バブはそれらを転がりながらやりすごし、アピスの足元に蹴りを入れた。

 バランスを崩したアピスはよろけ、地に伏した。

 刹那、ドレンド・ビーグを構えたバブと目が合う。

 ドレンド・ビーグはその中心にあるミドルフォースにバブの魔力を受け、レーザーのように発射する。

 至近距離で顔面に魔力砲を受けたアピスは風圧と衝撃で天井高く舞い上がった。銃の数倍の威力、貫通性能がある魔力の弾丸を受ければまともなヒトなら顔面が吹っ飛んでもおかしくない。

 しかし再び地に降りてきたアピスはほぼ無傷で憎々しげにこちらを睨んでいる。

 

「直前で攻撃だけ他次元に飛ばしたか」

 

 流石に時の神の長男様、一筋縄にはいかないか。バブは再び武器を構えた。

 

  一方リームはフラノールと剣を交えていた。

 魔力がそれをかたどっているのでキンキンという金属音は響かないが、お互い一歩も譲らずけん制しあっていた。二人とも剣を交えるだけで、有効な攻撃手段には出ない。リームに至ってはフラノールに受けた剣圧の衝撃でよく地に手をついては剣を引きずっていた。

 

「あなた……やる気ありますの? 兄様はもっとできる人だと思っていましたわ」

 

 攻撃を受けては流し、逃げてばかりのリームにたまらずフラノールが口を挟む。

 

「そういう貴女こそ、人を傷つけるような剣捌きではないようですが?」

「おだまりなさい!」

 

 図星を突かれたように逆上するフラノール。

 彼女の瞳には「今更なんとも思わない」と切り捨てた兄の姿をしっかりと映していた。


 二人の鍔迫り合いの余波を受け、慌てて後ずさるフィラが見える。

 リームたちはフィラの至近距離で戦っていたため、彼は二人の戦いに巻き込まれないように抱えていたメイを下ろし部屋の壁にしがみついていた。

 

「ふん、このままでは埒があかんな」

 

 バブに神力の連弾を放ちながら一歩下がるアピス。

 ドレンド・ビーグを盾のようにしながら攻撃を凌ぎ、再びそれで剣を作り出してはアピスに襲い掛かるバブ。

能力は互角、戦闘経験も豊富。アピスは面倒くさそうに唾を吐き捨てると、何かを思いついたらしく口元をにやつかせた。

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