第13話 ヴィードとの決着

「フィラ、こんな時間に一体何事です?」

 

 ヴィードは突然現れた部下に驚く。

 

「ヴィード様、こちらの方が貴方に御用があるそうで……」

 

 フィラが恭しくそういうと、その後ろからユリナが毅然とした態度で現れた。

 

「お久しぶりね、ヴィード」

 

 ユリナが高圧的に挨拶すると、ヴィードは嫌なものでも見るかのように苦々しく顔を歪めた。

 

「おや、これは……ユリナ様。一体こんなところに何用ですかな? 以前も申しましたように、私共は神力保持者ではございませんし、ここに神力保持者はおりませんぞ」

「いえ、今日は別件で来たのよ。あなた、この間時の街の男を捉えたでしょ? そろそろ開放してあげてくれないかしら?」

 

 ユリナが一歩前に出ると、ヴィードは一歩後ろに下がる。

 

「ああ彼か……。彼を捉えたのはフラノール神ですぞ。その後どうなったのか私は知りませんな」

 

緊迫した雰囲気の中、ヴィードはユリナに気圧されながらも落ち着いた声でそう言う。

 この様子だと本当に彼はリームについて何も知らないらしい。

 

「使えない男ね」

 

 浅いため息を一つつくとユリナは頭をかいた。

 

「じゃあとりあえず捕まえた人を監禁するような部屋に連れて行って頂戴?」

 

 ユリナがそう問うと、ヴィードは観念したように部屋を出て案内を始めた。

ヴィードはフラノールを神と崇め、フラノールが望む「自覚者」を教会に密かに集めていた。

たとえ時の街の連中が訪ねてきても、ヴィード自身は神力保持者ではないのでバレることは無い。彼は連中と接触するときの窓口となっていた。

 

そして安全に自覚者を集めるためには、教会の窓口として時の街の連中とも程よい関係を保っておかなければならない。ヴィードは時の街に対し強く出ることはできなかった。

 

「こちらです」

 

 一行は鉄製の扉の付いた部屋の前に案内された。ヴィードが扉に向かって陣を切ると、同じく青白い光が追従して拡散した。

 

「……貴方が開けなさい」

 

 一応罠の可能性を考慮し、ユリナはヴィードに扉を開けさせようとした。

 彼がしぶしぶ扉を開くと、そこには手足を拘束されたリームがベッドの前に座っていた。

何故か彼の周囲には毛布や本などが散乱している。

 

「リーム!」

 

 メイがそう叫ぶと二人の体が突然青白い光に包まれ、収束しては拡散した。

 どうやらリームとの再会が幻惑の術式の解除キーになっていたらしい。

 術式が解けメイ達が顔を露わにすると、ヴィードは目を丸くして仰け反った。

 そんな彼をよそに、一番に駆け出すメイ。

 彼女は枷を外そうと試みたが術式が掛かっているようだ。

 

「ヴィード、貴方これ外せるでしょう?」

 

 ユリナが冷たい口調でそういうと、ヴィードは悔しそうに術式を展開し枷を外した。

 手足が自由になったリームが立ち上がると、その胸元にメイが飛び込んできた。

 

「ううっ……ごめんなさい、私、私……」

 

 大粒の涙とついでに鼻水まで零し大泣きするメイ。

 

「あはは、メイさんが元気そうで何よりです」

 

 リームは笑顔でそう言うとメイの頭を優しく撫でた。

 

「何でリームには謝るんだよ」

 

 バブは2人の感動の再会を面白くなさそうに眺めていた。

 一番メイに手を焼いたのはバブ自身だと本人も自負していてのコレである。

 

「……で、一体どうなってるの?」

 

 ユリナは泣きじゃくるメイを嗜めているリームに聞いた。

 

「フラノールは未確定次元のミラノ自身です。彼女はミラノを殺し、自分がミラノに成り代わろうとしている。早くミラノを探し出して助けないと……」

 

 リームはそう伝えると教会のさらに奥の方を見つめた。

 

「ミラノはどこに?」

「兄さんは「祈りの間」と言っていました」

 

 場所がわかっているのなら話は早い。

 

「フィラ君、案内できるかしら?」

「ええ、祈りの間なら私でも分かります」

 

 手早く突入準備を済ませるユリナ達の前にゆらりと影が蠢き立ちはだかる。

 

「あまり舐めてもらっては困りますな、ユリナ様」

 

 気がつくと部屋の四方八方を教団関係者に取り囲まれていた。

 

「フィラ、いつまでその連中と馴れ合っているのです? 早くこっちに来なさい」

 

ヴィードはフィラを睨みつけながら厳しく叱咤した。

 

「ヴィード様、私は……」

 

 フィラは口ごもり力なく俯く。

 彼は敬虔なカルディア教団の信者だった。幼い頃にその力……つまり神力を見出され、ずっと教団で育ってきた。        

彼にとっては教団が信仰する「神」は唯一無二の絶対的な存在なのである。

 その、まさに信仰の対象である時の街の面々が今、目の前にいる。

真実を隠し何一つ教えてくれなったカルディア教団への不信感と、時の街という信仰対象に対する憧れがフィラの行動を鈍らせていた。

 

「……フィラ君、あなたが協力してくれてミラノを無事救えたら、神の娘の恩人として時の街に招待するわよ」

 

 ユリナが迷える子羊にトドメの一撃を食らわせる。その一言に彼の心の天秤は完全に振り切った。

 

「ふん、恩知らずの裏切り者が……全員、敵国の侵入者共々殺せ!」

 

 ヴィードがそう号令すると、彼らは一斉に襲いかかってきた。

 

「ここはあたしに任せて、メイ達はミラノを」

 

 ユリナがメイ達を庇うように敵兵の前に立つと、バブとリームは軽く頷いた。

 

「ユリナ一人じゃ無理だわ!皆でコイツら倒して……」

 

 大勢の敵と一人で対峙するユリナを引き止めるように叫ぶメイの首筋に、バブがすかさず手刀を落とした。

 

「っ……!」

 

メイは短い呻き声を上げると、その場で崩れ落ちた。

 

「ユリナ」

 

 リームは彼女の名を呼ぶと手短になにかを耳打ちし、バブ達と共に敵の合間を縫っては教会の深部へと駆けて行った。

 

「逃がすか!」

 

 ヴィードは迫ってくるユリナをかわし、教会深部へと逃れるメイ達を追う。

 

「あら、貴方の相手はこっちよ」

 

 先ほどまで反対方向に居たユリナが突然ヴィードの目の前に現れる。

 

彼はナイフを持ったユリナに切りつけられる寸前のところで立ち止まり、ドレンド・ビーグを手に構えた。

 

「どきなさい!」

 

 ドレンド・ビーグはその持ち主の体内に秘める魔力を、中央にあるミドルフォースで物理エネルギーに変換し攻撃する道具。

 彼はその魔力を握りしめたドレンド・ビーグに溜め、剣のように鋭く伸ばした。作り出した魔力の剣をユリナに向かって勢いよく振り下ろす。

しかし彼の剣はユリナではなく空を切った。次の瞬間、ユリナはヴィードの背後に回り込み、背中を思い切り蹴った。

 

「くっ……一体どんな速度で移動しているんだ」

「私も一応時の街のヒトの端くれですから」

 

 彼女はなにも高速で移動しているわけでは無い、移動する時間を「端折って」いるのだ。

 彼女自身に神力は無いが、時の神より賜りしその胸元のペンダントから供給される神力でそれくらいのことは造作なく行えた。

 ユリナはヴィードと大勢の部下達の間をひらひらと舞った。時間を縫いながらくるくると移動するユリナを部下たちは捉えられず、ユリナを攻撃したつもりが味方に傷を負わせ場は混乱していった。

 

「このっ……!」

 

 やっとの思いでヴィードがユリナの片足をしっかりと掴む。

 体がぐらりと傾いた。

 床が急に近づき、彼女は勢いよく倒れ込む。

 

「覚悟は……よろしいですかな?」

 

 怒りを露わにし醜悪な顔を晒すヴィードは魔力の剣を頭上高く構える。

 次の瞬間、ユリナはもう片足でヴィードの脛を思い切り蹴りその手を振り切ると、仰け反るように付いた後ろ手を離し前に屈み四つん這いになった。

 

「シルファディア王家の術式十「服従の術式」!」

 

 突如、ユリナの周囲にある散らかった本や毛布がふわりと宙を舞う。

 その下には血で描かれた陣が隠されていた。

 陣は青白い光を放ちながらまばゆく輝く。

 

「貴方達は全員、解術するまでその場を一歩も動かないで」

 

 ユリナの言葉に答えるように、ヴィードと部下達は口以外、小指すら動かせなくなっていた。

 彼女は陣の外側ぎりぎりの所から術式を発動させ、ヴィードとその部下は全員綺麗に陣の中に収められていた。

 彼女がふらふらと敵の間を縫っていたのはこの陣の中に全員を収めるためだった。

 

「いつの間にこんな陣を……そ、そうかあの男……」

 

 術式の効果で動けなくなったヴィードは悔しそうに呟く。

 彼の想像通り、この陣はリームがあらかじめ仕掛けていたものだった。

 

「しかもこの術式、シルファディアの……あ、あなたは、まさか……」

 

 ヴィードが恐る恐る問う。

 カルディア王国は確かに世界で有数の大国だが、一つだけ恐れている国がある。

 シルファディアだ。

 シルファディア王国はまさに南半球のドンとも言える存在で、エルフ達の世界の代表として北半球の代表都市「首都」や国際機関「IGO」、確定世界を見守る「時の街」とも対等な立場にある。

シルファディアには行方不明の若い王女がおり、彼女は建国者ユリアナによく似た美しい女性らしいと他国にも有名な話だった。

 

「さあ……どうかしら?」

 

 ユリナは冷たく微笑むと踵を返し、奥の暗がりに向かって歩き出した。

 

「あ、そうそう。その術式の解除キーは私が陣に触れながら「解術」を唱えることだから。ことが終わるまでゆっくりしてなさい?」

 

 彼女は振り返ること無くそう言うと、右手をひらひらとさせながら暗がりに消えていった。

 

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