第12話 幻惑の術式

「似合ってるわ、二人とも」

 

 夜更けのカルディア教会、見張りの休憩室からは温かな光が漏れていた。

 そこにはフィラと見張りが数人、そしてカルディアの神子服に身を包んだバブ、メイ、ユリナの三人がいた。

 それはフードのついた白色の長いローブで、裾は足首のあたりまでゆったりとあった。

 

「そ、そうかしら?」

 

 メイが満更でもない様子でくるくると振り返りながら正面の全身鏡を眺める。

 

「その前に、俺に何か言うことがあるんじゃねーのか?メイ」

 

 先に着替えを済ませたバブはそばにあった椅子に腰を下ろし足を組んでメイを眺める。

 

「な、なによ」

「なによじゃねーよお前、なに勝手なことしてんだよ。この間の一件でまだ懲りてねーのか」

 

 ついこの間勝手なことをして迷惑かけたばかりなのに、早速勝手に動いて状況を悪くするメイにバブはいい加減堪りかねた様子だった。

 

「だって私リームと約束したのよ! 必ず助けにいくって。あんたが動くのを待ってたら三十年後になるわ」


 メイは謝るどころか強気な皮肉で返した。彼女もバブがわざわざリームを救出しに行くとは微塵も思ってなかったらしい。

 

「そうだとしても一言くらい相談しろよ」

 

 特に否定もせずに答えるバブに、メイは深いため息をつき呆れ顔で返した。

 

「私は謝らないわよ」

 

 プイとそっぽ向くメイ。

 そんな彼女をバブは目を細めて暫く見つめていたが、これ以上言い合っても時間の無駄だと思ったのかそれ以上追求することも無かった。

 

「……ふふっ、ははは」

 

 二人のやりとりを静かに見ていたフィラがクスクスと笑い声をあげる。

 

「お二人とも、本当に仲がよろしいのですね」

「どこをどう見たら仲良く見えんのよ!」

 

 他国の重鎮に対して身内のような態度をとるメイを慌ててバブが制す。

 

「すいません、この女……いやわが国の姫は脳が全体的に残念で考えなく喋るものですから……ほら、メイ!」

 

 バブはメイの後頭部を押し無理やり頭を下げさせる。

 メイは幼い少年が母親に怒られたときのような顔をしていた。

 

「いえ、表を上げてください。あなた方を見ていると、弟を思い出します」

「へー、弟とか居るんだ」

 

 メイがその話に興味を持ち、続きを聞こうしたが

 

「さ、じゃあお二方そろそろいいかしら?」

 

 少し離れたところから温かいまなざしで見守っていたユリナが二人の元に近づき言った。

 

「ああ。でもこれからどうするんだ?」

「ふふ……教会深部まで侵入してヴィードと接触するわよ」


 ユリナは不敵な笑みを浮かべた。

 

「ヴィードに?でも俺たちは顔割れてるぞ。いくらフードを被ってもそれくらいじゃ……」

「そこは術式の力を借りるわ」

 

 そういうとユリナはバブの傍にあるテーブルに置いてあるペンを手に取る。彼女はペンのふたを抜くと床に何やら複雑な文様をスラスラと描いていった。

 

「よし。二人ともこの陣の内側に入って」

 

 ユリナは陣の外から二人にそう促す。二人は言われるがままに陣の内側に入った。

 

「シルファディア王家の術式二十「幻惑の術式」」

 

 ユリナの術式開始宣言に呼応するように床に描かれた陣は青白く光り、床から剥がれ二人に収束してはまばゆい光を拡散した。

 

「……なにが起きたんだ?」

 

 特に何も変化を感じない二人は自分の手を眺める。

 するとフィラとフィラの隣に居る二人の見張りが大声をあげ二人を指さした。

 

「お二人が……私たちに?」

 

 フィラの側近が驚いてそう言うと、メイとバブはお互いを見合わせ、不思議な顔をした。

 

「どうなってるの?ユリナ」

 

 状況が呑み込めないメイはユリナに説明を求める。

 

「あなたたちに「幻惑の術式」を掛けたわ。この術式は陣の外に居る人たちの脳を錯覚させて陣の中に居る人たちを陣に記した別の何かに擬態させる術式なの。今、あなたたちは陣の外のあたしたちから見るとこの二人と同じ容姿をしているわ」

 

 そういうとユリナは見張りの元に寄り指をさした。

 

「もともとこの術式は陣の外に対して働きかける術式だから陣の中に居ると作用しないの。だから二人はお互いに何も変化がないように見えるのよ」

「な、なるほど……」

 

 ユリナは術式の説明を一通り終えると、フィラの手を取った。

 

「さ、フィラ君。ヴィードの元に案内して?」

「は、はい」

 

 ユリナの手早い術式捌きにあっけを取られていたフィラは、正気に戻ったようにテーブルの上で煌々と輝くランタンを手に取った。

 四人は見張りの休憩室を出て奥の暗がりに向かって進みだす。


「なあユリナ、こんな術式を使うならなんでわざわざ着替える必要があったんだ?」

 

 先ほどの術式の説明なら頭のてっぺんから足のつま先まですべて術式で偽ってしまえばいい。

 なんでこんなに回りくどいことをするのか、バブは不思議に思った。

 

「そうね、この術式は実際に姿を変えるわけではなく見る人の脳に語り掛ける不安定な術式なの。ふとした拍子に脳が本物を捉え認識し、嘘がバレてしまう可能性もあるわけよ。だから、他人を欺くときはできるだけ偽るモノに近づけておいた方が効果的なのよ。実際至近距離に近づくと術式の効果が弱まり本物が見えてしまうからね。まあ至近距離といってもこれくらいの距離だけど」

 

 ユリナはそう言うとバブの顎に手を当てて顔を近づける。

 その距離わずか十センチ程。

 唇が触れ合うか触れ合わないかくらいの距離で淫靡な笑みを浮かべるユリナに、バブは一瞬たじろぐ。

 

「なるほど、キスするときはイケメンでよかったな」

 

 彼は不敵な笑みでそう言うと、いつの間にかユリナの腰に手を回していた。

 このままここで何かがおっぱじまるのではないかと思うような二人の間にメイは強引に割り込んだ。

 

「この大事なときに何やってんのよ!」

 

 顔を真っ赤にしたメイはバブを突き飛ばした。

 この二人はどこまで冗談でどこからが本気か全然わからない。

 傍で様子を見ていたフィラすらも頬を染めて目をそらしている。

 

「ほら!ふざけてないでさっさと行くわよ!」

 

 メイは顔を赤らめたまま鼻息荒く進みだす。

 ……が、道がわからないので結局フィラの後ろに回った。

 

「うふふ、メイったら本当かわいい」

 

 一連の動作を眺めていたユリナは可愛いぬいぐるみを愛でるような目で見つめた。

 

「しかしユリナ様、貴女はなぜ陣の中に入らなかったのです?」

 

 先頭を歩くフィラが不思議そうに尋ねた。同じことを思っていたメイとバブもうんうんと頷いた。

 

「そ、それはほら、私はヴィードと面識あるし、偽る必要ないからよ」

 

 いつもふわふわと振る舞い他人を攪乱しているユリナが珍しく慌ててそう言う。

 バブは少し不審に思ったが、今は追及の時でもないだろうとその疑問は心の中に仕舞った。

  暫く右へ左へ登ったり下りたりしていると一つの扉の前に着いた。

 途中何人かの神子と思わしき人や教会関係者とすれ違ったが、誰も二人の正体には気づかないようだった。

 

「この奥がヴィード様の部屋ですが……」

 

 フィラは扉の前で立ち止まると振り返り、不安げにユリナを見つめた。

 

「ヴィードにリームを返してもらうように交渉してみましょう。フラノと何らかの接触をしたと思われるリームに状況を説明してもらう必要があるわ」

 

 ユリナは扉を見つめながらそう言った。

 

「わかりました。それでは開きますよ」

 

 フィラはその手で扉の前に陣を描く。すると扉はフィラが描いた陣を追従して青く輝き、拡散する。彼が扉を押すと静かに開いた。

 

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