第11話 選ばれなかった少女
「あの時、攻め入る暴徒から逃れるため、母様は私たちを突き飛ばしましたわ」
「そして僕らは時の街から転落した」
教会深部の軟禁室。
奥まったその部屋には光も届かず、机の上にポツンと置かれたランタンだけがひっそりと辺りを照らす。
仄かな光がベッドの上に仰向けになる少女とその上にまたがる青年を映し出していた。
「浮遊大陸である時の街の周囲を覆うのは、確定世界へと入る時空の歪み。今まで「たった一人」だった私たちに、瞬時に無限大の自分ができてしまいましたわ」
「あなたはその「無限大」の中の一人だと言うのですね……」
リームはフラノの目を真っ直ぐに見つめ、問う。彼女は静かに頷いた。
肯定する彼女にリームは軽くため息をつくと、彼女から離れてベッドの端に座りなおす。
「一体どういうきっかけで世界の時間の仕組みに気づいてしまったのです? そもそもなんでこんなことを……」
リームが困った顔でまだベッドの上に横たわるフラノに問う。フラノは少しためらったが、静かに彼の問いに答え始めた。
「『確定時間』の私たち兄妹……つまりあなたとミラノは『二人ともトレインアイド王国に落ち、同国の王女に拾われる』という歴史になっているようですが、私が存在した次元では『私はカルディア王国に落ち、兄様は行方知れず』こうなっていますわ」
フラノは相変わらず仰向けに寝そべったまま無表情に答える。
「そう……だったんですか」
リームは何故か申し訳なさそうにそう言った。
「別にあなたが非を感じる必要はありませんわ。元々会ったことも無い兄ですもの。今更何の情もありませんし、何も感じませんわ」
フラノはそんなリームを余所に淡々とそう言う。
「ただ、身寄りの無い私を此処まで育ててくださった乳母様や、私を支えてくださった沢山の方々には……本当に感謝の言葉もありませんわ」
彼女は目線を天井から窓無き壁へと移し、語尾を霞めながらそう言う。
「なのに神は、私たちを裏切った……」
不意に彼女はこちらを向き、ポツリとそう言った。その頬に一滴の涙が走る。
「!?」
突然フラノはベッドに預けていた体を起こし、傍に掛けているリームの胸倉を掴む。
驚いたリームは体勢を崩し、ベッドに肘を付いた。
「私たちの次元は神に見捨てられたのですわ!」
「ど、どういう意味で……」
醜悪な形相で凄むフラノは、慌てるリームに気づいて少し手を緩めた。
「次元の衝突事故のことはご存知でしょう? 兄様」
「え? ええ……」
フラノールの問いにリームは怪訝な顔をする。
「あの事故で私の居た次元は消滅させられたのですわ。同次元に存在する全ての人たちと共に」
憎々しげにそう語るフラノールにリームは言葉を失う。
「当時、敵対勢力に囚われ力を失っていた神は全ての神力を確定時間を守ることに回しましたの。結果、未確定次元の管理がおろそかになり、次元の衝突という最悪の事故を招いてしまったのですわ」
フラノールの責めるような目線がリームに突き刺さる。
「そしてフラノは誓ったんだよ。『自分がミラノに成り代わり、消滅する前の自分の居た次元を確定時間にする』と」
不意に背後から投げかけられた言葉の主に、リームはゾワっとした感触を感じる。振り返るとそこには年恰好三十代の青年が立っていた。
青年は腰のあたりまで伸びた長い金髪をバサリと跳ね退けると、不適な笑みでささやく。
「フラノ、準備が整った。最終段階に入るぞ」
彼は目線をリームからフラノールへと移し、事務的にそう言う。すると彼女は再び目を爛々と輝かせ、子供のようにはしゃいで言った。
「ああっ、アピス兄様! ミラノが……届いたのですね!」
「ああ。今ミラノは祈りの間に捕らえてある。フラノ、ミラノを殺せ! そうすれば確定時間を隔てる時の壁は無くなる。行け!」
アピスの合図と共にフラノールは猛烈な勢いで走り出す。状況は把握できないが、ミラノを殺すという言葉に反応したリームは二人の時を止めようと胸元のペンダントを握る。
しかし、それよりも早くアピスがリームを取り押さえた。
「そこの見張り、こいつを拘束してその辺に縛り付けとけ」
アピスは抵抗するリームを押さえつけたまま振り返り、外で待機する彼の見張りに叫ぶ。
見張りが道具を取りに行ったのを見計らうと、彼はリームに目線を戻し押し殺したような声で言った。
「確かに時間は不可逆かもしれないがな。ミラノが司る「時空の壁」を壊し、お前が司る「時空の鎖」で次元の操作をすればフラノの存在した時空を確定時間にすることは可能なんだよ」
「馬鹿げてます!そんなことをしたらあなたの存在すら危うくなりますよ!」
時の街は確定時間にしか接触できないというよりも、確定時間にしか接触しない。
これは広がり続ける未確定次元を追うことは不可能だからだ。
だが、過去に終わった時空を拾い上げることくらいは可能である。
しかし、そこには確定時間とは全く違う人達が存在し、当然時の街の干渉も全くない。
そんな時空が突然「確定時間」となれば、どんな弊害が起きるか誰にもわからない。
彼はリームの必死の訴えを鼻で笑うと、大嫌いな異母弟を憎々しくげに突き飛ばす。壁で背を打ったリームはその場に力なくうなだれた。
暫くすると拘束具を持った見張りが戻ってきた。
二人はリームの手足に棘のついた拷問具のような枷をつけると、紐でベッドの脇に括り付け動けないようにした。
作業が終わるとアピスは足早に部屋を出、見張りは持ち場へと帰っていった。
部屋に一人残されたリームは、ミラノを助けるため様々な考えを巡らせていた。もたもたしていてはミラノは殺されてしまう。
ふと足元に目線を落とすと、そこにはフラノールが取り落とした食事がばら撒かれていた。
転がる鉄製の器の脇に、ひっそりと佇むナイフとフォーク。
リームは足でナイフを引き寄せ、後ろに回された手元に蹴りやる。なんとかその手にナイフを掴むと自分とベッドを括り付ける紐を切った。
とりあえず動けるようにはなったが、相変わらず手足は拘束されているので立つのも精一杯の状態だった。
ベッドにもたれながらなんとか立ち上がると、何か書けるものが無いかとあたりを見回した。
しかし見える範囲にはそんなものは無く、なによりも手を後ろに回して手枷をつけられている為手は使えない。
リームは深呼吸をすると、覚悟したようにベッドに座り左足の裏を右足の枷に光る棘に刺した。
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