第10話 確定時間と未確定次元
「なんだって!」
バブは机を両手で強く叩きつける。
「ええ。フラノは未確定次元のミラノ自身よ」
ユリナはそんなバブを横目で見ては、出された紅茶を涼しい顔で啜っていた。
「つまり…どう言うことなの?」
時の街という次元の違う友人を持ちながら、いまだに時間の仕組みがよくわかっていないメイが真顔で突っ込む。
バブがメイの後ろでずっこけていた。
ユリナはふふふと笑いながら、メイの質問に優しく答えた。
「一つずつ説明するわね。このメイ達が住んでる世界は確定世界と呼ばれていて、あたしたちが住んでるところは時の街っていうのよ」
「時の街は確定世界じゃないの?」
メイが不思議そうに問う。
なぜならメイ達もユリナ達もココにいて、同じ時間を生きている。当然の疑問だった。
「時の街は確定世界ではなくて、確定世界の時間に関するシステムがちゃんと稼動しているかどうかを監視するためにあるのよ。確定世界の外側って認識でいいわ」
「時間に関するシステムって?」
「確定世界には「確定時間」と「未確定次元」という二種類の世界線があるの。そうね、例えば…」
ユリナが考えるように紅茶から立つ湯気に目をやる。
「メイは何でカルディアの教会へ潜入したのかしら?」
突然不可解なことを聞いてくるユリナにメイは顔を顰める。
「……暴いてやろうと思ったのよ。カルディアの悪事を」
目線を逸らしてぶっきらぼうに答えるメイを見ながら、小動物でも愛でるようにユリナが続ける。
「例えばその時メイはお留守番して、バブとリームの二人でカルディアに行っていたらどうなってたかしら?」
メイは思わず黙り込んだ。
私がいなかったら……きっと術式は最後まで保たれ、あんな騒ぎにはならなかっただろう。
「きっと、今のこの状況はなかったでしょうね」
メイは振り絞るような声で悔しそうに答えた。
ユリナはそんな彼女を抱きしめながら諭す。
「そんな『もしも』の世界。メイが選ばなかったことで生まれた、無数の未来の可能性。それが『未確定次元』よ」
「はぁ……わかったような、わからんような……」
「大きな木をイメージするといいわ。確定時間が木の幹、未確定次元が枝葉みたいなものよ」
眉間にしわを寄せながら、メイはユリナの腕の中で困惑した。
「でもさ、あの時……術式が解けてヴィード達の前に晒された時、時間でも巻き戻してたらよかったんじゃない?」
あの時の失態が心を抉る。
この質問はユリナの伝えたいことからは外れるが、迷えるメイに彼女は優しく答えた。
「ふふ、そんな事しても意味がないからよ。時間というのは不可逆なの。過去に戻って歴史を変えても、それは新たな枝葉をふやすだけ。あたし達時の街は幹にしか接触できないから、二度と会えなくなるわよ?」
ユリナが不敵な笑みで語りかける。
彼女の話が全てわかったわけではないが、「二度と会えなくなる」という一点のみでリーム達が無闇に時間を巻き戻さない理由を察した。
「だけど……なんで未確定次元が? 時の街のヒトには無いんじゃないのか?」
メイへの回答がひと段落つくと、今度はバブが質問をぶつける。
「正確には、「時の街には無い」よ。時の街のヒトでも確定世界に居るのであれば多次元が存在するわ。ミラノは幼い頃から確定世界で育ってきた。他の一般人と同じよ」
「じゃあ無限にある未確定次元の中のたった一人のミラノがこうして世界の時間の仕組みに気づき、喧嘩売ってきたとでもいうのか?」
バブは無理のあるユリナの解釈に横槍を入れる。
「そこでアピス兄さんよ」
ユリナは紅茶のスプーンを上下に振った。
「どういういきさつなのかは知らないけれど、兄さんはフラノに何らかの情報を与えたのよ」
「それで「自覚者」か」
バブはうーんと唸るように言う。
「ええ。時の神の反抗勢力である「自覚者」はアピス兄さんの率いる集団ですもの。 ……ああ、御代わりいいかしら」
ユリナは後ろに控える神子に遠慮なく紅茶の御代わりをお願いする。
「おいおい……」
そんな彼女をバブは呆れたように見つめた。
「第一お前、なんでそんなに立場が強いんだ?」
バブは此処に来たころから気になっていた疑問をユリナに投げかける。
「うふふ……何でかしらね」
ユリナは微笑しながらバブの問いを流した。
「二年ほど前に一度お会いしたことがあるのです」
先ほどまで沈黙を守っていたフィラがそう言う。
「とにかく、話はこれで全部よ。私はこれからリームとミラノを探しにいくんだけど、フィラ君ももちろん手伝ってくれるわよね?」
話が途切れたのを見計らったユリナは満面の笑みでフィラにそう問う。
フィラはもちろん、周囲の誰もがその笑顔の裏に断れないオーラを感じていた。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってください! そんな約束をした覚えは……」
フィラは慌ててユリナに言う。
そもそも世界の時間の仕組みどころか時の街の存在さえ知らなかった彼は、ユリナの説明では現状の一割も理解できていなかった。
「いい?フィラ君。あなた時の神様を崇めてるんでしょう?このまま放っておいたらミラノはフラノに殺されるわ! ミラノは神の子なのよ!」
ユリナはフィラの両腕を掴み、真剣に訴える。
フィラは悩ましく表情を歪めると、暫くの間硬直していた。
「……分かりました。やりましょう」
彼はため息を一つつくと、観念したようにユリナにそう言った。
その答えを聞いたユリナは満足そうに掴んだ腕を離す。
「フィラ様……」
周囲の見張りたちが怪訝な顔でフィラを見つめる。
突然教会を襲って姫を強引に奪い返した集団に従う上官に対する軽蔑の眼差し。
フィラはそれを痛いほど感じた。
「ちょっと、あなたたち!」
視線から逃れるように俯くフィラを庇うように、ユリナは一歩前に出た。
「さっきの話聞いたでしょ! フィラ君が協力してくれるってことは、あなたたちもあたしに協力するってことなのよ!」
ユリナがそう一喝すると、見張り達は挙動不審にどよめき始める。
「ほら! 騒いでないで三人分の神官のローブを持ってきなさい!」
ユリナは手近な場に居た数人に向かって叫ぶ。
見張りたちはわけも分からず、とりあえず彼女にいわれるがままにローブを取りにいった。
「ローブなんか用意してどうするの?」
メイは不思議そうな顔でユリナに問う。
するとユリナはいたずらな笑みを浮かべ言った。
「うふふ……変装して教会深部に潜入するわよ」
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