第6話 親族会議

「……つまり、カルディア王国が我が国と不可侵条約を結ぼうとする目的を探ろうと潜入したが失敗し、命からがら逃げてきた……と?」

 

 レイバーは静かにそう言うと、鋭い瞳でバブを睨みつけた。

 

「ああ、大体あってる」

 

 バブがいつもと変わらない調子でそう言う。小憎たらしそうに顔を歪めるレイバーとは対照的に申し訳なさそうにメイが俯く。

 

 フィラから開放されたメイ達は、タルトール城に戻り会議を行っていた。

 城の一角にある会議室は白塗りの壁に大き目の窓が付いている開放的な部屋だった。

 昼ということもあり、窓の外に植え込まれている木々から優しい木漏れ日が差し込む。

 しかし部屋の空気は重々しい。

 会議用の円卓には議長であるレイバーが白板前に座り、右をレイリクール、左をダードクロスが囲むように座っている。

 その隣からずらりと側近達が並んで座り、最後にメイ、バブ、と来てレイリクールに戻るような配置になっていた。


「……ま、終わったことをここで話し合っても仕方ないだろ。問題はこれからどうするかだ」

「なんだと!」

 

 勝手に動いた挙句、失敗して他国の怒りを買ってしまったことを簡単に「終わったこと」で片付けられたことにレイバーの怒りは頂点に達し、今にも殴りかかりそうな剣幕でバブを怒鳴りつける。

 バブはそんなレイバーを面倒臭そうに肘を付いて見つめていた。

 それもそのはず、元々この件はメイの不注意により起きてしまったことなのだから。

 

「と、とにかくおじいちゃん、タルトールのこれからについて話し合いましょう。ね?」

 

 メイはレイバーを宥めるように優しくそう言うと、彼は少し落ち着いたのか、ため息を付いて席に腰を下ろした。

 

「……では、カルディア王国が攻めてきた場合、どうするつもりなんじゃ?」

 

 レイバーはあごの辺りで手を組んで真っ直ぐにバブを見据える。

 

「その件については相手の大将とハナシつけてきたから、多分大丈夫だとは思うが油断はできない」

「話……?」

 

 レイバーはバブの回答にピクリと頬の辺りを吊り上げ問う。

 

「ああ。だからおおっぴらにタルトールを攻めてくることは無いはずだ。だがアイツ等が約束を守り通す確証はない。タルトール城や城下町の警備を厳重にしておいた方がいいかもしれない」

 

 バブはレイバーの問いを軽くスルーすると、冷静に今後の対策を付け加える。

 

「ふむ……。それでは兵の中に戦闘の得意な側近を配置しよう」

 

 レイバーはバブの思惑通り自分が尋ねた質問のことは忘れ、頭の中をさっさと今後の話に切り替えていた。

 

「それで大丈夫なの?」

 

先ほどまで殆ど会話に参加していなかったメイが小さな声で不安そうに言う。

 

「大丈夫だよ。レミに残ってもらう」

 

 レイバーがメイの質問に答えようと口を開こうとしたその時、隣にいたバブが先に答えた。

さらにその隣、メイの妹レミは突然自分の名前が飛び出てきたことに驚き、目を丸くしてバブを見つめる。

 

「レミに……? どういうこと?」

 

 メイが怪訝な顔でバブに問う。

 

「万が一カルディアが攻めてきたときに、ここを守る力があるのはレミだろ。だからだ」

 

 淡々とそう言うバブにメイが噛み付く。

 

「何言ってんのよ、レミ1人に何ができるっていうのよ!」

 

 どんなに魔力が高かろうと、1人の人間に国を支えることなどできるわけがない。

 目に入れても痛くないくらい可愛い妹ならなおさらだ。

 

「まぁまぁ。落ち着けってメイ」

 

 バブはメイにそう言い嗜めると、その奥にいるレミに視線を移した。

 

「レミ、もしもアイツ等が攻撃を仕掛けてきたらタルトール国全体に防御術式を張って欲しいんだが」

「防御……術式?」

 

 レミが不思議なものを見るかのような目でバブを見つめる。

 

「ああ。魔法陣の描き方とか説明は後でするよ。多分使うことは無いとは思うけど」

 

 バブはレミが小さく頷くのを確認するとレイバーに向き直り

 

「……とまあ、こんな感じでどうだろう?レイバー」

 

 そう言ってレイバーの出方を待つ。

 

「分かった。とりあえずはこれでいくしかない」

 

 レイバーは頼りなさそうにそう言った。

 

「じゃ、これで解散でいいな?」

「うむ、これにて解散とする」

 

 バブが促すとレイバーはそう言い、会議は終了した。

 側近達はぞろぞろと会議室を後にし、数分もすると部屋にはレイバーとバブ、メイ、レミの四人しか残っていなかった。

 

「不安だわ。レミにそんな……」

「大丈夫ですよ!」

 

 レミ一人に国を守るという大仰な役目を負わせるということに煮え切らないメイがそう言いかけると、過保護な親を嗜めるかのようにレミが気丈に答えた。

 

「そそ、レミもガキじゃないんだからお前も信じろよ」

 

バブが軽くそう言うと

 

「レミもアンタも私も子供じゃない!」

 

 メイが正論で食って掛かる。

 

「まぁ、間違いないな」

 

 バブは外の優しい木漏れ日を見つめながら苦笑いしていた。






 

「メイさま?メイさまー!」

 

若い男性の声が響く。

 メイは彼に見つからないように背後の廊下を駆け抜けると、突き当たりにある部屋のドアを慌ててノックした。

 

「はあい、開いてますよー」

 

 中から気の抜けたような甘ったるい声が聞こえてくる。

 その声を確認したメイは静かに扉を開け、滑り込むように部屋へと入った。

 

「あら、メイ様でしたか」

 

 女性は肩にかかるくらいのショッキングピンクを一つに纏め、植物の皮みたいな薄いシート状のものを顔の上に乗せていた。

 両目と口の部分だけ穴が空いていてなんだか怖い。

 

「ねえミルファ。あんたがミドルカードの鍵持ってるって聞いたんだけど本当?」

「ええ、私が持ってますけどお?」

 

 彼女の名はミルファ。

 レイバーの11の側近の1人で、主に諜報活動をしている。

 風呂上がりなのか下着みたいな格好で座り込む彼女の周りには、大小様々な小瓶が並んでいる。

 彼女は美容が大好きで、諜報員というどちらかと言うと地味であった方がいい立場なのに、めちゃくちゃ派手である。

 年頃の娘と言われるような年代のメイだが、おしゃれとか女の子らしいことには全く興味を抱けずにいたため、ミルファが何をやっているのかも正直よくわからなかった。

 そんな彼女が持ち前の甘い声で間延びした返事をよこす。

 メイは彼女に縋るように懇願した。

 

「ちょっと連れて行って欲しいところがあるんだけど」

 

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