第5話 駆け引き

 突然の招かざる来客に、わけがわからず混乱するフィラと二人の神官。

 ヴィードだけは何故か薄ら笑いを浮かべ、三人に話しかけた。

 

「おや、タルトールのお姫様ではございませんか。こんなところまで何用ですかな?」

 

 彼はリームに取り押さえられて地に伏せるメイを見ては嘲笑する。

 メイを取り押さえる意味を失ったリームは彼女から離れ、静かに立ち上がった。

 リームから解放されたのにもかかわらずメイは地に手を付いたままヴィードを見上げる。

 

「わっ、私は、そ、そのっ……」

 

 とにかく何とか言い訳しようと声を絞り出す。しかし姿を隠し、神官を尾行した上こんなところまで侵入したことを納得させるような言い訳を思いつくわけも無く、ただ取り乱して状況を悪くするだけであった。

 そんなメイを満足げに見下ろすと、ヴィードが低い声を漏らす。

 

「ほほう……タルトールは我が国と友好な関係を築く気は無いようですな。これは明日にでも宣戦布告をするしかない」

 

 部屋内に重い空気が漂う。メイは真っ青になり、自分がやってしまったことの重大さに気づく。

 最悪―……

 バブが最も懸念した状況になってしまった。

 

 カルディア王国と全面的に争うことになってしまえば、タルトールのような小国は直ぐに蹂躙されてしまうだろう。

 ここまで拗れたらこの状況は普通の手段では覆せない。

 項垂れるメイはチラリと後ろに立つバブに視線を送った。

 彼は絶望的な表情に眉を顰めながらも、リームに何かの合図を送ろうとその裾を掴もうとしていた。

  リームは時の街の住人だ。彼らは神力の一種、「時の力」で記憶を操作することができる。

 

 するとリームはメイ達を庇うように一歩前に出て、毅然とした態度でヴィードに言った。

 

「待ちなさい!」

「おや、まだ強気な坊やが居るようですな……ん?」

 

 ヴィードは高圧的な笑を浮かべ一歩前に出る。

 しかしリームの胸元に輝くペンダントに気づくと突然顔色を変えた。

 フィラとその後ろに佇む二人の神官は珍しく表情を崩すヴィードに何事かと驚いていた。

 

「貴様……時の街の連中か!」

 

 ヴィードは憎々しげに顔を歪め、リームを睨みつける。

 

「あなた方が未自覚者をこの狭い空間に閉じ込めているという情報を掴んだので、タルトールの方々に協力してもらってここまで来たのです」

 

 リームは負けじとヴィードを睨み返した。

 神力は本来神とその一族のみが持っている力だが、稀に一般人も保有する。

その力は時空の棒のような神力用の具現化アイテムがなければ顕現することはできない。

 だが、時を操る神力は力を使わなくとも確定時間に悪影響を及ぼすことがあるため時の街の連中が定期的に探している。

 未自覚者とはそういった時を操る神力を持ちながら自覚無く生活している者のことをいい、自覚者とは自分は神力を持っているということを自覚しているが、時の街に従わない者のことを言う。

 両者に共通していることは、どちらも時の神がまだ捜索しきれていない神力保持者ということになる。

 

「ふふ、まさかタルトールの後ろ盾に時の街が付いていようとは……」

 

 ヴィードは俯き額を押さえてそう呟いた。

 

「あ、あのヴィード様……これは一体?」

 

 いよいよ状況が飲み込めないフィラが痺れを切らせてヴィードに問う。フィラの問いに答えようとヴィードが振り返ったその時

 

「あらあら……こんな時間に何事です?」

 

 澄んだ女性の声が響く。

 

「神!」

 

 暗がりから現れた女性にヴィードが言った。

 

「神?」

 

 フィラも二人の神官も、きっとこの神と呼ばれた女性に対し信仰してきたのだろうが、二人とも対面するのは初めてらしく声を合わせて驚く。

 その女性は美しいラベンダー色をしたウェーブの髪をふわりと靡かせ、ヴィードの元へと歩み寄った。

彼女は頭にラベンダーのコサージュをちょこんと付け、首元や胸元のラインも同じくラベンダーで飾っている。

 そこから膝頭辺りまで純白のワンピースが伸び、裾は花びらのような曲線を描いていた。

 

 まだあどけない少女のような風貌であるのに……

 全てを見下すかのような冷たい笑み。

 全てを否定するかのような鋭い瞳。


 だが、そんなことより……

彼女は三人がよく知る女性と瓜二つだった。


「ミラ……ノ?」

 

バブは思わずその女性の名を呟いた。

 

「フラノール神!起こしてしまいましたか……騒いで申し訳ありません」

 

 ヴィードは深々と頭を下げ、丁寧に謝る。

 

「いいえ、ヴィード。お気になさらず」

 

 フラノールと呼ばれたラベンダー色の少女は、緊迫した空気を割くようにつかつかと歩き、三人の前で足を止めた。

 

「あなたたち……タルトールの方々ですのね」

「だったら何よ」

 

 優しい笑みで問うフラノールに、メイはつっけんどんに返した。

 

「まあ、元気がいいのですね」

 

 フラノールは両手を口元で広げ、驚いたようにメイを見る。

 

「何でこんなとこんな所までいらしたのかしら」

 

 メイはフラノールの視線から逃れるように目を逸らす。

 

「……答えていただかないと困りますわ」

 

 暫らくの沈黙―。

 メイにはそれが永遠の時のように感じられた。

 そんな沈黙を破り、再びフラノールが静かに口を開く。

 

「……では、仕方ありませんわね。この不法侵入を敵対行為とみなし、我が国はタルトール国に宣戦布告いたしますわ」

 

 彼女はその優しい仮面の下から意地悪な笑みを覗かせる。

 メイたち三人は突き付けられた現実に言葉を失い、呆然としていた。

 バブが再びリームの服の裾を引っ張ろうとしたその時、フラノールが元のやわらかい笑みで語りかけた。

 

「しかし、私達も争いや揉め事は好みませんわ。出来れば平和的な手段での解決を望んでいますの」

 

 そういうと彼女は徐に右手を上げ、三人の真ん中に居たリームに向かって指差す。

 

「彼を引き渡して頂ければ、今日のことは無かったことにして差し上げますわ」

 

 彼女は三人に取引を持ちかける。

 まるで計画通りに事が進むのを喜ぶかのようなあくどい笑顔を浮かべながら。

 

「え、僕?」

 

 リームは彼女の予想外の行動に困惑したように問う。

 

「ええ。少し時の街の方の力をお借りしたいことがありますの」

 

 フラノールは満面の笑みで返す。

 この女は多分、リームが神族だということを知っている。間違いなく罠だろう。

リームは横に居るバブの方を見て意思を確認するように相槌を打つと、彼も同じような行動を取った。

 

「分かりました。あなた方に従いましょう」

「何馬鹿なこといってんのよ!アンタ正気?」

 

 そんな彼をバブの反対側で見ていたメイは、驚いてその腕を掴む。

 

「大丈夫ですよ、メイさん」

 

 リームはいつものように困ったような笑みを浮かべた。

 

「こんな取引、馬鹿げてるわ!……あんた、リームは関係ないじゃない!」

 

 メイはなおも冷たい笑みを浮かべてその場を傍観するフラノールを怒鳴り散らした。

 

「あなたはいまいち御自分の立場が分かっていらっしゃらないようですわね」

 

 フラノールは下等生物を見るような蔑ずんだ目でメイを見下す。

 

「バブも何とか言ったらどうなの!」

 

「いいから落ち着けメイ。お前は何処の国の姫なんだ?今やるべきことは一つだろ」

 

 メイはバブに助力を求めたが、バブからはメイが期待するような答えは返って来なかった。

 

「じゃあ、交渉成立ですわね」

 

 フラノールはメイが何か言おうとするのを制して言った。メイはそんなフラノールを憎々しげに睨みつけると、不安そうにリームに向き直った。

 

「まあまあ、そんな顔しないで下さいよメイさん」

 

 リームが冗談っぽくメイを嗜める。

 

「だ、だって……」

 

 何も出来ない自分に悔しさで涙腺を緩ませる。リームはそんな彼女の頭を二回ぽんぽんと叩くと


「ピンチになったら助けに来てくれるんでしょう?」

 

 リームは笑顔でそう言った。

 

「あ、当たり前よ!」

 

 メイは少し溢れた涙をぬぐい、力強く答える。

 そんなメイを安心したように見つめると、リームはフラノールの方へと歩み寄った。

 

「あなた方はフィラ達が出口まで案内いたしますのでご安心下さい」

 

 フラノールは優しくそう言うと、フィラ達と共に退室を促す。

 先ほどまで完全に蚊帳の外に居たフィラは突然名指しされ、慌てて返事を一つするとバブ達と共に部屋を後にした。

 

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