第二章
1 事件
警察の外部協力者制度は、警察の人手不足のために制度化された。捜査員の不足、専門知識の不足、それらを補うために何の訓練も受けていない一般人の力を借りようというのだ。大葉は馬鹿げた話だと思っていた。
それまで、刑事たちは個人的に協力者を持っていた。捜査の情報源として、あるいは蛇の道は蛇のルートとして、または通常では得られない知識や技術の源泉として、その多くは手柄と早期解決のために部外者を雇ったり交友を持っていた。それは暗黙の了解のようなもので、誰もが使う手段であり、同時に違法でもあり、しかし黙認されていた。合法になったのは今から十年ほど前だ。単純明快に人手不足を理由とし、事件の早期解決を世間に掲げ、違法捜査を合法化した。勿論、世間から批判はあった。情報漏洩の危険があるだろう、一般人を巻き込むのはおかしいだろう、反対デモまで行われたほどだ。世間の心配事は往々にして当たるもので、制度化後に情報漏洩事件も起きている。それでもからがらに批判を交わし、何とか永らえている状態だ。
ルールはある。
ひとりの警察官に協力者はひとりのみ。協力者は事前に調査が行われ、個人情報を警察に報告及び登録する。尤も、この調査とは犯罪歴がある者を弾くわけではない。組織対策課の刑事なんか軒並みヤクザと親友だ。
協力者を決めた警察官は、実質的に警察外に相棒を得るので、警察内での二人一組の原則を崩すことができる。そういう意味でも人手不足対策になる、という名目だ。勿論これはただの机上の空論でしかないが。
多くの場合、協力者は医師や弁護士、学者が多い。犯罪及び警察組織に精通している者や、人体を知っている者がほとんどだ。所属によってはヤクザ者や窃盗犯の前歴がある者を傍に置く刑事もいる。だが、半引き籠りのギークというパターンはレアケースだ。
鳴海秋湖。高等専門学校卒業後大学に編入し、卒業後は在学中に開発したプログラムを買われてゲーム会社に就職。しかし二年ほどで退職し、以降は引き籠ってネットの世界に入り浸っていた。ざっくりとした調査結果はそんなところだ。
はっきり言って警察とは相性が悪い。だが、協力者候補のリストに入っていたその異質さは大葉の目を引いたし、本人はあまりにあっさりと大葉の勧誘に乗った。意味がわからないほどに。
「大葉さん、会議始まりますよ」
大葉が顔を上げると、後輩の佐原が朗らかに笑った。その後ろから、確か大学教授だか準教授だか言っていたこいつの協力者が顔を覗かせる。大葉よりいくらか年上の、穏やかそうな紳士だ。佐原とは親子に近い年の差だろう。
「大葉さんこっち帰ってきたんですね。もう移動なしですか?」
「そんなんわからねぇだろ」
「そりゃそうか。大葉さん、先生連れてこなかったんですか?」
「何で知ってんだよ」
「いや、すんごい噂になってますよ。大葉さんがついに折れたって」
「何の実にもならねぇ噂だな」
「で、大葉さんの先生は?会えないんすか?」
「来るわけねぇだろ」
「えぇー」
残念、と宣いながら、佐原は自分の協力者を伴って会議室へ入って行った。大葉もあとに続く。
協力者は捜査会議を見学できる。意見を言ったり捜査の方向性に口出しはできないが、捜査状況を見て思考を貸せというわけだ。現場には行かず、捜査会議だけ出たがる者も多い。だが、大葉の先生は捜査会議になんか絶対に出てこないだろう。
大葉は壁際の席に着くと、モバイル端末を取り出した。電話をかけ、数回のコールを待つ。
「先生」
『……はい』
「寝てたか」
『起きてました。起きてます』
「嘘つけ」
声は明らかに寝起きで掠れているし、電話の向こうではがさがさと布団の中で身じろぐ音がする。少なくとも、寝床にいるのは間違いないだろう。時刻は午後一時なので、夜行性のナルアキが寝ていても何ら不思議はない。
「今から捜査会議だ。聞くだけ聞いててくれ」
『電話切ってくれても聞けますよ』
「盗聴されるよりマシだから電話してんだろ」
大葉は上役たちが入室してくるのを見て、通話を繋げたままの端末を傍らに置いた。所々が剥げている会議机に肘を突いて、配られた資料をぺらぺらと捲る。隣で同僚が脚を組んで、これまた古い会議椅子が軋む音を立てた。
事件の概要としては廃墟に遺体が連続的に遺棄されている、というものだった。この街は災害後、人口減少も相まって廃墟が増えた。とにかく無数にある。最初の通報は深夜に倉庫跡地を遊び場として使おうとした中高生たちからだった。ちょっと悪びれてみたい年頃。だが、遺体を見つけて逃げるでもなく正当に通報している。青少年特有の歪みきれていない愛嬌のようなものがある。
「大人に隠れて夜更かしでもしてみたかったんだろう。お陰でろくでもない目にあったから、多少の注意で済ませたそうだ」
管理官の言葉に、会議室内からため息と苦笑が漏れる。
発見された遺体は刺殺されたもので、腐敗も始まっていた。ガラスが全て割れて換気がよくなった環境だったがために臭いが籠らなかったのは幸いと言うべきだろうか。お陰で発見は遅れ、微生物はよく働き、身元の確認も難しい。
次はガソリンスタンド跡地、オフィスビル廃墟、体育館跡、廃校と巡回強化によって次々見つかった。どれも環境が違うせいで腐敗状況も違い、順番も不明瞭だ。性別年齢はバラバラで、殺害方法もバラバラ。これが同一犯の仕業かどうかも断定できていない。
「廃墟の巡回を強化しているが、何しろ数が多すぎる」
人が立ち去った跡地の全てを建物の中までしっかりと確認するとなれば、手間もかかる。管理会社が残っているものに関しては通達もしたが、個人の建築物まで含めれば持ち主不明になっているものも多く、放置されている空き家の数は相当だ。
人手不足で外部協力者制度を導入した警察は、課を越えた応援も増えた。とにかく人海戦術が物を言うことになりそうなので、大所帯になるだろう。次の捜査会議はもっと大きい部屋になりそうだ。
会議を終えると、大葉は再びモバイル端末を耳に当てながら席を立った。
「先生、聞いてたか?」
『はい』
電話口で眠たそうな声がする。
『今から来ますか?』
「寝なくていいのか?」
『目が覚めました』
「なら行く」
協力者の意見を捜査班に伝えるのは警察官の仕事だ。連れてきた先生とすぐさま話し合いを始める姿がそこかしこに見える中、大葉は会議室を出た。うちの先生はこっちから出向かないといけない。
廊下で上司に引き留められ、鳴海秋湖を一度連れてこい、と催促されため息を吐きたくなった。なんでどいつもこいつも、あんな絵に描いたような社会不適合者に会いたがるのか。
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