第2話 森の守
とある深い森の中。長い緑色の髪を揺らしながら巨躯は歩みを進める。その名はベルゼブブ。
かつて、豊穣と慈嵐の神バアル=ゼブルとして多くの人間に信仰されていた。
しかし今は、かの赤黒い堕天使の謀略により、神性を失い、緑の雷を出すことの出来る、ただの怪物となってしまった。
本来であればそのまま人間を喰らう事を愉しむ魔に堕ちていたことだろう。しかし、今のところそうはなっていなかった。何故、その状態でいられるのか。それは、彼自身が今もなお抗い続けているからだ。あの邪悪な堕天使の思い通りになってやるものか、ただその一心であった。
ただ、何もせずいるというのは自分には難しい。どうにか抗う術、このまま平穏に暮らせる方法を模索いくため、森の守人をすることにした。
森の動物たちは、寛容で気楽なものが多かった。こんな自分を受け入れてくれる。
(もりびとさん、もりびとさんだ)(もりびとさん、こんにちは)(もりびとさん、あっちの木に美味しそうな果実が実ってたよ!行こうよ!)と天真爛漫に声をかけてくる。
「あぁ、行こうか...。お前たちは相変わらず元気だな」
そう言いながら、表情をほころばせる。
動物たちと一緒に森を進んでいると、遠くで人間の悲鳴が聞こえる。
ただならぬ雰囲気を感じたため、ベルゼは駆け足でそちらへ向かう。動物たちは(もぉー、ほっとけばいいのにぃ)とぶつくさ文句を言いながら、ベルゼについて行く。
到着すると、飢えたジャガーが青年に襲いかかる寸前だった。ベルゼはジャガーの頭を掴み、「止めろ、喰うな。…碌な事にならないぞ」とそう言いながら微弱な電流を流す。電流が流れてきたことに恐れを抱いたのか、ジャガーはその場から去り森の奥深くに消えて行った。
難は去ったかと思い助けた人間の方に目をやり、「…おい、大丈夫か?」とベルゼは人間に声をかける。
助けられた青年の方はというとジャガーに襲われかけた恐怖に加わり、ベルゼの人間離れした巨躯、血のように赤い眼、ギザギザとした歯を見て、恐怖が限界に達したようで「…ひっ、ばっ化け物っ…!!くっ喰わないでくれえええぇぇぇぇ!!!!」と脱兎のごとく、走り去ってしまった。
その一部始終を見ていた森の動物たちは、(わぁ!なんて恩知らずな奴!)(もりびとさんは助けてくれただけなのに!)(お礼を言わないなんてゆるせないぞ!)と口々に逃げていった人間に対して罵詈雑言を吐露する。
「止めないか、別に俺は気にしてねぇ」とベルゼは動物たちを諭す。(でも…)としょんぼりする動物たちに「…それに、さっきの人間は街のある方向に走っていった。なんとか助かるはずだ」「…さぁ、行こうか」とベルゼは前に歩みを進める。
数日後、ベルゼは自分が祀られていた神殿(ばしょ)が今どうなっているのか、こんな自分をまだ信仰しているものなどいるのだろうか、とほんの少し気になっていた。
「…行ってみるか…」と、家を出る。
向かう道中、(もりびとさん、どこいくの?)と動物たちが楽しそうについてくる。
気になるといっても、自分の風体は理解している為、人気の多いと思われる所の神殿は辺りが一望できる大きな木に登り、確認した。
最初に見た神殿は人間の住居になっていた。小鳥たちからは街の権力者の住居だと、そう教えてくれた。
次に見た神殿は周囲に人気がない、そう判断した為、近くまで行ってみた。すると、手酷く破壊されており、目も当てられない状態だった。自分を快く思わない者たちが破壊したのだろう。動物たちは(酷い有様だ!)(こんなにする必要あるの?!)と怒りを口にした。動物たちの怒りをほどほどに静め、その場を後にする。
日も陰り出したため、次見に行く所で終わりにしようと思い、向かう。
最後に行った神殿は、まだ小綺麗に残っていた。自分を信仰しているものがいる?そう思い
近づこうとした。すると、人気がある。
こんな森の中で?少し訝しみながら、ベルゼは背の高い木に登る。すると、自分を誤った方法で信仰している者たちの拠点になっており、今まさに儀式の真っ最中だった。
…あぁ、酷いものを見た。悲鳴と鉄臭い匂い、信者たちの歓声、全てが狂気的だった。
即座にその場を離れ、自宅へ走り戻った。
自分の信仰は、神殿は、分かりきっていた事だが散々な状態であった。…それも、そうか。自分にそんな価値があるとは思えない。内心「俺はこのまま怪物から魔に堕ちるのも時間の問題か...」とルシファーに抗いながらも、どこか諦観してしまっていた。
自宅付近で、人肉を喰いたいという衝動、呪いが発作的に起きた。身体中にある模様が赤く妖しく光だす。苦しい…、喰いたくない…、そう思考しながら、その場に蹲る。
「ぐっ……ぅぅぅっ………うぅ……」と呻き声が漏れる。そうしていると、大きな羽ばたき音が聞こえる。
『ふふふ、苦しんでるみたいだね。ベルゼブブ♡』『…まぁだ、堕ちてなかったんだね。かわいいねキミは』…ルシファーだった。幼い少女の姿ではあるものの邪悪な雰囲気を醸し出していた。
「ぐっ……ぅっ…お゛前……何の用だっ……!」ベルゼは精一杯ルシファーを睨みつける。
『ふふふ、いい表情だね。ボクその顔だァいすき』睨まれていることをもろともせず、ベルゼに近づき、ベルゼの顔を両手で支えるように持つ。
『どぉして抗っちゃうかなァ、自分から辛い方に行って、苦しいのが良いの?』ニチャニチャとルシファーは恍惚とした表情で言う。
「ぐっ…良い訳…ね゛ぇ……だろ…っ!!」
そう言うと、ベルゼはルシファーに向け雷撃を喰らわせる。見事に直撃する。
しかし、ルシファーは、『あ゛はぁ゛…、気持ちいい♡相変わらず良い雷撃だねェ』と心地よさそうに言う。
ベルゼはルシファーに怒りを感じながらも、自身の理性を保つために、その場に蹲り唸り声をあげるしか出来ない状態にあった。
『ふふふ、可愛い…愛おしいなぁ♡ボクのベルゼブブ♡』とその様子にルシファーはニタァと口角を上げ、再びベルゼの顔を両手で支えるように持ち、頬を撫でる。まるで、怪我をした動物を労るように、自分で嬲った生き物を苦しんでいるのを見て喜ぶ捕食者のようだった。
すると、ルシファーは何かを思い出したようにベルゼに話し始める。
『そういえばさ、ベルゼブブ。』
『最近、人間(ゴミ)を食べたでしょ?』
『まぁ、生きた人間(ゴミ)じゃなくて、死んでる人間(ゴミ)を食べたみたいだけど』
『…我慢出来なかったんだねェ、憐れだねェ…。でも、そんなところもボク大好きだよ』
そうニタニタ顔でルシファーは言った。
ベルゼは血の気が引いた。………コイツに見られてる。いちばん見られたくない所を、人間の死体を貪るように喰ってしまった所を……。
その様子を見て、ルシファーはさらに気を良くしたのか、興奮したのか、頬を紅潮させ、にぃぃと嗤う。
『でもさぁ、食べたのぜぇんぶ吐き戻してもいたねェ...』『そぉんなにボクのものになるのが嫌なの?抗っちゃってさ』『ボクはこんなにこぉんなに、だいすきなのにさァ』
ルシファーはそう言いながら、ベルゼの頬に自身の頬を擦り付ける。
「うっ…ゔぅぅぅ……や゛っ…めろ゛……」
ベルゼはルシファーを振り払おうとするが、上手く力が入らず、振り払えない。
『んー、もしかして…耐性ついちゃったのかなァ』
うーむ、とルシファーは少し考えて、何かを閃いたのか、ニチャアと口角を上げ、おもむろに自身の舌を噛み、血を出す。
そして、抱きつきベルゼの唇を奪う。深く、深く。
ベルゼは驚愕し恐怖した。なにせコイツの血は自分を陥れたおぞましい、忌々しいものだ。
ベルゼはルシファーを引き剥がそうとするが、かなりの力で抱きついているため、離れない。
「っ……はァっ……止め゛…ろ……ゔっ...…ぁ…」
『んッ…あぁっ……、ボクの血、しっかり飲んでね、ベルゼブブ……っ……はぁっ…』
血が、大量に喉奥に流し込まれる。舌を絡めてくる。うまく力が入らない。飲みたくないのに流れてくる。
一頻りすると、ルシファーはベルゼから離れ、空を羽ばたく。すると、ベルゼの身体中の模様がさらに赤く光り、模様が侵食していく。
「ゔぅぅぅぅぅっ………、クソッ……カハッ……」
『ふふふ、あ゛ははははははぁ゛…、辛いねェ苦しいねェ。そのままこっちに堕ちておいで、ベルゼブブ♡』『ボクは、ずうっと待ってるからさ』
そう恍惚とした表情で、ルシファーは宵闇に消えていった。
その後、ベルゼは暫く動けずにいた。
苦しい、つらい、口の中が鉄臭い、不快だ、早くなんとかして、この感覚を払拭したい。擦り切れそうな理性でそう思考する。発作はまだ収まりそうにない。
…消えてしまいたい。いっその事、自分の存在など、なくなってしまえば良い。そう考えなくてもいい考えに囚われてしまいそうになっていた。
…………喰イタイ、肉ガ。人間(ヒト)ノ肉ガ…
止めろっ…。
喰イタイ喰イタイ喰イタイ、喰ワセロ
止めろ、止めてくれっ…!
俺はそんな事はしたくない!
自分の奥底に居る獣性、怪物性を必死に抑えるも、身体はムクっと立ち上がり、フラフラと歩き始める。
「人間(ヒト)……ドコダ…、喰イタイ…」身体中の模様が、瞳が赤く妖しく光り、口から少し涎が垂れていた。さながら獲物を探す肉食獣のようだった。
すると、人間が倒れていた。恐らくもう死んでいる。森に迷ってそのまま…といった感じだろう。
アァ、見ツケタ。喰オウ、喰イタイ。手を伸ばそうとした。
ガブリ…
ベルゼは、自分の腕を噛んだ。
「フーッ、フーッ、ゔぅぅぅぅぅぅぅ!」ベルゼは力いっぱい自分の腕を噛み、理性を保つ。
巫山戯んなっ!喰ってたまるかっ!!ルシファー、アイツの思い通りになるのは御免だ!!
少しでも喰いたいと思ってしまった自分を恥じつつ、木に背を預け、発作が収まることを願い、目をつぶった。
気が付くと朝日が昇っていた。どうやらそのまま気を失って眠ってしまっていたらしい。
念の為、自分の口を拭った後、前に目をやる。人間の遺体は綺麗な状態を維持していた。あぁ、喰ってなかったとほっとした。
このままにしておくのも良くないと思ったベルゼは、遺体を埋葬した。
(もりびとさん…)(だいじょうぶ?)動物たちが心配そうに近付いてくる。
「お前たち…」
ベルゼは近付いてきた動物たちに優しく触れた後、
「…あぁ、大丈夫だ」
そう言い、その場を後にした。
あれから、数ヶ月、いや幾つ経った頃、
ベルゼは自宅近くの見晴らしの良い崖に腰掛けていた。今もなお自分は抗いもがいている。決して心地いいものではない、楽になり魔に堕ちてしまえば楽かもしれない。自分はそこまで大層すごい存在ではないと今でも問答し続けている。
だが、そうであっても、無いとしても、
自分の事を大事に思う者が、居たとしたら
「俺は、……そいつの為の存在になりたい」
誰に言うでもなく、ひとりごとのように呟く。
自宅の方から、自分を呼ぶ青年が見える。
ベルゼは、フッと微笑んだ後、いつもの顔をして立ち上がり、崖を飛び降りた。
エルベル外伝
to be main story…?
緑雷の虎 @belze396
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