第21話 天使はついて行きたい
孤児院を離れ、街を歩く。
「ごめんね、ヴィーテル君。気分、悪くなっちゃったでしょう」
「……ううん」
彼はフードを被っていても分かるように首を振って、私を見上げた。青色の目が、辛うじて見える。曇り一つないサファイアのような青。その光沢は、磨かれた水晶のようだ。
「ぼく、どうなるの?」
「心配しないで。あんな孤児院にあなたを預けるくらいなら、私があなたと一緒にいてあげるから」
「……ほんとう?」
「もちろん」
私は微笑んで、彼の頭を撫でる。彼は俯いてしまったが、嫌がられてはいないので止めない。子育ての経験はないが、孤児院にいた彼よりは子どもに優しいという自信はある。
『ラーシェは優しいからね。ヴィーテル君も一緒に旅をしようよ!』
リュビアが楽しそうにそう言う。彼を連れていくのであれば、必然的に一緒に旅に行くことになる。
「ねえ、ヴィーテル君。あなたも、私達の旅についてくる? 九つの国を回る旅だから道のりは長くて危険も多いから、絶対に安全だとは保証できない。けど、一緒にいることはできる。できるだけ、あなたが自由で楽しく生きられるように、手伝うよ」
あなたのことは守るから大丈夫、と言いきれたらよかったのだが、本当に何が起こるのか分からないのだ。現在の各王国がどうなっているのか詳しい状態も分からない今、様々な事態を想定しておくべきである。
『ヴィーテル君がついてきてくれたらとても嬉しい! もし一緒にいられるのなら、私のことも伝えていいかな?』
『もちろん、いいよ』
リュビアにとっても、ヴィーテル君がいてくれた方がいいだろう。彼女の年齢は分からないが、私よりも確実に彼との方が年は近い。私はそれほど話上手ではないし、彼女と彼は若者同士、仲良くなれると思う。
ヴィーテル君の返事を待っていると、彼は顔を上げて小さな声で呟いた。
「ぼく、いっしょに行きたい」
『やった! これからよろしくね、ヴィーテル君!』
「良かった。これからよろしくね、ヴィーテル君」
にこりと微笑んで青い目を見ると、彼も微かに笑みを浮かべてくれた。
大通りを歩き、目に入った棒付き飴を購入した。ヴィーテル君に手渡し、リュビアも羨ましそうに見ていたので私の分を少しずつあげることにする。流石に小鳥姿の彼女が飴を食べていたら、怪しまれるだろう。
「ありがとう……ラ、ラーシェリア、さん」
「ラーシェ、でいいよ」
「……ラーシェ? ラーシェ。ありがとう」
「ふふ。どういたしまして」
とても可愛らしい。もっと沢山のお菓子を買ってあげたくなる。彼が欲しそうにしたものは、何でも買ってあげよう。彼は今まで、望むように欲しいものを得ることができなかっただろうから、このくらいはしてあげたい。
『あ! 見て、ラーシェ。あの串焼き、おいしそう!』
もちろん、リュビアにも好きなものを買ってあげるつもりだ。彼女は甘いものよりも肉系の方が好きらしい。竜であることが関係しているのだろうか。
リュビアが食べたいと言ったものやヴィーテル君が食べたそうに見ていたものを買っている途中で、知らない人に話しかけられた。
「あの、すみません。私、最近この辺りに来て、道が分からないのです。教えていただけませんか?」
旅人らしき女性が地図を持って、私に近づいてくる。どこか、距離が近い気がする。
「私もつい最近こちらに来たばかりで、全然詳しくありませんよ」
「冒険者ギルドは、どこにありますか?」
詳しいことは知らないから他の人に声をかけてくれと言外に伝えたつもりだが、聞こえていなかったのか彼女は地図を私に見せつけるように広げた。
「あの、私はそれほど詳しくないので、別の人に聞いてくださいませんか?」
「今この場所は、どの辺りなのでしょう」
どうしてこんなにもぐいぐいくるのか。面倒に感じたので、さっさと彼女の相手をしてしまおう。
ヴィーテル君の手を一瞬だけ放して地図を受け取り、ざっと現在の場所を見る。が、この場所であると確定できるフェロスがない。
「……この地図、違う場所のものではありませんか?」
「あら! 間違えてしまいました。こっちです、こっち」
彼女は笑みを浮かべたまま、かばんから別の地図を五枚ほど取り出す。彼女はそのままそれを一枚ずつ開いて確認し始めた。あまりにものんびりとしているので、待っていられずに私も開いてみることにした。
二枚目に開いたものが、フロンティアの地図らしきものだった。フェロスもあるし、フロンティアの一番の目印でもある大塔もある。
「えっと、今私達がいる場所は……ちょっと待ってください。これ、かなり古いものですよ」
「あら! また間違えてしまったのね。それはコレクション用なの。今のものは……」
顔が引きつりそうになるのをこらえながら、ヴィーテル君が手持ち無沙汰にしていないか、彼の様子を見ようと視線を動かす。しかし、彼はそこにいなかった。
「すみません。別の人に聞いてください」
私は慌てて辺りを見渡し、女性から離れる。彼女が何か言っていたが、全く耳には入ってこなかった。
『リュビア! あの子、どこに行ったか知ってる?』
『え。ほんとだ、ヴィーテル君がいない! ごめん。わたし、見てなかった』
私も、彼女に気を取られてヴィーテル君から意識が離れていた。私の責任だ。早く彼を見つけないと。人攫いであった場合、大変なことになる。
魔力探知を行いながら人通りが少ない路地に抜けると、微かに魔力反応がある場所を見つけた。それを調べていると、近くから誰かの話し声が聞こえてきた。
「……うまくいったの?」
「ああ、よくやってくれた。これが約束のものだ」
向こうから見られないようにそっと様子を窺うと、先程私に道を尋ねてきた女性が、柄の悪そうな男性から何かを受け取っているのが見えた。
やられた。あの女性は、私の気をヴィーテル君から逸らすために、仕組まれた存在だったのだ。
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