第20話 魔女、孤児院を訪れる


 食べている途中に、少し話をしてみることにした。ヴィーテル君の警戒心も大分解けてきたのではないか、と自分では思っている。


「ねえ、ヴィーテル君。明日、一緒に孤児院に行ってみる? 入るかどうかはその時に決めよう。あなたの気持ちが一番大切だし、あなたが一番望む結果になるように、私も最後まで協力するよ」


 私の言葉を、彼は静かに聞いている。孤児院というのはその名の通りに、魔物の襲撃や冒険者の親の戦死、疫病などで親を失った子供達を保護する場所の名称である。昔は孤児の子ども達が多かったが、今はどうなのだろう。


 料理道具を片付けてから、彼が食べていた肉とスープがなくなったタイミングを見計らい、再び声をかける。彼の瞼が段々と下がっているので、眠いのだろう。


「今日はもう遅いから寝ようか。ここは安全だから、ゆっくり休んでね」


 私が立ち上がると、ヴィーテル君も同じように立ち上がった。彼の隣に並んで、ベッドまで連れていく。


「最近、ゆっくり眠れていなかったんじゃない? 布団は温かいから、ぐっすり眠れると思うよ」


 戸惑うように私とベッドを見比べるように見ていた彼だが、眠気には勝てなかったのか、布団に潜り込むように寝転んだ。私はベッドを背にするようにして座り、彼の手を握る。


「…………る?」


 彼が眠るまでこうしておこうと思っていたら、微かに声が聞こえた。


「……そばに、いてくれる?」


 まるで、縋りつくような言葉だ。私はひどく悲しくなって、握っていた彼の手に力を込める。


「そばにいるよ。私は、あなたのそばにいる」

「……ありがとう」


 にこりと、彼は微笑んだ。初めて見る彼の笑みは、とても寂しく見えた。


 彼が少しでも穏やかになればいいなと思いながら優しく頭を撫でていると、やがて一定の寝息が聞こえてきた。ただ、ぎゅっと握られている彼の手は放したくない。


「リュビア。ベッド、一人で使ってね」

「えー。これ、わたし一人じゃ広々としすぎて落ち着かないんだよ。だから、ラーシェの近くで寝る」


 ベッドが一つ余るのでリュビアに使ってもらおうと思ったが、彼女は首を振って私の肩に飛び乗った。そしてすぐベッドの上に乗り、ヴィーテル君の足元辺りで丸くなる。


「誰かの近くで寝た方が、温かいんだ」


 そう言った彼女は、すぐに眠りに落ちた。





 翌日。私達はフロンティアの孤児院を訪れた。ヴィーテル君が望んだので先日と同じようにローブを着せて、彼の手を握りながら敷地内に入る。


 建物は、豪華な装飾はないが、丁寧に手入れされていることが分かる木造の二階建てである。壁は明るいアイボリー色に塗られ、窓枠は清々しい青で縁取られている。家の前には小さな菜園と遊び場らしきものがある。今の時間、外には誰の姿もない。周りは高い木柵で囲まれていて、外と中を分離しているようだ。


「こんにちは」


 建物の中に入り、声をかける。すると、数名の子ども達が駆け寄ってきた。


「おねえちゃん、こんにちは!」「ぼくたちといっしょにあそんでくれるの?」「いっしょにあそぼう!」「外に出たい!」


 子ども達は私を囲んで口々に話す。私はどう対処したらいいのか分からずに曖昧に微笑んだ。ヴィーテル君が繋いでいる手に力を込めたので、子ども達に少し離れるように伝える。すると、彼らはすぐに言うことを聞いて離れてくれた。


「大人の人達は、どこにいるの?」

「あっち!」「ついてきて!」


 孤児院について詳しい話を聞きたいと思って子ども達に問いかけると、彼らは我先にと私の開いている方の手を取った。そのまま彼らについて、廊下を歩く。清潔にされているが、何となく物悲しい雰囲気だ。


「あなた達は、毎日何をしているの?」

「おべんきょう!」「おべんきょうしてる」「まほうのれんしゅう」「ぜんぜん、あそべないの」


 子ども達の発言が気になる。顔色や健康に問題はなさそうに見えるが、全体的にあまり元気がない。


 周囲を気にしながら歩いていると、向かい側から一人男性がやってきた。彼の姿が見えた途端、子ども達は走ってどこかに去っていった。男性は笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。


「おや。これはこれは、お客人ですかな?」

「こんにちは。孤児院についてのお話を伺いたくてこちらに寄らせていただきました」

「もちろん! よろしいですとも。では早速、そちらのお部屋でお話をいたしましょう。その子は、一旦私達の方で預からせていただきますね」


 男性がヴィーテル君の手を掴もうとしたのを躱すように、一歩後ろに下がる。


「この子は人に慣れていないので、気遣いをお願いします」

「……おや、そうなのですか。それは、お気の毒に」


 彼はそう言って手を引いたが、その顔は不満そうだ。とても印象が悪い。


「あなた様は、その子とどういったご関係なのですか?」

「色々あって、今は私が彼の面倒を見ています」


 詳細を言うと面倒なことを問われるかもしれないので、断定を避けて言った。面倒を見ていると言っても出会ったのは先日だが、嘘はついていない。


「そうでしたか、失礼しました。子どもを受け入れるにあたって、その子のについて詳しく聞かせていただきたいです。まず、その子の種族は何ですか?」

「……そんなこと、今聞く必要あります?」

「ええ。他の子ども達との関係もありますので、重要な情報ですよ」


 彼の目が、つべこべ言わずにさっさと言えとばかりに私を見ている。感じが悪い。ヴィーテル君を見ている目も、温かみがない。まるで、品定めをするかのような目。


「……天使族です」

「天使族!? それは……素晴らしいですね! 是非とも、我が孤児院で受け入れさせていただきたいです」


 仕方なく言うと、彼はさっきまでの面倒くさそうな態度を一変して、話に食いついてきた。


『こいつ、絶対ダメな奴だ! 怪しさがぷんぷん漂ってくるよ』


 肩に乗っているリュビアがそう言う。私も彼女に賛同だ。こんな人に、ヴィーテル君を預けられるはずもない。彼はずっと握っている手に力を込めていて、きっと我慢しているのだろう。彼には、悪いことをしたかもしれない。


「……色々考えさせていただきたいので、また別の日に訪れさせていただきます」

「そうですか。お待ちしておりますね」


 その場から離れたくて適当な言い訳をしたのだが、彼はすんなりと私達を帰してくれた。もっと粘ると思ったのだが……何やら、きな臭い。

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