第10話 魔女、買い物をする
ギルドを出て、街をぶらぶらと歩く。時折私に視線が向けられ、その中に悪意があるものも紛れている。お金が入った袋を直持ちしているのに加え、私は女なので、警戒心が薄い良いカモがいると思われているかもしれない。
気分がいいことではないので、いち早く入れ物を手に入れたい。そう思っているうちに、雑貨屋が見えてきた。
『まずはどこに行く?』
「すぐそこに雑貨屋がありそうだから、行ってみようか」
そう言いながら、店の中に入る。店内には、天井まで届くほど高い棚が壁一面に並び、見たこともないような奇妙な品々が所狭しと積み上げられていた。
店の中央には、宙に浮かぶ光の球がゆらゆらと揺れ、柔らかな光を店全体に放っている。魔力反応が感じられるので、何らかの魔道具なのだろう。
『わぁー!! おしゃれなお店だね。見たことのない物がたくさんあるよ!』
明るい店内には天井まで届くほど高い棚が壁一面に並び、通常雑貨や魔導具が所狭しと積み上げられている。リュビアが興奮したように声を弾ませていて、私は彼女によく見えるように棚に近づいた。魔導具の傍には説明が書かれた紙が置かれているので、見たことのないものでも何に使用するのかは理解することができる。
「私も見たことがないような魔導具が並んでいるね。興味深いよ」
一つ、目に付いた魔導具を手に取る。『冷却の魔石』だ。手に持つと周囲を冷やす効果を持ち、夏の暑い日や、食料の鮮度を保ちたいときに重宝する。これは、私が外にいた時にもあった。が、当時よりも遥かに魔力効率が良くて効果が強そうだ。
『この方位磁針も魔導具なの?』
「そうみたいだね。地図がなくても、行きたい場所の魔力を込めることができたら針がその方向を指してくれるみたい」
なんとも便利な魔導具だが、目的地の魔力が込められなければただの方位磁針になりそうだ。宿屋を指定しておいたら迷子になることはなくなるという点では、冒険者にとって役立つ物かもしれない。
『じゃあ、あの鈴は? 一見、ただのおしゃれな鈴だね』
「『罠探知の鈴』といって、仕掛けられた魔法の罠に近づくと音を鳴らして警告してくれるらしい。罠に関しては、常に魔力感知をしておけば問題はないから、私には必要ないかな」
『見て! あの砂時計、かっこいい』
「わあ。凄い値段。金貨三枚だって。『時を止める砂時計』……今ではこんなものが魔導具になっているんだ」
『金貨三枚!? 高すぎる……』
砂が落ちきるまでの間、周囲の時間を止めることができる魔導具らしい。能力が強すぎるから、こんな高い価格なのだろう。流石に、連続で使用することはできないと説明にも書かれている。時止め魔法は高難易度で使用が難しいのに、今では魔導具に落とし込むことができているんだ。魔法の発展を実感する。
しばらく色々な魔導具を見ていると、入れ物が多々並んでいる棚の前に着いた。
『かばんコーナーみたいだね。たくさんかばんが並んでる』
リュビアが興味を持ったかばんを二つ手に取って並べ、機能性を見る。左のものは色が明るくおしゃれ重視、右のものはコンパクトで使い勝手がよさそうだ。
『見た目は左のやつが可愛いけど、使い勝手は悪そうだね。右のやつは、魔導具?』
「このかばん、リュビアが前に言っていたように、空間に収納できるものみたいだよ」
まさか、これほど魔導具の機能が上がっているとは思わなかった。空間収納の魔導具なんて、開発するのにかなりの時間を有したことだろう。大層値段も高いのではないかと思って値札を見た。
「銀貨十枚、か」
『銀貨十枚!? わたしたちの全財産の、五分の一じゃん。これ、そんなにすごいかばんなの?』
「すごいかばんだよ。見た目は普通のかばんだけど、中には空間が広がっているんだ。上限はあるけど、大量の荷物を収納できるみたい。良いね、このかばん。欲しいな」
大荷物を持って移動はしたくないので、身軽に行動できそうなこのかばんはかなり理想的だ。他に絶対に買いたいものも決まっていないので、買ってもいいかもしれない。これと同じような機能を持つ、これよりも大きなかばんもあったが、値段が桁違いに高くなる。収容量が増えれば増えるほど、値段も高くなっていくようだ。
「他の物をざっと見て、他に欲しいものがなかったら買おうかな」
『旅を快適にするため、出費は惜しんでいられないもんね!』
かばんを手に持ったまま、他の物を見て回ることにした。旅に役立ちそうな魔導具を見ながら歩いていると、料理道具が並んでいる場所まで来た。肩に乗っているリュビアは気分が上がっているのか、体が動いている。
『料理道具がいっぱいだ! 見慣れたものから本格的なものまである。テンションが上がるなぁ』
リュビアが楽しそうにそう言ってぱたぱたと羽を振る。私は手近の道具を取って、彼女によく見えるように持つ。
「これが、王道の折りたたみ式鍋。持ち手を折りたたんでコンパクトに収納できるんだ。簡単にお湯を沸かせて、スープを作ったり蒸し料理を作ったりできるよ」
『へぇ~。それ、いくらなの?』
「銀貨五枚だって。折角なら、フライパンも一個買っておこう。お皿、携帯用のフォークとスプーン、ナイフも欲しい。……この魔導具、持っておきたいな」
目に入った道具が全て欲しいと思えてしまう。夢中になって見ていると、リュビアの呆れた声が聞こえた。
『わたしよりもラーシェの方が、テンション上がっているじゃん』
「……ああ、ごめんね。でも、これは全部買おうと思う」
無駄遣いなどではない。冒険者が自給自足をする際に必須のものを集めているだけである。私が初めて見た、この魔導具は特にほしい。中に入れた食材の腐敗を遅らせる効果が付与された袋で、新鮮な素材を保存することができるらしい。少々価格は弾むが……お腹を崩さないためだ。
「かばんを含めたら合計、銀貨三十枚になる。二十五枚は残せるし、調味料を少し集めてみて、後は宿屋のために残しておこう」
『これで、冒険中もごはんが美味しく食べられるね!』
買ったかばんにお金が入った小袋と料理道具を入れ、別のお店に寄る。そこでは、リュビアとあれこれ言いながら定番の調味料セット(銀貨五枚)を購入した。
しばらく街を歩いていたら日が傾いてきたので、宿屋に向かうことにした。ギルドの隣にある宿屋は、太い丸太と石材で堅牢に建てられている。入口には木製の看板が吊り下げられ、ランプの灯りが揺れている。外観から、温かな雰囲気の宿だということが伝わってくる。
中に入ってカウンターの前に立ち、部屋が空いているかを尋ねる。
「お一人様ですか?」
「はい。一人用の部屋を一泊、お願いします」
「承知しました。部屋は一〇六号室になります。失礼ですが、料金は前払いとなっています。銀貨一枚です」
かばんから銀貨を一枚取り出して手渡す。宿屋の価格は、昔と特に変わってはいない。その点、安心した。
「ありがとうございます。近くには食事処や酒屋など沢山ございますので、夜ご飯の際には是非ご利用ください。当宿には朝食はついておりませんので、ご了承ください」
「分かりました。ありがとうございます」
頭を下げ、鍵を受け取ってカウンターを離れる。軽く地図を見ると、一〇六号室は二階であることが分かった。
『旅館みたいな宿だ。一泊銀貨一枚って、かなりリーズナブルだなぁ。どんな部屋なのか、楽しみ』
リュビアは楽しそうに羽を振っている。彼女の言葉に頷きながら階段を上り、一〇六号室の前に立った。鍵を開けて中に入る。部屋の中には、寝台一つと小さな机が置かれていて、広いとは言えないが休むには十分な空間だ。
『ベッドだ! ベッドだよ!』
今まで自由に動けなかったリュビアは翼を広げ、ベッドに飛び込んだ。ここでは人の目もないので、幻影魔法は解いておく。
「魔物の魔力反応を感じることもないし、きっと落ち着いて寝ることができるよ」
毛布に体を埋めて楽しんでいるリュビアを見ながら鍵をかけてかばんを机の上に置き、椅子に座る。すると、自分がとても疲れていることに気が付いた。どっと疲労が押し寄せてくる。
「ふわぁ。寝ころんだら急に、眠気が……」
ごろごろと動いていたリュビアはそう言って、目を閉じた。そのまま、彼女から寝息が聞こえてくる。そんな彼女の様子を見ていると、私も眠気を感じてきた。折角ならと、ローブと靴を脱いでベッドに乗り込む。
リュビアの邪魔にならないように端に寄りながら仰向けに寝ころび、天井をじっと見つめる。これからのことを大まかに考えようかと思ったが、徐々に瞼が下がってきて、気が付いたら眠りに落ちていた。
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