第9話 魔女、お金を得る


『お金、お金~いくらになるのかな~』


 リュビアは上機嫌に鼻歌を歌っている。受付の女性の反応から、これらの素材はかなり高額で売れるかもしれない。


 私は換金所の列に並んでいる。素材を渡す場所とお金を貰える場所は別のようだ。交換する場所は広く数人体制で鑑定をしているようなので、順番はすぐに回ってきた。


「次の方、どうぞ」


 前に並ぶ人がいなくなって、私の番になった。カウンターに寄って、持っていた即席かばんをその上に置いた。


「こ、れは……」


 カウンターにいた女性が、私が置いたかばんを見て目を見開いた。


「少々お時間をいただきます。そちらに座ってお待ちください」


 私は頷いて、ソファーに腰かけた。私の即席かばんはカウンターの奥の机に運ばれ、素材が並べられていく。


『そういえば、この世界のお金事情はどんな感じなの? ファンタジー世界だったら、金貨と銀貨とかありそう!』


 リュビアに問いかけられたので、私は横目で肩に乗った小鳥姿の彼女を見た。


『その通り。あるのは金貨、銀貨、銅貨の三つだよ。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚と同価値になる。指標として、銅貨五枚パン一つ、銀貨十枚で片手剣が買えるくらいだよ。……私がまだ街にいた時のことだから、最近のことは分からないけどね』

『百枚! じゃらじゃらしてかさばりそう』

『かなりかさばるけどそれほど重くはないよ。金貨は重いけど、金貨を大量に持つことはないだろうし』


 旅をする時には金貨も数枚持っておきたいが、そのためにはいくつ依頼をこなさなくてはいけないのだろう。一気に大金を稼げる仕事があればいいのだけど……。


『銅貨一枚で百円だと仮定すると、銀貨一枚が一万円、金貨が百万円! わぁ、金貨を一枚持っているだけでお金持ちだ!』


 リュビアの話を聞いたり時折質問に答えたりしながら待っていると、女性が私の前まできて呼びに来てくれた。立ち上がって、彼女の後に着いていくと、ベテラン鑑定士と思われる男の人が待っていた。


「これらの素材は全てあなた一人で集められたのですか?」


 男の人に聞かれ、私は頷く。


「全て、上級魔物の素材です。質も最上だ。あなたは冒険者なのですか?」

「私は……旅人ですよ」

「そうなのですか……。こちらが、換金したものになります。全部で、銀貨五枚です」


 銀貨五枚。上々だ。リュビアのために、調理器具をいくつか買うこともできるかもしれない。


「この入れ物は、どこかで購入されたものですか?」


 彼は作った即席かばんを指さす。受付嬢の人にも聞かれたが、このかばんには何かあるのだろうか。


「いいえ。私が適当に作ったものになります」

「この素材は、どうされたのですか?」

「そこら辺に落ちていたものを使いました。……これ、何の魔物のものなのですか?」


 ここまできたら、このかばんが目に付けられる理由も察する。使っている素材が、珍しい魔物のものなのだろう。大きな蛇型魔物だろうとは思っていたが、具体的に何なのかは分からなかった。私の目はそこまで肥えていない。受付の女性は、一目見ただけで気づいたということだろうか。


「ヒュドラの抜け殻です」

「……ヒュドラ?」


 男の人の言葉に、私は思わず目を瞬いた。


『ヒュドラって、わたしも聞いたことあるよ。頭がたくさんある蛇でしょ?』


 リュビアがそう呟いた。ヒュドラとは、上級魔物よりも強力で危険度が高い魔物の区分である特級魔物である。特級魔物が街に現れたら最後、間違いなく街が壊滅するだろう。そのくらい、危険な存在である。討伐した者は、初級冒険者であっても一気に上級冒険者になれるとも言われている。


 ヒュドラの抜け殻があったということは、私が転移した場所の近くにいたということになる。フェロスにヒュドラがいることはあるかもしれないが、ヒュドラがいるかもしれないところで私は無防備に眠っていたということになる。


「どのあたりで見つけたのですか? 街に近い場所だと、大変なことになる……」

「フェロスの奥地です。詳しく理由は話せませんが、この街に近い場所ではないかなり遠くの場所ですから安心してください」


 どうしてフェロスの奥地にいたのかと問われたら、答えるのに困る。だが、嘘をついて下手なことを言う方が怪しまれる。


「ヒュドラの皮、貴重品ですよね。このかばん、お渡ししましょうか?」

「ええっ!?」


 私が提案すると、男の人と女性にとても驚かれた。


「ボンの実で接着してるので価値は下がると思いますが、多少は使えるでしょう。あ、もちろんただで、ではありませんよ。適正価格との交換でお願いします」

『ラーシェ、ちゃっかりしてる』


 リュビアがそう言っているが、ここは稼ぎどころだろう。入れ物は別に調達すればいいし、私が持っているよりも他に詳しい人の手に渡る方が、役に立つ。


「勿論、勿論でございます!! 銀貨三十枚でいかがでしょう!」


 おお。思っていたよりも高額だ。だが、こういう時は交渉が大事だと聞いたことがある。


「銀貨三十枚、ですか……」

「ご、五十枚! 五十枚は!?」


 食い気味に男の人がそう言ってくる。私は少し迷う様子を見せただが、気が変わって別のところに持っていかれるかと思われたのだろうか。交渉はそこまで得意じゃないので、ありがたいことだ。


「それでお願いします」

『銀貨五十枚。一気にお金持ちだ!』


 リュビアが喜んでいる。彼女が見つけてくれたものがこんなにも高価格で売れるとは……。料理器具一式をそろえて、いくつか調味料を集めてみてもいいかもしれない。


 換金所の人達が慌ただしく動いている姿を見ていると、周囲の冒険者達の視線を感じた。会話が聞こえていたのだろう。お金を貰ってからも、盗まれないように注意しておく必要がありそうだ。


『入れ物がなくなっちゃったら、お金はどこに入れるの?』

『うーん……。簡易の袋だけもらって、すぐにを買いに行こうか』


 銀貨がたくさん入っているであろう小袋を差し出され、私は感謝の言葉を告げながらそれを受け取った。銀貨では不都合なこともあるので、一つの袋は銅貨百枚にしてもらっている。


「あの、もしよろしければ、あなたのお名前を教えていただけませんか?」


 男の人に問いかけられ、私は軽く微笑んで言った。


「ラーシェリアです」

『肩に乗っているのは、相棒の竜リュビアです』


 リュビアの声は、当然彼らに聞こえてはいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る