第8話 魔女と竜、街に到着する
リュビアと出会ってから十日ほど経っただろうか。ようやく街にたどり着いた。途中で何度か冒険者達と遭遇していたので近いだろうとは思っていたが、こうやって整備された道が見えてくると感慨深いものがある。
「ねえ、ラーシェ。わたし、ちゃんと鳥に見えてる?」
「大丈夫だよ。見た目は完全に鳥だし、魔力反応も特に違和感はない」
リュビアにかけた幻影魔法に気づいた人はかなりの実力者だろうし、私達に何か事情があるのだと察してくれることを願っている。
「よし。じゃあ、フェロスを抜けるよ」
『やっとうっそうとした森から出られるんだ! 美味しいごはん、食べられるかなぁ』
私の肩に水色の小鳥の姿をしたリュビアがとまっていることを確認して、進む。小鳥が言葉を発するのもおかしなことなので、思念会話を習得してもらった。この十日間だけで、リュビアは魔法の腕をどんどん磨いている。
『この辺りは道が綺麗だね。冒険者の人達もちらほらいる』
フェロスは魔物が群生しているので危険な場所ではあるのだが、街に近づくほど開拓もされているので、言いようによっては素材の宝庫だ。冒険者にとっては稼ぎどころでもある。
整備された道は直進なので、フェロスと街の境目がよく見える。大門を中心に強固な魔力防御が施された石壁が続いている。上空から魔物が侵入できないように、ちゃんと見えない防御壁も張られている。私が昔訪れた時よりも、はるかに強固になっているようだ。
これから狩りに出かける人達とすれ違う時、彼らの視線が私に一瞬移されるのは、この髪と小鳥のせいだろうか。
『見てみて! あの人、ケモ耳がある! あの人は、耳が長い! ファンタジーだ!!』
リュビアが興奮したように声を上げている。今まで出会った冒険者は皆人族だったので、彼女にとっては初めて見る人達なのだろう。
そのまま歩いて行って、ついに大門を通った。すると、まるで別の世界にきたかのように、雰囲気が一変する。街を縦断する大通りには所狭しと店が並んでおり、石造りの建物からはみ出すように並んだ店の軒先には、様々な魔道具が輝きを放っている。
『うわぁ! 綺麗……! 人がいっぱいだ!』
さっきからリュビアは興奮しっぱなしだ。落ちないように小さな声で注意して、人混みに巻き込まれないように歩く。とりあえず最初は集めた素材をお金と交換して、色んな道具を集めよう。そのためにもまずはこの街の地図を把握したいので、冒険者ギルドを目指す。冒険者ギルドは、魔物の素材を集めてすぐに売りにいけるような場所に位置することが多いので、フェロスからすぐ近くにあるだろうと思っている。
街に入ると様々な人々がいて、私もその喧騒に溶け込むので目立つことはない。犬型や猫型の魔物を連れている人もちらほら見られるので、もしかしたら今では使い魔をもつことは当たり前になっているのかもしれない。
「すごいな……。今では魔導具が街の中でもありふれたものになっている」
『ラーシェは今までこの街に来たことがあるの?』
「大分前のことだよ」
まだ隣に彼らがいた時だから、本当に昔のことだ。懐かしい記憶が蘇ってきたが、リュビアの前なので気弱な顔は見せられない。ずっと外界から遮断されていた場所ですごしていたので最新の情報は知らないが、新聞等で多少は情報を持っている。
冒険者が多そうな場所を目印に歩いていると、ギルドが見えてきた。街の中心広場近くにそびえるギルドの建物は、他の石造りの建物とは一線を画す、白く輝く大理石で造られている。屋根には、陽の光を反射して煌めく黄金の剣の紋章が掲げられ、ギルドの勇敢さと栄光を象徴している。
『フロンティア冒険者ギルドって書いてある。初めて見る文字なのに読めるなんて、不思議だなぁ』
私も視線を上げて看板を見る。この街の名前がフロンティアなので、そのままのギルド名だ。
リュビアが言葉を読めることに関してだが、転世人がこの世界の言葉を自然に話せるのと同じように、女神の加護があるのだろう。
ギルドの中に入る。入ってすぐ、冒険者達の賑やかな談笑が耳に入ってきた。掲示板は依頼が書かれた紙で埋め尽くされている。旅人らしき人からベテラン冒険者と思われる人まで、たくさんの人で賑わっている。
『人がいっぱいだ。みんな冒険者なのかな』
「素材とお金の交換も簡単にしてもらえるから、それ目的の人もいるとは思うけど、基本冒険者だろうね」
リュビアの問いに小さな声で答えながら、受付の前にできている列に並んだ。どこで素材を交換できるのかなど詳しいことは分からないので、聞いてみるのが手っ取り早い。
周囲の様子を伺いながら並んでいると、すぐに順番は回ってきた。若い女性に促され、私は彼女の前に立つ。
「どういったご用件でしょうか?」
「お尋ねしたいことがあります。これらの素材はどこで金品と交換して貰えますか?」
好意的な笑みを浮かべた女性に見えるように手に持っていた即席素材入れを見せると、彼女は微かに目を見開いた。
「ええっと……かなりの量ですね。お一人で取られたのですか?」
「そうです」
「まあ……。あなた様は冒険者でいらっしゃいますか? それとも、旅のお方?」
「旅人です」
質問の意図がよく分からず、私は首を傾げた。女性は落ち着きが無い様子で、後方をちらちらと見ている。
『ラーシェ、何かやらかした?』
『私は何もしていない』
『わ、びっくりした。急にラーシェから返事が来たら驚いちゃうよ』
リュビアの言葉に思わず反論してしまった。思念会話は私も行えるが、頭が疲れるので好んで使用したいとは思わない。そのため普段は使っていないが、時折こうやって返事することは可能だ。
「あの、何か問題がありましたか?」
「そういうわけではありませんが……あなたがお持ちのその入れ物、どこかで購入されたものなのですか?」
彼女にそう聞かれ、私は手に持っている即席かばんに目を向けた。まさかこれに何か問題が? 可能性として、使っている蛇型の魔物の抜け殻が彼女の目についたのかもしれない。
「いいえ。丁度いい抜け殻があったので、即席で作ったものです」
「即席で!?」
驚かれたが、ボンの実で軽く接着しただけなので丈夫なものでもない。
「そんなに良いものでもありませんよ」
「素晴らしいものですよ! それに、中に入っている素材も、上級魔物のものばかりではありませんか!」
女性は突然身を乗り出して言った。私はその勢いに、思わず一歩足を引いてしまった。周囲の人達の視線がちらちらとこちらに向けられているのが分かる。
確かに、集めた素材はほとんど上級魔物からとっている。ちなみにコカトリスは上級魔物だ。スキンウォーカーもそうである。初級魔物や中級魔物とも何度か遭遇しているが、素材はとっていない。
「すみません、取り乱しました。素材の換金所、ですね。左手に見えます角で行っています。軽く鑑定をしてから、硬貨をお渡しします」
女性は喉を鳴らして椅子に座り直し、落ち着いた様子で話を再開した。彼女が手で示した場所に目を向けている最中にも話は続く。
「もし冒険者として任務を受けた方であれば、素材の価格と任務達成報酬をどちらもお渡しすることになります」
『冒険者になった方がお得ってこと? ラーシェも冒険者になったら? わたしも冒険者になって色んな任務をこなしてみたいな~』
「もちろん、強要するわけではありません。ですが興味がおありでしたら、またこちらにおこしください。誰でも大歓迎ですから!」
私は元々冒険者になろうと思っていた。国を移動するときにただの旅人であるよりも、冒険者であるほうが都合がいいだろうから。ただ手続きに時間がかかるかもしれないので、今日は一旦素材の換金だけをしよう。
「教えてくださりありがとうございます」
私は頭を下げて、換金所に移動した。
『さっきの人、偉そうな男の人と何か話しているよ。ラーシェがすごい人だって気づいたんじゃない?』
リュビアがそう言っていたが……面倒なことに巻き込まれませんように。
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