第4話 竜、お腹が空く


 一通りの作業を終え、取り出したコカトリスの牙と爪、羽毛を地面に置き、その他の遺骸は燃やす。この素材はどうやって運ぼうかな。


「手慣れているね。ラーシェリアは冒険者をしているの?」


 私の作業を見ていたリュビアが尋ねる。リュビアが前にいた世界にも冒険者という職業は存在したのだろうか? いや、魔法という概念を知っていたように、冒険者という概念があっただけかもしれない。


「私は冒険者ではないよ。魔物の解体に関しては、過去に何度か冒険のようなことをした時に身に付いたんだ。資金を得る以外にも魔物の素材には利用価値があるからね」

「へえー、そうなんだ。でもやっぱりこの世界には冒険者がいるんだね。あ、そうだ。その素材、どうやって運ぶの?」


 私は尖った石のような爪を持ち、それを動かしながら答える。


「私は今素材を入れる袋をもっていないから……どうしようかな」

「なんかこう、空間に収納できたりしないの?」

「空間に? それは……難しいと思うな。私は短杖と長杖を空間に収納しているけど、それだけしか収納できないんだよね。手で持つか……もしくは即席で入れ物を作るか」


 話しながら私は周囲を一度見回して、入れ物の素材になりそうなものを探す。リュビアが空間に収納するといったことを知っていたのには驚きだが、詳しい話はもっと落ち着いたころに聞くことにしよう。


 私が落ち葉や木の枝を拾っているのを見て、リュビアも色々探し始めてくれた。あまり遠いところに行かないように注意しておく。落ち葉では強度が心配だし、木の枝を組み合わせるのは手間だし、魔法で一から作るのも魔力の無駄遣いだ。接着に使えるボンの実は見つけたが、他になかなか良い素材が見つからない。


「ねえラーシェリア、あっちに何かの皮みたいなのがあったよ」


 リュビアの案内を受けて見に行くと、確かに灰色の皮がある。


「何の皮かな?」

「蛇型の魔物が脱皮したものかな。これなら強度は十分かもしれない」


 蛇、という言葉を聞いてリュビアは嫌そうな顔を見せる。苦手なのだろうか。竜は蛇と似た姿なのに……とか言ったらもっと嫌がられそうだ。


 皮を丁度いい大きさに切り取り、大きめの皮二枚、底と側面用の皮を三枚、取っ手用を二枚用意する。リュビアが不思議そうに見ている中、ボンの実を叩き割り、中の種と水魔法で生み出した水を混ぜる。しばらくこねているとべたついてきたので、それを皮の端に塗り、張り合わせる。それを繰り返すと、あっという間に即席の入れ物が完成した。


「おー、すごい! かばんができた! でもすぐに剥がれないの?」

「このボンの実の接着作用は強力で、一度乾いたらなかなか外れないよ。だからこれも乾かしたら、丈夫な入れ物になる」


 風魔法で即席入れ物に風を当てつつ、ボンの実で汚れた手を水で落とす。リュビアが素材を運んできてくれたので、しばらくの間風を当ててから、素材を入れ物の中に入れる。素材を入れたら、入れ物の取っ手部分を掴んで一度持ち上げてみる。


「蛇の皮がおしゃれなかばんになった……。まあ、蛇の皮のかばんって割と一般的だったしね」


 リュビアの言う通り、即席にしてはおしゃれな入れ物が完成した。といっても私は特におしゃれに興味はないので、入れ物としてしか使う予定はない。とりあえず入れ物いっぱいになるまでは素材を持ち運びすることには困らなそうだ。


「じゃあ、途中で素材を集めつつ、暗くなるまで進めるところまで進もうか」


 私の言葉にリュビアは元気よく返事をした。





「あー。お腹空いてきたな……」


 歩いている途中でリュビアがそう呟いた。それと同時にくるる、とリュビアのおなかが鳴ったであろう音が聞こえてきた。


「休憩ついでに何か食べようか。そろそろ日も暮れてきたしね」


 私の言葉にリュビアは頷き、空を見上げた。日が傾き、空が夕焼け色に染まりつつある。夜になると魔物の活動が活発化するので、むやみに行動するのは避けた方が良い。どこで夜を過ごすのが安全だろうか。


「何を食べる? ここで食べられるものってあるの?」

「森には食材が沢山あるよ。ただ、気を付けないと毒があるものも多いからね。何かの果実でもいいけど、魔物の肉も食べるのには適している」

「お肉かぁ。お肉食べたいなぁ」


 リュビアが食べたいものを食べさせてあげたい。そう思ったので、魔物を探すことにする。


「食べるなら、コカトリスの肉が特においしいんだけど……。解体した時に焼いておけばよかった」


 魔力で周囲を探りながら、それらしき魔物を探す。何度か襲ってきていたコカトリスだが、探すと途端に見つからなくなる。日中に活動する魔物の種類は少ないから、今のうちに見つけておきたい。


 しばらく周囲を探っていると、何匹か魔物の魔力反応を感じた。形状からして目的のコカトリスだろう。私達は奴らに気が付かれないようそっと近づく。大きめの木の陰から様子をうかがう。どうやら群れの様で、六匹も集まっている。一気に片付けるのが楽かな。食用にするのなら、急所を突くよりも首を落とした方が早い。


 魔力を込めて風魔法を発動させる。六匹の正確な位置を確認し、風の刃を狙って飛ばす。群れが魔力を感じたようで私の存在に気が付くが、もう遅い。刃は奴らの首に正確に届いた。


 リュビアの目を手で覆っておく。六匹の魔物の首が一気に飛ぶ光景は……かなりグロテスクだ。これを行った私は見届けるが、リュビアに見せる必要はない。血が噴き出る音も聞きたくないのだけど。絶命してからの光景も好んで見たいものではないのだけど。


「やっぱり……このやり方はあまりよくなかったな」

「ありがとう、ラーシェリア。わたしのこと気にしてくれたんだね。でも、大丈夫だよ。この世界に馴染むためには、色んなことを経験した方がいいから。それに、わたしは仲間達と一緒にいた時には、魔物を生のまま食べていたから……」

「リュビアは生肉が食べたいの?」

「ううん! そういうことじゃない! わたしは料理されたものが食べたい! 魔物の生肉はもう食べたくない!」


 生肉という言葉に嫌な思い出があるようだ。リュビアが首をぶんぶんと振っている。私が生肉を食べたらお腹を下すので、元々調理する予定だったが。


 一匹ずつコカトリスの食べられる部分を解体していく。素材は別に取っておき、食べられず素材にもならない部分は高火力で燃やす。一匹でお腹がいっぱいになりそうなので、肉の解体は一匹だけでいいかな。気分のいい作業ではないので、手早く終わらせたい。


 黙々と作業を続け、最後の一匹の素材も回収する。一匹分の肉と素材以外は全部燃やしてしまった。


「これを焼くの? 今までのを見ていたら、焼いたら灰になっちゃわない?」

「火力を調整するから大丈夫だよ。今まではかなり強めの火力だったからね」

「へぇ、火の強さを調整できるんだ。じゃあさ、これはどうやって焼くの? そのまま直接火にかける?」


 リュビアの言葉に私は首を振り、手近の湿っていない枝を拾う。


「ずっと火魔法を使っていると不均等になるから、焚き火を利用するよ」


 私がこういうとリュビアは納得したようで、丁度いい枝を集めるのを手伝ってくれる。枝の一つに火をつけ、それを囲むように枝を重ねる。燃えやすいように落ち葉も適当に放りこむ。


「この焚き火に直接お肉を入れる?」

「普通なら、料理用の銅板や鍋を準備しておくんだけどね……私は今冒険用の道具を全く持っていないから。肉に棒を刺して上手いこと焼けたらいいのだけど」

「ふふん、そういうこともあろうかと、丁度よさそうな枝を取ってきたよ! これをもっと鋭くしたら、良い感じに刺せるんじゃないかな」


 リュビアが胸を張り(実際には張れていないのだけど)、一本の枝を私に差し出す。確かに肉を刺すのに十分な長さと太さだ。それを受け取り、氷の短剣を創り出し、枝の先端を削る。


「これくらいでどう?」


 再び枝を差し出す。リュビアは嬉しそうに頷き、枝を肉に刺そうとした。しかし、彼女の手は短く小さいので、中々刺せないようだ。手伝おうかと尋ねたがいいと言われる。自分でやりたいようだ。


「よし! これをこうやって……」


 リュビアが頑張って肉と格闘している間、私は別の枝を見つけて削っておいた。肉の塊は全部で五つあるから、その分の棒が必要になる。途中リュビアが焚火に肉をかざそうとしていたが、見ているとあまりにも不安定だったので、思わず手を出してしまった。リュビアには肉に枝を突き刺す係をしてもらうことにする。


 手頃な枝を立てて棒を支えられるようにし、肉を安定して焼けるようにする。枝だけでは不安定なので、土を用いて魔法で強固にしておいた。


 リュビアから全ての肉を受け取り、焼く準備が終了。あとは焼けるまで待つだけだ。

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