第3話 竜、空を飛ぶ
「まずはどこに行くつもりなの?」
「この場所がどこかを確定してからじゃないと計画も立てられないんだ。一旦目星を付けるために、空を飛んでみようかな」
「空を!?」
リュビアが驚いたように声を上げるが、彼女は常に浮いている状態である。私は笑みをこぼしながら、魔法を構築して体の周囲に風をまとわせる。そして魔力で風を操りながら、空に向かって上昇する。リュビアも慌てて私についてくる。
「そういえばわたし、空を飛べるんだった。……でも、この世界の人って、魔法で空を飛べるんだね」
「いや、それは違うよ。空を飛べる人は少数だ。飛行する魔法は魔力の扱いがかなり精密で保持するのが難しく、途中で魔力が切れたら高所から落ちて大怪我を負ってしまうこともある。魔力の減り方が尋常じゃないから、私もほとんど飛行魔法は使わない」
話しながらも上昇を続ける。周りの木よりも高い位置まで行かないと情報が得られない。
「リュビアは空を飛べるのに、魔物から逃げられなかったの?」
「え、えと、追いかけてきていた魔物も飛べそうな姿をしていたし、それに、……高く飛ぶという考えがまったく浮かばなかった」
上を向いて飛んでいるリュビアがぼそりと呟いた。彼女にとって飛んでいることは歩くことと同義で、転世前は普通に人だったのなら、確かに高く空を飛ぶという考えが浮かばないこともあり得るだろう。
「あの魔物は見た目だけで空は飛べないよ。……見えてきたね」
十メートル以上上昇すると、木々よりも高い位置に出ることができた。周囲を見ると、森が一面に広がっている中、正面に立派な大樹が立っている。緑色の葉を茂らせ、太く長い枝が絡まり合っている。ここからの距離はざっと見て百キロ程はありそうだ。それでこの大きさなら、間近で見たらもっと大きいに違いない。私が昔来た時よりも大きくなっている。……それは当たり前か。
「うわぁ、おっきい木……。あれは何なの?」
「大樹だね。この大樹があるということは、ここはフェロスで間違いなさそうだ。あ、フェロスというのは、この森の名前で、別名魔の森とも言われている。凶暴な魔物が多く生息していて、人が奥——大樹に近づくことはほとんどない。大樹に近づけば近づくほど魔物の強さも比例していくからね。大樹があっちにあるのなら、一番近い街は反対側に進めばありそうだ」
私は大樹を指さし、そして反対側を向いた。ずっと森が続いていて、街がある気配はない。目に魔力を込めて視力を強化すると、やっと見える程度だ。目安でこちらも百キロ程はありそう。歩いたら少なくとも七日以上はかかりそうだ。
「むむ……わたしには街は見えないよ。かなり遠いんだね」
「そうだね。急ぐ必要はないし、ゆっくり歩いて向かおうか。途中で魔物狩りもしておきたいし」
私は下降して地面に降り立つ。リュビアは変わらず私の肩辺りを飛んでいる。
「改めて見たら木がいっぱいだ。迷わないの?」
「日を目印にして歩くから大丈夫。夜は魔物がそこら中にいるだろうから、安全な場所にいないとだね」
私達は歩きながら話す。急ぐ必要はないけど、早く街に着けることには越したことがない。
「夜は魔物が多いんだ。でもさっき魔物がいたけど、昼の間も魔物は活動するんだね?」
「夜行性の魔物が多いだけで、昼に活動する魔物も勿論いるよ。ただでさえここはフェロスなんだから、常に周囲に気を配る必要がある。夜の間は、そうだね……木の上で防御魔法を展開しておこうか。木の上でも安全ではないのだけどね」
私は常に周囲の魔力を確認している。少しでも違和感があったり生物の反応があったりしたら、すぐに対応しなくてはならない。でも、ここがフェロスだと確定した今、私が今まで魔物に襲われず無事でいたのには疑問が残る。
私が普通の状態なら襲われたはず。つまり、いつもと異なった状態……そういえば、目が覚めた時には魔力が垂れ流しになっていた。もしかしたら、これが原因なのかも? 今夜にでも試してみようかな。
「魔法、魔法かぁ……。すごいなぁ」
「リュビアが前にいた世界は魔法がなかったの?」
「うん。本の中ではよく出てくるから、概念としては知っているんだけど。わたしにも使えるのかな? 人の姿になる魔法とかがあったら、わたしもいつか人の姿に戻れるのかな」
「人の姿になる魔法はないけど、できるかもしれないね」
「そうなんだ! 良かった。人の姿じゃないと、旅も最大限に楽しめないだろうし、なによりこの姿だとごはんが食べづらい! あと手が動かしにくい!」
リュビアがかわいらしい小さな手を振り回しながらぐるぐると私の周りを旋回する。しばらく回ると疲れたのか私の肩に手を乗せて力を抜いた。少し重量がかかるが、負担ではない。
「竜が魔法を使うという話は聞いたことがないけど、リュビアは魔法を使えると思うよ。転世人だし、リュビアから魔力を感じ取れるから」
私は話している途中に別の所から魔力反応を感じ取り、そちらの方を向く。魔物だろう。
「リュビアは私の後ろ側にいておいて」
リュビアが後方に移動したのを確認してから、私は魔法を展開する準備をする。魔物は私達に気が付いているようで、魔力反応が急速に近づいてきている。木々でその姿は見えないが、魔力でちゃんと視えている。
木の隙間から先程リュビアを追っていたのと同じ魔物が飛び出してきた。リュビアが小さく悲鳴を上げる。私は先と同様、急所を狙って魔法を放つ。もう一匹出てきたが、こちらも同じように片付ける。
呻き声のような鳴き声を上げ、二体の魔物は息絶えた。リュビアが私の後ろからそろそろと顔を出す。
「さっきの奴だ……。ここら辺には多いのかな」
「そうみたいだね。ただ、急所を撃ったらすぐに殺せるから」
赤いとさかと白い羽毛を持ち鶏のような姿をしているが、鋭い牙と爪を持っている、コカトリスという魔物だ。噛みつかれたら一たまりもなく、引っかかれたら重傷を負う。魔法で急所を一発で射抜ける私にとっては危険度は高いと感じない。しかし、魔法の技術が高くない人からしたら、その間合いに入るのは危険である。
「これ、さっきみたいに燃やすの?」
「うーん、どうしようかな……。街に行くのなら、お金を集めるために魔物の素材を集めておいたほうがいいとは思う」
リュビアが同意し、私は魔法で氷の短剣を創り出した。
「その剣も魔法? そんなのも作れるんだ。すごいね」
「発動は難しい方になるけど、氷魔法は応用させたら沢山の物を創ることができるよ。……これから魔物の解体をするけど、大丈夫?」
私の質問の意図が分からないというようにリュビアは首を傾げる。私はコカトリスのとさかをつかみながら、リュビアの顔を見る。
「魔物の解体作業は、かなりグロテスクだよ」
「あ、そういうこと」
リュビアは納得したように頷く。しかしそこに動揺は感じ取れない。一般に転世人は魔物の解体を嫌がるものだと思っていたけど、違ったのだろうか。……転世人でなくても解体は進んでしたいことではないけれども。
「わたしは今まで、仲間達と一緒に何回か魔物を食べてたから、慣れちゃった。最初は嫌で嫌でたまらなかったんだけど。慣れって怖いね」
けらけらとリュビアは笑うが、私は苦笑いで返す。リュビアが大丈夫そうなので、解体作業に移った。
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