第2話 長谷川藍 編 2
「な、何かの間違いよね……」
あえて口に出してみるが、不安が余計に大きくなるばかりだった。
時刻は午後5時40分になろうとしている。
(早く陸を迎えに行かないと、ご主人が帰って来ちゃう……)
どうしようかと迷ったが、結局里奈にメッセージを送ることにした。
《お迎え、遅くなっていいかな?》
《どうした? 残業?》
《そうなの。急に入ったイレギュラーな注文に手間取ってて》
送信した後、藍は目をつぶり、手に持っていたスマートフォンをおでこに当てる。
(だって、正直に言ったら心配させちゃうし……でも、里奈がダメって言うなら──)
返信が来た。
《陸くんは任せろ!)
メッセージの後に、《仕事頑張れ!》のスタンプが添えられていたのだった。
それを見て、藍は寂しそうに口角を持ち上げる。
(私は馬鹿だ。こんなにいい親友がいるのに……)
再びメッセージを送る。
《ごめん、嘘ついた。夫のスマホに入れたGPSが、〇丁目のホテル街で止まってるの。だから確認しに行きたいんだ》
普段なら間髪入れずに返信が来る。それなのにこの時ばかりは、しばらく待っても里奈からの返信はなかった。
『子供たちに何かあったら、すぐに連絡する。あんたたちも、遠慮なく連絡ちょうだいね』
里奈が常にスマートフォンを首からぶら下げているのは、緊急事態に備えているからだ。
(たまたまトイレに行っててスマホを触れない──なんてことは、里奈に限ってはあり得ないよね)
実際には数分だったのかもしれないが、この時の藍には途方もなく長い時間に思えた。
(もしかしたら、嘘ついたんで失望されちゃったかな……)
そんなことを考えていたら、ようやくメッセージが届く。
藍は「え?」と口に出していた。
一際大きな声だったたため、スーパーから出て来た客が、驚いたように藍を不審げに見ながら通り過ぎて行く。が、そんなことを気にしている余裕はなかった。それほど意外な返信だった。
《藍、これから〇丁目のホテル街に行くぞ! 姉御、うちの双葉も頼む!》
《地図アプリで見たら、角にコンビニがあるよ。藍、そこで待ち合わせね! 千佳にはママは大切な親友を助けてくるからって言っといて!》
美羽と歩からだった。里奈から連絡を受けたのだろう。
(美羽も歩も仕事が終わったところなのに……)
またメッセージが届く。
《落ち込んでる暇はないよ! 藍、負けるな! 私たちが付いてる!》
(やっぱり里奈には敵わないな……)
親友たちに感謝しつつ、藍はホテル街に向かうのだった。
*
コンビニのフードコートで呆然と外を眺めていると、不意に肩を叩かれ驚いた。
「顔、怖すぎ」
「同意。美人が台無しだな」
歩と美羽がいた。
店内には来客チャイムが鳴ったはずなのに、それさえも聞こえてはいなかった。
(私、テンパってるんだな……)
椅子から降りて、ごめんね、と頭を下げようとしたら、歩は下から突き上げるようにして藍の顔を両手で挟み込んだ。
「謝んなくていい」
すかさず頭をポンと叩かれる。
「ここは『ありがとう』だ。もしくは『なんで武器を用意してねえんだ』だろ?」
「うん……ありがと……。でも、武器はいらないかも」
そう言って藍たちは微笑み合うのだった。
「ところで里奈のところはどうだった? ご主人、帰ってたよね」
「直接こっちに来たから会ってないけど、たぶん大丈夫」
「どうして?」
「今日、たまたま里奈のお母さんが遊びに来たんだって。こっちに来る途中で里奈から電話がきた」
「だから里奈のところのご主人、今ごろ借りて来た猫になってるよ」
美羽が「ニシシシッ」と歯を見せる。
「里奈んチの旦那、内弁慶だもんな。アタシたちが遊びに行ったら、急によそよそしくなるし」
「良かった……それなら里奈が怒られなくてすむね」
「で、どうよ?」
「ご主人、見つかった?」
藍はコンビニのガラス越しに数メートル先のホテルを見る。
「車があった」
先に着いた藍は、とりあえず近くのホテルの駐車場を覗いてみたところ、自宅の車を見つけたのだった。
ナンバープレートも確認したので間違いない。
「どうしよう……」
藍がうつむくと、歩が抱きしめてくれる。さらにその上から美羽が覆いかぶさってくるのだった。おかげで藍は、泣き崩れそうになるのをなんとか堪えることができた。
それから店内で飲み物を買い、他愛もない話をして時間を潰した。
2人はあえて涼のことについては触れなかった。少しでも気を紛らわせてやろうという心遣いだ。
(ありがたい……。もしも1人だったら、耐えられなかったよね……)
「それでさ、うちのお義父さんが『そんなハイカラなもんはダメだ』って言うのさ。ハイカラってなんだよって話で──」
美羽はそこで言葉を切った。
藍が店外を凝視していたからだ。
視線の先には、自宅の車が駐車場から出て来るところだった。
「藍、しっかり!」
歩の声に意識を取り戻すと、慌ててスマートフォンを構える。
外はすっかり暗くなっているのに加え、コンビニのガラス越しのため、鮮明な画像を撮ることができなかった。
ただ、助手席に誰かが座っているのは間違いない。うつむいていたため、顔まではわからなかったが、ショートカットであること、肩を出した派手な感じのする女であることは確認できた。
*
自宅に戻った藍は、涼が寝静まったのを見計らい、そっと起きて洗濯機のところまで行く。
相変わらず、色物の衣類のカゴの中にワイシャツを投げ入れられていた。
(色移りするから別にしてって言っているのに……)
ワイシャツを拾い上げ、鼻を近づけてみる。
「クシュンッ!」
*
この日、取引先の本屋にやって来た藍は、従業員控え室で防犯カメラのチェックをしていた。
(これでヨシ、と)
映り具合や角度などを調べ終え、書類をカバンに入れていく。
「はあ……」
仕事中は集中しないといけないと思いつつ、どうしてもため息をついてしまうのだった。
昨晩のことが胸にズッシリとのしかかってくる。これからのことを考えると、どうしても気が重い。
「お疲れさま」
従業員控え室のドアが開くと、やって来たのはこの本屋の店長、如月杏だった。
藍に向けて微笑むと、棚から取り出したファイルをチェックし始める。相変わらずテキパキした人だと、藍は感心するばかりだった。
(確か店長って、元々パートさんだったのよね。それが今では一店舗を任されてるんだもんな)
店長はファイルを戻すと、次は椅子に座ってパソコンで発注の確認をしている。
(私も店長くらい仕事ができればな……)
「何か、心配事でもあった?」
「え?」
店長はパソコンから目を離して椅子をくるりと回すと、体ごと藍の方に向けた。
「珍しくため息ついてるから」
藍は(しまった)と顔をしかめる。
「すみません。仕事中に……」
「別に謝らなくていいって。ため息くらい誰だってつくんだし」
店長は眼鏡を外して机の上に置く。
「私で良ければ話聞くよ。ちょうど今から休憩だから」
営業を担当している藍は、なかなか契約が取れなくて落ち込むことが多い。
そんな時、飛び込みで入ったこの本屋で、初めて契約を取り付けることができたのだった。
元々契約していた会社があるにも関わらず、本部に掛け合ってくれたのだ。
そんな店長に、藍は尋ねたことがある。
『どうして弊社と契約していただけたんですか?』と。
藍が言うのもおかしな話だが、他社と比べて特別優秀な防犯カメラというわけでもない。おまけに藍のプレゼンは酷いものだった。
商品の説明をすればしどろもどろになるし、出してもらったお茶をひっくり返して床を水浸した──今思い出しても顔から火が出るほどの醜態を晒したのだ。
だから契約が決まった時には驚いた、というより、戸惑いの方が大きかったのを覚えている。
すると店長は、『ああ、それね』と、楽しげに笑って言ったのだった。
『藍ちゃん、カンニングペーパーを持って来てたじゃない?』
説明しなくてはいけないことをまとめた大学のノートのことだ。
『スマホのメモ機能使うでしょ。機械音痴の私でもそうするもん』
でもね、と続ける。
『ノートを覗いたら、丁寧な字で書いてたのよね。赤線引いて、付箋まで貼ってたし」
店長は軽く藍の背中を叩いた。まるで叱咤激励された感じだった。
『それを見た時にね、《この子はきっと、一個ずつ丁寧に仕事をするんだろうな》って思ったの』
『それだけ……ですか?』
藍は決して特別なことをしたつもりはない。というより、不器用なのでそうするしかなかったのだ。
(でも、あの時は嬉しかったな。契約が取れたことはもちろんだけど、初めて人から認められたから)
それ以来、藍にとって店長は、親友以外で心許せる数少ない人物になっていたのだった。
「確か店長って、離婚されてましたよね」
これは店長自らが話してくれたことだった。
『私なんてバツイチよ。しかもサレ妻』と。まるで自慢げに話す様子を見て、思わず笑ってしまったものだった。
「そうよ。名前を変えると面倒だから、結婚してた時のままだけど」
「どうやって、別れたんですか」
「ん? 探偵に浮気調査頼んで証拠集めてもらって、離婚届と一緒にあっちに叩きつけたの」
「浮気相手とは会いました?」
「会ったよ」とニヤリと笑う。
「その時、なんて言ったんですか」
「『ほどほどにしなよ』だったかな」
藍は苦笑いを浮かべる。
「離婚の話をする時の店長って、楽しそうですよね」
「そう? まあ、離婚して自分らしく生きられるようになったのは確かだからね──って、もしかして藍ちゃん、離婚しようか悩んでるの?」
「はい……」
「でも、お子さんがいるから迷ってる、と?」
藍はうつむいていると、店長は「アドバイスになるかわからないけど」と前置きをしながらスマートフォンを触る。
「私の親友にね、子供がいても馬鹿夫を切り捨てて、会社の社長をやってる子がいるの」
店長はスマートフォンを見せてくれる。
「安野──じゃなくて今は片岡って言うんだけどね」
藍は「あっ⁉︎」と思った。
(この人って確か、美羽が尊敬してるって人じゃ──)
「今は主婦向けのキッチングッズとかを販売してる会社を経営しててね。シングルマザーになってからの方が、むしろプライベートも仕事も充実してるみたいなの」
確かにスマートフォンの中の片岡葉子の表情は、イキイキとしているように見えた。
「藍ちゃんはしっかり者だから、なんとかなるんじゃない? ってこれはおばさんの無責任な独り言ね」
その後店長は、芝居かがった調子であたりを見回し、声をひそめるのだった。
「ここだけの話。この葉子はね、社長然としてるけど、実は盗聴器を作ってるんだ」
これ内緒ね、と囁く店長は、まるでイタズラを思いついた少女のようだった。
*
自宅の車をチェックをするため、藍はマンションの駐車場にやって来ていた。手には懐中電灯が握られている。
(最近、夜遅くに行動してばっかだな……)
朝は何かとバタバタしているし、帰って来てからは、食事の支度や陸の様子を見ないといけない。何よりこれからやることは、帰宅した涼に見られるわけにいかなかった。
そのためどうしても夜遅く行動することになってしまうわけだ。
運転席に座ると、まずはカーナビの履歴を確認する。
(履歴、消去してあるんだ……)
藍は唇を噛み締めた。
(やましいことしてますって、認めてるようなものじゃん……)
悔しさと情けなさが込み上げてくる。
(浮気、してるんだね……)
調べれば調べるほど、頭の中にあった疑念が現実のものとなって襲いかかってくるようだった。
泣きそうになるのをなんとか堪え、証拠探しを継続する。
今度は懐中電灯で助手席を注意深く見ていくことにした。
(やっぱり……)
髪の毛を見つけた。
(ガサツな涼は、粘着テープとかで掃除するわけないもんね)
指でつまみ上げてみる。
かなり短い。とは言っても美羽ほどではない。
(これって……)
スマホで写真を撮って、用意していたビニール袋に入れる。
次に助手席に移ると、すぐに座席の位置がおかしいことに気がついた。
家族で出かける場合、涼が運転し、藍が助手席に座ることになる。その際、後部座席のチャイルドシートに座っている陸に、少しでも近くなるよう助手席は一番後ろにしているのだ。
(前に寄せてるってことは、誰かをここに座ってたってことよね……やっぱりアレは、見間違いじゃなかったわけか……)
藍はダッシュボードにうなだれた。
(涼にとって私と陸って一体なんなの)
と、その時、何かが足の裏に当たる。
靴の裏に引っ付いていた小石かと思ったが、そうではなかった。
爪のデコレーションに使うストーンだった。
*
いつものようにピアノ教室に行く用意をしていると、「ママ」と陸がズボンのポケットを気にしていた。
「これなあに」
藍は目を丸くする。
「よく気がついたね。ママ驚いちゃった」
少しだけ盛り上がってはいるものの、傍目にはほとんど違和感はないと思っていたからだ。
「やっぱり陸ってすごいね。ママの自慢の息子だよ」
藍は「よく聞いて」と、陸を正面に立たせる。
「もしもピアノ教室で嫌なことがあったら、ポッケを触って」
「どうして?」
「これはね、ママが作ったお守りなの。きっと陸を守ってくれるから」
陸は「わかった」と、うなずくのだった。
*
「で、どうするの?」
いつものファミレスで口火を切ったのは里奈だった。陸以外の子供たちはキッズスペースで遊ばせている。
「もう浮気は確定したんでしょ?」
「そうなんだけど……」
藍はパスタをフォークで突く。どうにも食欲が湧かない。
お昼の休憩時間を利用して、集まろうということになったのだった。
「どうしようって、離婚しないの?」
歩の表情は険しい。
「同意だ」
美羽もまた表情を曇らせている。
「悩む必要なんてないだろ。バカは問答無用で廃棄だ」
「待ちなって、2人とも」
里奈の表情は硬い。
「離婚するかを決めるのは藍だよ」
「そうだけどさあ」
美羽は口を尖らせている。明らかに不満げだ。
「浮気するってことはだな、藍と陸くんを大事にしてないってことだぞ。アタシはそれが悔しいんだ」
スマートフォンを操作すると、美羽は画面を藍に向ける。
「この人知ってるか?」
本屋の店長から見せられたものと同じ画像だった。
「この片岡さんって人はな、クズ夫からDVを受けてたんだ。だけどキッパリ捨てて、会社を一から作ったんだぞ」
里奈が美羽の手を押さえてスマートフォンを下げさせる。
「だから、他人が離婚を勧めんのは違うでしょ」
「はあ? 他人ってなんだよ。里奈はそんな風に思ってたのかよ。失望したぞ」
「あのねえ」
不穏な空気になってしまったのを感じた藍は、慌てて割って入る。
「ごめんね、私のせいだ。家庭の愚痴なんて聞かせたから……」
「何言ってんだよ! 愚痴や悩みを聞くためにアタシたちがいるんだろ!」
美羽は里奈をにらむ。
「アタシは誰かさんと違って、親友のことは見捨てないからな」
「誰が見捨てたって?」
どうしていいかわからずオロオロとしていると、「ちょっといい?」と、歩が藍を見ていた。
「もしもご主人が浮気を謝罪して二度とやらないって言ったら、藍は許せるの」
「それは……」
仕事だと嘘をついてホテル街にいたこと、車の中に浮気の証拠を見つけた時のあの絶望感や屈辱を思い出すと、とてもではないが平静でいられる気がしない。
「たぶん、許せないと思う……」
涙が溢れてくる。
「でも、離婚したら陸と2人でって思うと……私には無理だよ……」
肩を抱を抱かれ、手を握られた。
「ねえ、覚えてる? 私たちが出産した時のことを」
藍の手を握っていた歩が、優しく微笑んでいた。
「私だけ陣痛がきても、なかなか生まれなかったじゃない?」
藍は目尻を拭う。
「確か歩は陣痛が10分間隔になってから、かなり時間がかかったんだよね」
「そう。早い人だと1、2時間で生まれるし、遅くても大体10時間から12時間くらいなのに、私は22時間」
その時のことを思い出したのか、「ふう」と息を吐く。
「『もうダメ。ママになんてなれない』って弱音を吐いたら──」
歩の手にことさら力が込められた。
「藍が『この子のママは貴方だよ! 貴方が守ってやらないとどうするの!』って言ってくれたんだよね。それで私は頑張れたんだよ」
里奈と美羽が「そうだったね」とうなずいている。2人ともすっかり優しい顔に戻っていた。
歩は力強くうなずく。童顔な歩が、この時はお姉さんに見えた。
「しっかり! 陸くんを守ってやれるのは、藍だけだよ!」
*
「あれ? 陸くんママさん。今日もお迎えですか?」
「ええ」
藍は口角を持ち上げる。
「特別に早退させてもらったんです」
「どこか具合でも悪いんですか? それなら無理しない方が──」
「穂乃果先生」
「はい?」
「これ、とっても素敵だと思いませんか」
チャック付きのポリ袋を顔の高さまで持ち上げる。ピンク色のストーンが入っているのだ。
穂乃果の顔色が変わる。
藍は確信した。
(やっぱりこの女だ!)
「そ、そうですね。かわいいですね」
「こういうのって、どこに売ってるんでしょうね」
穂乃果の手に視線を落とす。
デコレーションされた爪には、不自然なスペースができていた。
(きっとそこには、このストーンがピッタリハマるんでしょうね)
「あ、あの……陸くんを呼びますね」
(話題を変えるつもり? そうはさせないんだから)
「穂乃果先生はいつも爪をデコってるんで、知ってるかと思って」
「さ、さあ……ちょっとわからないですね」
他の保護者を気にするように、大きな目を忙しなく動かしている。
(そうよね、誰かに聞かれないか心配よね。だって良からぬ噂は一瞬で広がるもんね)
「このストーン、かわいいと思いません?」
藍が声かけたのは、子供のお迎えに来ていた顔見知りのママだった。
「え?」
急に声をかけたので驚かせてしまったようだが、そこは「ママ」。すぐに反応する。
「本当だ! かわいいですね! 陸くんママ、ネイルデコするんですか?」
「まさか」
苦笑い作って見せる。
「だって子供に当たると困りますもん。ママの常識ですよね」
「で、ですよね……」
気まずい空気が流れた。
穂乃果が爪をデコレーションしているのは、藍たちママの間では周知の事実だったからだ。
「それじゃ、わたしはこれで──」
と、行きかけた顔見知りのママだったが、「あれ?」と、ストーンをもう一度見て表情を曇らせる。
「そのストーンってどこかで見たような」
言い終わるのと同時に、顔見知りのママの視線はすぐに穂乃果の手元に向けられる。穂乃果は慌てて手を後ろに回すが、隠し切れてはいなかっただろう。
藍はダメ押しとばかりに、改めてストーンを見るのだった。
「実はコレ。うちの車の助手席に落ちてたものなんです」
「車の中──」
「そうなんです。夫が使った次の日に見つけたんですよ」
点と線が繋がった──といったところだろうか。
何かを悟ったように、顔見知りのママは息を呑んだ。口が(まさか……)と動いたのを藍は見逃さなかった。
すると顔見知りのママは「あっ、いけない」と取ってつけたような台詞を吐く。
「うちの子、これから塾があるんで、このへんで失礼します」
そう言って立ち去る顔見知りのママの口元が少し緩んでいた。
とんでもないこと聞いちゃった、といった感じだ。
呆然とする穂乃果に向けて、藍は会釈する。
「それじゃ、私も帰らせていただきますね」
ドアの方を見ると、ちょうど陸が出て来ていた。
「陸。帰ろっか」
呆然とする穂乃果を残し、藍は踵を返す。
(ザマァミロ!)
意気揚々と立ち去ろうとしたら、「すみません」と呼び止められた。
穂乃果が駆け寄って来る。
それを見て、咄嗟に陸を後ろに立たせて身構えた。だが、藍たちに危害を加えようとしているわけではないようだ。
「とっても言いにくいことなんですが……」
穂乃果は藍に顔を近づけると、小声で耳打ちをするのだった。
「ご主人の浮気相手は、お友だちの中尾さんだと思いますよ」
藍の脳裏に、里奈の笑顔が浮かんだ。
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