第8話 海上

 とうとう、その日がやって来た。乗船時間までには少し早いが、六甲アイランドのフェリーターミナルに向かって愛車のクロスバイクをこぎ出した。

 彼女には出発したことをラインで伝えた。フェリー&自転車であることも初めて伝えた。驚きと共に『素敵です』と。

 自転車を積んでフェリーに乗るのは初めてだ。というより、フェリー自体大学時代、沖縄へ貧乏旅行したとき以来40年以上ぶり。

 船室は個室を選んだ。船室番号770中途半端にいい番号。

 まず驚いたのは、お風呂がある。しかも小さいながら露天風呂まで。風情と言うにはほど遠い造りだが、海を見ながらお湯につかるだけで風情だ。

 お風呂の後は当然ビール。乗船前にコンビニとかで食料を仕入れて船上ディナーを楽しんでいる人もいる。私はレストランに向かう。既に入り口は行列だ。

 何度もフェリー旅をしている先輩方は出航前にひとっ風呂あび、明るいうちの海原を眺めながら海上の宴を楽しんでいるようだ。

 出遅れた私は、一人だったこともあったが、ラッキーなことに、海原を眺める席につき、海上一人宴を始めることが出来た。

 風呂上がりに海を見ながら、いつものように取っ手に指4本突っ込むジョッキの持ち方で喉をうるわすビールは最高だった。テーブルに並べた料理も想像していた以上に美味しかった。いつのまにか景色は漆黒に。私はレストランを後にし、売店で買った缶チューハイ片手に甲板に向かった。甲板は今年の猛暑が嘘のように、涼しい海風が心地好く。夏の間、ずっとここにいたいと思わせるような快適な時間。自転車乗りには嬉しいが、空は曇り空で、星が全く見えないことだ。

 船旅中は仕事の呼び出しがあろうが、どこにも行くことは出来ない。そこは責任感でどうにか出来る話ではなく、さらには、自分の意思で何処かに行くこともできず、新門司港まで、ただひたすらゆったりした時間が流れるのを楽しむだけだったが、そんな時間、久しくあっただろうかと思うような贅沢な時間だった。

 そんな、ゆったりとした時間を過ごしながら、船室のベッドに潜り込んだ。目が覚めたら既に周りは明るかった。九州の地に降り立つことと彼女との再会を楽しみに。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る