第11話 恋愛において風向きが変わる瞬間ってあるよね
「ああ、セレスティナ……」
彼女から貰った白いハンカチを顔の上に乗せてそう呟いた。
私とて馬鹿ではない。
「欲しい」と頼んだからセレスティナはくれただけ。
分かっている。
このハンカチに他意はない。
他意があってほしいが、そこまで強請るのはセレスティナという令嬢の前では強欲というものだ。
ただそれでも嬉しいものは仕方がない。
刺繍入りの白いハンカチは、意中の相手への贈り物。
そしてそれを男性が身につけるということは、二人は相思相愛であるという証なのだ。
渾然たる貴族中の認識が私の喜びを押し上げた。
これを公爵である私が身につければ、セレスティナに公爵以下の男が近づくことはない。
公爵の恋人を横恋慕するような愚かな貴族など殆どいないからだ。
他意がないハンカチを使って、相思相愛のように振る舞うことは卑怯かもしれない。
しかし、戦場では卑怯な手だろうと結果が全て。
相手が正攻法で落ちない以上、こちらも搦手を使い可能な限りの対策を行わなくてはいけない。
だから私は胸を張って答えよう。
このハンカチは、セレスティナ侯爵令嬢からの贈り物である……と。
早速私はそのハンカチを胸に飾りながら、セレスティナ達の馬車を見送る為に玄関ホールへと向かった。
「アークレイ様、この度はお招きいただきありがとうございました。大変有意義で楽しい時間を過ごさせていただきました」
そう言ってセレスティナは私に形式的な礼を述べると、私がエスコートの手を差し出すよりも早く、私に背を向け馬車に向かう。
帰りの馬車は一台。
美しい恋を成就させた二人をゆっくりと間近で楽しむ最高の席に、私が胸に差し込んだハンカチも、エスコートも勝てるはずがなかった。
私は落胆を隠しつつ、残された二人に笑顔を向ける。二人は私に憐れみの視線を向けていた。
そんな目で見ないでくれ。
エイブラハム。私の胸に差し込まれたハンカチに視線をやるな。
むしろ意中の女性から愛の籠ったハンカチを贈られた君が何故身につけていない?
余裕のつもりか。
それが男を上げるとでも思っているのか。
「シャーロット様、エイブラハム様も道中お気をつけて」
心を隠しながら二人に別れを告げると、二人とも表情を正し丁寧な礼を述べた。
このまま二人も馬車に乗り込むのかと思ったら、シャーロットが私に少し近づき、口元を隠す様に手を当てる。
「アークレイ公爵。お姉様の事……わたくしは応援しておりますからね」
シャーロットは手を下ろし、セレスティナとよく似た顔で悪戯でもする様に微笑んだ。
「アークレイ公爵がお姉様の心を解きほぐせたら、今回のお礼に最後の一押しくらいは、わたくしがお手伝いさせていただきますわ」
「……それは心強い。頼りにしております」
むしろ今すぐ助けてくれ。
そんな気持ちを隠して、私は去り行く馬車を見送った。
今回の遠乗りが不発に終わり、再びセレスティナと会う為の策謀に私は頭を抱えると予測していたが、意外な展開が待っていた。
なんと、送った手紙に返信があったのだ。
しかもセレスティナ本人から。
……よく考えると普通の事だが、それでも素晴らしい。
王宮で行われる狩猟大会。
これにおける私の同伴者として『共に参加して欲しい』と私は手紙に書いたのだから。
狩猟大会──それは男性のためにある行事だ。
狩猟大会で多くの獲物を得て評価された者は、華々しい栄誉と共に讃えられる。
まあ、下位の貴族達は空気を読み、程良く手を抜くので完全に公平な勝負とは言えないことも確かだ。それでも珍しい獲物や大きな獲物を得られれば、男性としての評価は上がる。
そして男性貴族は、この獲った獲物と得た栄誉を意中の令嬢へ捧げるという慣習がある。
捧げられた獲物が大きければ大きいほど、それはそのまま女性のステータスとなるのだ。
私の同伴者として狩猟大会に来るということは、私は彼女に獲物を捧げても許される事を示していた。
これは着実に私とセレスティナの距離が縮まっている。
机の上で拳を握り、胸に決意した。
私はこの狩猟大会で素晴らしい成績と大きな獲物を得よう。
そしてそれを、全貴族の目の前でセレスティナに捧げる。
彼女の頬を赤く染めさせてやるのだ。
机の上だけでしか戦えぬ男ではないと証明するために、私は剣と弓を取り、稽古をするために外へと出た。
♢──♢──♢
狩猟大会編突入です。
貴方のために獲ってきましたキリッ!ができるのか。お楽しみいただければ幸いです。
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