第12話 絶望的な課題とて、やらねばならぬ時がある
何故いつも私の予想と現実は相反するのか。
王都にあるベオグラード家の屋敷に公爵家の馬車でセレスティナを迎えに行った。
狩猟大会のために各領地の貴族は王都に集まっている。
そのため、シャーロットを迎えにきたエイブラハムと鉢合わせすることは想定済みだった。
しかしこれは完全に想定外。
美しいドレスに身を包んでいるシャーロットの横には、出場者する気満々でコートとズボンを身に纏い、弓を背負ったセレスティナがいた。
「違うだろう!!」
こう叫んでしまうのも致し方ないと思う。
何故!出場する側なんだ!!!!
「アークレイ公爵、お迎えに来ていただきありがとうございます」
「ああ、迎えに来た。同伴者としてな」
セレスティナは輝かしい笑顔で力強く拳を握った。
「ええ!精一杯サポートさせていただきます」
「違うんだ。そうじゃない」
私は彼女の肩に手を置いて全力で首を振る。
確かに彼女の追跡能力があれば、最強とも言えるサポートになるだろう。共に戦うパートナーとしてセレスティナが隣にいてくれるなら心強いことこの上ない。
でも違う。違うんだ。
今回だけでもいい。
彼女と巨大な獲物を共に担ぐのではなく、彼女に愛と栄誉を捧げる男になりたいんだ。
「セレスティナ、私からの一生のお願いだ」
きょとんという音が聞こえてきそうな顔でセレスティナは首を傾げた。
「ドレスに着替えて、私に花を持たせてくれないか」
「でも、わたくし今回の狩猟大会でどうしてもやりたいことが……」
「私がその役目を引き受ける。だから頼む」
真剣な顔で彼女に懇願すると、何故かここで彼女は頬を上気させた。
え?なんで?
混乱の中にいる私を置き去りにして、彼女はまるで花畑を丸ごと贈られたかのように潤んだ瞳で私を見上げる。
「本当ですか……?」
あまりの可憐さに心臓が止まりそうになる。
ここで死ぬわけにはいかない。
彼女は、私に期待しているのだ。
ならばここでの答えは一つだけ。
「ああ、もちろんだ。君の望みを叶えよう」
そういうと、彼女は花が咲くように笑った。
あまりの眩しさに、彼女の肩に置いた指先が震える。思わず視線を逸らしてしまいそうになったが、間一髪で踏みとどまった。
この……この笑顔が見たかったのだ。
セレスティナの輝くエメラルドの瞳には、今まさに、私の姿だけが写っている。
薄い桃色の唇が開かれ、甘い吐息と共に私の名が呼ばれた。
「では、アークレイ様。第三王子の優勝を阻止してくださいませ」
ん?
第三王子?
「第三王子は今回の狩猟大会で優勝し、ロレッタ侯爵令嬢に獲物と栄誉を捧げるおつもりです。それを……アークレイ様に阻止していただきたいのです」
ちょっと待て。
第三王子の優勝を……阻止するだと?
「彼よりも優秀な成績を収めるのは並大抵のことではありません。ですから、わたくしも共に戦うつもりだったのです」
セレスティナは俯き、一瞬思い詰めたように唇を結ぶ。その顔が再び上げられた時、瞳には薄くて淡い期待の色が浮かんでいた。
「本当に……叶えていただけるのですか?」
並の貴族程度なら造作もないはずのこの願いも、相手が第三王子となれば話は変わってくる。
第三王子は生粋の武闘派であり、武力の面では誰もが一目置くほどの実力者だ。それにも関わらず王位継承権が低いのは、その人間性が破綻しているからに他ならない。
傍若無人、
欲しい令嬢がいれば、王子という絶対的な権力を使って手に入れる。女性に婚約者がいようとも関係ない。
そうして手に入れた女性も、飽きれば簡単に切り捨てる屑王子。
美しい令嬢は第三王子の前に出すな。
そう囁かれるほど終わっている。
性格破綻者の第三王子が、何故今度はロレッタ侯爵令嬢を狙っているのかは分からない。
ただ彼は、狩猟大会においていつも上位にいる実力者だ。
今回それに目的が加わったとするならば、優勝に全力を尽くすはずだ。第三王子の取り巻きも彼を全力でサポートするだろう。
厄介な事この上ない。
「……アークレイ様?」
私を見上げながら、小さく首を傾げるセレスティナ。
「私にできないことなどあるはずがないだろう。任せておけ」
それでも、できないなんて言えない。
言えるはずがなかった。
セレスティナは瞳をさらに潤ませ、口を手で覆い、声を詰まらせる。
想い人から予期せぬ愛の告白を受けた。
そんな雰囲気がセレスティナから漂っていた。
しかし私はまだ愛を伝えていない。
彼女の望みを叶えた時、もう一度その顔を見せてもらうことはできるのだろうか。
「では、わたくしは着替えて参りますね。急ぎますから少しお待ちくださいませ」
セレスティナは一礼して、ドレスを着替える為に退室する。
残されたのは私と、苦笑いを浮かべながらやり取りを見守っていたシャーロットとエイブラハムだ。
私はすぐさまエイブラハムを捕まえた。
エイブラハムは全力で断りたい顔をしていたが公爵の全権力を使ってでも逃がすつもりはない。一人で第三王子に立ち向かうなど、到底無理な話だ。
「任せておけ」と言った以上、セレスティナは頼れない。
第三王子に勝つ為に手段を選ぶわけにはいかなくなった。
「もちろん協力するな?エイブラハム侯爵子息?」
「ええ、もちろん……ですとも」
圧力万歳。
権力万歳。
頭の中で今回の狩猟大会の出場者の中から使える駒を選び抜いていく。
時間は限られている。
使える物は全て使い、第三王子に立ち向かうのだ。
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