第7話 バルコニーでの逢瀬が鉄板だって言ったやつ出てこいよ


「この度はお声がけいただき感謝します。アークレイ公爵」


 夢のような瞬間とはまさにこの事。

 我が領地にセレスティナがやってきた。

 

 これぞ彼女の美しさを引き立てていると言えるような優雅なドレスに身を包んだ彼女は、我が城の玄関ホールで恭しく礼をする。

 

 いつかこの城の女主人になって欲しいと願っているのだから、それ程畏まらなくてもいいのに。


――そう思いながらも歓喜の笑みが止まらない。


「よく来てくれた。せっかくの機会だ。別邸は女性達で好きに使用して構わないからゆっくりと過ごしてくれ」


「ありがとうございます公爵」


「エイブラハム様にはこちらで客間を準備させた。不自由があればなんなりと」


 セレスティナの背後には、侯爵令嬢と侯爵子息がいる。


 彼らが今回の主役達だ。

 

 『お誘いしたいお相手がいるならば是非ご一緒に』としたためた手紙に、初めて彼女自身から返信が来た。

 

 便箋の中ではまるで小鳥が囀っているような美しくも可愛らしい文字が並ぶ。


 彼女から初めて「お誘いいただけて嬉しい」などという言葉を私は得る事ができたのだ。


 その場で拳を握ったことは言うまでもない。


 ただ彼女が誘った相手が、セレスティナ自身の妹だったことには驚いた。

 彼女にとっては妹ですらロマンスの対象になるらしい。


 シャーロット侯爵令嬢は髪色こそセレスティナとは違うダークブロンドだが、少し勝気そうに見える緑色の瞳や柔らかそうな髪質が彼女によく似ていた。

 

 そしてシャーロットのお相手であるエイブラハム侯爵子息。


 彼について事前に調べた情報によると、恋仲の女性がいた記録もなく、記録上では清廉潔白な侯爵子息だった。


 人の良さそうな雰囲気はあるものの、初めての公爵家の城に臆する事なく笑顔で今回の礼を述べている。

 内気な性格というわけでもなさそうだ。


 とてもお似合いである。

 だからさっさとくっついてくれ。

 私は少しでもセレスティナと過ごしたいのだ。


 ただ問題は、シャーロットのエイブラハムに対する態度である。

 

 セレスティナが好きなのは他人の美しい恋。


 ロマンスだ。


 しかしシャーロットがエイブラハムを想っているようには到底見えない。

 

 むしろ嫌っているように見える。


 貴族の子息令嬢なのだから表面上の取り繕いはできているし、こうして並んで私に挨拶を述べていても距離感などは感じない。

 

 しかし私は聞いてしまった。

 

 別邸に向かうまでにある城の階段。

 エイブラハムはシャーロットにエスコートの手を差し出したが、彼女はそれを見なかったことにしたのだ。

 

 その上「そういうの、いいって」という小さな呟きがシャーロットの口から漏れていた。


 セレスティナの話し方や声質に、少し似ているところもあるシャーロットの冷たい呟き。

 何故か私の心が負傷した。

 

 そのような物言いをセレスティナにされた日には、きっと三日は立ち直れない。


 いや五日は寝込むだろう。


 ただエイブラハムは慣れているようで、小さなため息一つ溢し微笑みを見せるという大人の対応をしていた。


 シャーロットはセレスティナの妹だ。

 

 妹の無難な嫁ぎ先として近い家格であるエイブラハムの家を選んだものの、シャーロットの意に沿わなかった。


 しかし婚姻は個人の感情だけではどうしようもない家同士の繋がりで決まることも多い。

 

 エイブラハムを好まないシャーロットの気を少しでも変えるために彼らを連れてきたのか?


 それならば理解できる。

 むしろこれこそよくある話だ。


 セレスティナとシャーロットに別邸を案内した私は、そのままエイブラハムを連れ本邸に戻り客室を案内する。

 

 今回の目的は、公爵領にある美しい泉を目的地として、馬の遠乗りに出かける事。


 公爵領までの長旅の疲れを癒してもらうために、出発は二日後を予定している。


「ご案内ありがとうございます」


 エイブラハムを客室に案内すると、彼は丁寧に礼を述べた。

 そして、エイブラハムとの当たり障りのない話題が続く。


 正直、早く退室したい。

 お前とお茶など飲みたくない。


 なぜならセレスティナが二日後の遠乗りに向けて「ロマンスの打ち合わせ」を行う為に本邸に足を運ぶ可能性があるからだ。


『アークレイ様しか頼れません』


 そんな甘い言葉を述べながら、きっと私を頼ってくる。

 そしてロマンスのための打ち合わせと称して二人きりのお茶会が始まる予感がしていた。



♦︎ ♦︎ ♦︎



 ――丸一日の時が過ぎた。

 セレスティナは私の前に姿を見せなかった。

 

 晩餐は確かに一緒食べた。

 シャーロットとエイブラハムも一緒に。


 しかし、求めているのは公爵家と侯爵家の晩餐会でも、エイブラハム侯爵子息という客人の接待でもない。

 

 セレスティナとの甘い時間だ。


 何故私は一日中エイブラハムの相手をしているのか。

 

 そしてセレスティナとシャーロットは公爵家の別邸に籠って何をしているのか。


 別邸に配置した使用人によると、この日の為に整えた別邸の庭園にすら彼女達は足を運んでいないという。


 せめてシャーロットとエイブラハムが共に過ごしてさえくれれば、私は大手を振ってセレスティナを庭園に誘いに行けたはずだ。そんなもやのかかったような気持ちが湧き出るのも無理がない。


 そしてその日の夜。

 居ても立っても居られなくなった私は、エイブラハムの酒の誘いを丁重に断り別邸へと訪れた。


 庭園に咲く花から美しいものを選び抜き花束にした私は、それを抱えて無理やり別邸のバルコニーによじ登る。


 なぜかというと、夜のバルコニーから女性の部屋を訪れる男性というのは恋物語の常套描写。


 女性の胸を高鳴らせるらしいのだ。

 

 間違いなく男性の服は汚れているし、むしろ正式な手段を踏まずにバルコニーから訪れた男なんてとんでもない無作法者である。


 そしてそんな男性と逢引きをするなんて、そのまま寝台に押し倒されるつもりか!!と言いたくなるほど、令嬢としても危険極まりない軽率な行動にしか見えないけれど、恋物語の上では立派なロマンスなのである。

 

 別邸とはいえ自分の屋敷。


 玄関を通れば済む話だという理性は、私の頭の片隅で悲鳴をあげていた。

 

 それでも――。


 セレスティナが憧れるロマンスのために、私は自邸のバルコニーの手摺を乗り越える。


 そんな愚行に賭けるしかなかった。

 



 

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