第6話 逢瀬の機会はどのようにして得られますか?


 ベオグラード家からの断りの手紙は、もはや使い回しの言葉で埋め尽くされるようになった。


 恋物語の舞台観劇ならまだ来てくれる可能性があると踏んでいた自分の浅はかな考えは、この使い回しの断り文句の前に木っ端微塵に砕け散る。


 自分は他の者より優秀だと思っていた。

 

 実際、公爵家を盛り立てるという役割において自分の力量に不足を感じることはない。


 それなのに、何故セレスティナだけは思う通りにならないのか分からない。


 彼女の心を掴む事は、公爵家の立場を向上させるより遥かに難しいことだった。

 

 ――だが、手立てがないわけではない。


 断言しよう。

 彼女の興味は私にない。


 しかし『他人の美しい恋』にあることは分かっている。


 ならば、彼女が熱狂できる最高の舞台を、私が用意すればいいだけの話だ。


 二人きりで逢瀬をなんて甘い願望を抱かなければ……ということが前提にはなるが、この戦略に間違いはない。


 ただ一つ問題がある。


 どのようにしてその舞台を整えるかという一点である。

 彼女が求めるロマンスの主役が分からない。

 

 彼女は恋という舞台に限った情報戦においては天才的だった。

 

 そもそもおかしな話なのだ。

 

 女遊びの激しい伯爵子息が子爵令嬢に恋心を抱いている事を知っていたことはまだ理解できる。

 伯爵子息の動きさえ注意深く見守れば察しがつく者もいるかもしれない。

 

 しかし恐るべきは、第二王子と婚約中のカランセベシュ家の娘に、隣国の王子が恋慕の情を寄せているなんて情報を、当主である私より先に彼女が掴んでいたという事実。 


 たかが恋心だが、されど恋心。

 

 その恋心は第二王子の地位を『王位に最も近い者』から『最底辺の者』にまで落とし、我が家の命運を左右した。

 

 人を内面を見る洞察力だけでは、その情報を得る事などできないだろう。

 

 その洞察力と掛け合わされる、幾重にも積み重なった彼女独自の情報網がある事は間違いがなかった。


 実際、令嬢間で開かれるお茶会における彼女の参加率はかなり高い。


 ちなみに私は一度も誘いを受けてもらったことはないのだが、調べた結果によると『よほどの理由がない限りお茶会の誘いを断らない侯爵令嬢』としてセレスティナは通っているそうだ。


 情報戦での不利。


 この力を覆す為には公爵家という大きな権力と幅広い人脈を使うしか方法はなかった。


 その結果がこちらの一覧である。

 

 部下に調べさせた各家の情報。

 記載されているのは、既婚または婚約者が居るかどうかの簡潔な情報のみだが、その量は膨大だった。

 

 他人の『恋』の話を集める事の難しさに、再び私は頭を抱えた。


 欲しいのは貴族達のの有無とであって、婚約者が誰かではない。

 

 婚約者が想い人であるとは限らないし、もう婚姻することがほぼ確定している相手の情報を集めるのでは意味がなかった。


 広い執務机に突っ伏して、生まれて初めて自分の無力さに打ちひしがれる。

 

 そんな時――ふと思いつく。

 これぞ天啓というのかもしれない。


 舞台がわからないなら、いっそセレスティナ本人に舞台を整えさせればいい。


 予備のドレス一式を伯爵家のお茶会に持参するような用意周到な彼女のことだ。

 舞台さえあれば、彼女が主役と筋書きを準備するはずだ。


 私は磨き込まれた机の引き出しから、特注の便箋入れに手を伸ばした。


 セレスティナの為だけに拵えた最高級の紙と職人の技術を尽くして美しい便箋には、令嬢達の間で流行している花の香りを閉じ込めた仕掛けが施してある。

 

 この手紙が、彼女の心をわずかでも射止めるための、完璧な一手だと信じて。

 私は緊張と期待が織り交ぜられた深い呼吸とともに、特注の金縁のペンを手に取った。


 ゆっくりと、しかし迷いなくペン先をインク壺に沈める。


 ――拝啓セレスティナ侯爵令嬢。



 


 

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