貴女の悪意は通用しない

@akabaneyuuya

不幸と拭えない不幸

レジーナ王国、中心部である王都中央部は特ににぎわっていた。


石畳が敷き詰められ、茶色い煉瓦で覆われた家々では提灯や装飾が壁面に吊り下げられ、屋台街を抜けると、お祭り気分のほろ酔いの大人たちが町の喧騒をBGMに楽しんでいた。


街全体が賑わいを見せている中、豪華絢爛に彩られたパーティーがレジーナ王城で行われている。


それが王国設立記念パーティー。


レジーナ王国屈指のメインイベントであり、王族主催の数少ない催し物のひとつ。


レジーナ王国の建国記念と、王国の末永い繁栄と王族の威光を知らしめる大事なパーティーには、王国有数の名門貴族の参加はもちろんのこと。


普段王都に寄り付かない辺境貴族から、外国を飛び回り、商売に明け暮れている権力者、さらには外国の貴族まで参加している。


婚期が近い未婚の貴族たちは、婚約者探しに浮足立ち、権力者たちは横のつながりを広げるために腹の底で策謀を巡らせ、王族は貴族、権力者が参加するパーティーでミスがないように緊張の糸を張り巡らせている。


――と、様々な思惑があるが、レジーナ王国の最大規模のパーティーと覚えておけばいいだろう。


長い王国の歴史の中、この王国設立記念パーティーには、王族の慎重すぎる警備の甲斐があって、大きなトラブルはなかった。


だが、この日、この楽しいパーティーに水を差す者がいた。


――後に栄光ある王族の歴史と経歴の中で深い瑕を残すほどの茶番劇となることを、誰が予想しただろうか。



…………。



パーティー受付にて。


鎖骨と胸元を大胆にはだけさせ、ブラックダイヤモンドを縫った、緻密で優雅レースに覆われた長いタイトなロングドレスの裾を優美になびかせながら、白塗りの高級馬車から降りる絶世の美女がいた。


その後ろからは、彼女と対照的な、純白のかわいらしいドレスを着こんだ、撫子のようにおとなしい華奢な美女が下りてくると、会場で談笑していた男性陣は一瞬にして目を奪われる。


「見て、ラウラ。改めて、今日のドレス、どうかしら?あなたが考えたレースのデザインに、合わせたくて。この日の為に恋人におねだりしちゃったのよ?」


「デザインを喜んでくれて嬉しいけれど、繊細過ぎてドレス用のを編むのに1か月かかるのに、2週間で仕上げるなんて、相当無茶させたのね……。というか、西方のダイヤモンドをふんだんに使った自慢のドレスは?」


「ああ、あれ?なんだか、よく考えたら、宝石縫い付けてるだけのババ臭くてダサいドレスだと思ったから着るのをやめたわ。あなたのレースを生かしたドレスの方がよほど魅力的だもの」


「王妃殿下愛用のデザイナーのお店でしょ。王妃やデザイナーに聞かれたらきっと顰蹙を買うわ」


「王妃様愛用のデザイナーのお店だからといっても、ダサいものはダサいんだもの。それに、最近のは「私のデザインした服を着られて嬉しいでしょ」って考えがにじみ出ているのが嫌なのよね。王妃が愛用しているデザイナーといっても、嫌いなものは嫌いとはっきり言うのが私の主義よ」


「あなたのそういう着飾らないところは好きだけど、敵を増やしそうで怖いわ……」


「あら、敵だらけよ。少なくとも、私にいい印象を持つ貴族はそういないでしょうね。世間では悪女なんて呼ばれているくらいだもの」


王族主催のパーティー会場で、堂々と王妃愛用のお店を批判する女性、ドローレスはやれやれと肩を竦めて、パーティー会場へと足を踏み入れる。


会場は一流のオーケストラの演奏による清廉で荘厳な弦楽器を使った音楽が流れ、音楽の間をざわっと縫って参加客の談笑が聞こえてくる。


ぶわりと上品な香水に混じった料理の匂いが漂ってくれば、ドローレスにやっとパーティーに参加しているのだという意識を芽生えさせる。それと同時に、趣味の悪い金と白で統一した内装に不快感を顕わにする。


「相変わらず趣味悪……、いえ。お金に物を言わせたパーティーだこと。品位のかけらもないわ」


「ドローレス。ここはもう王族の領域よ……。うかつな言動は避けるべきだわ。王族がどのような人間であれ、国の象徴で、頂点であるのは変わらないのだから」


友人の危機感のない言動に、心配で眉を潜ませるラウラ。


ドローレスに気持ちは伝わったのか、不満そうに眦を細めつつ、懐に隠していた扇子を広げて顔色を隠す。


「はいはい。わかったわ。今はこの無駄口をつぐみましょう。パーティーが始まる前に盛り上がってはせっかくのパーティーも興ざめしてしまいますものね」


「……はぁ」


苛烈なドローレスの態度に頭を抱えつつ、彼女の後をついていくラウラ。


侯爵令嬢のドローレスと、公爵令嬢のラウラ。本来なら先を歩くのは序列的にラウラのはずなのに、ドローレスは当然のように彼女の前を先導する。


これには複数の理由があった。


ひとつは、ドローレスの傲慢な性格であること。ひとつはラウラが基本的に目立ちたがらない性格であるということ。二人には確かな友情があり、貴族の序列など気にしていないこと。


この些細な非常識な行為があえて二人の信頼関係を物語っていた。


それに、貴族としてはラウラの方が序列が上だが、ことビジネスや社交界においては、ドローレスの方が序列が高いとされている。


これは、ドローレスの国への貢献度にも由来している。


まずひとつが――。


「あら、カルロス・フィゲロア第一皇子。ご機嫌麗しく存じます。相変わらず、我が国の太陽である国王陛下とも引けを取らない眩しいほどの輝きで、圧倒されそうになりましたわ」


王族の親戚と挨拶を交わしていたフィガロア帝国の第一皇子、カルロス・フィゲロアはベージュ色のシャンパングラスを揺らしてドローレスの存在に気づく。


つまらなそうに挨拶をいなしていたカルロスの表情は、花が開いたように明るくなり、高貴な存在など気にも留めず、この場で序列が低いドローレスに、優先的に挨拶を交わした。


「やぁ、ドローレス。久しぶり。君こそ、その芯の通った美しさが健在で安心したよ。今、暇?一緒に会場を回らないか?」


飲みかけのシャンパングラスをウエイトレスに渡し、ドローレスの腰に腕を絡めてから、耳元で甘えるように囁く。


はたから見たら恋人同士のような光景に、無視をされた王族の親戚たちも驚くが、さらに驚くべきは、ドローレスが手元のセンスの先っぽをカルロスを拒絶したことだった。


「遠慮するわ。他国の皇族がパーティーで女を連れ回すだなんて、次期妃候補だと触れ回るようなものじゃない。そういう面倒なことはお断りよ。今は特定の男の物になる気はないの」


「面倒だなんて。熱い夜を何度も過ごした仲なのに、連れないじゃないか。帝国に来れば、財産、名声、権力、暴力すらも思うが儘にさせてあげるのに」


「誰かに与えられるだけの人生なんて、こちらからお断りだわ。そのようなつまらない女を望みなら、他の女を誘ったら?それなりの令嬢を紹介してあげるわ」


「僕は君が欲しいんだ。いつ、僕の切実な想いはお前に届くんだ?」


「今のあなたのままでは、永遠に私に届かないわ。私、魅力的な男性とはお近づきになりたいとは思うけれど、向けられる愛情は一途じゃないと嫌なのよ?今のあなたに魅力はこれっぽっちも感じないわね」


煽情的に瞳を緩ませ、カルロスを帝国の代表ではなく、一人の男性ともとれる視点での評価を口にする。


カルロスは、自分を個人として扱うのはドローレスだけだと、怒りどころか楽しそうにくつりと喉元の鳴らす。


「じゃあ、僕が次期皇帝となれば、その隣についてくれるか?」


ドローレスの試すような言葉に、カルロスもドローレスの真意を聞くための言葉で返す。


ここで頷けば、ドローレスは他国の政治に首を突っ込むことになる挙句、カルロスの求婚を肯定したともとらえられる。


逆に、否定すれば現時点で帝位に一番近いとされているカルロスに対しての無礼を働くことになる。


ここにレジーナ外交大臣がいたとすれば、額にぶわりと冷や汗を掻くだろう。


なにせ、フィガロア帝国は大陸随一の国土と文化、そして武力を持つ大国であり、敵に回して戦争にでもなった暁にはいくらレジーナ王国でも無事ではいられない。


「ふふ、冗談がお上手ね。皇族が他国の王族を娶るならともかく、一塊の貴族だなんて、帝国の品位と釣り合わないわ。それに、せいぜい、嫁いだところで、側室でしょう?どこの馬の骨とも知れない女と男を共有するだなんてごめんだわ」


「……君には複数人の恋人がいるじゃないか。彼らは君を独占できなくても構わないと?」


「こういう女がいいとアプローチをしてきてくれたんだもの。仕方がないわ。私には特定の一人を大事にするなんて器用なこと、できないもの」


女性の婚前交渉が罷り通らないこの国で、異質ともとれる発言に、初心な令嬢や、貞淑な貴婦人は頬を赤らめるが、それすらも異としないドローレスは、蠱惑的にカルロスに笑いかける。


揚げ足を取って、あわよくば、と思っていたカルロスも貶すわけでもなく、かといってプロポーズを拒否する回答に困ったように頬を掻いた。


「私の人生を左右するほどの選択肢を迫るなら、相手も人生が変わってしまう選択肢を差し出さないと不公平でしょう?」


「――ふ、本当に、君は楽しませてくれる。今日は僕が折れるよ。また、どこかで食事会でも開いて、親睦を深め合おうじゃないか」


「ええ、それなら、いつでも大歓迎よ。またね、カルロス」


最後にカルロスを呼び捨てにすると、カルロスの頬に唇を寄せ、軽くキスを落とす。


突然の行動にカルロスは驚いて新緑色の瞳を丸くさせるも、自分の心を動かした想い人はすでにビュッフェ台の前で小皿を持っている、自分とはまた違う美しい男性に声をかけていた。


自分が太陽のような煌びやかな美しさとしたら、次に声をかけた男性は月明りに照らされた静かな夜の湖面を思わせるような冷たく、清廉な美しさを持つ男性。


それを見て、カルロスは頬に残っている熱を感じながら、きゅ、と胸を締め付ける思いでドローレスに釘付けになっていた。




…………。



「そのハム、美味しそうね」


ピンク色のつやのある薄い肉をフォークで突き刺した、氷のような冷たく清廉な容姿を持つ男性は、ドローレスの声がして後ろを振り向く。


「……ドローレス嬢、ご機嫌麗しく存じます」


小皿を脇に置いて、胸に手を当てて慇懃な態度で礼をすると、ドローレスは不満そうに頬を膨らませる。


「そんな恭しくしないで? 他人行儀みたいで好きじゃないわ」


「王族主催のパーティーですから。マナーは大事かと。俺は新興貴族ですから、こういうのをきちんとしないと、古参貴族たちが突っついてくるんです」


――彼の名はベルナベ・ロドリゲス。元平民の伯爵の位を持つ若い貴族だ。


このレジーナ王国には二つの貴族に分けられる。


ひとつは、国王や国から直々に爵位を賜り、代々家を守り抜く古参、中堅の貴族。


もうひとつは、没落寸前や、税率や領地運営、事業の経営悪化などで金銭に余裕をなくした貴族から、大量の金銭と引き換えに爵位を買う新興貴族。


ベルナベは後者の新興貴族に位置する。


貴族は、爵位を賜った先祖が功績を上げた家がほとんどで、貴族であることに高いプライドを持っている。


ドローレスも、この古参貴族の家に該当し、通例であれば、古参貴族たちは、金で爵位を買った新興貴族を嫌っている。


しかし、ドローレスは甘い顔を浮かべて、ベルナベの肩に手を置いた。


「うふふ。そういう礼儀を重んじるところは嫌いじゃないけれど、いつもみたいにどっしりと接してくれた方が、私も気が楽だわ」


「そうか。そういうなら、そうしよう。それで、レティ。俺を目の前にして、他国の皇族と随分と仲睦まじそうにしていたじゃないか」


――新興貴族、元平民。


そんな肩書など、ドローレスには関係ない。


ドローレスとベルナベは、お互いの腹の内を知り、全てを受け入れている仲だ。


そのような偏見で壊されるほど、二人の関係は浅い物ではない。


「カルロス皇子のことかしら? なぁに、嫉妬してくれているの?」


「当たり前だ。俺が与えたドレスで、宝石で、同じ香水のブランドさえつけて、全てを着飾ったお前が他の男に熱い眼差しを送る姿を見させられるのが、嫉妬せずにいられるのか?」


「まぁ、泣く子も黙るロドリゲス伯爵が弱気なのね」


「はッ。俺が嫉妬深いことは、百も承知だろう? お前が他の男に薄紅色の唇を綻ばせ、その白磁の肌を吸い寄せる度にこの世のあらゆる痛みを与えて、俺の女に近寄ったことを後悔させたいくらいさ」


強い嫉妬心で眦を細め、ドローレスに対して挑発の表情を向けるが、ドローレスは意に介していない様子でくすりと笑う。


「あら、私がこういう女だって、知っているでしょう?」


「もちろん。奔放で自由なお前を愛しているからこそ、お前が認めた男をどうしていようと我慢しているんじゃないか」


「ふふ、相変わらず可愛い人。……じゃあ、嫉妬しすぎて嫌われないように、可愛がってあげなきゃ」


一目も憚らず、恋人の頬に白魚の指先を吸い寄せる。


するり、と指先で頬をなぞると、猫が主人の手で甘えるように、すり、とベルナベは頬を擦りつけた。


「期待してる。お前に変な虫がつかないように、俺という存在を、深く刻み付けておかなきゃな」


「素敵ね」


最後に、ギラリと鋭い眼光を放ってベルナベは男の影が常に絶えないドローレスに対し、不敵に笑った。


とても、貴族とも、純粋で素朴な平民とは思えない、危険な色を孕んでいた。


まるで、王国全ての悪意を内包しているような、背筋が凍るほどの恐ろしさを向けられたドローレスではなく、周囲で談笑していた招待客が、本能で感じたように、身を震わせた。


――。






パーティーも平和に順調に時間が進んでいき、中盤に差し掛かった頃だった。


「悪女ドローレス!今日こそ、オマエの罪を告発するッ!!」


一人の若く、傲慢な男が水袋を破裂したような大声が会場をしん、とさせた。


ドローレスは、美味しいお酒に舌を鼓みしながら、親交がある貴族や令嬢に囲まれて、その背後では自分を無視して男性とイチャイチャしていたことに対する苦言をラウラから聞かされていた。


ドローレスたちは、ただならぬ声に、声がした二階席の方に顔を見上げると、そこには派手な金髪に、素朴な漆黒の瞳の白の豪奢なスーツを着込んだ派手な青年と、その背後には人形のようなふわふわの赤髪に、守ってあげたくなるような華奢な体つき。見つめられれば恋に落ちてしまいそうな甘いたれ目を持つ少女が身を縮めて、ドローレスを見つめていた。


「オマエは、ベレンを虐め、仲間外れにし、この間は王宮内の階段から突き落とし、大けがを負わそうとした。それだけではない!暗殺者を差し向けて、馬車でひき殺そうとしたな!到底許されるものではないッ!」


大声を上げた青年――この国の第二王子であり、「ドローレスの婚約者」でもあるハビエル・タマメスは少女を連れて、つかつかとドローレスに向かって歩いていき、ドローレスの悪事の数々を吐き出す。


ドローレスは小首を傾げると、扇子を広げて、その扇子の下でほくそ笑む。


この事態は想定していた。


そんな余裕すらも感じさせ、微動だにしない。


迫力迫る権力者の表情は並みの令嬢であれば、喉の奥が凍って声すら絞り出すことも難しいだろう。


ドローレスを知らない招待客からすると、わずかな動きしか見せないドローレスが、ハビエルに対して恐怖心を抱き、凍り付いているのだろうと想定していた。


ハビエルの熱はヒートアップしていく。


「ベレンに対しても許されるものではないが、オマエの不貞行為も知っている!そこのベルナベ・ロドリゲス伯爵と身体の関係を持っていることも裏が取れている!これは、婚姻前の不貞行為に他ならない。……以上の罪をもって、婚約を破棄し、然るべき処罰を受けてもらうぞッ!」


全てを言い終わったハビエルは、言い切った達成感と疲労で大きく息を吸って、吐いてを繰り返す。


怒涛の言葉の乱れ打ちに周囲もあ然としているが、冷静を取り戻し、ドローレスの悪事を暴露しているのだと認知すると、招待客の注目はドローレスに注がれた。


湖面のように静かになった会場は、ドローレスの声が一石となり、波紋を作る。


「子供のように癇癪を起した結果が、この陳腐な茶番劇ですの?……表紙抜けですわ、ハビエル王子」


首をもたげ、失望の色を滲ませる。


ドローレスは、もっと面白いものを期待していたのに、とこの状況を他人事のように楽しんでいる節も見せる。


馬鹿にしている態度だととらえたハビエルは奥歯を噛みしめる。


「不貞行為に殺人未遂だぞ!よくも、冷静にいられるなッ!!」


「…………そもそも、その後ろのちんちくりんはどなた?」


「ちんちくりッ……!!」


「ベレン・デルガド子爵令嬢だッ!知らないとは――」


「子爵令嬢?……まぁ、デカルド子爵家の。ご息女がいるとは知りませんでした。私、デカルド子爵様とは事業の関係で仲良くさせていただいてますのよ」


パチン、と扇子を閉じてにこやかにベレンに微笑む。


『子爵からはお前のことをなにも聞いていないが、本当に子爵の娘なのか?』その言葉の裏には毒が含まれていることを、ベレンでも理解していたからこそ、さらに身を縮こまらせる。


瞳の奥がゆらり、と揺れるのをドローレスは感じ取っていた。


ひとつ、ベレンの弱点を掴んだと、一層表情に笑顔を刻む。


「おかしいですわね。一応は子会社の家族構成は把握しているつもりなのですけど、あなたのお話は一度も出ておりませんでしたの。うふふ。ご息女がいらっしゃったのなら、デカルド令息と同じく、プレゼントでも送って差し上げたのに」


「私は、病弱でしたから、父から話が出なかったのは、当然のことですわ」


ベレンは、やっと口を開き、息を吹きかければ消えそうな蝋燭の火のような語尾で反論した。


弱弱しい態度が彼女の本性なのか、はたまた、男性の庇護欲を煽るための演技なのか。


ドローレスは彼女の言葉を聞いて、追い打ちをかける。


「まぁ、病弱なのに、こんな賑やかなパーティーに、婚約者がいる殿方と出席する元気があるのね。羨ましいわ」


「ドローレス!今回の件とは関係がない。論点をずらして話題をそらそうとしているだろう!」


(不貞を突っついてきたのは、そっちなのに)ドローレスはじとりとハビエルを睨むが、弱い者を蹴り飛ばしても面白くはないと気持ちを切り替えてハビエルに向き直る。


「失礼しました。私の不貞行為を問うのなら、ハビエル様も人のことは言えないのではないかと。そういいたかっただけですわ」


「では、まず、不貞行為は認めるということだな?」


「ええ」


興奮を抑えるために、小さく息を吐いて、勝ち誇ったように鼻で笑う。


元から、その件に対して、ドローレスは否定する気もなかった。


ハビエルは「やっぱり!」と笑みを浮かべるが、ハビエルからしたらドローレスは非があるはずなのに、詫び入れもせず、言いたいことがあると頬に手を添えた。


「でも、国王陛下から婚約の話をいただいた時に、陛下からは許しを得ていますのよ?「ハビエル王子では男性として満足できないでしょうから、他の男との関係も許すことが婚約の条件」だと。愛人を持つこと自体、この国では違法ではありませんし、男性の側室制度だってあるほどです。女性が認められないのは、おかしなことですわ。……政略結婚を望むのなら、そういうこともあるでしょう?」


「オマエのどこに政治的利用価値があるというのだ!」


「まぁ、ハビエル王子ったら、ご冗談が上手ね。この縁談は陛下から持ち掛けられたものなのですよ?ねぇ、陛下?」


ドローレスは、二階にある王族の席に視線を滑らすと、この日の為にあつらえた特別な衣装に身を包んでいるのにも関わらず、困惑の表情を冷や汗で汚す国王の姿があった。


国王は乾いた唇を舌で湿らせた。


「……ハビエル、これは、どういうことだ」


「父上!この女が、不貞を行ったのは周知の事実。さらには貴族の令嬢を殺害しようとしたのです!厳正な処罰を求めます

!」


ハビエルは自分の正義を信じて自らの父にドローレスの処罰を乞う。


しかし、国王は自分は関係ないと視線をそらし、椅子に座りなおす。


思ったような展開にはならず、ハビエルは首を傾げ、もう一度声を張り上げた。


「父上!」


「……王子。第二王子であるあなたが、一番王位に近いのは、なんでなのかご存じ?」


突然の関係のない質問に、ハビエルは口答えをするが、ドローレスは真剣な表情で、答える気のないハビエルに聞く。


「それは、俺が父上から一番信頼されているのだ!だから、正妃の子である兄上よりも俺が優先されたのだ!」


「――ぷッ、うふふふふふッ」


唇をなぞって、零れる笑いを抑える。しかし、手で押さえる程度では、笑いを抑えることができず、一人、ドローレスの爆笑がシャンデリアを揺らした。


「なにが可笑しい!」


「あはははは……、可笑しいったらないわよ。全てにおいてあなたより優れている第一王子より、継承権もない。さらには、お母さまは側室で、政治的な後ろ盾もない弱小貴族の血を引くあなたが、本当に、あなたの力だけで王位に近いと思っていたの?」


「だが、実際に、現時点では兄上より地位が上だ!」


ハビエルは、国王の二番目の側室、元男爵令嬢であるアナスターシャの子。その上の一番目の王子、ガエルは正妃の子であり、文武両道で次期国王候補としては申し分のないスペックだった。それでも、ハビエルが選ばれた理由は複雑な理由と、国王の感情的な問題が大きかった。


「馬鹿ね。自分の置かれている状況も理解できないなんて。時期国王候補よ?国の命運を左右する問題を、ただ「国王に寵愛されているから」と言って、なれる立場ではないのよ」


「俺が、ただ国王に贔屓されているから、なれたとでも!?」


「そうよ。あなた、第一王子より優れたところはあるの?国王の血を引いている以外で、優れているところは?勉強?遊んでばかりで授業をしょっちゅう抜け出すあなたが?武才?真剣すら握れないのに?カリスマ性?あなたの周りには、愚かな馬鹿王子を傀儡にしようとする者しか集まっていないじゃない。じゃないと、こんな短絡的で無計画な茶番なんて起こさないわ?」


「たかが侯爵家の分際で……ッ!なら、オマエには優れたところがあるとでも――」


「だから、私が婚約者として選ばれたのではなくて?」


ハビエルは感情的にドローレスを罵ろうと質問を返すが、迷いなくハビエルの言葉に頷いた。


王族を相手にへりくだった態度を取るかと思いきや、傲慢な回答にハビエルの声帯は石化の呪いに掛かったように固まった。


自分より立場の弱い者に対しての言葉を持ち合わせているが、全ての人間を見下した態度を取るハビエルには、自分の見下し、あまつさえ、自分より優れていると豪語する人間に掛ける言葉を持ち合わせていなかった。


――優れた兄を差し置いて、王太子として決まった時から、ハビエルは、今まで抱いていた劣等感を、王族と王太子という権威を振りかざしながら、頭ごなしに、努力なしに優越感を満たしていたのだから、当然だった。


今まで、見下していた女が自分という偉大な存在に、正義に膝をつこうとしない。こうなるはずじゃなかったのに、とハビエルは何度も自分の行動に対して問いかける。


「なんでッ……」


そもそも、何故、自分の王位継承権にドローレスが関わってくるのか、ハビエルはそこすら理解していなかった。


ドローレスは未だ状況を理解できていないハビエルに落胆の色を示した。


「質問ばかりね。少しは、思考を回転させたら?……私と婚約をして、あなたが恩恵を受けたこと、あるんじゃない?」


ハビエルは陽光のように眩しい金髪を掻きむしる。


ドローレスに馬鹿だ、と言われ、ドローレスの質問に対して考える。


――ドローレスとの婚約で自分が得たもの。


そんなもの、やっぱりないではないか!と自身満々に宣言したかったが、実際、ドローレスとの婚約が決まった後に、トントン拍子に進んだ話もある。


まずは、王太子任命、その次は品位維持費――つまりはハビエルが思い通りにできるお小遣いが増えたこと。貴族や権力者が、ハビエル自身を「側室の子」だと揶揄しなくなったこと。


格式高い貴族にしか使えられない獣人の使用人だって、何人か身の回りの世話をしてくれている。


だが、ハビエルは、それを「タイミングがよかっただけ」だと捉えていた。


まさか、それが、ドローレスに関係があるとは、今まで微塵も思わなかったのである。


王位継承権を持つものとして見向きもされなかった自分が。


やっと、日の目を見たと喜んだ日々が。


「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!嘘だッ!嘘だ!そんなはずがない!一塊の侯爵令嬢になにができるッ!俺は王族だぞ!こんな女……ッッ」


――全て嘘だっただなんて思いたくもなかったのである。


「継承権候補だったあなたのお兄様は、隣国の聖女様との婚約で王位を継がないと宣言してしまっのもあって、あなたを次期王として立場を作っていくことに国王陛下は決めたのよ。婚約は決まった時かしら?国王陛下から取引を持ち掛けられたのは」


「そんな……!でも、あんなに俺のことを大切にしてくれたじゃないかッ!」


大切、という単語にピンとこず、ドローレスは扇子の先で唇をなぞる。


「大切……?王子として恥を掻くことはわかっているはずなのに、馬鹿で無知のまま、今までほったらかしにされてきたのに?」


「馬鹿、馬鹿と!お前はどこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!」


「馬鹿じゃない。少なくとも、婚約破棄をしたいなら、きちんと相手の弱みを握って、あなたが置かれている立場を理解して、舞台を整えて、準備をしてくるべきだったわ」


閉じられた扇子の先を、今度はハビエルの小さい顎に滑らせる。


「私は、ただの侯爵令嬢ではないわ。この国の大商会連合を引っ張り、貿易や運送、建築、幅広い事業を手掛ける大店の主。私がいなければ、満足に他国と貿易もできないし、馬車を使った移動もできない。いつも使っている配達サービスや、郵便だって利用できない。たしかに、私の上には身分の高いご令嬢がいらっしゃるけど、美貌、財力、才能、そして、他国の要人と繋がりが強く、情報も多く有している女はいないわ」


この傲慢で自分を疑わない女が、信じられない。国王に否定して欲しい、と視線で助けを求めるが、国王は首を横に振るだけ。


この国一番の最高権力者が、言われるままとなっている。


それが、現実を物語っていた。


「あなたより、持っている物が多い私が、あなたに嫉妬を抱くわけないでしょう。ベレン嬢……でしたっけ?彼女の暗殺だって、なにが悔しくて、実行しなければいけませんの?そこまでして、愛を貫きたい殿方なら、既に、この国の玉座に座らせて差し上げてますわ」


「なんてこと……!不敬な物言いなのでしょう!」


「仮にも国王の手前だぞ。いくら王太子の婚約者としても、問題発言だ」


ドローレスの不遜な物言いが物議を醸す。


いくら、ドローレスがこの国トップレベルの財力を持つ商人であり、高位貴族だからとは言え、国で一番重んじるべき国王を前にして、玉座を引きずり下ろすと言っているようなものだからだ。


国王を支持する古参貴族を筆頭に、非難する声が大きくなる。


「悪女の性根は変わらないか」


「暗殺未遂も、実は本当のことなんじゃないか?」


悪女。それはこの国ではドローレスを表す言葉だった。


傲岸不遜、気に入らない女がいれば虐め抜き、金に物を言わせる悪徳な女。


この傲慢なドローレスの態度から噂が広がり、つけられた異名。


彼女にいい印象を抱かない者は、特に彼女が悪女だと噂を大に吹聴し、軽蔑する。


この時も、古参貴族は彼女に対して悪意を向けている。


しかしながら、国王は、力なく手を挙げて、貴族の口を閉じた。


「いや、いいんだ。実際、その通りなのだから……」


力なく、玉座から立ち上がり、ぽつ、ぽつと国王は話始めた。


ドローレスとハビエルの婚約の真実を――。


これは、約1年半前のことだった。


レジーナ王国は、隣国のユミル王国と戦争を起こしていた。


戦争の大きな理由の一つが、二つの王国に隣接しているアゼラ鉱脈の土地権についてだった。


アゼラ鉱脈は鉄が多く取れる鉱山であり、武器の製造はもちろん、馬車や生活用品、さまざまな物の部品に使われるため、需要が高かった。


レジーナ王国は、古くから、アゼラ鉱脈を所有していると宣言していたが、ユミル王国はそれを否定し、鉄が取れると知ると否や、自国の物だと明言してしまった。


元から両国の関係は良くなく、そこから戦争に発展。


国営費予算や昨今の日照りのより、食糧事情も良くなかったレジーナ王国は、国土も人口も大きい国ながら、食糧不足による戦況不利と、資金難に陥ったのだ。


そこで、手を差し伸べたのがドローレスだった。


国内こそ、よく思っている者は少ないが、ドローレスは奔放な性格から、学園時代には留学を、大商会連合に属してからは出張と称しては各国を飛び回り、各国のトラブルに首を突っ込んでは解決をしてきた実績から、意外と要人に対する顔が異様に広い。


例えば、フィガロア帝国では、元々、武官と文官が分かれて政治を行っており、争いが絶えず、貧富の差も激しい内政状態だったが、ドローレスが介入したところで一気に解決の方向へ向かった。鎖国国家だった南方にある小島が合併してできた、ミストラ連合国では珍しい工芸品や反物、スパイスなどの取引を成立させただけでなく、ミストラ王国を世界有数の経済国家へと押し上げた。


聖王国での偽聖女による国家転覆事件、西方の砂漠の国の王子暗殺事件を食い止めた功績……、彼女の傲慢なおせっかいに迷惑をしたものがいる反面、多大な恩を感じている者も少なくなかった。


その折、レジーナ王国の戦争では、ドローレスの資金援助の他、フィガロア帝国からは援軍による支援、ミストラ連合国や聖王国からは食糧物資の支援と医師の派遣。西方の砂漠の国からは最新武器の支援……。


その全てを「ドローレスが困っているから」と言う理由で支援されれば、国王もドローレスに対して無碍に扱うことができないのは想像に難くなかった。


この異様に外国に対しての顔の広さは、今後のレジーナ王国のさらなる発展の役に立つ。そして、彼女がもつ莫大な資金力は難ありな性格を考慮しても余りある。


その魅力に、元々、隣国の聖女との縁談が上がっていた第一王子ではなく、未婚の第二王子を彼女に捧げることで、王国に繋ぐ選択肢を選んだのだった。


ただ、ドローレスもいかに顔が広いからと言っても、レジーナ王国の中の地位は上の下。一国の王の縁談を理由なく断ることはできない。


だから、条件付きで、ハビエルとの縁談を了承した。


ひとつ、正式な婚姻を果たすまでの間、男性関係に一切の口を出さないこと。婚姻成立の場合は、跡継ぎの為に男児一子を産むまでの間、男性と関係を結ぶことは禁止すること。


ひとつ、ハビエルが自ら婚約破棄を申し出た場合、素直に承諾すること。


ひとつ、ハビエルには王位継承の為の教育を行うこと。具体的には、指定期日までに公用語を含む5か国語の習得、帝王学、上級数学、上級語学、王国史、世界史を過去100年分の暗記をさせること。


ひとつ、双方どちからの落ち度で婚約破棄に至った場合は、法律に乗っ取った賠償請求を可能とする。


他にも細かい要項はあるが、大まかに4つの取り決めをしていた。


ハビエル側は、そのほとんどの誓約書を破ってしまったことになる。


破ってしまった時のペナルティは、既に、誓約書の下に掛かれていた。


単純に言ってしまえばお金での解決と、王国新聞一面を使用した謝罪文の掲示。


その他にも約束事があるが、双方にとって契約違反をすると痛手になる内容だった。


ハビエルは、それを理解していない。国王の成すがままに誓約書にサインさせられ、ドローレスとの……悪女との婚約をずっと不満に思っていたのだから。


ハビエルは、ドローレスを追い詰めようとしていたのに、逆に自分がその立場となり、頭を抱える。


国王はそんな息子を、情けないと吐き捨てた。


「うちの愚息が、令嬢には悪いことをした。……申し訳なかった」


ぶつぶつと呟いているハビエルの横で、一国の王が頭を下げて、非を認めた。


それだけでも、貴族社会に激震が走る出来事で、貴族たちは、頭を下げた国王の姿に騒ぎ立て、同情が集まる。


しかし、ドローレスの顔色は満足に至っていない。


まだ足りない、と国王相手の頭を見下ろす。


「国王陛下、まだ、大切なことを忘れていますわ」


ドローレスはハビエルの後ろに向けると、ずっと固まっているベレン・デルガドがいた。


「後ろに隠れていないで、出てきなさいな。私に暗殺されそうになったのでしょう?罪を告発したいのでしょう?他人の口を借りずに、自分で全て話しなさいな」


ベレンの肩がぶるりと震えた。


ベレンは、こうなるとは思っていなかった。


――ハビエルとの出会いは、知り合いの伯爵令嬢のお茶会の時。


そこでハビエルと縁が続き、互いに関係を持つまで発展した。


ハビエルと関わってから、人生が薔薇色に色づいた。


恋人が王子だという優越感。


王族だから、デートやプレゼントに使う費用は他の貴族とは比べ物にならない。


友人も愛人の子や、貴族として問題がある者で集まっていたが、純粋な貴族もベレンに気を遣うようになっていた。


王子と仲が良い、というだけで自分の取り巻く環境全てが変化した。


デカルド家では、ベレンはそれなりに愛されていたと感じてはいたが、公式の場では空気のように扱われ、正妻の子である兄にはよくマウントを取られていた。


それが、ベレンにとっては不満だった。


愛人の子は、正妻の子より大切にされないのは、王国の常識。


それは当然のこと。貴族の正妻の子は、家柄も、血筋も申し分がない。


親戚同士の繋がりも濃く、家の大きな発展に役立つからだ。


ベレンの母は、踊り子で、平民。貴族としての利用価値は皆無。


利己主義の貴族の常識の中では、ベレンは優遇される立場にいない。


だから、ベレンはこの今まで感じた不満を払拭するように。より大きな幸せを手に入れるために、ハビエルを手に入れると、もっと、もっと、と欲しがるようになった。


――ハビエルの一番になって、この国で最高地位の女性になりたい。


その為には、ハビエルの婚約者であるドローレスは邪魔な存在だった。


自分の欲望を満たすために、ハビエルに虚言を吐いてまで、ドローレスに罪を着せようとした。


幸いにも、ドローレスは、悪評が高い悪女。


少し悪い噂を流せば、世論は傾き、状況証拠さえそろえば冤罪を着せることができると思っていた。


ハビエルは、王子だ。彼の後押しもあれば、後はどうにでもなる。


そう、計画していたはずなのに。


――どうして、自分は追い詰められているのだろうか。


まだ、一言も、なにも、言っていないのに。


「違う!私は、本当にドローレス様に命を狙われているんです!以前から、よく思われていないようですし、王宮の階段から、落とされたり、馬車で轢き殺されそうになったり……!ハビエル様、私、怖いわ!」


わっ、と暗い顔のハビエルに泣きついた。


大げさなほどの演技に、ドローレスは辟易して鼻息を吐いた。


「何故、私が貴女を陥れなければならないの?大商会連合の主で、貴女より財力もある。侯爵家の娘で地位もあり、素敵な殿方や恋人がいるのに――嫌がらせなんて。心に余裕がない人がするひもじい行為でしょう?」


「私の心に余裕がないですって!?」


「あら、そう聞こえたの?ごめんあそばせ?」


大国の皇子とつながりがあり、外国の要人の知り合いも多い。家柄も申し分なく、王国トップクラスのお金持ち。欲しいものは意地でも全てを手に入れてきた女が、本当に一塊の貴族の愛人の子に危害を加えるだろうか。


カルロス皇子を始めとした、各国のお偉い方と親しく話していた姿を見ていた貴族は、ベレンの余裕のない態度も合わせて、目を覚まし始める。


ここで、無暗にベレンと一緒に避難を浴びせれば、今度は自分にも災厄が降り注ぐ。


大衆は一歩ずつベレンから距離を取り、注目の視線はベレンの方へ集中した。


「――なによ、私、本当に、ドローレス様から、嫌がらせを受けたのよ……? 王女様主催のティーパーティーで、皆がおしゃべりしている中で除け者にされたり、王宮の階段から落ちるのだって、近衛隊が目撃している。馬車の御者人だって、今日のパーティーで呼んで、待機しているわ」


全て、準備万端だと口に出すと、ベレンの心に余裕が生まれる。そうだ。きちんと証言も準備してきている。


抜かりはないと。


ドローレスの慌てた姿を見たいと、上目遣いでドローレスを睨むが、ドローレスの笑みは深く刻まれるばかりだった。


「まぁ!五歳児でも守れるレベルのマナーを守れず、王女様主催のティーパーティーで暴れ、搔き乱した貴女が証人を呼べるほどの知能は兼ね備えていたのね。私、楽しみだわ!……早く呼んでくださる?」


扇子でぱたぱた、と自ら仰ぐドローレス。


「ハビエル様、証人を呼んでッ!」


「えッ……」


「外で待たせていますでしょう!早く!」


「あ、ああ……」


放心状態だったハビエルはベレンに言われて、焦りながら護衛騎士に命令して準備していた証人を呼ぶ。


――しかし。


「ハビエル王子、申し訳ございません」


「どうした」


「証人が、意見を翻して、証言しないと申しております」


「…………」


「どうしてよ!」


「なにやら、揉めているようですけれど、証人はまだですの?」


用意した証人が、土壇場で意見を変えた。お金も握らせて、意思もちゃんと確認したのに。


ベレンはくすりと笑っているドローレスに唾を飛ばしながら非難する。


「お金で証人を買収したのッ!最低ッッ!」


「なんのこと?私は、誠意をもって、お話をしただけですわ。それに、お金を握らせたのは、そちらでしょうに」


そこまでバレているのかとベレンの額から冷や汗が零れる。


全て、この女の手の上で踊らされていたのか。そう思わせるほどに、ベレンは自分が仕掛けた罠に八方ふさがりとなっていた。


「あッ……、うッ……」


「お話中、失礼致しますニャッ!」


首を絞められたような声がベレンから漏れ出た時、会場に新たな登場人物が現れた。


招待客としては、この場に不釣り合いなメイド姿に濃いピンクの髪を持った猫の獣人の青と深緑のオッドアイの少女と、同じ髪色で執事姿をしたメイドと頭一つ半分背が高い獣人の青年。


獣人とは、数が少なく、人間より身体能力が高い。人から隠れて群れで過ごす習性もあり、時折、食い扶持を稼ぐために人里に降りてくる獣人を雇うには、一人当たり金貨1枚を月の最低賃金としてでしか雇えない人気の種族だ。


その使用人が二人も。


「まぁ、ニャニャ。馬車で待機しているあなたが、どうしてここに?」


活発そうなメイドは、姿勢を崩さず、注目を意とせず、堂々と報告を上げる。


「この件で証言したいという人間を連れて来ましたニャ。連れてくる許可をいただきたいですニャ」


「どなた?」


「あの人間に買収された、馬車の御者人と、近衛隊の騎士だニャ」


無礼に、ニャニャは乱れのなく伸ばされた指先をベレンに向ける。


「ニャニャ、人間を差すのは無礼だニャ。人間のマナーとしては良くないニャ」


執事姿の獣人――ニャニャの兄であるニャスケはニャニャの行動を諫める。


「殺人未遂の濡れ衣を着せる極悪人ニャ。礼を尽くすほどの礼を持ち合わせてないニャ。人として認識しているだけでも感謝して欲しいくらいニャ」


「でも、ドローレス様の品位が疑われるニャ。心の中でそう思っていても、声に出さず、礼を尽くすのが主の為になるニャ。代わりに、見えないところならなにしてもいいニャ」


「たしかに!ご主人様、ごめんなさいニャ」


「ふふふ。正直なところが素敵よ、ニャニャ、ニャスケ。許可するから、証人を呼び出してくれるかしら」


「「了解ニャ」」


靴音を鳴らして、慌ただしく去っていくと、その1分後には、証人を抱えて戻ってくる。


入口に待機とあれば、数分はかかるだろうが、獣人の足は山で狩りをする為、とても速い。


ゴミが詰まったように捨てられた証人たちは、恐怖におびえた様子で、全ての証言を白日の下に曝した。


――全ては、ベレンによる自演だと。


ドローレスが関わった真実はないと。


この証言をもって、ドローレスの無実が明らかとなった。


全ての結果を覆すことが無理だと判断したハビエルは――。


「こッ!こいつが!この女が俺をそそのかしたんだ!お前に殺されそうになったのだと!だから、俺は悪くない!悪くない、よなぁ……? ガッ!」


「お嬢様に触れるんじゃないニャ。お前は罪のない人間に罪を着せようとしただけでなく、大衆を前に恥を掻かせ、自分の目的の為に人を陥れようとした滞在人ニャ」


「そうニャ。そこの女も逃げられると思うんじゃないニャ。猫の鼻は犬ほどじゃないけど、聞くニャ。逃げるつもりなら、地の果てまで追い詰めるニャ。ニャニャ、ネズミ狩りは超得意だニャ」


ニャニャとニャスケに取り押さえられ、頬肉を床に押し付けながら、取り押さえられたハビエルは憎々し気にドローレスを見上げた。


「――はッ。情けないこと」


「――二人を地下牢に閉じ込めておけッ!」


それから国王の命令が下されたのはすぐ後のことだった。


――――。


ハビエルによる婚約破棄事件と、ベレンによる殺害未遂の濡れ衣事件が収束し、パーティーは正常な空気が戻り始めた。


まだぎこちない空気は残っているが、美味しい料理に舌鼓を打ち、一流の音楽家たちの演奏に心を打たれれば、他人の痴態などどうでもよくなると言うものだった。


たまに、酒の肴として、先ほどの話で盛り上がることはあるが――。


「――ははは、とんだ茶番だったね。舞台を作った物が、自分が作った脚本で破滅するだなんて。面白い見世物だったよ。君もそう思わないかい?伯爵」


「…………」


ドローレスは、ハビエルとの一見がなかったかのように、今度はミストラ連合国の外交官との会話に花を咲かせている。


窓際で物憂う顔でワインを傾けていたベルナベに、カルロスは肩を叩いた。


カルロスは大国の皇子に対し、不遜にも無視を決め込み、ただワインを煽る。


カルロスは、無礼に憤ることなく、しょうがないと肩を竦めた。


「女の前ではお喋りなのに、男の前では話すことはないか?」


「しがない他国の矮小貴族程度に大国の皇子が声をかけてくださるなど、思ってもみなかっただけです。無礼を掻いたようで、失礼しました」


ぴくり、と眉を顰め、やっとカルロスと挨拶を交わす。


口調は礼儀正しいが、態度は不機嫌そのもの。


それもそのはず。ベルナベは、カルロスのことが気に食わない。


同じ女を共有しているという事実も気に食わないが、ベルナベの父親はフィガロア帝国の大貴族。そして、母親はレジーナ王国出身の平民。複雑な幼少期から、カルロスやフィガロアの貴族をよく思っていないというのも起因した。


しかし、ベルナベの「今の立ち位置」からして、気に入らないからと礼儀を欠くわけにはいかない。


生唾と一緒に不機嫌を飲み込んで、平常心を装う。


「そういうことにしておこう。それにしても、彼女はいつも僕を楽しませてくれる。退屈なパーティーも、彼女が現れるだけで、大衆喜劇の非じゃないくらい、場を搔き乱す」


「トラブルメーカーなのは、変わりませんね」


「――本当に。喉から手が出るほど欲しい、というのはこういうことだろうね」


ベルナベは心の中で「誘いも拒否されておいてなにをほざいているのだ」と嘲笑を浮かべる。


ただ、カルロスが意中の相手に思いを寄せているのは、それはそれで気分のいいものではない。


ベルナベは、ワインを一口、舌を湿らせた。


「渡しませんよ」


「おや、噂の氷雪の伯爵様が、嫉妬心むき出しか?」


「……大国の皇子に、一塊の他国の貴族と釣り合わないと、進言したまでです。それに、皇子には、あれは少し凶暴に過ぎましょう。よろしければ、甘えるのも、腰を振るのもうまい女を何人か紹介しましょう」


「それは、表のか?それとも、裏?」


「どちらでも。珍しい物を取り揃えておりますので、ある程度の特殊性癖にも答えられますよ」


「――はッ。王国随一の裏組織「アミールファミリー」の首領に、女を揃えてもらえるとは、光栄な限りだ。だが、遠慮しておこう。僕は、女の趣味にうるさいんだ」


「変わっている、の間違いでは」


「君にだけは言われたくない。……はぁ、今日はとても楽しめたよ。そろそろ、飽きてきたし、帰ろうかな」


話に区切りがつくと、カルロスは踵を返して会場を後にした。


その背を見送ったベルナベは、厄介な恋敵が増えたと頭を抱えた。

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貴女の悪意は通用しない @akabaneyuuya

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