第24話【合宿しませんか】

相楽さがら別宅】


 蝶子ちょうこ佑真ゆうまは夕食を食べながらまったり話をしている。今日のメニューは具だくさんのカレーだ。


佑真

「…ねぇ、蝶子?」


蝶子

「何?」


佑真

「今度の連休さ?来栖くるすの奴、また凄い量の課題出しそうじゃない?」


蝶子

「……。そうね。そしていつものケツバットね」


佑真

「だよな;;;」


蝶子

「それがどうかしたの?」


佑真

「うん。せっかくの連休だからさ、皆で集まって課題片付けない?貴弥たかや紗子さえこちゃんと咲妃さきちゃんはきっと終わらなそうな気がするし」


蝶子

「…そして泣きつかれるのね。初日に片付けてしまって皆で遊びましょうか」


佑真

「目に見えるよね;;; でさ?俺と蝶子だけだと手に余るからすぐるさんとかなでさんも呼んだらどうかと思ってるんだけど」


蝶子

「そうね。咲妃は優に教えてもらえた方が頑張れるかもしれないわね。私も佑真も課題片付けないとだし…うちに集まってやりましょうか」


佑真

「それと、もし良かったら深優みゆうさんも」


蝶子

「…え?深優姉さま?」


佑真

「蝶子?」


 蝶子は佑真から目を逸らすと、頬を染めて困ったような顔をする。


佑真

「…あ、もしかして、深優さんがエッチしないと寝れないの気にしてる?」


蝶子

「……///」


佑真

「大丈夫だよ」


たぶん。

うん。


きっと大丈夫…だと、思う…。


佑真

「ま、俺らも気をつけないとね?」クスクス


蝶子

「えぇ///」


佑真

「ごちそうさまでした!」


蝶子

「お粗末様でした。いつも思うのだけれど、別に私が食べ終わるの待ってなくてもいいのよ?」


佑真

「いいの。俺がそうしたいからしてるの。気になる?」


蝶子

「少し」


 佑真はいつも食べ終わるとテーブルから離れずに蝶子が食べ終わるのを待っている。そして蝶子が食べ終わるとふたり分の食器を流しに下げ、「今日もおいしかったよ。ありがとう」と言ってキスをするのが日課になっている。



◈◈◈



 翌日、放課後。

 まだ八雲やくもが来ていない部室ではわやわやと雑談をして過ごしている。


蝶子

「そうだわ。皆、連休は何か予定あるかしら?」


貴弥

「れ、連休…!!|||」


紗子

「貴弥やめて!思い出しちゃう!;;;」


将也まさや

「……|||」ズーンッ


蝶子

「そこの3人に来栖先生の宿題は片付けきれないでしょうから、佑真が皆で一緒にうちでやらないかって言ってるのだけれど」


紗子・貴弥・将也

「「「神!!」」」(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)パァァァ


蝶子

「それから、奏と優にも参加して欲しいのよ。私と佑真だけでは見きれないし、私達も自分の宿題があるし」


「俺は構わないですよ」


「俺も別に構わないです」


蝶子

「それと、佑真が深優姉さまにもって」


「深優ちゃんも?」


蝶子

「佑真なりにあなたと深優姉さまの事を心配してるのよ」


「…」


 ちょっと考えて深優に短いメッセージを送る。そのままスマホに視線を落としているとドアがノックされた。


「はぁい?」


―ガチャリ、ガラ…。


深優

「…またこの人が連れて来てくれた」


「いらっしゃい。深優ちゃん」


その人今すげぇ困ってるけど…;;;


 奏の姿を見るなり背伸びをして奏の首に腕を回して思い切り抱きつく深優。男子生徒はどうしていいかわからず目を泳がせている。


「あー…いつも連れて来てくれてありがとうね」


男子生徒

「あー…いや…。神崎かんざきくんの妹が見えるとこに居ると皆部活そっちのけになっちゃって;;; 邪魔とかそういうんじゃないんだけど、ね。あんまり見られるのも気持ちいいもんじゃないでしょ」


「優はファンが多いからなぁ。俺もあんまりそんな風には見られたくないから連れて来てくれて助かるよ。ありがとう」


男子生徒

「ううん。じゃ、オレそろそろ戻るね」


 男子生徒は手を振って駆け足で戻って行った。


「深優ちゃん皆見てるよ?」


深優

「…知らない」


「…困ったネコさんだね、深優ちゃんは」ポソッ


深優

「…」ツーン


 奏は諦めたように笑うと、すり寄る深優の腰に腕を回して部室に引き入れて戸を閉めた。すると深優が段差に足を取られ思い切り奏に寄りかかった。


深優

「…あ」


「∑わっ!?深優ちゃん大丈夫!?」


 そのまま奏を下に敷く形でふたりで倒れ込む。


―ドッターンッ!!!


「どこかぶつけたりしてない?大丈夫?」


深優

「ごめん。足元よく見てなかった。大丈夫」


佑真

「ふたりとも大丈夫ですか?」


「うん。へーき」


 深優がよろりと起き上がって、ふたりはやっとこ部室に上がった。


佑真

「奏さんは女の子に押し倒されても平気なんですか?」


「え?あぁ、うん。押し倒されたぐらいじゃ興奮しないよ。今のは事故だしね」クスクス


佑真

「そうなんですか」


「佑真は興奮しちゃう?」


佑真

「しませんね」


「だよねぇ。ふふ」


将也

「せ、先輩…」


「ん?」


将也

「先輩、男好き…ですか…?|||」


「将也くん…違うよ…|||」


 そして八雲がやって来てなんとなく微妙な空気で今日の部活がスタートした…。



◈◈◈



 数日後―。


 【3年1組】


担任

「それじゃあ休み中、あんまり羽目を外し過ぎんなよ?ホームルーム終わり!」


「終わった〜!のんびりできるな〜///」ンー


「連休は別宅で合宿だろ」


「行くけど。俺とくにする事無くない?深優ちゃん来るし、舞の練習しようかと思うんだけど」


「宿題どうするんだよ」


「やるけど。深優ちゃんも宿題出たって言ってたし」


「舞なんてやってる時間無ぇじゃねぇか」


―ガラッ。


耀脩ようすけ

「かーなっで☆」


「ん?耀脩さん…と」


 教室の入口に耀脩がハイテンションで立っていて、その陰には―


「ついに校長使って教室にまで押し掛けるようになったか。図々しい奴め」チッ


深優

「無理矢理引っ張ってこられたんだよ。僕は門の所で奏君が来るの待ってただけだ」チッ


担任

「お?その子が神崎の妹か。そっくりだな」


深優

「初めまして。神崎の妹です。兄がいつも迷惑を掛けてます」


「おいてめぇ」


担任

「あはは!可愛い妹さんだな。…それにしても、ずいぶん大荷物だな」


「そういえば…」


 深優はいつものスクールバッグの他に大きなスポーツバッグのような物を背負っていた。


「合宿は明日からでしょ?俺、朝一番で迎えに行こうと思ってたんだけど」


深優

「今日も奏君ち泊まる。じゃないと舞の練習がゆっくり出来ないんだよ」


「良いけど、どうしたの?」


「…母さんが邪魔するんだろ。一応、舞の先生だからな」


「そうなんだ。じゃあ帰ろっか」ニッコリ


耀脩

「誰も居ない神社に女の子とふたりきり…なんかドキドキしちゃうねっ!///」キャッキャッ


「…ほんと耀脩さんそういうの好きですよね」ハァ…


じゃなくて、だよ優。耀脩さんからエロを取り上げたら何も残らない」ニッコリ★


「それもそうだな」


耀脩

「( ° ཫ°):∵グハァッ!!」


 奏の口撃。


 耀脩に999999999のダメージ。耀脩は血を吐いて倒れた。


耀脩

「…ぐっ…さ、さすがやっちゃんの弟…|||」


「耀脩さんそこ倒れられると邪魔なんだけど。あ、深優ちゃん。先に昇降口で待っててくれる?部室の戸締りとか確認してくるから」


深優

「わかった。じゃあ、奏君の荷物貸して。あると邪魔でしょ?」


「え?重いしいいよ」


深優

「いいから。そのほうが早く済ませられるでしょ。早く来てね」ヨイショ…


「うん。じゃあお願いしようかな。ありがとう。すぐ済ませてくるよ」


―ちゅ。


深優

「!」


ざわっ…!


「頼むから俺の目の前ではやるな」ゾワゾワゾワ…


深優

「同じ顔だから気色悪い?」


「ほんっと可愛くねぇ妹だな」チッ


深優

「奏君が可愛がってくれるから別に要らない」


担任

「…仲、悪いのか?;;;」


「仲良しだから、ですよ」クスクス


 奏は揉める神崎兄妹を横目に楽しげに笑いながら部室へと向かった。



◈◈◈



【昇降口】


―ざわざわ。

―ざわざわ。


蝶子

「何かしら?すごい人だかりね」


紗子

「なにかあったのかな?」


佑真

「あ、深優さんが居るね」


将也

「いいなぁ〜。佑真でっかいから見えるんだ」


佑真

「まぁね。でも着る服無くて困るよ」クスクス


 人だかりから頭1個半程、佑真の頭は飛び出ている。なので、人だかりの先に居る深優の姿も確認できた。


佑真

「…あ?あれ」


貴弥

「?どうした」


 佑真のブルーグレーの瞳が細くなる。


「…ねぇ」


深優

「…何?」


「キミ、あおいと付き合ってるの?」


深優

「そうだよ」


佑真

「はいはーい。そこまで」


「…!」


 人だかりを掻き分けて佑真が深優と男子生徒の間に立ちはだかる。


深優

「蝶子さんの旦那?」


佑真

「…あの、藤澤ふじさわでも佑真でもいいんで…名前で呼んでもらえませんか?///;;;」


深優

「…じゃあ、佑真君で」カクリ


佑真

「お願いします;;;…で、深優さんに何の用ですか?


「…」


 佑真の喉元から低く唸るような声が漏れる。


 目の前に居るのは―


将也

「あ、和田…先輩…」


和彦かずひこ

「…全く…俺も嫌われたもんだな」クスクス


佑真

「そりゃそうでしょ。嫌われるような事するから」


「深優ちゃん」


深優

「奏君」


「お待たせ。荷物平気だった?重かったでしょ」


深優

「平気だよ」


「深優ちゃんちょっとごめんね」


深優

「?」


佑真

「奏さん?何してんすか?」


「佑真、ちょっとそこどいてくれる?」


佑真

「?うす」


 深優を和彦の方へ向けて、後ろから深優の両耳を手で塞ぎ、目の前から佑真を退かす。佑真が退いた真っ直ぐ正面に立っている和彦。


和彦

「なんだよ」


 スっと奏の顔から笑顔が消え、暗く沈んだ瞳で和彦を睨む。



「深優ちゃんを1ミリでも優の代わりにしてみろ。俺がお前をぶち犯して二度と消えない傷を負わせてやる」



和彦

「!」


佑真・貴弥・将也

「「「∑!?」」」ギョッ


「…さ、帰ろ深優ちゃん」ニッコリ


深優

「?うん」


 奏は深優から手を離すと、大きな荷物を深優から取り上げて何事も無かったかのようにさっさと昇降口を出て行った。


佑真

「奏さん怖ぇぇ…|||」


貴弥

「な…|||」


―ぽんっ。


将也

「っ!?」‪Σ( ˙꒳​˙ ;)ビクッ


「…帰るぞ。将也」


将也

「…あ、うす」


「お前らも。ここは3年の下駄箱だ」


 優の言葉に、放心する将也を含んだ全員が移動する。靴を履き替えた優は和彦を素通りして1年の下駄箱に行き、入れ替わるように靴を履き替えた佑真が和彦に近付く。


佑真

「神崎兄妹にも、石井兄妹にも、もう二度と近付かないでくださいね?


和彦

「…お前は何なんだよ」


佑真

「俺は優さんの弟でご主人様ですよ」


蝶子

「佑真、帰るわよ」


佑真

「今行くよ」


 昇降口を出て行く佑真の背中をつまらなそうに眺める和彦。


―ガンッ!!!!


和彦

「…どいつもこいつもおもしろくねぇ」


 下駄箱に蹴りを入れて和彦も昇降口を出る。



◈◈◈



 翌日―。


【相楽別宅】


佑真

「蝶子〜?」


蝶子

「何?」


佑真

「なんか凄い量の荷物届いたけど…」ヨイショ


蝶子

「あぁ。私と佑真の分しか生活用品が無かったから急遽買い足したのよ」


佑真

「そっか〜」


……。

って!!!!

人数分買ったのか!?;;;


蝶子

「悪いけど運んだりとか手伝ってくれるかしら」


佑真

「もっちろん!俺は力仕事しかできないんだから」アハハッ


蝶子

「そんな事無いわよ。色々手伝ってくれるじゃない。いつもありがとう」


佑真

「どういたしまして」ニッコリ


蝶子

「…っ///」


佑真

「?」(*´▽`*)ニコニコ


 蝶子は佑真の笑顔に弱かった。佑真はとりあえず玄関の荷物を客間と台所に運んだ。


―ピンポーン!!


蝶子

「あら、来たかしら」


佑真

「かも。これ俺がしとくから出て来て?」


蝶子

「えぇ。ありがとう」


―カチャリ…カラカラ。


蝶子

「おはよう。いらっしゃい」


紗子

「おはよー!!蝶子ちゃん!!///」


咲妃

「来たよー!!///」


蝶子

「朝から元気ね」クスクス


貴弥

「おはよーす!!」


「おはようございます」


「おはようございます。蝶子さん」


深優

「おはよう」


蝶子

「どうぞ。上がってちょうだい」


蝶子

「荷物を置いたら適当にくつろいでて。優、冷蔵庫の物好きにして構わないから。飲み物も色々買っておいたわ」


「はい。ありがとうございます」


蝶子

「じゃあ佑真」


佑真

「うん」


 佑真を連れて部屋を出ようとする蝶子を奏が呼び止める。


「あれ?どこ行くんですか?」


蝶子

「2階で宿題の続きをやりによ。もうあとちょっとで私も佑真も終わるから」


咲妃

「え〜。初日なんだから遊ぼーよ〜」プゥ


蝶子

「私と佑真の手が空けばゆっくり教えてあげられるでしょう?その為に集まったのよ?」


紗子

「わたしたちのために…///」


 「ちょっとだけ待っていてちょうだい」と言って蝶子は佑真を連れて2階へと上がって行った。


紗子

「……ホントに宿題をしに行ったと思うヒト〜?」ポツリ…


全員

「「「……」」」


シーン…。


「…確かめに行っちゃう?」


紗子・咲妃

「「行っちゃう!!行っちゃう!!」」キャッキャッ


 意外にもノリノリな奏と同じくノリノリな紗子と咲妃が2階に上がって行くと、なんとなーく優と深優と貴弥もついて行く。


【勉強部屋】


カリカリカリカリカリ…。


「ホントに宿題してる。ふたりともイヤホンしてるからバレなさそう…音漏れも凄い…」


 どれどれ、と全員が部屋を覗く。


紗子

「蝶子ちゃんも佑真くんもすごい集中してる…」コソコソ…


貴弥

「だな…」コソコソ…


 蝶子も佑真も凄い速さでペンを走らせていた。


佑真

「?っと、辞書、辞書…」


 呟いた佑真を目で追っているとずらりと並んだ参考書や辞書に手をかけた。参考書の数も凄いが、辞書の数も凄かった。


咲妃

「なんであんなに辞書持ってるのかな…」コソコソ…


深優

「…買ったの忘れる、とか」


「ウソでしょ…」コソコソ…


 ひとしきり覗いて気の済んだ6人は1階へと降りてきた。


「じゃあ俺も宿題片付けるかな」


深優

「僕も」


「俺もやろうかな」


 3年生3人はそれぞれ勉強道具を出して宿題を始める。1年生3人は…。


咲妃

「蝶子ちゃんと佑真が終わるまで遊ぼうっ!///」キャッキャッ


紗子・貴弥

「「さんせーっ!!」」キャッキャッ


 遊ぶ事に決めた。


だって自力じゃできないんだもんっ☆×3


 2時間後―。


「…そろそろ昼か」


「そうだね」ノビー


咲妃

「優〜、お腹すいた〜」


「ん。今用意する」


 「何が作れるかな」と冷蔵庫を確認する優。


【2階 勉強部屋】


佑真

「…っあ〜!終わった〜!」


蝶子

「お疲れ様。私も丁度終わったわ」フゥ…


佑真

「疲れた〜!蝶子、こっち向いて?」


蝶子

「何?」


ちゅ。ちゅ。むちゅぅ〜。


蝶子

「!!!?」


佑真

「ん。復活〜!午後も頑張ろうね!」ペロリ


蝶子

「////////」カチーン…


佑真

「蝶子?帰っておいで、お〜い?」クスクス


蝶子

「∑!!…おっ、お昼用意しないとっ///」


佑真

「優さんがしてくれてるみたいよ?いい匂いする」


 下の階からはほのかにいい匂いが漂ってきていた。


佑真

「降りよっか」


蝶子

「…えぇ///」


 蝶子と佑真が降りてくると、台所で優がフライパンをふたつ駆使して焼きそばをもりもり作っていた。その隣でなぜか紗子が目玉焼きを焼いている。


「おら。1年と深優先に食ってろ」


紗子

「貴弥!目玉焼きあげる!」


貴弥

「お、サンキュー!」


佑真

「なになに?貴弥だけ特食なの?」( •´∀•` )ニヤニヤ


貴弥

「∑にやにやすんなっ!!///」シャーッ


 そんなやり取りをしている隣で優は黙々と残りの焼きそばを作る。


咲妃

「ごちそうさまでしたっ」


「食器、流しに置いておけよ」


咲妃

「うん!優っ!」


「今日はダメだ」


咲妃

「まだなにも言ってないよ…;;;」


「お前午前中遊んでただろ。連休中は俺が決めた量の宿題終わらせなきゃデザートは無しだ」


咲妃

「∑えー!!?」ガーンッ


「返事は?」


咲妃

「…はい|||」ズゥゥン…


「宜しい」


 昼食を食べ終わると優が後片付けを始めて、その隣では奏がお茶の用意をしている。


「お前邪魔」チッ


「え?ごめ…」


「お前じゃねぇよ、だよ」


深優

「…」ツーン


 無視。


「…」イラッ


 奏の後ろには腰に両手をまわして深優が抱き着いている。


咲妃

「……」ジー…


「∑(*ºㅿº* ).ᐟ.ᐟハッ」


咲妃

「…深優さんいいなぁ…優はくっつくと怒るのに…」


咲妃ちゃんが;;;


「み、深優ちゃん、人数分の湯のみ向こうに運んでくれるかな?;;;」


深優

「わかった」


 深優が奏から離れて湯のみを乗せたおぼんを運ぶ。


深優

「…」ヨイショ…


咲妃

「…葵先輩は」


深優

「奏君?」


咲妃

「葵先輩は、台所に立ってる時にくっついても怒らないですか?」


深優

「怒らないよ」


咲妃

「いいなぁ…」( ´・ω・`)シュン…


深優

「どうして?」


―ぽんぽん。


咲妃

「!」


 振り返ると佑真が困ったように笑いながら咲妃の頭を撫でた。


佑真

「優さんは料理のプロだから。きっと台所に立つとプロのスイッチが入るんだよ」


咲妃

「…でも」


佑真

「大好きな咲妃ちゃんに美味しいものを食べさせてあげたいし、台所って火とか刃物とか危ないでしょ?優さんもただ怒るわけじゃないと思うよ?ね?」


咲妃

「…佑真が、言うなら…」( ˘•ω•˘ )ムゥ…


「おい」


咲妃

「∑優!?;;;」


「お前、なんでそんなに佑真に懐いてるんだ?」


咲妃

「え?そ、そうかな…でもそんなつもりは…」


「…。奏も調理中はひっつかせるな。危ねぇだろ」


「え、あ、ごめん。そうだよね。…お茶入ったよ!」


―ピピピンンポポポポーン!!!!


!!??


佑真

「なに!?誰!?;;;」


蝶子

「…もう、また。何度もやめてくださいって言ったのに…」ブツブツ…


佑真

「危ない人?;;;」


蝶子

「そうね。危ないと言えば危ないわね」


佑真

「俺、出ようか?」


蝶子

「大丈夫よ。お爺さまだから」フゥ…


佑真

「え?じーちゃん?;;;」


 蝶子はため息をこぼして呆れ顔で玄関へと向かった。


―どたどたどた!!ガラッ!!


大鷹佐おおたかのすけ

「佑真!!差し入れ持って来たぞ!!」カッカッカッカッ


佑真

「じーちゃん!!ありがとー!!…って、差し入れってビール?;;;」


大鷹佐

「おうっ!」ニカッ


 満面の笑みを浮かべながら部屋に入って来た大鷹は缶ビールの詰まった箱を抱えている。


大鷹佐

「お前はまだ自分では買いに行けないからな。この別宅には蝶子とお前しか居ないのも知れてるだろうし」


佑真

「そぉなんだよね〜!ありがとう!じーちゃん!」


蝶子

「佑真」


佑真

「うん?なに?」


蝶子

「1日3本までよ?それ以上飲んだら頬をはたくわ。いいわね?」


佑真

「は、はい…;;;」


 佑真はしょんぼりしながら台所にビールの箱を運ぶ。そんな佑真の後を優がついて行く。


「佑真、俺にも1本くれ」


佑真

「え、あ、はい…どうぞ…」( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)クスン


「……。全く飲むなと言われた訳じゃねぇーだろうが。泣くな」


佑真

「だって、風呂上がりはいっぱい飲みたいじゃん…」( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)


「我慢しろ」


佑真

「うぅ…」( ߹꒳​߹ )


 佑真は泣きながらビールを4本冷蔵庫へと入れた…。


大鷹佐

「…せめて5本ぐらい」


蝶子

「駄目です」


大鷹佐

「駄目なのか…」


蝶子

「駄目です。あまり佑真を甘やかさないでください。…というか、お爺さまは何か話があって来たのではないですか?」


大鷹佐

「なんだ、ケチじゃのー…」( ˙³˙ )


蝶子

「佑真は酔うとちょっと残念になるから駄目です。お爺さま、はぐらかさないでください」


大鷹佐

「…はぁ、お前に隠し事はできんな」


 手提げから大判の封筒を取り出すと黙ってそれを差し出す。


蝶子

「…また、ですか」


大鷹佐

「……」


〔相楽組 組長 相楽 大鷹佐殿〕


〔許婚候補推薦書類 在中〕


蝶子

「…」


紗子

「ゆ、ゆる…こん???」


「許婚候補推薦書類、だよ」


紗子

「え?許婚って…佑真くんじゃ」


大鷹佐

「…すまんな、蝶子。お前には辛い思いをさせる」


 言いながら佑真を見ると冷蔵庫の前で俯いてしまっていた。


佑真―…。


蝶子

「……。構いません」


佑真

「……っ」


大鷹佐

「…そうか」


蝶子

「お爺さまが古臭い仕来しきたりを変えたから、私は今佑真と一緒に居られるのです。だから、辛くなどありません」


大鷹佐

「そう言ってもらえると助かるよ」


 大鷹は顔を上げると弱々しく笑った。


蝶子

「期限はいつですか?」


大鷹佐

「来週の土曜日だ。日曜には挨拶に行かねばならん。直近で悪いが」


蝶子

「…わかりました。この書類は預かります」


 「じゃあ頼んだぞ」と大鷹はゆっくりと部屋を出て行った。玄関の閉まる音がして蝶子は封筒を開ける。


―ぺらり。


〔推薦書〕


氏  名:直江なおえ 京也きょうや

年  齢:15歳

最終学歴:木立南こだちみなみ高等学校 在学中

備  考:旧家「直江家」第十二代当主。部活は剣道部所属。……


蝶子

「…」


典型的なお坊ちゃんね…。


蝶子

「紗子、赤いマーカーペンはあるかしら」


紗子

「え?…はい、どう…」


!?


―きゅっきゅ。


紗子

「…蝶子ちゃん?それ、書類…」


蝶子

「お断りよ」


 蝶子は赤ペンを受け取ると書類に大きな‪✕‬印を書いてほっぽった。


蝶子

「相手がどこの誰であろうとお断りよ。特別護衛要員は…私の隣は10年も前から佑真の場所と決めているのだから。佑真以外なんて要らないわ」


佑真

「蝶子…」


蝶子

「相楽の跡継ぎは当事者同士で結論を出すのが鉄則。私が駄目と言えば駄目なのよ。…もちろん、相手の考えも訊かなくてはいけないのだけれど。どうせこのての話は親が勝手に推薦しているのだからすぐに話は無くなるわよ」


「その書類見てもいいですか?」


蝶子

「?えぇ、良いけれど」


深優

「僕も」


「ん?一緒に見る?」


深優

「見る」


 書類を手に取って深優と一緒に書類を見る。


「直江さんちの京也くんね〜…って、∑うわっ!!!;;;」


深優

「…無いな。この顔は無いな。どうせとんでもない俺様だよ。女が寄り付かなくて推薦されたんじゃないか?」


蝶子

「…どんな顔ですか……無いわね。駄目ね。この顔はきっと凄まじく相手を束縛するわね」


 奏は書類とある人物の顔を交互に見ている。深優はつまんなさそうにそっぽを向いた。蝶子はため息をこぼしている。


佑真

「とんでもない俺様で凄まじく相手を束縛する顔ってどんなか、お…∑うおっ!?;;;」


―ちらり…。


「なんで俺を見てる」ムッ


 全員にチラ見され、ムッとした優が奏から書類を取り上げる。


「………」


ブワッ!!!!!!←鳥肌


ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ!!!!


「気色悪い。…つーか、俺はとんでもない俺様でもなければ、凄まじく相手を束縛もしない」


咲妃

「…ウソ」


「なんだ?」


咲妃

「だって…ボクは、俺様でヤキモチ妬きで束縛する優を好きになったんだから」


蝶子

「咲妃が言うのだから間違いないわね」

深優

「咲妃ちゃんが言うんだから間違いないだろ」


「…」ムカッ


 ムッとした優がぐしゃぐしゃに丸めた書類をぽこんと咲妃に投げつけた。


咲妃

「あ!いたっ!間違ってないでしょ!;;;」


「うるせぇ。早く宿題やるぞ」


蝶子

「咲妃、その丸めた書類取って。シュレッダーにかけるわ」


咲妃

「え、あ、はい」


蝶子

「ありがとう。さぁ、紗子も一柳いちやなぎ君も宿題片付けちゃいましょう」


紗子

「はぁーい!」


貴弥

「はぁ…やるか…」


 蝶子と佑真を除いた全員が宿題を始める。


 ちなみに、優がぐしゃぐしゃに丸めた直江京也の写真は引くほど優にそっくりだった…。



◈◈◈



 そして時間は過ぎて17時。


咲妃

「うあ〜!!疲れたぁ〜!!;;;」アウアウ…


「あと1ページ出来たらデザート作ってやる」


咲妃

「!ホントっ!?///」


紗子

「いいなぁ咲妃ちゃん」


「全員分用意する。ただし今日の決められた分の宿題が片付けられなければ、お前達3人だけ無しだ。誰かひとり欠けてもダメだから」


咲妃・紗子

「「なんだってぇぇぇぇっ!?」」


貴弥

「連帯責任すか…|||」ズーン…


咲妃

「がんばろう紗子ちゃんっ!!///」フンフンッ


紗子

「がんばろう咲妃ちゃんっ!!貴弥もっ!!///」フンフンッ


貴弥

「わかってるよ…」


蝶子

「頑張ってね。さて、そろそろ夕飯の買い出しに行かないと」


「あ、じゃあ俺と深優ちゃんで見てますから、蝶子さん達買い出しお願いしてもいいですか?」


蝶子

「えぇそうね。お願いしようかしら」


 「いってらっしゃい」と蝶子と佑真と優を見送って宿題に奮闘する3人。


「さて、さっそくで悪いけどちょっと外すね。深優ちゃん見ててあげて。すぐ戻るから」


深優

「わかった」


咲妃

「深優さぁん…これどうやるんですか?;;;」


深優

「うん?あぁ、これはね」


 部屋を出て行く奏の背中を見送っていると咲妃が袖を引いた。


咲妃

「あー!できたー!///」


深優

「あと3問でデザートだね」


「はぁーい戻ったよ〜」


貴弥

「あ、先輩ちょうど良かった。これ教えてください」


「ん〜?どれどれ…」


 そんなこんなで奏と深優に手伝ってもらいながら3人はこの日決められた分の宿題を終えた。



◈◈◈



 しばらくして買い出し組が帰って来た。


佑真

「たっだいま〜」


蝶子

「ありがとう佑真。できるまでゆっくりしてて」


佑真

「はぁーい」


ちゅ。


蝶子

「!?///」カァァ…


 少し屈んで蝶子の前髪に触れるだけのキスをすると、蝶子は真っ赤になって俯いてしまった。


佑真

「可愛い。まだキス慣れない?ふふ」


蝶子

「…っばか///」


 佑真は満足げに微笑むとリビングへと移動して行った。イチャつくふたりを無視して先に上がった優は買い物袋からゴボウを取り出して、洗って皮むいてと淡々と作業をしている。


「咲妃、ちょっと手伝え」


咲妃

「え?ボクなんにもできないよ?;;;」


「簡単だからおいで」


咲妃

「?」


 なんだろう、と優のところに行くとピーラーとゴボウを渡された。


咲妃

「!あ、カリカリのやつ!?///」


「そう。手ぇ気をつけてやれよ」


咲妃

「わぁ!/// ボクあのカリカリ大好きっ!///」


「知ってる」


 咲妃は嬉しそうに作業を始めた。


深優

「…カレーにゴボウ?」


咲妃

「優がカリカリ作ってくれるんですっ///」


佑真

「カリカリ?」


深優

「あぁ、なんか粉付けて揚げるやつ?」


咲妃

「はいっ///」


ブォン!!!!


佑真

「∑!?;;;」ギョッ


「こらこら咲妃ちゃん;;; ピーラー振り回しちゃ危ないよ;;;」


咲妃

「∑わ"っ!?ごめん佑真っ;;;」


佑真

「ギ、ギリギリ大丈夫だったぜ…;;;」


 ピーラーは佑真の鼻先をギリギリ掠めた…。


深優

「あのカリカリしたやつ優も好きだったんだよね」


咲妃

「え!?そうなんですか!?」


深優

「知らなかったの?」


「言ってねぇから知らねぇだろ」


深優

「あっそ」


 鶏肉を焼きつつフライパンを見つめたまま優が話に入ってくる。ちなみに今日はカレーだが、何の肉にするか揉めた蝶子と佑真と優は精肉コーナーで突然あっち向いてホイをおっぱじめました。

 話は戻る。


「俺も好きだったけど、多分咲妃も好きだろうと思って…って、どうした?」


咲妃

「はじめて優と同じ好きなもの発見///」オォ(*˙꒫˙* )


「?そうだったか」


咲妃

「うん///」


「そうか」


蝶子

「ちょっと。イチャイチャしてないでカレー作りなさいよ」


「手は動かしてるじゃないですか」


蝶子

「あなたさっきからトングで鶏肉裏返してるだけじゃない。何で私が飴色玉ねぎなんて大変な事しなきゃいけないのよ」


「飴色玉ねぎなんて炒めてりゃいいだけじゃないですか。鶏肉は焼き加減が微妙なんですよ」


蝶子・優

「「……」」ガルルルルル…


 ガス台の周りに不穏な空気が漂う。


咲妃

「す、優!カリカリのやつ終わったよ!;;;」


「…ん。じゃあスライスしたやつこっちのタレに漬けて」シュゥゥゥ…


咲妃

「うんっ///」ホッ…


蝶子

「咲妃はゆるキャラみたいね」ナデナデ


「…」ムッ


蝶子

「可愛いわね咲妃」クスクス


咲妃

「蝶子ちゃんの手気持ちいい///」


「玉ねぎまみれの手で咲妃に触らないでください。…佑真」


佑真

「はい?」


「肉焼けたんだけど食うか?」ニッコリ


佑真

「わ、わぁ…」


「(無言の圧)」ニコニコ


佑真

「…;;;」


この目は食えよって目だ…;;;

たぶん…断ったら…殺される…:(( ꒪꒫꒪)):


佑真

「い、いただきます;;;」


 優は竹串に刺した鶏肉を佑真に渡…


 さなかった。


佑真

「優さん?;;;」


まさか…???


「あーん」


蝶子

「…」ムッ


佑真

「ぅ…あ、あーん;;;」


「ん」


―ぱくっ。


佑真

「!!うまいっ///」オォ!!


「だろ?」


 咲妃と佑真を巻き込んでやられたらやり返すを繰り返しながらやっとカレーが完成する。



◈◈◈



佑真

「ごちそうさまでした!俺お風呂の支度してきちゃうね」


 佑真は食器を流しに下げると風呂場へと向かった。その背中を優が目で追いかける。


「……佑真って家事手伝ってるんですね」フーン?


蝶子

「えぇ。お風呂の支度と洗濯、食事の後片付けをしてくれているわ。そのぐらいなら出来るからって」


「あいつ何かやらかした事とか無いんですか?」


蝶子

「まだ無いわね」


 蝶子と優がそんな事を話しながら洗い物をしている後ろでデザートを食べていた咲妃は涙目になっていた…。


深優

「どうせ優がみんなやってくれるんでしょ?家事なんか優に全部やらせておけばいいんだよ」


咲妃

「深優さん…」( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)


「お前、聞こえてんぞコラ」


深優

「咲妃ちゃんは優に甘えてればいいんだよ。優はそういう咲妃ちゃんが良いんじゃないの?」


「………否定できねぇな」チッ


深優

「ね?」


咲妃

「深優さんは、家事できますか?」


深優

「全く出来ないよ」


咲妃

「…なんか意外…」


深優

「優のイメージが強いんでしょ」


「深優ちゃんも俺が全部やるから、なーんにもしなくていいのよ」


「甘やかすなよ」


「え〜?ひどいなぁ。優だって甘やかしてるじゃない。ふふ」


貴弥

「サエ、またほっぺにアイス付いてんぞ」


紗子

「∑え!?/// どこどこ!?///」


―すっ。


貴弥

「…ほら、取れた」


紗子

「ありがt!?」


―ぺろっ。


貴弥

「?どうした」


 貴弥は紗子のほっぺを指で拭うと、その指を舐めた。


「一柳くんて天然なの?」


蝶子

「じゃない?」


貴弥

「???」


 貴弥はなんの事やら理解できていなかった。


「はぁーい。紅茶入ったよ〜」


紗子

「わぁ/// いい匂い〜///」


「デザートがアイスだから紅茶にしてみたよ」


 テーブルに紅茶を並べていくがひとつだけ足りなかった。


咲妃

「あれ?先輩、深優さんのは?」


「うん?深優ちゃん食後は緑茶がいいのよね〜?はい、どうぞ」


深優

「ありがとう」


 「美味しい」とお茶を飲む深優を嬉しそうに見つめる奏。


「…それは美味しい顔なのか?」


「うん。ほら、目元が柔らかいでしょ?これが美味しいって顔なの」


深優

「奏君のお茶好き」


全員

「「「………」」」


全っっっ然わからない…。


 と、全員が思った。


佑真

「は〜。もうスイッチ入れちゃったけど、お湯はりしていいんだよね?」


蝶子

「えぇ。ありがとう」


「佑真も何か飲む?」


佑真

「あ、コーヒーが良いです」


「ん。コーヒーね」


「インスタントだろ?自分で淹れろよ」


佑真

「そーなんすけど、奏さんが淹れるとインスタントでも味が全然違うんですよ」


「ふぅん?」


「はい、どうぞ」カチャリ


佑真

「ありがとうございます。…あ、ねぇ蝶子」


蝶子

「何?」


佑真

「じーちゃんが来た時、じーちゃんが仕来りを変えたって言ってたでしょ?」


蝶子

「……えぇ」


佑真

「じーちゃんが変えた仕来りって何?」


蝶子

「…」


 ほんの一瞬、蝶子の表情が強張ったのを佑真は見逃さなかった。


佑真

「…聞かないほうが」


蝶子

「大丈夫よ。話して困るような話ではないから。確か、優と奏もこの話は知らないわよね?」


「思い当たらないですね」


「幹部の優が知らないんじゃ、俺も当然知らないですよ」


蝶子

「ちょうど良いから話すわ」


 カップの紅茶を揺らしながら、蝶子はゆっくりと話し始める。


蝶子

「お爺さまが変えたのは、婚姻に関する仕来りよ」


紗子・咲妃

「「こんいん?」」


「結婚の事だよ」


蝶子

「そう。お爺さま自身までの結婚相手は、先代の組長と幹部が決める事になっていたのよ。…本人達の意思関係無しにね。決められた相手と結婚をさせられていたの」


佑真

「勝手に、決められた…って、事?」


蝶子

「えぇ。もし、お爺さまが変えなければ…私は今佑真と一緒に居る事は出来なかった。…それどころか、私は生まれなかったでしょうね」


佑真

「…じーちゃん自身の結婚までって事は…じーちゃんは…」


蝶子

「お爺さまはいきなり連れてこられたお婆さまと結婚させられたわ。…お爺さまは、他のどんな女性でも構わないから…お婆さまだけは勘弁して欲しいって抗議したのだけれど、認められなかったの」


「大奥様を拒否したんですか?」


蝶子

「えぇ。相楽の屋敷にお婆さまが連れてこられた時、お爺さまはお婆さまに結婚を約束した恋人が居ることを知っていたの」


!?


咲妃

「…無理やり、引き離されたの…?」


蝶子

「そうよ。それも、その恋人はお爺さまが小さな頃から実の兄のように慕っていた方だったのよ。…お婆さまには酷く辛い思いをさせてしまったって、お爺さまは今でもずっと悔いているわ。だからせめて、もう二度と同じ事を繰り返さないようにと、幹部を押し切って仕来りを変えたの」


佑真

「そう、なんだ…」


蝶子

「全部が全部は変えられなかったのだけれど、でも、だから今私はあなたと一緒に居られるのよ」


 そう言って微笑む蝶子の笑顔はどこか寂しげだった。


蝶子

「仕来りを変えた事で新たに追加されたものもあるわ。自由に結婚相手を選べる代わりに年齢制限が設けられたの」


佑真

「年齢制限?」


蝶子

「えぇ。結婚はいつでも出来るのだけれど、二十五歳までに相手が見つけられない場合は即先代や幹部の決めた相手と結婚する事、ってね」


「それでもまだ厳しいですね」


蝶子

「そうね。それに、私と佑真も結婚するまでは今日みたいに許婚の申請が来るわ。佑真には不愉快な思いをさせてしまうわね…ごめんなさい」


佑真

「大丈夫。気にしない、ってのは、その…ちょっと無理だけど…その都度断りに行かないといけない蝶子の方がしんどいもんな」


蝶子

「佑真…」


「どうした、奏」


 奏は真剣な顔をして何やら考え事をしている。


「あぁ、いや、ちょーっと気になる事があるだけだよ」


「?なんだよ」


「訊いてもいいものかどうかわかんないから」


蝶子

「何よ。気になるじゃない」


「…何を訊いても大丈夫ですか?それなら訊きますけど」


 奏の瞳が細くなる。


蝶子

「……。良いわ」


「本当ですか?」


蝶子

「良いって言ってるでしょう」


「じゃあ訊きますけど、大奥様と恋人の間に子供が居たという話、知りませんか?」


「は?」


蝶子

「お婆さまと恋人に?聞いた事無いわね」


「多分、居たはずなんです」


「…何言ってんだ、お前」


 奏の質問にリビングの空気が一気に緊張する。


「確証は無いよ?」


佑真

「どういう事ですか?」


「組員の中にひとり、蝶子さんと で結ばれてる人物が居るんだ」


蝶子

「有り得ない縁の糸?」


「そう。血縁関係者の糸」


「血縁関係なのに有り得ないのか?」


「うん。ありえないんだよ。蝶子さんとは結ばれてるのに大旦那様とは結ばれてないんだ」


佑真

「遠縁とかじゃないんですか?」


「血縁関係の糸の色って距離でそれぞれ違うんだ。その糸は遠縁の色じゃない。家族の色に近いんだよ」


蝶子

「家族…」


「年齢的に考えて伯父、そのぐらいの距離だと思う。蝶子さんの今の話を聞いてもしかしたらって」


蝶子

「ずっと屋敷暮らしだったお爺さまの可能性は低いわね。もし、と言うのなら、やはりお婆さまね」


 リビングの空気が重苦しくなった頃、風呂が沸いたという無機質なガイダンスが響いた。


蝶子

「さて、謎解きはまた今度ね。今は目の前の宿題片付けないと」


「すみません」


蝶子

「構わないわ。結ばれているという事実は変わらないもの。見えるか見えないかだけよ。お風呂、先に入ってきても良いかしら?」


佑真

「ん。女の子が先にお風呂ね」


 彼女たちが先にお風呂に行く。


「…縁の糸が見えるのも考え物だな」


「でしょ〜?俺も一時期めちゃくちゃ疲れちゃったのよね」クスクス


佑真

「大変ですね」


「もうさすがに慣れたけどね」



 10分後―。ポッポー


蝶子

「はぁ。むぎ茶むぎ茶」


佑真

「あれ?みんなと一緒なんだから、ゆっくり入ってくれば良かったのに」


蝶子

「嫌よ。紗子と深優姉さまが胸を揉んでくるのだもの」


―もみもみ。


蝶子

「!?」


深優

「なんか手が勝手にね?」


蝶子

「ちょ、深優姉さまっ!///;;;」


!?


佑真

「深優さん!それ俺のだからっ!!;;;」ワァッ

↑テンパってる


蝶子

「∑佑真!?;;;」


「深優ちゃんおいで;;;」アハハ…


―ダダダダダダダダッ!!バンッ!!どーんっ!!!


「∑ぐっ」


咲妃

「優っ!頭拭いてっ///」


「わかったから1回離れろ」ワシワシワシワシ…


「あれぇ?咲妃ちゃんも優に拭いてもらってるの?」


咲妃

「はいっ!いつもやってもらってます!///」エヘヘ


「拭いてやるのは構わないけど突進して来るな!毎回毎回!痛ぇんだよ!」


咲妃

「あはは;;; ごめんなさい;;;」


佑真

「一緒には入らないの?」


「うちの風呂そんな広くねぇよ。それに、一緒になんて入ったら洗うところからやらされるだろうが」


咲妃

「あ、やって欲しいかも!///」


佑真

「うん。ホントだ」クスクス


「だろ?」ハァ…


佑真

「深優さんも奏さんに拭いてもらってるんですね」


深優

「え?あぁ、いつもは一緒にお風呂入るんだけど」


佑真

「奏さんと深優さんは一緒に入るんですね」


「うん。一緒に入ってるよ」


佑真

(だいぶ仲良しだな…ホントに好きじゃないのか?)


「…そういえば一ノ瀬いちのせさんは?」


蝶子

「上がってこないわね。ゆっくりしてるのかしら」


深優

「寝てるんじゃないの?相楽の屋敷に泊まった時に茉莉愛まりあとそんな話してなかった?」


!?


蝶子

「そういえば…」


咲妃

「ボク見てくる!;;;」


 咲妃は駆け足で風呂場へと向かった。


 そして―…


咲妃

「∑うわぁぁぁ!?;;; 紗子ちゃん!!ちょっ!?えええっ!?;;;」


紗子

「……」ブクブクブク…


 紗子は湯船に顔をつけて眠っていた…。


【リビング】


紗子

「あはは;;; お騒がせしました;;;」


咲妃

「心臓止まるかと思ったし;;;」


紗子

「ごめんね咲妃ちゃん;;;」


佑真

「まぁ、何事も無くて良かったよ;;; じゃあ次俺たちお風呂入ってくるね」


 ぞろぞろと風呂場に向かう彼氏達。


【脱衣場】


「脱いだのどこに入れたらいい?」


佑真

「あ、そこのデカいカゴに入れといてください」


「はぁーい」


「…」ジー


佑真

「?優さん、どうかしました?」


 優はある一点を見つめたまま指をさした。その先を目で追ってみる。そこには…。


佑真

「∑ん"っ!?」


「ん?」


貴弥

「?」ヌギヌギ…


「どうしたの?ふたりとも」


佑真

「…奏さん、デカいすね…」ビックリ…


「んん?;;; どこ見てるの?;;;」


貴弥

「……;;;」


 優も佑真も貴弥も目が釘付けになった。


「佑真のがデカいでしょ!;;;」


佑真

「∑いやいやいやいや!!;;; ガタイがデカけりゃデカいとは限りませんよっ!?;;;」


「そんなことあるって;;;」


佑真

「あ!!優さんもデカいんじゃないですか!?」


「やめろ…!っあ、おい!!マジでやめろ!!;;;」


「隠さないで!!タダ見は許さないからね!!」


貴弥

「みんなデカいんでいいんじゃないすか;;;」


佑真

「∑え!?貴弥が一番デカいの!?」


貴弥

「∑はぁ!?;;; なんでそーなるんだよっ!?;;;」


 全裸の彼氏達が脱衣場で暴走を始める…。


【リビング】


紗子

「…丸聞こえ、だね…///;;;」アハハ…


 エスカレートする会話はリビングまで筒抜けだった。


蝶子

「…」


咲妃

「なんで男の子って大きいのがいいんだろーね?」


紗子

「∑さ、咲妃ちゃん!?///;;;」


深優

「サイズよりも上手いか下手かのが気にしそうなのにね」


咲妃

「うまい、ヘタってどうやって判断するんですか?」


深優

「さぁ?相手が満足すればいいんじゃない?」


【脱衣場】


佑真

「ちょっ!?優さん!!ヘンなとこ触んないでくださいよっ!!;;;」ギャァァァ


「はぁ!?触ってねぇだろーが!!なんだ!!お前は女かッ!?」ギャーギャー


「なんで優隠してるの!!俺の見たでしょ!!手ぇ退けて!!!」


「バカかっ!!やめろ!!おいっ!!;;;」ギャァァァ


佑真

「スキありっ!!!」


貴弥

「∑うおっ!?やめろ!!オレにはそーゆー趣味は無ぇッ!!;;;」ギャァァァ


 段々と声が大きくなる彼氏達の様子に深いため息をついて深優がリビングを出た。とても呆れた顔をしている。


「やっぱり佑真が一番デカいじゃん!!」


佑真

「奏さんのが絶対デカいですって!!!;;;」


―ガラッ。


全員

「「「「∑ぎゃあああっ!?///;;;」」」」ビクッ


深優

「…近所迷惑。早く入んなよ。もう誰がデカいとかどうでもいいじゃん。全員中2か。アホらしい」


「蝶子さんの胸揉んでたお前には言われたくねぇよ。洗濯板が」


深優

「洗濯板結構。奏君は胸より声の方が好きだから構わないし。別に優とセックスするわけじゃないし」


「あぁ、うん。まぁ。深優ちゃんの声は好きだけど…とりあえず、そこ閉めてくれるかな?;;;」


深優

「…」チラッ


「?何だよ」


深優

「……ポークビッツ」


!?


「…」イラッ


 深優は爆弾発言を残して戸を閉めるとリビングへと戻った。


―ガラッ!!!!!


「どーせ俺のは小せぇよ!!!奏のと比べたらなァッ!!!」


―ピシャン!!!!!


【リビング】


咲妃

「…深優さん、優になに言ったんですか?;;;」


深優

「うん?小さいねって」


咲妃

「あはは…;;;」


蝶子

「…どうでもいいけど」


咲妃

「うん?」


蝶子

「最近、優のキャラが崩壊してきてるわね」


確かに…。



◈◈◈



 彼氏達が風呂から上がってきてしばらく談笑をして寝る事にする。


 翌朝―。

 まったり朝ごはんを食べて、小休止を挟んで今日も宿題を頑張る。ふと貴弥の宿題を見ている佑真が「そういえば」と口を開いた。


佑真

「予定だと、このまま進めば明日で宿題終わるでしょ?残りの日みんなで遊びに行かない?」


紗子・咲妃

「「行く行くっ!!///」」


佑真

「うん。じゃあ決まりね。どこか行きたい所ある?」


咲妃

「うーん…あ!水族館行きたいっ!///」


佑真

「水族館?」


深優

「もしかして、安生あきに新しく出来た所?」


咲妃

「はいっ!///」


「水族館なんか出来たのか」


咲妃

「うんっ!イルカとかのショーもやってて、優に連れてってってお願いしようと思ってたんだよ!///」


「……そうか」


紗子

「わぁ!行きたいっ!イルカのショー見たいっ!///」


蝶子

「じゃあ頑張って宿題片付けましょうね」クスクス


紗子・咲妃

「「うんっ!///」」


紗子

「あ、でも…」


蝶子

「どうしたの?」


紗子

「えっと、あのね?蝶子ちゃんの通ってた学校、見てみたいなって。あと蝶子ちゃんが住んでたところとか…わたし、蝶子ちゃんのこともっと知りたい!」


蝶子

「あら、おもしろくないわよ?」


紗子

「ダメ…かな?」


蝶子

「…いえ、行きましょうか。ふふ」


佑真

「!?」ギョッ


紗子

「ホントっ!?///」


蝶子

「えぇ」


「急にどうしたんですか?蝶子さん」


蝶子

白女あそこは連休中の平日は午前中だけ特別講習を開いてるのよ」


「そうなんですか?」


蝶子

「お昼頃着くように行けば茉莉愛に会えるわ。あの子もいれて皆で遊びましょう?」


紗子・咲妃

「「マリアちゃん会いたーい!!///」」


蝶子

「中華街にでも行きましょうか。ふふ」


 盛り上がる彼女達の傍ら、ひとり沈んでいる彼氏が居た。なんかもうズーンって音が聞こえてきそう。


「どうした佑真」


佑真

「ヒィン…|||」


「魂飛びかけてるね」


 沈む佑真にふと優がある事を思い出した。佑真とふたりで【Secret*Garden】に敵情視察に行った時の事を。


「…そういえばお前確か、白女の近くに住んでたんだっけ?」


蝶子

「!」


佑真

「…うん…|||」


蝶子

(佑真も横浜に住んでた…?)


「そうなの?」


蝶子

「…とりあえず、車の手配してくるわね」


「蝶子さん?」


 蝶子はそそくさと部屋を出て行った。なんだ?と不思議そうにその後ろ姿を目で追う。


「何か思い出したくない事でもあるのか?お前は」


佑真

「いや、まぁ…うん…顔出さなきゃ…平気、だと…思う…||| ちょっと、見つかったら…面倒な人が居るだけ…|||」


「もしかして、あのオーナーが言ってたってやつか?」


全員

「「「王子?」」」


佑真

「中学生の頃、白女のおねーさん達にそう呼ばれてたんだよ…||| 白女のおねーさんだけじゃないんだけど…|||」


「逆ナンされてたんだ」


佑真

「逆ナンはまだ可愛いほうっす…|||」


「え?それ以上があるの?」


佑真

「あるっす。ていうか、横浜行くなら行きたい所あるんすけどいいっすか?」


「蝶子さんが良ければ良いんじゃないか?」


佑真

「うん。あとで訊いとく。はい!という訳で3人とも宿題再開するよ〜」


 「はぁーい」と3人は宿題を再開する。この後思いのほか紗子と咲妃が頑張り、貴弥も紗子の為にと頑張ったのでこの日の内に宿題は終わった。


 翌日―。


【新安生水族館】


「意外とデカいな」


深優

「イルカのショーやるぐらいだからね。そら大きいでしょ」


佑真

「先にショーのチケット買っちゃおうか。ギリギリだと売り切れそうだし」


蝶子

「そうね」


 とりあえずわらわらとチケット売り場へと移動し始めるが奏が着いてきていない事に深優が気付いた。


深優

「奏君?行かないの?」


「ん?あぁ、ごめんごめん。パンフレットに夢中になっちゃった」


深優

「水族館好きなの?」


「水族館というか、好きな海の生き物がいてね。ここの水族館、その生き物だけの大きなコーナーがあるらしくて」


深優

「そうなんだ」


 どれどれとパンフレットを見ていると、チケットを買った6人が戻って来る。


紗子

「ショーまでまだ時間いっぱいあるね!」


蝶子

「そうね。館内を見て回りましょうか」


紗子

「うんっ///」


「あ、俺見たいところあるんでそっち行ってていいですか?」


蝶子

「?えぇ。構わないけれど」


深優

「僕も奏君と行く」


「うん。じゃあ行こう」


 全員で「いってらっしゃい」と見送ると奏は深優の手をひき、途中の水槽には目もくれず、真っ直ぐに目的の水槽へ向かって行った。


佑真

「奏さん何見に行ったんだろ」


蝶子

「さぁ?」


人気ひとけの無い所とか」


佑真

「え!?」


「冗談だ。早く追い掛けないと咲妃と一ノ瀬見失うぞ」


 優の指さす先を見ると咲妃と紗子が手を繋いできゃっきゃっしながらさっさと行ってしまっていた。


蝶子

「高校生とは思えないはしゃぎ方ね。ふふ」


佑真

「よっぽど楽しみだったんだね」クスクス


「回収しに行くぞ一柳。他の客の迷惑だ」


貴弥

「うす…;;;」


 優と貴弥が色とりどりの館内を速足でふたりを捕まえに行く。残った佑真と蝶子は顔を見合わせて笑うとゆっくりとその後を追った。



◈◈◈



【海月館】


 奏と深優は確かにちょっと[[rb:人気 > ひとけ]]が無い場所へと来ていた。他の水槽が通路の両側や真ん中にあるのに対して、ここ海月館の水槽は円筒型の空間の壁一面が水槽になっていて真ん中に円形に並べられたベンチもあった。ベンチの中心には天井まである柱状の水槽があり、そこにもくらげがふわふわと泳いでいる。そして、海月館だけの特徴として薄暗い空間で水槽が淡い青系の様々な色にライトアップされ、波の音を連想させる癒し系なBGMが静かに鳴っていた。奏と深優は入り口から一番奥のベンチに座って水槽を眺めている。奏の肩に深優が頭を預け、その頭に奏が頭を寄りかからせて、肩を寄せ合い、手を握る…。傍から見れば完全に恋人同士なふたり。現に、この隔離された空間で寄り添うふたりに遠慮して他の客が海月館を避けていたりする。


深優

「奏君クラゲが好きなの?」


「うん。なんか、色んな事が忘れられる気がするんだよねぇ…くらげ眺めてると。くらげって顔が無いでしょ?魚みたいにあんまり動き回らないし、ふわふわしてるの頭空っぽにして眺めてられる」


深優

「…なんか、わかるかも」


「お、わかる?ふふ」


深優

(…病んでるなぁ…神主の不思議な力は奏君にとって大きな負担になってるんだ…)


「つまんなくない?」


深優

「そんな事無い。僕は…僕も魚の水槽よりクラゲの方がいい。奏君の次に悩みが忘れられる…。というか」


「うん?」


深優

「奏君とクラゲって最強の組み合わせ」


「あはは!なんだそれ」クスクス


深優

「奏君の隣で奏君とクラゲを眺めてる…僕には最強の組み合わせだよ」


「そう?」


深優

「…今のこの空間は最高に安心できて、最高に落ち着く…。無になれる…」


「…今度はふたりでゆっくり来ようか」


深優

「うん。でも、奏君の腕の中には敵わないな…」


「そりゃあ俺が深優ちゃんの居場所だからね」


深優

「うん…」


「深優ちゃん他に見たいものある?」


深優

「無いよ」


「うん。じゃあショーの時間までここに居ようか」


深優

「うん…」


「…」


俺も深優ちゃんとくらげ…最強の組み合わせかも…。



◈◈◈



咲妃

「はぁ/// 楽しかった〜っ///」


紗子

「ね〜っ///」


咲妃

「そういえば葵先輩と深優さんいなかったね?」


「居ただろ」


咲妃

「え?」キョトン


佑真

「あれ?気付いてなかったの?」


蝶子

「どこに居たのよ」


佑真

「え?」


 優と佑真以外の全員がわからんかったという顔をしている。実は…。あまりにも海月館に華が無くて全員スルーしていたのだ。


「…じゃあ、なんだ。お前らあそこの水槽だけ見逃してんのか」


咲妃・紗子

「「!?」」


紗子

「大変!見に行かなきゃ!」


咲妃

「うんっ!」


貴弥・優

「「……また引っ張り回されるのか」」


紗子

「ほら!貴弥行こっ!///」グイグイ

咲妃

「ほら!優も行こっ!///」グイグイ


貴弥・優

「「…おう」」


 貴弥と優は散々振り回されてぐったりしていた。が、そんな事お構い無しで紗子と咲妃はふたりの手を引っ張って行く。


佑真

「俺らも行こうか」クスクス


蝶子

「そうね」


【海月館】


紗子

「あ!ホントだ!葵先輩と深優先輩いた!」


咲妃

「センパーイ!」


「!」


 ハイテンションの紗子と咲妃が奏を呼ぶと、振り返った奏が口元に人差し指をあてて笑った。


紗子・咲妃

「「?」」シー?


 静かに近寄ると、奏に寄りかかって深優が眠っていた。


咲妃

「深優さん寝ちゃったんですか?」


「うん」


「お前らずっとここに居たのか」


「うん。ずっと居たよ」


貴弥

「よく寝てますね〜」


「ね。よく寝てるよね。ふふ」


深優

「…ん…」モゾ…


「起きた?」


深優

「ん…」カクリ…


「よく寝てたね」


深優

「うん…なんか、久々によく寝た…」ノビ〜


「そっか。じゃあ、そろそろショーの時間みたいだから行こう」


深優

「うん…」カクリ


 寝惚けてふわふわしてる深優の手を引いてショーへと向かう。紗子と咲妃も再びテンションガン上げして後を追った。



◈◈◈



 かくして、大盛り上がりのイルカショーを見終えた8人はお土産コーナーに立ち寄った。彼女(主に紗子と咲妃)がわいわいとお土産を選んでいる。


紗子

「ねぇねぇ蝶子ちゃん!マリアちゃんてなに色が好きかな?」


蝶子

「茉莉愛?…そうねぇ、赤とかピンクが好きだったと思うけど…」


紗子

「じゃあやっぱりこれがいいかな///」


蝶子

「?」


 紗子の手には白い小さな貝殻と赤とピンクのビーズが付いたキーホルダーが何故か5個乗っている。


蝶子

「そんなに買うの?」


紗子

「うんっ!わたしと蝶子ちゃんと咲妃ちゃんと深優先輩とマリアちゃんとおそろいで!///」ニッコリ


深優

「僕も?」ヒョコ


紗子

「はい!/// あ、イヤでしたか…?」


深優

「違うよ。僕そういう、おそろいとか小さい頃以来無いから。慣れないだけ」


紗子

「そうですか///」ホッ


咲妃

「ボクもないから嬉しい!///」


紗子

「わたしもないんだー!///」


蝶子

「私も無いわ」


咲妃

「あはは!じゃあみんなではじめてのおそろいだね!」


紗子

「うんっ///」


 彼女達が楽しげにしている横で、彼氏達はそれぞれ彼女とのおそろいを静かーに選んでいた。会計を済ませた彼女達がお土産コーナーの端っこに移動する途中、咲妃はある物に目を奪われて真っ直ぐ優の元へと向かった。


紗子

「あれ?咲妃ちゃん?」


咲妃

「優っ!///」ギュウゥ


「!何だ」


咲妃

欲しいっ!///」


「あれ?どれ、だ…!?」


咲妃

「あれ!///」ネェネェ!!


 見ていた他のメンバーも咲妃の指さす先を目で追う。そこにあったのは…。


全員

「「「!?」」」


「…あれを…俺の部屋に置け、と?」


咲妃

「うんっ!/// あの欲しいっ!!///」キラキラッ


「………」


 メンバーも驚愕のでっかいペンギン。それは棚に置くことが出来ずに台車の上に乗っていた。そのサイズはなんと180cmだった。佑真とほぼ同じぐらいのサイズ!!


咲妃

「ねーえ〜!あれ欲しい〜っ!///」


 優の手を掴んでぶんぶん振り回して可愛くおねだり。


佑真

「さ、さすがにあれは…;;; ね?咲妃ちゃん…;;;」アハハ…


咲妃

「やだっ!でっかいペンギン欲しいのっ!」


 咲妃がごねると近くに居たチビッ子達もごね始めた。


咲妃・チビッ子達

「「「あのでっかいペンギン買って!!!!」」」


 優と親達はびっくりとか怒りとかそんなものを遥かに通り越して、異様に貫禄のあるでっかいペンギンを見つめた。そしてちょっとだけお土産コーナーは騒然となった。優は飛び掛けている頭をなんとか働かせ、とりあえずペンギンに近寄って首から提げている札を手に取った。


【コウテイペンギン特大 ¥10,000-】


「…うん…まぁ、思ってたより高くはないな…」

↑テンションがおかしくなってる


咲妃

「すーぐーる〜」


「………」


「咲妃ちゃん、あっちのちっちゃいコウテイさんにしない?;;;」


咲妃

「でっかいコウテイさんがいいんです…」(⑉・̆-・̆⑉)ムゥ…


「どうするの優…って、何してんの!?」


 財布を確認している優。買う気だ。


「すみません。あそこのコウテイペンギン特大のぬいぐるみとこのキーホルダーください」


店員のお姉さん

「はい!…っ売れた!?;;; ありがとうございます!!店長ー!!」


 テンパって何故か店長を呼ぶ店員のお姉さん。


咲妃

「やったぁぁっ!/// 優だぁいすきっ!///」キャッキャッ


 程なくして首にでっかいリボンを掛けられたコウテイさんが店長から咲妃に渡された。そんなコウテイさんに抱き着いて喜ぶ咲妃の周りにはチビッ子達が集まって来た。


咲妃

「わーい!コウテイさんっ!///」


「…いいの?;;;」


「誰もタダで買ってやるとは言ってない」


「え?」


今…なんて…?


 優は財布をしまうとチビッ子達に囲まれた咲妃に近寄る。チビッ子達は咲妃をでぇら羨み、コウテイさんを買った優を神のようにもてはやした。そして優は満面の笑みで咲妃の頭を撫でる。


咲妃

「ありがとう優っ!///」


「じゃあ、明日から家事よろしくな」ニッコリ


咲妃

「…え?」


 優はスっと無表情になり、集まって来たチビッ子達を見る。


「よく聞けチビッ子共。良いか、何かを買って欲しければそれ相応の仕事をしろ。出来なければ自分で稼げるようになるまで我慢しろ」


 騒がしかったチビッ子達が一瞬で静かになった。そして親達はそーだ!そーだ!という顔をしていた。


「とりあえず咲妃は明日から皿洗いと風呂洗い担当な」


咲妃

「∑え!?」


「1万円分、頑張って。お手伝い」


 有無を言わさぬ優の絶対零度スマイル。恐い。


「あ、あ〜…がんばろっか、咲妃ちゃん」


咲妃

「……はい」:(( ꒪꒫꒪)):


「宜しい」


 貴弥と佑真もそれぞれ会計を済ませて、水族館近くの深優のバイト先であるファミレスで昼ご飯を食べる事になった。優がコウテイさんを担いで店に入ると一瞬空気が固まった。コウテイさんを知らない人達はその大きさに驚き、水族館帰りの人達は買ったのか!!と驚いていた。席に案内されてコウテイさんを一番奥に押し込んで隣に咲妃が座った。


「あー重てぇ」


佑真

「俺と同じぐらいのサイズですもんね〜」


紗子

「よかったね!咲妃ちゃん!」


咲妃

「うんっ!!///」


「さっき言った事、ちゃんと手伝えよ?」


咲妃

「ぅ…がんばります…;;;」


「俺だけ家事する、お前待ってるってよりも、蝶子さんと佑真みたいに一緒にやった方が楽しそうだっただろ?」


咲妃

「え?」


 泊まりに行ってからの蝶子と佑真を思い出してみる。


そういえば…佑真、一生懸命蝶子ちゃんのお手伝いしてた…。


咲妃

「……」


佑真

「俺が出来るんだから咲妃ちゃんも出来るよ!それに、優さんと一緒に台所に立てる方がいいんじゃない?」


咲妃

「!うんっ/// ボクがんばるっ!!///」


「おう。頑張れよ。お前何食べるの?」


咲妃

「ん〜とね〜」


 メニューを決めて、またこんもり注文をする。その間、席に案内されてからずっと深優は店内の様子を見ていた。どうにも回転が悪かったのだ。別に仕事頑張るぞー!というタイプではなかったが気になった。


深優

「…ごめん。ちょっとホール手伝ってくる」カタン…


紗子・蝶子・咲妃・貴弥・佑真

「「「「「え?」」」」」


「いってらっしゃい。頑張ってね」


深優

「うん」


 テーブルを離れてレジに入っていた店長に声を掛ける。会話は聞こえないが、店長が深優に泣きついているジェスチャーはすぐにわかった。


「深優ちゃん頼りにされてるんだね」


紗子

「すごいですね〜///」


 それから数分。深優1人が入っただけで見る間に回転率が上がった。次々とテンパっている他のバイト達に的確な指示を出していく。他のバイトや社員達からすごく信頼されているらしい。


店長

「大変お待たせ致しました;;;」


 たくさんの料理がテーブルに並ぶ。


店長

「ご注文の品はお揃いでしょうか?」


「これ、頼んでないけど」


店長

「!あぁ」


 優が示したのはオードブルの皿だ。唐揚げやらフライドポテトやらが盛り合わさっている。店長は優達の顔を見回して、口元に人差し指をあてて困ったように笑った。


店長

「こちらは私からのお詫びです。せっかくの休みに皆さんで遊ばれていたのに神崎さんを借りてしまったので」


深優

「店長」


店長

「!神崎さん」


深優

「とりあえず落ち着いたので上がります」


店長

「ありがとう!助かったよ神崎さん!」


深優

「いえ」


店長

「……。ねぇ、神崎さん。やっぱりやる気は無いかな?」


深優

「あの話ですか?無いですね」


「なんの話?」


 奏が訊くと、店長は満面の笑みで奏を見た。


店長

「神崎さん、業務成績もお客様の評判もすっごく良くてね!正社員になって、店長やらないかって話がきてるんです!」


全員

「「「「店長!?」」」」


深優

「…」


「…それは難しいですね」


咲妃

「ダメなの?」


「深優は神崎の跡取りで、次期当主になる。卒業したらその為の準備に入るからな」


店長

「そうですよね…。神崎さんのおうち、大きいところだもんね」


深優

「すみません」


店長

「いやいや!いいよ!でも卒業まではよろしくお願いね!」


深優

「はい。それはもちろん」


 店長は深優に手を振りながら仕事へと戻って行った。奏はその後ろ姿をぼんやりと見送る。


「…」


卒業、か…。

考えたくないなぁ…先の事なんて…。


深優

「先の事なんて考えたくない。そんなものは三学期になってからでいい」


「深優ちゃん?」


深優

「…」ツーン


「継ぎたくない?家」


深優

「そうは言わない。僕はやらなきゃいけない事の中で、やりたいと思った事がちょっとでも出来ればそれでいい。そういう奏君はどうなの?」


「俺?」


深優

「うん」


「俺はー…どうだと思う?ふふ」


深優

「…は?」


 奏はにこにこと笑いながら訊き返した。返された深優は少し不愉快な顔になる。他のメンバー達は黙々とご飯を食べながら奏と深優の会話を聴いていた。


深優

「そんなもの、とりあえずは神社を継ぐって言うでしょ」


「とりあえずって何だよ」


深優

なら、良い子ちゃんでそう答えるって意味」


 深優がつまらなさそうに言うと、全員が奏を見つめた。奏はただ読めない笑顔を深優に向けている。


「意味わかんねぇよ…。何だよ…創られた人格って」


深優

「そこから先は自分で考えなきゃ。まぁ、大ヒントあげるなら…優が知ってる奏君だよ」


「は?」ムッ


深優

「奏君は優に気付いてた。これ以上は教えない」


「奏は俺に気付いてた…」


 グラスの縁をかじりながら優は眉間にしわを寄せて考え始めた。


「深優ちゃんはさ、どこまで意識してて、どこから無意識なのかな?ふふ」


深優

「さ?どこだろうね。猫は気まぐれだから」


「…ズルいなぁ」クスクス


深優

「それは奏君もでしょ。どこまで本気でどこからゲームなの?」


「さぁてね?どこまでも本気かもしれないし、どこまでもゲームかもしれない」


 互いに意味ありげな目をして見つめ合う。


佑真

(…うーん…ふたりとも読めないなぁ…でも、ゲームは楽しんでる?)


蝶子

「…さて。明日の話をしても良いかしら」


「!あ、はい。お願いします」


紗子・咲妃

「「マリアちゃん!!///」」


蝶子

「えぇ。明日は八雲兄さまと賢児が迎えに来るから、全員11時までには支度を済ませておいてちょうだい」


佑真

「車で行くんだ?」


蝶子

「そうよ。私も一応お嬢様だもの」クスッ


佑真

「そうだね」


 ここで余談(補足?)だが、相楽組は任侠である。


【任侠】弱い者の味方をし、強い者の力に屈しない気風。また、そういう人。侠気。おとこだて。※暴力ヤクザとは異なります。


 大鷹佐を始め、蝶子の父、鷹幸や歴代の組長達に共通する"人を惹き付ける天性の人柄"もあり、フレンドリーなお金持ちとして時代を問わず人々に愛されている一家でもある。そして、そんな人柄が縁で家族ぐるみの付き合いをするようになったのが大財閥のひとつである"黒崎財閥"だ。相楽組は黒崎財閥と提携という形で様々な商いをしている。


 そしてファミレスに話は戻る。


紗子

「八雲先生と松岡まつおかさんがお迎えってことは誰がどっちに乗るかって決めないとね!」


蝶子

「それは大丈夫よ」


紗子

「え?でも」


蝶子

「明日になればわかるわ」クスクス


紗子

「???」


 イマイチ蝶子の言っている意味がわからなかったが、とりあえずなんでも茉莉愛に会えるという事で紗子と咲妃ははしゃぎながら行きたい所などを話した。ちなみに貴弥と佑真もイマイチ理解していなかった。


 そして翌日―。


八雲

「おはようございます。お迎えにあがりました」ニッコリ


蝶子

「ありがとうございます」


紗子・咲妃・貴弥・佑真

「「「「………」」」」( ˙꒫˙ )ポカン…


長いッ!!!!


 目の前には異様に長い白塗りの高級車が停まっていた。運転席には賢児が乗っている。


蝶子

「ね?大丈夫だったでしょう?ふふ」


紗子

「すごい!!初めて見たよ!!/// これ全員乗れるの!?」


蝶子

「乗れるわ。後ろは10人まで乗れるのよ」


咲妃

「∑そんなに乗れるの!?すげぇ!!///」


八雲

「さ、皆さん。黒崎くろさきの旦那様とのお食事に遅れてしまいます。そろそろ出発しませんと」


紗子

「あ、あの、今日のことマリアちゃん知ってるんですか?」


八雲

「いえ。茉莉愛お嬢様には内緒でとお願いしました。サプライズの方が茉莉愛お嬢様が喜ばれるかと思いましたので」ニッコリ


 「では、参りましょう」と八雲がドアを開けて乗車を促した。車が出発して30分程で横浜の街へと入る。


【国立白百合女学院】


 横浜市内へと入って程なく、車は蝶子の通っていた白百合女学院へと到着した。いかにも金持ち学校な門をくぐり、無駄に広い駐車場に車を停める。


紗子

「…すごい…お城みたい…///」


蝶子

「無駄にお金を掛けているから。あと、ここ部外者立ち入り禁止なのよ。悪いけど車は降りられないわ」


紗子

「そっか〜…ちょっと残念。でも!蝶子ちゃんのこと少し知れて嬉しい!///」


蝶子

「そう?さて、ちょっとあの子迎えに行ってくるわね」


紗子

「そういえば、蝶子ちゃん制服だね?」


蝶子

「面倒だけれど、正装じゃないと入れないのよ」


紗子

「そうなんだ」


 丘高の制服をきちっと着た蝶子。当然ながら高級なブランド物という訳ではない制服。だが、蝶子は安物が高価な物に見えるお得スキル(?)を持っているので、学院の制服に紛れても見劣りする事はなかった。車を降りた蝶子は無駄に豪華な広場を抜け、中等部の校舎の昇降口へとやって来た。あまりいい思い出の無い蝶子は少し苦い顔をしている。待つこと数分、昇降口から茉莉愛が出て来るのが見えた。茉莉愛は俯き人目を避けるようにして早足で向かってくる。


蝶子

「茉莉愛」


茉莉愛

「!っお姉さん!?どうしてここに」


蝶子

「お帰りなさい」


 蝶子の姿を見つけた茉莉愛は嬉しそうに笑い、駆け寄って来た。さっきまでの怯えがまるで嘘のようにはしゃぐ。


茉莉愛

「今日はどうしたんですか!?お姉さんに会えるなんて嬉しいです!///」


蝶子

「ちょっとこっちに用事があったの。あなたと久しぶりにゆっくり食事をしたいなと思って寄ったのよ。何か予定はあるかしら」


茉莉愛

「なんにも無いです!///」


蝶子

「そう。良かったわ。じゃあ行きましょう。車、待たせてあるの」


茉莉愛

「!/// は、はいっ///」


【駐車場】


 駐車場には講習に参加したお嬢様達を迎えに来た車が何台も停まっていて、ひときわ目立つ相楽組のリムジンになんだなんだと遠目に人が集まっていた。


八雲

「お帰りなさいませ」


蝶子

「さ、茉莉愛乗って」


茉莉愛

(リムジン?蝶子お姉さんひとりで?)キョトン


―ガチャ。


紗子

「!マリアちゃん!!///」


茉莉愛

「!!紗子さん!咲妃さんも!わぁ!嬉しいですっ!///」


 車中で待機していた紗子達に茉莉愛は溢れんばかりの笑顔ではしゃいだ。そして蝶子と茉莉愛が乗り込み八雲がドアを閉めて嬉しそうに微笑むと助手席へと乗り込んだ。


八雲

「では、黒崎邸へと参りましょう」


賢児けんじ

「はい」


八雲

「蝶子お嬢様に感謝しないといけませんね?」


賢児

「…何の事ですか」


八雲

「さぁて?ふふ」


賢児

「……」


 賢児は八雲の意地の悪い笑顔に苦虫を噛み潰したような顔をするとさっさと車を出発させた。学院を出て15分程走ると、穏やかな住宅街へと景色が変わり、程なくして黒崎邸へと到着した。車を降りた蝶子、奏、優、深優以外のメンバーは固まった。目の前にそびえる城のような邸宅と背後に広がる広大な庭園。


咲妃・貴弥・佑真

「「「………」」」


茉莉愛

「ようこそ!いらっしゃいませ!///」(*´▽`*)ニコニコ


紗子

「…わぁ/// 素敵///」


咲妃

「…家…?」ボーゼン…


「家だ」


貴弥

「…なんか、めまいがしてきた…;;;」


佑真

「でも、なんか…テレビ、豪邸探訪?で見たことあるような…;;; つかホントに個人の家…?;;;」


深優

「豪邸探訪?」


「テレビ番組だよ。マリアちゃんの家、よく取材されるもんね」


茉莉愛

「はい!よくテレビさん来ます!」


蝶子

「茉莉愛、着替えてらっしゃい。ご飯食べに行きましょう」


茉莉愛

「はい!/// あの、皆さんあがってください///」


 若干ビビりながら「おじゃまします」と言って家にあがる1年生ズ。中へ入ると玄関から先、全てが北欧を連想させるような雰囲気の造りになっていて、リビングには大きな暖炉も備え付けられている。


執事

「お帰りなさいませ、お嬢様」


茉莉愛

真田さなださん、ただいまです」


 リビングにやって来たのはティーセットを乗せたワゴンを持った執事。歳は八雲ぐらいだろうか。


真田

「さ、お嬢様。お出掛けのご準備を」


茉莉愛

「はい!では皆さん、少し待っていてください!///」


蝶子

「私も着替えさせてもらっても良いかしら」


茉莉愛

「もちろんです」


蝶子

「ねぇ、茉莉愛」


茉莉愛

「はい?」


蝶子

「良かったら、あなたの部屋を紗子に見せてあげられないかしら?」


茉莉愛

「はい!いいですよ!///」


蝶子

「ありがとう。いらっしゃい。紗子」


紗子

「わぁ!/// いいの!?///」


茉莉愛

「はいっ!咲妃さんもいっしょに行きましょう!」


咲妃

「え?えっと…/// あの…///」


「行ってこい」


咲妃

「優…?///」


 咲妃が戸惑っていると茉莉愛と紗子が両側から手をひいて連れ去って行った。


真田

「待っている間にお茶をどうぞ」


佑真

「ありがとうございます」


貴弥

(高そうなカップだ…;;;)(;´Д`)ドキドキ


深優

「…」


 慎重に口をつける貴弥を見て、一瞬意地の悪い笑みを浮かべた深優。


深優

「フェリアトのカップとソーサーですね。うちの母さんも好きなんですよ」


真田

「そうでしたか。黒崎の奥様もお気に入りのブランドなんです」


貴弥

「フェリアト?」


深優

「海外の陶器ブランドだよ。このカップとソーサーだと25、6万ぐらいかな」


!!!!!


貴弥

「…えーと、全部で…」


深優

「全部で9客あるから、230万ぐらいだね」


貴弥

「230万…|||」


深優

「気を付けて飲まないとね?」


貴弥

「∑!?」


「深優ちゃん、あまりいじめないであげて…;;;」


貴弥

「……」( ߹꒳​߹ )ヒィン…


 貴弥と佑真は一気に体調不良な顔に変わった…。


八雲

「大丈夫ですよ。破損させてしまっても真田君が立て替えてくれますから」ニッコリ


真田

「相楽のお嬢様がお連れになったのですから、相楽の家に弁償して頂きますよ」ニッコリ


八雲

「おや、今さら借金が増えたところで問題無いでしょうに」


真田

「あるだろ!!何言ってんだ!!」


 八雲も黒崎家の執事真田も穏やかに微笑んでいる。真っ黒に。


貴弥

「八雲さん、仲良いんすか?;;;」


八雲

「えぇ。これは真田 綾一りょういちといって、私や耀脩の幼馴染みなんです」


貴弥

「幼なじみなんですか」


綾一

「腐れ縁とも呼びます」


八雲

「そうですね」クスクス


―コンコン。


「…ただいま」ガチャリ…


綾一

「お帰りなさいませ、旦那様」


「うん。茉莉愛はもう帰ってるのかな?」


綾一

「お嬢様はお出掛けの支度をなさっておいでです」


「そうかい。待たせてしまったね」


茉莉愛

「あ、パパさん!おかえりなさい!///」


茉莉愛パパ

「ただいま!茉莉愛!」


蝶子

「新年会ぶりです。おじさま」


茉莉愛パパ

「やぁ!蝶子ちゃん」


蝶子

「佑真、ちょっと」


佑真

「うん?」


蝶子

「こちらが茉莉愛のお父さまで黒崎財閥の代表、黒崎 尚人なおと様よ。おじさま、これが以前お話した婚約者の藤澤佑真です」


佑真

「初めまして。藤澤佑真です」


尚人

「はじめまして」ニッコリ


蝶子

「おじさまは私のお父さまでもあるのよ」


佑真

「え?」


尚人

「嬉しいね。僕はちゃんとお父さんになれてたかな?」


蝶子

「もちろんです」


佑真

(…蝶子の、お父さん…)


 何でもない会話をするふたり。幼い頃に両親を亡くした蝶子。他人の子を育てる決意をした尚人。ふたりの間には深い深い絆のようなものが感じられた。


尚人

「あぁ、そうだ。八雲くん、今日は何時まで居られるかい?」


八雲

「あまり遅くならない内には引き上げようかと思っていますが」


尚人

「そうかい。もし大丈夫なら夕食も食べて行きなよ。茉莉愛も喜ぶからね」


八雲

「ありがとうございます。ではその様に」


綾一

「旦那様、そろそろご予約の時間に間に合わなくなってしまいます」


尚人

「おっと!いけない」


茉莉愛

「パパさん、またお仕事ですか?」


尚人

「いいや?皆で一緒にご飯食べようと思ってね。お店予約しておいたんだよ」


佑真

「この人数でですか?」


尚人

「大丈夫大丈夫!お店、貸切ったから!だから真田くんも八雲くんも賢児くんも一緒に食べよう!」アハハ☆


佑真

「∑貸切り!?」


八雲

「では、私達もご相伴にあずかりましょう」


賢児

「はい。ありがとうございます」


尚人

「うん。じゃあちょっと僕も支度してくるから待っててくれるかな?」


茉莉愛

「はいっ」


「あ、ねぇマリアちゃん」


茉莉愛

「はい?なんでしょう」


「ちょっと頼まれて欲しいんだけどね。男6人分の衣装を作って欲しいんだ」


茉莉愛

「!/// わたしでいいんですか?」


「うん。応援団の衣装なんだけど、マリアちゃんの衣装なら勝てる!と思ってね」


茉莉愛

「わ!嬉しいです!やります!///」


「な、お前、茉莉愛を使うのか」


「うん。耀脩には徹底的にやらないとね?」ニッコリ


「クソ…どうしても耀脩さんが足引っ張るな…」


「耀脩はそういう役回りでしょ?」クスクス


茉莉愛

「あの、どういうデザインの衣装にするんですか?」


「それはこれから考えるんだけど、女装の衣装なんだ。平気?」


茉莉愛

「女装ですね!大丈夫です!お任せください!///」


 そうこうしている内に簡単に支度をした尚人が戻って来て昼食へと出発した。



◈◈◈



高級中華飯店

香華楼こうかろう


佑真

「…おぉ…高そう…」


貴弥

「ここもよくテレビ出るよな…」


 いかにも高級飯屋ですなビジュアルの店構えに紗子と咲妃と貴弥と佑真が呆然と店を眺めた。香華楼は貴弥の言う通りテレビで何度も取り上げられ、著名人が度々訪れる超有名店である。そして、そんなお店を目の前に居る、パッと見その辺に居そうなお父さんが貸切ったという現実…。思わず尚人の顔をまじまじと見つめてしまった。


尚人

「はぁ〜お腹空いたなぁ」


蝶子

「入らないの?」


佑真

「蝶子も、よく来てたの?」


蝶子

「えぇ。顔馴染みよ。おじさまがとても気に入っているの」


佑真

「おぉ…」


咲妃

「蝶子ちゃんすげー…」


蝶子

「そうかしら」


 改めてお嬢様なんだなと認識した面々であった。


八雲

「さぁ皆さん。黒崎の旦那様がお待ちですよ」


 八雲に促されてとりあえずお店に入る。通された部屋は広々としていて、いかにも中華飯店です!という感じの装飾がされていた。部屋には円卓がふたつあり、分かれて座る。席に着けば自分が偉い人になったような気分になった。


咲妃

「メニュー、無いね?」


尚人

「あぁ、今日はコース料理を頼んであるからね。メニューはお任せなんだよ。でも皆、茉莉愛と仲良くしてくれているからね!今日はちょっと奮発して高いものばかりを頼んであるよ!」アハハ☆


咲妃

「!?」


 高いものという言葉にそわそわしながら料理を待っていると、テレビでしか観たことないような料理がいっぱい出てきた。そして超美味しい!!デザートには程よい甘さの杏仁豆腐!!ゆっくりお茶をして夢のような時間は過ぎていき、尚人はまた仕事へと戻って行った。一行は車で中華街まで送ってもらい遊ぶ事にした。


咲妃

「お土産屋さんがいっぱいだ!///」キャッキャッ


紗子

「いっぱいだね!///」キャッキャッ


佑真

「食ったばかりなのに元気だな」クスクス


貴弥

「だな…;;;」


 建ち並ぶお土産屋を物珍しげに覗きながら歩いていると、突然奏が「すごく綺麗なお店がある」と言って全員を引っ張って路地へと入った。


花猫ホワシャオ


 奏が見つけたのはチャイナドレスの貸衣装の店。ドアを開けると色とりどりのドレスが並んでいた。煌びやかな空間に紗子のテンションが急上昇。


「綺麗だよね〜。あ、これ深優ちゃんに似合いそう!」


深優

「着ないよ」


「見たいな、なんて」ネ?


深優

「着ない」


「どうしてもダメ?」


深優

「……」


 奏の手には黒地に金縁で桃色の蓮の刺繍が入った膝丈のドレスが。じっと奏を見ているとだんだんしょんぼりしてきた。


深優

(何でそんなに見たいんだ…わからん…)ハァ…


 深優はため息をこぼすと、たくさん並んだラックを指さした。


深優

「…あれ。あのズボンみたいなやつ、ドレスの下に履いて良いなら…着てみても良いよ」


「ホント!?///」


深優

「奏君も着てよね?」


「もちろん!それで深優ちゃんのドレス姿が見られるなら喜んで着るよ!あ、ここ着替えてプリクラ撮れるんだね!みんなで撮ろうよ!」キャッキャッ


紗子

「わぁ!/// 良いですね!わたしも着てみたいです!///」


佑真

「そうだね。記念に撮ろうか」


 そうして皆でプリクラを撮る事になり、思い思いに衣装を選び始める。あまり乗り気じゃない蝶子を横目に、佑真はノリノリで衣装を選んでいる。綺麗なドレス達。しかし何かが物足りない。うーんと悩んでいると茉莉愛がにっこにこで1着のドレスを手に持って駆け寄って来た。


茉莉愛

「佑真お兄さん!これっ!お姉さんに似合いそうじゃないですか!?///」フンスッ!!


佑真

「ん?どれどれ?あー!!そうそう!!これだよこれ!!マリアちゃんナイス〜!!///」


 茉莉愛が持って来たドレスは超ミニ丈だ。物足りなさの正体はこれだった。佑真は嬉しそうにそのドレスを蝶子に当てがう。


蝶子

「ちょ、ちょっと派手じゃないかしら?///」


佑真

「んーん!全然そんな事ないよ!とっても似合ってる!このドレスに合う俺の衣装も探さないと!」


 とても楽しそうに衣装を探す佑真の隣で優と咲妃が何やら揉めている。


「別に丈が短い訳じゃないんだからこのぐらい良いだろ」


咲妃

「そんなこと言われても…は、はずかしいものははずかしいのっ!/// ズボン履かせてよぉ〜///;;;」


「蝶子さんみたいに長い靴下履けば良いだろ」


咲妃

「えぇー…うぅ…わかったよぉ…;;;」


 優大勝利。咲妃が折れて優は満足気な顔をしている。手には丈の長い白いドレス。どうしてもこれが着て欲しかった。脚を出して。そして自分も着る事はすっかり忘れている…。そうしてそれぞれが衣装を選んで着替え、髪をセットしてもらい、化粧を終えた。


紗子

「わぁ!!貴弥、やっぱりその衣装似合ってるね!!すごい!!かっこいいよ!!///」


貴弥

「そ、そうかよ…///」ボソボソ…


佑真

「じゃあプリクラ撮ろうぜ!!」


 全員でぎゅうぎゅうにプリクラの中に入る。何枚か撮って、その後はペアで何枚か撮って、女の子だけで撮って、男の子だけで撮ってと、たくさんプリクラを撮って満足した全員は貸衣装屋さんを後にした。


佑真

「あ、ねぇ、この近くに挨拶に行きたい人が居るんだけど、みんなちょっと付き合ってもらっていいかな?」


蝶子

「こんな大人数で?迷惑じゃないかしら」


佑真

「んーそっか…。でも、蝶子と優さんには来て欲しいかな」


蝶子

「私と優?」


「なら、一旦別行動にすれば良いだろ」


佑真

「いいかな?」


「大事な人なんでしょ?行っておいでよ。俺たちどこかで時間潰してるからさ」


茉莉愛

「あ、では、わたしがママさんといつも一緒に行く喫茶店なんてどうですか?打ち合わせできるスペースもありますし、応援団の衣装の話しませんか?」


「お、いいね!じゃあ俺たち喫茶店に行ってるから、優終わったら電話して?」


「わかった」


 「じゃあ」と言って分かれて奏達は茉莉愛の案内で喫茶店へと向かい、佑真達も佑真の案内で移動する。やって来たのは大通りから外れた小道にあった一見すると喫茶店のような見た目の場所。扉に手をかけると取り付けられたベルが小さく鳴った。


優しそうなお兄さん

「いらっしゃいませ。あ、佑真くん。よく来たね。いらっしゃい。卒業式ぶりだね。座って座って」


佑真

「こんにちは。今日は龍興たつおきさんだけですか?」


龍興

「うん。じーちゃんは散歩に行ってて、父さんはちょっと出かけてる。今お茶を淹れて来るからそっちの広いスペース入っててね」


佑真

「はい。ありがとうございます。入って蝶子、優さん」


蝶子

「えぇ…」


 案内された広めの応接スペースに座る3人。


蝶子

「ねぇ、佑真。ここは?」


佑真

「ここは俺が昔からお世話になってる法律事務所だよ。今の人は龍興さんて言って俺の兄ちゃんみたいな人でもあるんだけど」


蝶子

「法律事務所?」


「前に言ってたお前の爺さんの弁護士仲間ってやつか?」


佑真

「そう。せっかく近くに来たし、蝶子と優さんを紹介したいと思って」


 お茶を持って龍興が戻って来る。そしてなんとなーく察していた龍興が訊ねた。


龍興

「お待たせ。ねぇ佑真くん。もしかしてこちらのお嬢さんがずっと探してたかんざしの女の子かな?」


佑真

「そうです。やっと逢えました」


龍興

「良かったね!えっと、相楽のお嬢様ですよね。僕はこの法律事務所の弁護士、神部かんべ龍興です。初めまして」


蝶子

「相楽蝶子です。初めまして」


佑真

「そしてこのお兄さんが俺のもうひとりの兄ちゃんです」


「相楽組機動隊の神崎優です。初めまして」


龍興

「相楽組の?」


佑真

「実は色々あったんすけど、蝶子と許婚になれたんです。優さんは俺の専属護衛をやってくれてるんです」


龍興

「わ!本当かい?良かったね!佑真くん昔っから本当にかんざしの女の子の事大好きだったもんね」クスクス


佑真

「∑ちょ、ばらさないでくださいよ!///;;;」


龍興

「ふふふ。それで、今日はどうしたの?まさか紹介に来てくれただけじゃないでしょう?」


 龍興の言葉に佑真の顔が曇る。


佑真

「…まぁ、そうなんすけど」


龍興

「あの話なら大丈夫だよ。佑真くんにも随分頑張ってもらって証拠は充分揃ってるからね。それでも不安にはなるだろうけど」


佑真

「…俺、相楽の家も黒崎の家も本当に大事なんです。だから、巻き込みたくなくて…」


「お前はまだそんな事言ってるのか。相楽も黒崎も一般人がどうこうできる家じゃない」


龍興

「そうだね。でも、佑真くん的にはなんて言うかな。触られたくないんだよね。言い方が悪いけど、大事なものだから汚れた手で触って欲しくないんだよね」


佑真

「はい…」


龍興

「でも、ちゃーんと僕達が守ってあげるからね。約束するよ。だから、佑真くんは安心して毎日を楽しく過ごして欲しいな」


佑真

「龍興さん…」


蝶子

「…詳しい話はわからないけれど、私じゃああなたのその不安を取ってあげる事は出来ない?」


佑真

「そんな事ないよ。ありがとう」


蝶子

「ねぇ、佑真…私、あなたの抱えてるもの、知りたいわ。あなたの事をちゃんと支えてあげたいの」


佑真

「蝶子…?」


蝶子

「…」


 蝶子はそっと佑真の手を取るとその顔を覗き込んだ。


佑真

「蝶子…ありがとう。そんなふうに言ってもらえるなんて思わなかった。嬉しいよ。…あの、龍興さんから話してもらえませんか?俺の口からは、ちょっと、言いづらくて…」


龍興

「構わないよ。佑真くんが良いならね」


佑真

「大丈夫です」


龍興

「そうかい?なら僕から話そう」


 居住まいを正す龍興に蝶子と優は少し緊張した。そして語られる佑真の抱えるものに、少しでも佑真の力になりたいと強くそう思った。


龍興

「そうだね。まずは佑真くんの両親の事から。父親が冬真とうまさん、母親がアイリーンさん。このふたりはモデルとタレントをやっていてね。仕事を通して知り合ったんだ。ふたりとも実はちょっと問題があってね。どちらも異性遊びが激しかったんだ。そして知り合ってから間もなく佑真くんを妊娠した。世間体を気にしたふたりは結婚する事にし、佑真くんは生まれた。けれども冬真さんもアイリーンさんも異性遊びが治らなくてね。佑真くんが生まれてからも続いたんだ。幼かった佑真くんが小学生にあがるまできちんと両親の顔を知らない程にね。…でもね、冬真さんが本当の父親なのかもちょっと怪しいんだ。アイリーンさんは何人もの男性と関係を持っていたからね。冬真さんとはその時一番付き合っていたから結婚したんだよ」


 蝶子は絶句していた。まさかそんなふうにして佑真が生まれたなんて考えもしなかった。だって、それは―


龍興

「簡単に言ってしまうとね。悲しい言い方になるけど、佑真くんは望まれなかった子供なんだ。幼かった頃は冬真さんの両親に世話をさせて、小学生になるとお金だけを置いておいて、実質的なひとり暮らしをさせた。そして時には報道向けに仲の良い家族をアピールする事を強制させられた。ここに来て今度は相楽の家に婿に入る事になった佑真くんの甘い汁を吸おうとしている。…佑真くんの腕の傷の事は知っているかな?」


蝶子

「左腕の、佑真が生きている証ですか?」


龍興

「そう。佑真くんはね、そうした暮らしを続ける内に自分の存在がわからなくなってしまって、傷をつけるようになってしまったんだ。僕も何度も止めたけれど、それでも、どうしてもやめられなかった」


蝶子

「…あなたの家は、相楽の、私達の家よ。あなたがそうして生まれた事は変えられないけれど…私はあなたと出逢えて良かったし、幸せだと思ってるわ」


佑真

「俺も、あの日、蝶子に出逢えて良かった。俺が今こうして生きていられるのは蝶子のおかげだよ」


「あの。もしもの時の為に専属護衛としてあなたと連絡を取れるようにしておきたいんですが、連絡先を教えてもらえませんか」


龍興

「そうだね。味方は多い方が良い」


 そう言うと龍興は名刺を取り出し、裏面に直通の番号を書くと優に渡した。


龍興

「僕達もね、探偵を雇ったり、佑真くんに頼んでカメラ仕込んでもらったりして、証拠は充分に集まってるんだ。佑真くんの今までの暮らしも記録してる。だからもし親を盾にしてきてもその責任は果たされていなかったと立証出来るようにはしてあるんだ」


「では、親として対応しなくても大丈夫ですね。詳しい事は機動隊長と大旦那様に話をしなくてはならないですが」


龍興

「そうだね。近い内に大鷹様にもご挨拶をしに伺わせて頂きます」


「そういう事だ佑真。お前は何があっても俺達が守ってやる。若としてではなく、家族として、だ」


佑真

「優さん…ありがとうございます。俺も負けないようにしなきゃな…」


龍興

「そうだよ〜?大変だし、苦しいだろうけど、佑真くんの幸せの為に負けてちゃいられないよ!」


佑真

「はい」


 佑真はやっと安心した顔を見せた。その姿に蝶子はしっかりと支えてあげなくてはと心の中で誓った。そうして話を終えた3人は法律事務所を後にする。


「…もしもし、奏?今終わった。どこに居る?…ん。わかった。じゃあそっちに行くわ」


蝶子

「奏達はどこに居るの?」


「スイートピーという喫茶店だそうです。今場所調べます」


蝶子

「あら、じゃあ場所はわかるわ」


「じゃあ案内をお願いしてもいいですか?」


蝶子

「えぇ。良いわ」


 今度は蝶子の案内で喫茶店に向かって歩き出した。



◈◈◈



喫茶店

【スイートピー】


「蝶子さん達これから来るって」


深優

「結局決まらなかったね。女装衣装」


「そうだねぇ。あんまり露出無くて、いい感じに女装とわかる衣装って思いつかないね」


紗子

「…あ、メイドさんなんてどうですか?」


「あー!いいね!女装だってわかりやすいし、スカート丈長くすれば抵抗もそんなに無いだろうし」


茉莉愛

「では、メイドさんで決まりですかね!」


貴弥

(葵先輩のチームじゃなくて良かった…!;;;)


「俺はスカート丈膝丈ぐらいでもいいかな!」


貴弥

「!?」


「全員ロングスカートなの、ひよってると思われたくないし。優に勝つには少しでも点が欲しいし」


深優

「奏君自信あるの?」


「いや!無いね!」アハハッ☆


紗子

「八雲先生も短いスカートにするんですかね?」


「やっちゃんはどうかなぁ?訊いてみないとわからないな」


 わやわやと話していると蝶子達が合流した。その後少し観光をして黒崎の屋敷へと帰る事になった。



◈◈◈



【黒崎邸】


八雲

「おや、コンテストはメイドに決まったんですか?」


「そうなの。やっちゃんはどんなメイド服がいい?」


八雲

「そうですね。スカート丈の長い、クラシックなデザインが良いでしょうか」


「生徒会長チームはメイドか…。こっちはどうするかな…」


八雲

「何が来ても負けませんよ。ふふふ」


「こっちだって負けるつもりはありませんよ。…ただ、ちょっと耀脩さんの仕上がりが心配なだけで…」


八雲

「耀脩は何をしてもダメそうな気がしますね」クスクス


「…」デスヨネ


綾一

「さぁ、皆さん。旦那様が帰られましたので、お出掛けのご準備を」


茉莉愛

「出かけるんですか?」


綾一

「はい。食堂の席が足りませんので、旦那様がレストランを予約なさっています」


茉莉愛

「そうですか」


八雲

「夕食を食べたらそのまま帰りますので、皆さん忘れ物の無いようにしてくださいね」


紗子

「はい。あ、そうだ!マリアちゃん、これもらってくれるかな?」


茉莉愛

「キーホルダー、ですか?これは…」


紗子

「昨日ね、みんなで水族館に行ったの!そのお土産なんだ!みんなとおそろいで買ったの!///」ホラッ


茉莉愛

「わたしも貰っていいんですか?」


紗子

「もちろん!今度は一緒に行こうね!///」


茉莉愛

「はいっ!///」


 茉莉愛はキーホルダーを受け取ると嬉しそうに鍵に付けて眺めた。大事そうにしまうと出かける準備をしに行く。尚人が合流して一行が訪れたのはホテルのレストランだった。夕食も楽しく食事をして、食後のデザートものんびり食べながらお茶をして、そろそろ帰る時間になった。ひとしきり別れの挨拶をすると、皆が車に乗り込んでいる時に茉莉愛が運転席へと回って窓をコンコンと叩いた。気付いた賢児が車を降りると茉莉愛はどこかそわそわとして、でも嬉しそうに賢児を見る。


茉莉愛

「あの、松岡さんもぜひまた来てくださいね!」


賢児

「はい。ありがとうございます。茉莉愛お嬢様もまたぜひ相楽の屋敷へ遊びにいらしてください。蝶子お嬢様とお待ちしております」


茉莉愛

「っはい!ぜひ!///」


蝶子

「茉莉愛?」


茉莉愛

「あ、はい!」


 呼ばれた茉莉愛は賢児に軽く会釈をして蝶子の元へと駆け足で向かった。それを見送って賢児は車に乗り込んだ。その顔はどこか綻んでいる。


茉莉愛

「なんですか?お姉さん」


蝶子

「あの話なんだけれど、考えておいてね。うちは歓迎するわ」


茉莉愛

「はい!ありがとうございます!」


蝶子

「無理はしちゃダメよ?」


茉莉愛

「はい!パパさんとママさんと話してみます。わたしはお姉さんと一緒がいいです!///」


蝶子

「そう。待ってるわ。じゃあまたね」


茉莉愛

「はい!おやすみなさい!」


蝶子

「えぇ、おやすみなさい」


八雲

「黒崎様、今日は本当にありがとうございました。それでは私達はこれで失礼致します」


尚人

「いやいや、こちらこそ。茉莉愛が嬉しそうで良かったよ。また会いに来てやってくれるかな」


八雲

「はい。ぜひ。カフェのイベントの事もありますので、またご連絡させて頂きます。では失礼致します」


尚人

「うん。気を付けて帰ってね」


 尚人と茉莉愛が手を振ってお見送りをする。車はゆっくりと七瀬へと向かって走り出した。



◈◈◈

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