第23話【抱えたもの】

 この日、体育館では全校朝礼が行われていた。第1週だけは非常勤の教師も参加する為、八雲やくもの姿も見られた。壇上では一応校長の耀脩ようすけが話しをしている。


耀脩

「…えーと、それから来月の体育祭に向けての話ですが。今年は全校生徒プラス先生方を2つのチームに分けてチーム戦を行います。ちなみに生徒会長チームと副会長チームです。好きな方を選んでくださいね!チーム分けはそれぞれのクラスにお任せします。それと今年は例年通りの通常競技と"喧道けんどう"を目玉競技として行います!」


蝶子ちょうこ佑真ゆうまかなですぐる

「「「「!?」」」」


耀脩

「詳しいルール等は後でプリントを配布するので見てくださーい。で!今から呼ぶ生徒は強制参加ですのでお願いしまっす☆」


嫌な予感しかしない…。


耀脩

「まず、3年、あおい奏くん、神崎かんざき優くん、1年、一柳いちやなぎ貴弥たかやくん、藤澤ふじさわ佑真くん。それとカフェ部顧問の葵八雲先生と俺☆」


 耀脩が名前を呼ぶと優と八雲から全力で不愉快オーラが噴き出した。


耀脩

「それでは全校朝礼を終わります!」


 耀脩が壇上を降りると八雲が静かに詰め寄った。


八雲

「どういうつもりですか?耀脩すけべえ。喧道をやる上に私達は強制参加って」ゴゴゴゴゴ


耀脩

「わ、わぁ…やっちゃん超怒ってるじゃん;;;」


八雲

巫山戯ふざけないでくださいね?本気で怒りますよ」


耀脩

「……;;;」


 耀脩は八雲からそっと目を逸らすと近くにあったマイクを掴んだ。


耀脩

「あ、あー、ちょっと喧道について補足しまーす。参加人数は制限しません。それから俺に誰かひとりでも生徒の皆さんが勝つ事が出来れば夏休みの宿題を減量します。それと強制参加の皆さんが勝った場合はバラの夢廃刊を約束します!;;;」


八雲

「…俺はそんな事どうでもいいんだが?」


耀脩

「や、八雲先生は何か考えておきます…;;;」


八雲

「余程立派な報酬があるんだろうな」


 八雲が目が笑っていない笑顔を向けると耀脩は走って逃げた。


八雲

「…俺が執事だからと思って舐めてるな、あの野郎」ボソッ


佑真

「怖…八雲さんめちゃくちゃ怒ってるじゃん…;;;」



◈◈◈



 休憩時間。奏は新聞部の部室に来ていた。


―コンコン。


編集部員

『はぁーい』


―ガラリ。


編集部員

「!わ、葵先輩!?」


「あれ?キミ1年生だよね?…新入部員とか居たんだ」


編集部員

「はい。あの、一応部活なので…」アハハ


「そっか。ところで新刊1冊くれる?300円でいいの?」


編集部員

「はい!新刊ですね!300円です!……え?」


 新入部員は奏の顔を見たままぽかんと固まってしまった。


「俺が買いに来たら変?」クスクス


編集部員

「え、いや、だって…新刊の特集…」


「"俺"だよね。耀脩さんが見せに来たから知ってるよ。だから買いに来たのよ」


編集部員

「…あ、えっと、じゃあ…あの、差し上げます」


「え?」


編集部員

「ど、どうぞ!」


 編集部員はおずおずと新刊を差し出して笑った。


編集部員

「…あの、迷惑かもしれませんが…僕、葵先輩のファンなんです…///」


「あれ?そうなんだ。じゃあこれはありがたく貰うね」ニッコリ


編集部員

「はい…///」


「…」


 受け取った新刊のページをペラペラと送り、特集のページを開く。そこに視線を落として微笑むと編集部員にもう一度「ありがとう」と言って歩き出す。


「あ」


編集部員

「?」


「良かったら今度お店においでよ。ちょっと混んでるかもしれないけど」


編集部員

「!?っ本当ですか!?///」


「うん。コーヒーでもお茶でもごちそうしてあげるよ」


編集部員

「あの、僕!喫茶店の仕事に興味があるんですっ!将来、先輩のように自分のお店とかも持ちたくて///」


ん?


「…キミ、ふつうの子?」


編集部員

「はいっ!マスターやってる葵先輩に憧れてるんです!…あ!もしかして誤解させてしまいましたか?よね?;;;」


「バラの夢編集部だからね…;;;」


編集部員

「…ですよねー;;; 僕もどうかと思ったんですけど…緊張してなかなか話しかけられなくて…;;; ここならって…;;;」


 編集部員は気まずそうに頭をかいて笑う。


「お店、さっきも言ったけどちょっと混んでるかもしれないけどおいで。カフェ部に入部してもいいしね」


編集部員

「え?」


「俺で良ければお店の事とかお茶やコーヒーの淹れ方なんか教えてあげるよ」


 そう言って笑うと奏はカフェ部の部室へと向かった。


編集部員

「……ほんとに僕なんかが、いいのかな…///」



◈◈◈



 部室の座卓にバラの夢の新刊を置いて一旦教室に戻る。6時限目は課題。珍しくさっさと終わらせた奏は部室へとやって来た。


「…さってと。特集組まれてまで何を書かれてるのかな?」


 バラの夢を手に取り、窓を開けて佑真の特等席に寝転ぶ。


―ぺら…。


【大特集!!密かに人気の葵奏君!七瀬商店街で神崎優君似の美人巫女さまとLove×2デート!?】


 特集ページには優にバイクを返しに行った時の奏と深優の写真が載っている。


「…いつの間に撮られたんだろーなぁ。優も大変だな家割れてるし。咲妃さきちゃん大丈夫なのかな」


〔…眠ってる美人巫女さまをおぶり、ゆっくりと歩く奏君…〕

〔…起きた美人巫女さまを優しく下ろし、恋人繋ぎをするなど終始Love×2な様子…〕


―ガチャリ、ガラッ。


「…!」


佑真

「あれ?奏さん?珍しい」


「そうだね。俺あんまり授業抜けて来ないから」


 佑真の後ろから蝶子と優も入って来た。3人は部室に上がると奏の近くに座る。


佑真

「なに見てるんですか?」


「ん〜?んふふ。見て見て!撮られちゃった!」


 奏はほらほらとバラの夢の特集ページを見せる。


佑真

「わ!?奏さんと深優みゆうさん!?;;;」


「うん。優にバイク返しに行った帰りなんだ」


「……美人巫女?」


「またそうやって張り合うw」


佑真

「…仲良さそうですけど、好きはわかりました?」


「ぜーんぜん?でも、ちょっと深優ちゃんの見え方が変わったような気がするかな?」


佑真

「へぇ?どんな感じですか?」


「上手く言葉に出来ないな」


「…お前、深優とヤったのか?」


佑真

「∑!?///」ギョッ


「どうしたの?急に」


「いや、この間廃墟ホテルで"いつもみたいに"って言ってたの思い出したから」


佑真

「…そういえば…」


『…良いけど。今いつもみたいに優しくはしてあげられないよ?』

『…鳴いてよ。いつもみたいに可愛い声でさ』


「……。ヤったよ」


「…好きでもねぇのにか」


 優の喉元から唸る声が漏れる。昔から何かと変質者に絡まれていた優と深優。優は深優のこの手の話には過剰に反応してしまう。やっぱり心配なのだ。


「深優ちゃんにお願いされたから」


 細くなる優の瞳を真っ直ぐに見つめて奏が答える。途端、優は奏に掴みかかり壁に押し付けた。


将也

「!!っ先輩!?なにしてんすか!!」


 どうにかこうにか課題を終えた将也まさやが部室に入ってくると、その光景に慌てて優を奏から引き剥がそうとする。興奮する優に将也の声は届かない。掴まれて色温度の失せた奏が呟く。


…深優ちゃんは誰が守るの?


「は?」


 どこか悲しげな奏の瞳がゆっくりと優を捉える。その瞳は揺れていた。


「咲妃ちゃんは将也くんが守ってくれる。じゃあ深優ちゃんは?」


「…っ何が言いたい」


「深優ちゃんは誰が守ってくれるの?俺はどうするのが正解だった?」


 優は意味が解らず不機嫌な顔のまま奏を見つめる。


「ねぇ、優。知ってた?深優ちゃん、学校に持ってくカバンにも、出かける時のボディバッグにも…すぐ取り出せるところに"コンドーム"入れてるんだよ。いつも持ち歩いてるんだ」


「…!」


「女の子が、ケガをするよりマシだよって…そんな事を口にして、いつもそんなもの持ち歩いて、俺に…誰かに犯される前に初めてもらって欲しいなんて…どんな気持ちなのかな」


「……」


 奏の襟元から力無く優の手が滑り落ちる―…。


「俺は襲われたことなんて無いからわからないよ…でも、だから…深優ちゃんが望む事はしてあげたいって思った。それってダメなのかな。とってはおけない大切を人に譲るのはいけない事なの?」


「…」


 優も、ふたりの様子を見ていた将也も蝶子も佑真もただ静かに目を伏せる。誰も奏の問に答えられない。


「…男達に連れ去られた時だって、深優ちゃんは自分を殺してただ耐えてた。泣く事も叫ぶ事も、何もしないでじっと耐えてた。すごく怖かったと思うのに…もうその感覚が麻痺しちゃってるんだ…」


「…それで、"いつも"ヤってんのか」


「深優ちゃんが大丈夫な時だけね。眠れないんだ、深優ちゃん。薬も飲んでるけど、エッチして、疲れで強制的に眠りに落ちないとダメなんだ…。いくら中身が男になったって深優ちゃんは女の子なんだよ。怖いんだよ」


佑真

「中身が、男…?」


「そう。深優ちゃんは男になろうとしたんだよ。優と比べられないように、色んな怖い事から逃げる為に…。深優ちゃんが何か抱えてるのは初めて写真を見た時に気付いてた」


―コンコン。


男子生徒

『あの、誰か居ないかな?葵くんが居ると良いんだけど』


「…優、ちょっといい」


「…」


 奏は放心する優を優しく退けるとゆっくりと入り口に向かう。


―ガチャリ、ガラッ。


「はいはい、どちら様?…って、深優ちゃん?」


男子生徒

「良かった葵くん居たんだ。授業中だったけど…部活もあるでしょ?だから内緒で連れて来ちゃった。じゃあオレ授業戻るから」


 そう言うと男子生徒は廊下を駆けて行った。


深優

「ごめん…何度も断ったんだけど」


「いいよ。もうあんまり深優ちゃんに外にひとりで居て欲しくないからね」


深優

「話も、聞こえてた」


「…そっか。とりあえず上がって?見つかったら大変だから」


深優

「…」ウン


 ひとまず深優を部室に招き入れる。


「そういえば深優ちゃん今日も早いね」


深優

「…選択授業取ってないから、今日は午前中だけ。早く昨日の続きもしたかったし」


「そう」


 ふと深優の視界に背を向け項垂れる優が入る。


深優

「…何してんの優」


「…お前、奏の事どう思ってんの?」


 優はぴくりとも動かないままに問い掛ける。


深優

「…どうって…僕のわがままに付き合ってくれる人?」


「…それだけ?」


深優

「…何?もしかして僕に同情してる?可哀想って?」


将也

「…深優さん…」


深優

「…要らないよそんなモノ。邪魔くさい」


「お前」


「深優ちゃんダメだよ。優は深優ちゃんの事心配してくれてるんだから」


深優

「要らない。奏君だけ居ればいい。僕の欲しいものは奏君にしかわからないし、僕も奏君も無いものをお互いに埋められればそれでいい。同情も心配も要らない」


「…奏の無いもの?」


深優

「…自分で気付きなよ。奏君は優の事気付いてくれてたんでしょ」


「深優ちゃん…」


―キーンコーンカーンコーン…。


「…ちょっとホームルーム出てくるから待っててね」


深優

「…ん」


「ほら、優、戻らないと」


「…」


 放心状態の優を連れて部室を出る。


佑真

「俺らも戻らなきゃ」


蝶子

「石井君」


将也

「…」


 将也も呆けたまま動こうとしなかった。


佑真

「…ここに居るか?」


将也

「…うん」


佑真

「じゃあ言っとくよ」


 佑真と蝶子も部室を後にする。ガチャリと鍵の閉まる音がして将也も深優も黙ったまま時間だけが進む。


―ガチャリ、バンッ!!!!


深優

「…!」


将也

「!?」ビクッ


八雲

「…全く。耀脩の奴、久しぶりにメッタメタにしないと気が済まないですね。…っておや?深優さん?」


深優

「…こんにちは」カクリ


八雲

「こんにちは。学校は終わったんですか?」


 訊きながら八雲は対人モードに切り替わって部室に上がる。


深優

「今日は半日だったので」


八雲

「そうですか。…!おや、これは懐かしい」


 畳にほったらかされたバラの夢を手に取ってページをめくる。


深優

「…何ですか?それ」


八雲

「この学校に昔からある部誌です。かなり偏った内容ですが…あれ?これは…」


深優

「…僕と奏君?いつの間に…」


八雲

「はい」


深優

「…?」


 八雲は深優にバラの夢を差し出して微笑んでいる。


八雲

「読みますか?」


深優

「……」コクリ


 深優は八雲が差し出しているバラの夢を受け取ると自分と奏の特集ページに目を通す。ふと、読みながら何となくゲームを始めてからの奏を思い出した。無理にエッチをしようとした深優を一旦は受け入れたが、優しく注意をして行為をしなかった奏。連れ去られた深優が平然としているのに泣いて怒った奏。


深優

(……奏君は優し過ぎる…)


優し過ぎて、

他人を気にかけ過ぎる…。

そんな奏君に無いモノは、

きっと、

誰かに甘える心―…。


本当の奏君はたぶん誰かが思ってるよりも、

ずっと寂しがり屋なんだ…。


 深優の細指は自分をおぶって歩く奏の写真をなぞる。


深優

(…馬鹿だなぁ…もう少しだけでも肩の力を抜けば楽なはずなのに…)


八雲

「深優さんは奏が好きですか?」


深優

「!…好きがどんなものかわからないのでわかりません」


八雲

「そうですか。奏、神社に戻ってから楽しそうにしているんですよね。ふふ」


深優

「…楽しいって言ってました。いつもひとりだから、僕が居るのが楽しいって」


八雲

「そうなんですね」ニッコリ


 そこでふと傍らで俯いたままの将也に目を向ける。


八雲

「ところで、石井君はどうしたんですか?」


深優

「…僕もわからないです。来た時にはもうこの状態でしたから」


将也

「……」


 優が奏に掴みかかった理由は知らない…。


 でも―…。


『深優ちゃんは誰が守ってくれるの?俺はどうするのが正解だった?』


『女の子が、ケガをするよりマシだよって…そんな事を口にして、いつもそんなもの持ち歩いて、俺に…誰かに犯される前に初めてもらって欲しいなんて…どんな気持ちなのかな』


『俺は襲われた事なんてないからわからないよ…でも、だから…深優ちゃんが望む事はしてあげたいって思った。それってダメなのかな。とってはおけない大切を人に譲るのはいけない事なの?』


 奏の言葉のひとつひとつが咲妃の胸に深く突き刺さった。


将也

(…深優さんも、優と比べられて…優の代わりにされて…ひとりで変態と戦って…きっとずっと壁しか見てもらえなくて、ひとりぼっちだったんだ…)


 深優の事を考えると胸がきゅうと痛んだ。


―ガチャリ、ガラッ。


佑真

「おっす。将也、荷物これで全部?」


将也

「…うん。ありがと」


佑真

「ん」


 達也の超早いホームルームを終えた佑真達が部室に入って来た。騒がしくなった部室をぼんやりと眺めているとぽんぽんと頭に手が当てられる。


将也

「…!」


佑真

「…奏さんと深優さんの事、気になるかもしれないけど、将也は優さんの事支えてあげて?初めて知った深優さんの抱えてるものに優さん戸惑ってるはずだからさ」ナデナデ


将也

「…佑真…」


佑真

「奏さんと深優さんなら大丈夫だよ。咲妃ちゃんと優さんの時みたいに俺がなんとかしちゃうよ?ふふ」


将也

「…」


佑真はすごいな…。

見てないようでいつも人のこと見てくれてる…。


「…何してんだコラ」


佑真

「!優さんっ!ちょっとメンタルケアを…って、痛いよ!優さんっ!|||」アアアア|||


 将也の頭を撫でていた佑真の手は優に握られて変な形になっている…。


「やっちゃん、今日は部活なにするの?」


将也

「…」


 奏の声に自然と将也の目はその姿を追いかける。


八雲

「今日は王子様イベントの反省と次のイベントについてですね」


「次のイベントか〜。マリアちゃんが聞いて回ってたみたいだけど、どんな希望があったのかな?…あ、そうだ。深優ちゃんこれ」


深優

「…何?」


 奏はカバンを探るとウォークモンを取り出して見せる。


「イヤホンある?」


深優

「…無いよ」


「あーじゃあこれ、俺ので悪いけどちょっとイヤホンしてくれる?」


深優

「…?」コクリ


 深優がイヤホンをすると奏が曲を再生する。


深優

「…これ」


「練習に使えるかはわからないけど、音源見つけたから。これ良かったら貸してあげるよ」ニッコリ


深優

「…ありがとう」


「うん」


八雲

「何の曲ですか?」


「ん〜?ナイショ」クスクス


 と、言ったがすぐにバレた。


八雲

「!あぁ、奉納の舞の曲ですね」クスクス


「え?なんでわかったの?」


 八雲が示す先を目で追うと、また深優が集中して舞を舞っていた。


「あらら。また集中モードに入っちゃったのね深優ちゃん」


八雲

「なんだか懐かしいですね」


紗子

「綺麗…///」


「もう何年もやってないもんね〜」


佑真

「奉納の舞ってなんですか?」


八雲

七瀬ななせ神社のお祭りで毎年行われていた舞です。夏は何かと災害が多いですから、縁結びの神様に災害との悪縁を切ってもらうんです。要は安全祈願の舞ですね」


佑真

「へぇ〜?」


蝶子

「舞なんてやっていたかしら」


八雲

「舞える人が居なくてずっとやってなかったんですよ。蝶子さん達の歳の子達は覚えていないかもしれませんね」


蝶子

「そうなの」


八雲

「深優さんが舞ってるという事は、今年は深優さんがやってくれるんですか?」


「うん!俺が勧めてみたらやってみたいって言ってくれて。千尋ちゃんも是非にってさ。昨日、残ってた舞のDVD見せてあげたらリモコン取られて今みたいに集中してずっと練習してたよ?」クスクス


八雲

「好きなんですねぇ。ふふ」


 目を閉じて集中して舞う深優に部活を中断して皆が見つめた。普段の男っぽい仕草とは全く違う女性らしい動きに目が逸らせなくなる。とにかく綺麗だった。例える言葉が見つからない程に。優はちょっと複雑な顔をして見ていた。


八雲

「…嬉しそうですね、奏」


「え?」


 奏はなんとも言えない表情で深優を見つめていた。


「俺お祭りの舞好きだからまた見れるのが嬉しい!」


八雲

「それだけですか?」


「そうだよ〜。そういえば優は考えてくれた?」


「え?あ、あぁ舞の話か。まだ考えてる。咲妃が見たいってごねるんだけど」


「俺は前も言ったけどやって欲しいな」


「もう少し時間くれ」


「うん。ゆっくり考えて」


八雲

「さて、ではそろそろ部活を始めましょうか」


 八雲の言葉で部活が始まる。深優は部活が終わるまで繰り返しずっと舞っていた。



◈◈◈



 部活が終わり、それぞれ帰路につき、優と咲妃もアパートに帰って来た。優は部屋に上がるなりまた窓辺でぼんやりとした。咲妃もまたそんな優の隣に座り手を握ってどう声を掛けようか悩んでいる。


「…………もし…」


咲妃

「ん?」


「もし、咲妃が…深優と同じ境遇だったら…どうする?」


咲妃

「ボクが?」


 優は窓の外を見つめたまま口を開いた。


ボクが深優さんだったら…?


咲妃

「…ボクはきっと外に出られない…。深優さんみたいにはできないよ…ボクはにーちゃんが居てくれるからふつうにしていられるんだ…」


「…そっか…。俺は…俺が奏と同じ立場だったら…どうするだろうな…」


咲妃

「…優…」


「…深優は家を継がなきゃなんねぇ…俺が相楽の家に出されたから、俺が選べなかったようにあいつも道が選べない…。だから外に出ざるを得ない…。とってはおけない大切を人に譲る、か…咲妃が俺とだからシたいと思ったのと同じなのか…?」


咲妃

「きっと比べ物にもならないよ。ボクは優が大好きだけど、深優さんは葵先輩が好きかはわからない…。葵先輩にお願いした深優さんの気持ちは…きっと誰にもわからないし、想像もできない。…でも、すごく苦しかったと思う」


「…」


咲妃

「…葵先輩も苦しそうだったね」


『…俺はどうするのが正解だった?』


「……俺は…奏の事、何もわかってやれねぇんだな…」


咲妃

「問題が大き過ぎるよ…優ひとりで抱え込まないで」


 ぎゅうと優の腕を抱き締めると、やっと優はこちらを向いた。


「咲妃…」


咲妃

「ボクじゃ頼りないかもしれないけど、一緒に考えよ?佑真も葵先輩と深優さんのこと心配してたし、優はひとりじゃないんだよ?」


「…そうだな」


咲妃

「そうだよ」


これでいいんだよね、佑真…。

ボクにできるのは、

ボクの精一杯で優を支えてあげることー


優のそばに居てあげること。


咲妃

「…大好きだよ、優」



◈◈◈

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