短編④

ひろろ

短編④

暑い日のことだった。

汗がじんわりと滲み、遠くでアブラゼミの鳴き声が聞こえる。

両脇に並ぶ民家は暑さで揺らぎ、僕は道の真ん中に立っていた。

目の前には見知らぬ少年が立っている。


ーいや、この子を僕は知っている。


この子は幼い頃の僕だった。

「お兄ちゃんはどうしてここにいるの?」

彼は僕に聞いてくる。

彼の表情は影に覆われていてよくわからない。

「えっと…」

僕は口ごもる。

「僕はね…」

彼はそう呟いている途中で、彼の顔の中心部が歪んできた。

歪みはどんどん広がっていき、周辺の景色も歪み、彼の顔の中心の歪みに吸い込まれていった。

「あ…な……た…は…ぼ……く………」

彼の声がだんだんゆっくりと低くなっていくにつれて、僕の意識が遠のいていった。


「……くん」

誰かが僕を呼んでいる。

「……くん……ユキ…くん」

どこかで聞いたことのある。懐かしい声…。

遠い昔のような…。昨日のことのような…。

「ユキくん!」

大きな声で目が覚めた。

「もう…ボーっとしてどうしたの」

「ああ…悪い…」

僕を起こしたのは幼馴染のサクラだった。

彼女は僕の家の近所に住んでいて、物心がついた時から一緒に行動している。

一時期を除いて、この高校まで一緒だ。

「次の時間は体育だよ。早く着替えないと」

そう言って彼女は僕の手を引こうとする。

「ああ…っておい!」

「なに?」

「僕を女子更衣室に連れて行こうとするなよ!」

「?」

彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。

やれやれ。

以前もこういうことがあった。

彼女としては悪気なくやっているんだろうが、巻き込まれる身にもなってほしい。

「一人で行って来いよ」

僕はつっけんどんに言い放つ。

「えー」

彼女は不満そうな表情で言う。

「しょうがないなぁ」

そのまま彼女は出ていっていき、体育の時間も何事なくすぎていった。

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短編④ ひろろ @daimaru

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