序章 想造育成機関_アトモス学園
1.悪夢と少年
つまるところ、世界は一冊の本と言うことが出来よう。
――セラフィス五世
――――――――――――――――――――
――悪夢を見ていた。
闇に覆われた空。降り注ぐ星々。
毒気を孕む風に、赤く染まった海。
……そして激しく鳴動する大地。
それはまさに、世界の終焉かのような光景。
悪夢は物心ついた頃から幾度も繰り返し、オレを捉えて離さない。
夢とはみなそういうものなのかと、幼いころ母へ訊ねてみたこともあったけれど、答えは当然否で。
夢は心の中を映すもの……怖い気持ちが、悪夢を呼び寄せてしまうんじゃないかしら。
そう諭されて考えないよう試み続けたものの、結局努力は実を結ばなかった。
そうしてオレは、ほとんど毎日のように悪夢と付き合いながら成長していった。
双子の妹には、まだ悪夢なんて見るのかと笑われたりもしたが、自分の意思ではどうしようもない。
あまりにも見慣れ過ぎて、恐怖心など疾うに無くなってしまったのに、それは終わってくれないのだ。
自分の夢はそういうものなんだと納得するようになっていた。
――けれど。
一つだけ……自分の境遇に、答えを出せるかもしれない道があった。
そしてそれは、幼い自分が憧れを抱いた道でもあった。
「――
まだ、ほんの五歳だった夏の海辺で。
一緒になった男の子と二人、目にした光景。
魔物と呼ばれる悪しき存在が突如として現れ、命の危機に見舞われたとき。
颯爽と現れ、あの金髪の女性は光を纏った。
「……もう大丈夫だよ」
眩い煌めき、目を凝らせばその向こうには無数の武具が浮かんでいて。
その切っ先の全てが魔物へ向けられ――何もかもが一瞬で終わっていた。
「凄い……」
オレたち二人とも、ただそんな言葉しか出てこなかった。
優雅に髪を掻き上げる女性と、その向こうで倒れ伏す魔物。
その光景はこの上なく非日常的で、またこの上なく神秘的だった。
オレはその瞬間、間違いなく金髪の女性に……その戦いに心惹かれていた。
「怪我はなかったかい?」
差し出される手を取って立ち上がり、オレたちは呆然としたまま頷いていた。
女性はオレたちの無事を確認すると、フッと笑みを浮かべてくるりと身を翻した。
「あ、あの……もしかして、貴方は」
まだ、ほんの五歳だったオレがどこかで聞いた話。
この世界には、悪しき存在と戦うための特別な武器を持つ人たちがいる。
彼らは、自身の『心』にあるものを具象化し、それを己の武器とするのだ。
その人たちのことを、こう呼ぶ。
「ああ、そうだよ――」
顔だけを僅かにこちらへと向け、彼女は答えた。
「――
……だから。
オレは、いつかなってみたいと思ったんだ。
心を知り、武器と成し……そして誰かを護れる、イマジネーターという存在に。
*
「……ん……」
少しばかり、眠りについていたようだ。
また、いつもと変わらない悪夢と……続けて幼少期の記憶が呼び起こされたらしい。
それも今の状況では当然かもしれないな、とオレは苦笑する。
広大な平原を裂くように、列車は爽快な速度で走り続けている。
車窓から少し顔を出せば、春の快い風が頬をくすぐっていった。
首都、セント・ロウディシアを離れてからどれくらいか……地上に出て北へ走ること三十分は経っただろうか。
目指す終着駅も、そろそろ見えてくるはずだった。
「――いよいよ、か」
外の景色を眺めながら、オレ――ダイン=アグナスはそう独り言ちる。
声は落ち着いているものの、内心はずっとドキドキしていた。
そう……オレは今日、幼い頃から憧れていた世界へいよいよ踏み込むのだ。
期待と不安が綯い交ぜになって緊張してしまうのも、無理からぬ話だった。
列車が辿り着く先は、とある特別な学園だ。
悪しき存在を討ち払い、世界の平和を守るために活動する者――
そのイマジネーターを養成するために創設された伝統ある、そして唯一の学園……それがオレの目的地だった。
世界、ロウディシア。
魔法と科学技術の進歩によって繫栄し、豊かで平穏な営みが約束されているようなこの世界にも、人類を脅かすものがあった。その最たるものが魔物だ。
動植物や無機物、中には人の姿をしているものまでいるらしいが、とにかく魔物というのは人を襲い、命を奪う危険な存在だった。
魔物は世界に満ちる魔力――マナの変異による産物と言われており、発生を抑えるような対処は難しいようで、現代でも魔物の根絶は出来ていない。
なので、魔物に効果のある障壁を張りつつ、適宜被害をもたらす魔物を討伐し、得られる素材等を糧としながら上手く付き合っているのが現状だった。
ただ、実のところロウディシアに自然発生する魔物自体はそれほど多くないと言われている。
では大抵の魔物は何処からやって来るのか? それはずばり、異世界からだ。
世界には時折、時空の歪みのようなものが出現し、魔物たちのほとんどがそれを伝ってこの世界へやって来る。
そしてこの歪みの核となるのはなんと……ある特殊な書物なのだという。
世界を内包した本――これを人々は『
時空の歪みとはこのワールドスクリプトが開かれた状態であり、固定化……いわば本を閉じるようにすることでゲートを閉ざし、書物として処理出来るようになるのだ。
処理されたワールドスクリプトは、専門の機関に送られて厳重に管理され、必要があれば内部の世界へ出向いて潜在的な危険を排除する。
このような体制で、ロウディシアは魔物の脅威に対応しているというわけだ。
とは言え、魔物退治に日夜汗水を垂らしているのは、イマジネーターだけではない。
そも、イマジネーターとは今から百年ほど昔に発明された技術で、それまでは通常の武器や魔法で戦う他にやりようがなかったのだ。
古典的な戦い方で魔物と対峙する彼らはイマジネーターに対して『
彼らも当然ながら一般人より戦闘力に秀でており、優れた技や強力な魔法を駆使して今も現役で魔物と対峙していた。
しかし、年月を経るごとに少しずつ力を増す魔物と優位に戦うため新たな力が求められ、イマジネーターが誕生したのである。
この新旧二つの戦士……イマジネーターとコンストラクターの大きな違いというのが、画期的な武装――『
本とペンを模したその武装は、所有者の『心』を読み取ってそれを具象化することが出来る。
つまり、もしも心象世界にあるものが『巨大な剣』だとすれば、それが形となって現れるという寸法だ。
それなら頭の中に滅茶苦茶強いドラゴンでも想像すると、そいつを召喚出来るのかと言われるとそういうわけでもない。
心象世界とはその人の奥深くに根付くものであり、頭の中でただ思い描いた想像とはワケが違うからだ。
仮にブースターによって具現化できた力がドラゴンだった場合、所有者はドラゴンに対して何か特別な思い入れがあった、ということになる。
――それなら、あの女性は。
幼い頃にオレたちを助けてくれたイマジネーターの女性。
彼女の心象世界は煌びやかで、それでいてとても刺々しいものだったのだろうか。
また、これからイマジネーターになるオレが具現化する力は……果たしてどのような形を持つのだろうか。
「……お」
ぼんやりと車窓からの景色を眺めつつ、とりとめのないことを考えているうち、前方に目的地のシルエットが見えてきた。
ようやくのご到着、か。
それからしばらくして、列車は緩やかにスピードを落とし始め、駅のホームへ滑り込む。
最後に一度だけ、ガタンと大きめの揺れを生じさせて、列車は停止した。
到着を示すメロディーとともに扉が開かれ、入学生たちは吐き出されるようにして列車から降りていく。
オレもまたその列に倣って降車し、遠い憧れだったその場所と対面するのだった。
「ここが……」
イマジネーターを養成し、世界の平和を守り抜く重大な役割を担う場所。
百年という長い歴史を持ち、常に人々の期待や憧れの象徴だった場所。
そして……今日から入学するオレの学び舎。
その名は、アトモス学園――。
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