2.アトモス学園
学園のキャンパスは、春まで通っていた中等学校と段違いの巨大さを誇っていた。
まず、学舎が一つではなく複数棟になっている。西側にも東側にも大きなハコが見え、その奥にもまだ建物があるようだ。
見る限り、キャンパス付近に他の施設は何も無い。人里離れたこういう場所だからこそ、広大な土地を買い取って贅沢に使えているわけだ。
座学だけじゃなくて実践的な勉強もあるに違いないし……動き回るのに十分なグラウンドとかも、そりゃ必須だろうしな。
「さて……」
初めて訪れる所は迷いやすい性質なのだが、今回ばかりは流石に間違えようがない。
正門に立て掛けられた看板にはでかでかと『入学式』の文字と、会場となる場所を指す矢印マークが描かれていたからだ。
他の新入生たちも、所々に設置されているこうした案内にそって移動しているようなので、オレもその流れに従う。
向かう先にあるのはどうも、二、三百人は収容出来そうな大きさのホールのようだ。
「凄えなあ……」
オレは思わず嘆息を吐く。これまでの暮らしで目にしてきたものとは一つ一つのスケールが違った。
首都にある政の中心……星定議会の議場ですら、先に見えるホールと同じくらいだ。
学園内部の配置を全て覚えられるのはいつになることやら……今から心配になってしまうほどだった。
――皆、生き生きしてるな。
あちらを見てもこちらを見ても、イマジネーターとしての新生活に心を躍らせている若者ばかりだ。
目をキラキラさせた教会のシスターらしき少女に、絶対トップになって見せるぜと息巻いている高貴な家柄らしき少年。
それから……おや、あんなに綺麗な桃色の髪をした女の子がいるんだな。今までに見たことのない、珍しい髪色だが……まあ、そういう子もいるか。
もちろん、オレも例外ではない。もしここに鏡があれば、きっと彼らと似た表情をしているのを確かめられることだろう。
イマジネーターは決して誇張ではなく、少年少女にとって憧れの職業だった。世界を守る仕事という社会貢献的側面は当然として、何より自分が強くなれること、そしてその強さで以て大きな富を築けるチャンスがある……という側面も大きいだろう。
魔物の討伐は依頼を請けてそれを達成し、報酬を貰うという流れが一般的なので、依頼達成でも金を稼げる上に、魔物から得られる素材は貴重なものが多く、その売買によっても更に金を稼ぐことが出来るのだ。イマジネーター稼業で大金持ちになったという有名人もテレビや雑誌でよく見かける。
それから、イマジネーターには適性年齢もある。心の力というのは年を経る毎に弱まってしまうらしく、全盛期は二十歳前後。そこから急速に能力が衰え、二十五歳を過ぎる頃には半分以下の力にまで落ちてしまうのだとか。
なので子どもたちにとってはまさに今しか成り得ない職業だし、学園側にとっても今しか教えられない職業に相違なかった。
「はーい、新入生の皆さんはこちらです! 中へどうぞー」
ホールの前で立っている女性が、身振り手振りを交えながら案内をしてくれている。
のんびり歩いてきたからか、オレの後ろにはもうあまり人の姿がない。自由席だったら、もう八割がた埋まっていそうだが仕方ないか。
分かってはいたが、ホールの中はとても広々としていた。天井は高いし、座席の数も多い。前方の舞台に向かって等間隔に配置された席は、大雑把に数えてもやはり二百以上はありそうだ。
新入生は毎年五十名に届くかどうかで、教育課程は五年制らしいので、恐らく全校生徒が一堂に会することも可能なのだろう。今はオレたちだけなので、さっきまでの想像とは違って座席にはかなり余裕があった。出来れば後ろに座っていたいし、少しホっとする。
ホール内は舞台にライトが当たっていて、座席がある側は少し暗めだ。これも人見知りなオレにはありがたい。
人間観察は割としてしまう方だが、交流するのは苦手という面倒な性分なのだ。
「……って、あれ?」
なるべく人気のない場所をと思い、後方の通路を進んでいるとき、ふいに見知った顔が視界に入った気がした。
とは言っても、記憶の片隅にある幼い頃の曖昧な面影だが……。
「……え? も、もしかして……ダインくん?」
「そういうお前は、ルカくんか?」
目の前に座っていた少年は、こくりと頷く。
そうだ……彼はオレが幼少期に出会ったあの子だ。
あれは確か、母さんが頑張って貯めてくれたお金で行った、リゾート地への家族旅行。
妹も含めて三人で訪れたそこの海辺で、オレは偶然同い年の子と出会い、遊び、そしてあの光景を目にしたのだ。
イマジネーターの女性が、とてつもない技で魔物を倒す光景を。
「いや……ひょっとしてとは思ったが。こりゃ凄い偶然だな」
「ふふ、そうだね。ダインくんもイマジネーターを目指してたなんて」
「まあ、あんな場面に遭遇しちまったらな……自分も成長したらあの人みたいになりたいって思うのは自然なことだろ」
「確かに。だからボクら、ここにいるんだもんね」
と言うことは、ルカくんもまるで同じ心境なわけか。当然と言えば当然なのだが。
しかし本当に、これは面白い再会だ。
「割と人見知りなもんでさ、小さい時分の仲とは言え、知っている人がいると安心するよ」
「同感。……それにしても、よくボクだと気付いたね?」
「ん……まあな」
正直言って、自信は無かった。やや緑がかった水色のショートヘアに、どちらかと言えば可愛らしい大きな目。
僅かに面影があるとは言っても、今のルカくんは服装次第では女の子にも見えてしまう中性的な少年に成長していた。
これが街中ですれ違っただけだったら、声をかけられなかったかもしれない。
ただ……。
「それ、下げてたからさ」
「あ、このネックレス?」
「ああ、だって――」
そこまで言いかけたところで、ホール内に大きな声が響いた。
『えー、それではこれより、第百回目となるアトモス学園の入学式を執り行わせていただきます』
ホールのあちこちにスピーカーが取り付けられているらしい。いつの間にやら進行役の男性が舞台上にいて、マイクを下げるとペコリとお辞儀をする。
「っと……始まっちまうか」
「お喋りはここまでだね」
式が始まっても私語を続けてると、入学早々怒られかねない。
久方ぶりの、それも同じ夢を追いかける者としての再会は嬉しいものだけれど、積もる話は後にしよう。
開式の合図となるブザー音が鳴り、緞帳が上がっていく。
そして、現れたる演台の前には、一人の男性が堂々とした様子で立っていた。
『諸君、アトモス学園への入学おめでとう! まずは自己紹介をさせてもらう。俺がこの学園の校長、コーネリア=セントリオだ。以後よろしく頼む!』
コーネリア校長――彼が発した始まりの言葉は、音が割れてしまいそうなほどの声量でホール内を満たす。
いやはや、こいつはまた典型的な熱血校長ときたものだ。耳、ちょっと塞いでおこうかなあ……。
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