第6話 逆転の布石 炎の中のジャンヌ

豪華な観戦ルームでは、大勢の男たちが、裕介と結衣の様子を食い入るように見ていた。

「やはり、あの娘は良い。純粋さの中に、淫乱さを隠し持っていた」元老が満足げに笑った。

彼の隣に座る若手IT企業社長も、興奮した様子でモニターを指差す。

「自分で快感を教えてしまうとはな。なかなかやるじゃないか」

彼らにとって、結衣が自ら快感を求めてしまった瞬間こそが、最高のエンターテイメントだった。それは、彼女の純粋さが崩壊していく様を、まざまざと見せつけられた瞬間だったからだ。

その中で、裕介の父親である安藤清志は、相変わらず無表情で画面を見つめている。彼の目に浮かんでいるのは、満足でも、失望でもない、ただ冷たい品定めだった。裕介が、結衣をリードし、そして彼女が自らそれに従ったこと。その行為が、彼の息子がこのゲームの駒として、いかに成長していくかを示しているようだった。

――

『お二人、第二の課題達成、おめでとうございます。まずはお祝いの品をお受け取りください』


壁際の箱の蓋がカチリと音を立てて開いた。

俺は思わず覗き込み、黒い小さな卵を紐でつないだリモコン付きの玩具のようなものを手に取った。女性用のローター――。ただの玩具のはずなのに、この部屋においては冷たい凶器のように見えた。


綾野くんが箱の中身をもってきた。黒い小さな卵を紐でつないだリモコン付きの玩具のようなもの。

「それは、なに?」

綾野くんは、顔をしかめて

「こ、これは……」と語尾を濁す。

知ってるけど、言えない。ううん、言わないんだわ。


『それでは、第三の課題を提示します』

なんとなく、右手は綾野くんと繋いだまま。彼も嫌じゃないみたい。


結衣と手を握ったまま、俺はモニターに注目した。マスターは感情の読めない声で淡々と続ける。

『第三の課題は、こちらの選択肢からお選びください』

画面に二つの選択肢が映し出された。

『選択肢1:フェラチオで口内射精させる。成功で15分追加。』

『選択肢2:ローターを女性の肛門内に全て収めてください。成功で20分』

『あまり余裕はありませんよ』

瞬間、多分、顔に火がついた。左手を口元に運ぶ。知っている。これも、知っている。


『10:20』

息が詰まる。怒りと恐怖で胸が焼けつく。隣の結衣は顔を真っ赤にして固まっていた。

(……やっぱり、そういうことか)

「し」と「中」のカードに目を落とす。残る最後のカード――もう気づいてしまった。それは、相手の尊厳を根こそぎ奪う行為。きっと、このゲームの目的そのものだ。

俺は結衣の手を強く握る。声が震える。羞恥も屈辱もある。でも、彼女の尊厳を守りたい。

「大丈夫だ、結衣。きっと何か手があるはずだ」

結衣の指先が微かに震える。俺の言葉が届いたのか、少しだけ背筋が伸びた気がした。

「……うん」

画面に映るタイマーが、無情に減っていく。思考は焦りに押されそうになるが、俺はあえて深呼吸をひとつ。――救済ミッションしかない。


ふいに、私を握る手に力がこもる。

「大丈夫だ、結衣。きっと何か手があるはずだ」

前を向いたまま、絞り出すように強く。

ほんとうに大丈夫な気がする。根拠は、ない。

「あっ」短く息をつく。何かが繋がったんだ。

「結衣、覚えてるか? マスターが言ってた、救済ミッションのこと」

もう、すっかり呼び方が変わってる。綾野くんはやっぱり、無意識なのかな。

「うん……でも、あれに挑戦したら、ペナルティで時間が半分になっちゃったじゃない……」


『残り9分です』

その声には怯えが混じっていた。前回、俺の軽率な判断で彼女を泣かせ、時間まで奪ったのだ。無理もない。

それでも――。

「わかってる。でも、あの箱には役に立つ何かが隠されてるかもしれない。君にこの選択肢をさせるよりはマシだ。少なくとも時間は稼げる。それに、今回は俺がやる」

これまでの課題は、どれも彼女にとって苛烈すぎた。俺は思い返す。最初のキス、次の課題……結衣の震える体。

だが思い出すと同時に気づく。――このゲームには「幅」がある。

ルール説明のときも、タイマーは進まなかった。キスも、ただ触れるだけでは止まらなかった。その次も、曖昧さのある判定基準だと思った、それでも判定は通った。

つまり、完全に機械的じゃない。マスターの一存か、あるいは……「私たち」の外にもっと大きな権限を持つ存在がいるのか。


「大丈夫だ。次は俺がやってみる」

(彼はいつも説明が足りない、どういうこと?)

俺はモニターに向かって叫んだ。

「救済ミッションに挑戦します!」

(あのコスチューム、着るの?ほとんど隠せてないよ?)


その瞬間、画面が切り替わりマスターが現れる。

『おや、どうされました? また先走って彼女を泣かせるおつもりですか?』

マスターがすぐに現れる。やっぱり見られてるのかな。


やはり。こいつらは俺たちを見ている。カメラを通して、データを残しながら。

「救済ミッションを受けさせろ」


『二回目だろうと、内容は変わりませんよ?』


「ああ、わかってる。ベッドの下の箱だろ。あの中のコスチュームに着替えたらクリアなんだな」

『ええ、そうですが……どうされます?』

いちかばちかだが、ベッドの下を指差しながら続ける。

「誰が着るかは言ってなかったな。二人でとも言ってない」

『ふっ、はははは。そうきましたか! よろしい、やってみてはどうですか』

モニターには「00:00」が表示される。同時に、ベッド下の箱がカチリと音を立てて開いた。


彼の手に引かれて箱へ向かう。中にはピンク色の小さなビキニと、同じ素材のブーメランパンツ。彼は迷わずブーメランパンツを取り出した。


「これ、俺が着る」

結衣が目を丸くする。


きっと、驚きが顔に出た。でも、彼は優しい瞳で頷いてみせた。

「え……でも、それ……」


「聞いてただろ。試す価値はある」

笑ってみせ、パンツのゴムをウエストに合わせる。滑稽かもしれない。でも、俺は本気だった。


彼は真面目な顔でサイズをみている。でも、きっと彼も恥ずかしいに違いない。

これまでの嵐のような時間がぐるぐるする。私は否応なく、このゲームに巻き込まれた。

もし、私が相手じゃなかったら?綾野くんじゃなかったら?

そうだわ、私はとっくに負けていたかも……。

仮にここまで来れたとして、耐えられたのかな?

将来の夢、これまでのレッスンの日々、優しかった先輩の笑顔、いつも応援してくれる両親。


結衣はしばらく黙っていたが、やがて震える手でビキニを掴んだ。

軽く俯いて、天井を見上げる。そして、真っ直ぐに俺の目をみつめる。最後に小さく微笑んだ。


ずっと不利な戦いに付き合ってくれてる彼。

私の意思を無視して課題を達成すれば、彼はお金を手に入れられるのに…。

私の夢も守るつもりなんだ。

それなら…私は…。

違うわ、私も戦うんだ。私の夢。私も自分で。


「それなら……私も着る」

嬉しさの反面、また彼女を巻き込んでしまった罪悪感が胸を刺す。結衣は小さく息を吐き、背を向けた。


「……見ないで」カメラの向こうで、誰かに見られているとしても、綾野くんに着替えを見られたくなかった。きっと彼はそれでも見てくれないんだろうけど。

今にも散りそうな桜色カーディガン、白いブラウス、スカートが足元に落ちる音がいやに響く。細い肩、白い背中――片脚ずつニーソから足を抜く。

どこにも、置くところがないので、軽く畳んでベッドの端に置く。最後に下着をその下に滑り込ませた。


俺は視線を逸らそうとしながら、完全には逸らしきれない。

やがて振り返った結衣の姿に、息を呑んだ。ほとんど覆えていない布。頬を朱に染め、潤んだ瞳の奥に、確かな決意の光があった。

「……座ろう、裕介くん」

羞恥に潰されそうな声。それでも前を向いていた。

二人でソファに戻る。冷たい革張りが肌に張りつき、恥辱を強調する。

「……これで、いいんだよね……?」

凛とした声。俺はうなずいた。頬に結衣の気配を感じる。


彼はうなずいた。

彼が前を向いたので、目の前に彼の耳があった。

「裕介の耳、プニプニで気持ちいいね。触ってると落ち着く」

思わず、指を伸ばしたが受け入れてくれる。心がちょっと軽くなった。


「やめてくれ、急に」

「お返し」

「お返しって」

「私の胸、見てたでしょ?」

「見てない」

「うそ、どう思った?」

「知らない」

「そういえば、母もよく耳を触りたがったな。似てるのかな」

「あ、ごまかした」

この状況が、俺と結衣の関係を別の次元に押し上げようとしている気がした。


『ミッション達成。おめでとうございます。箱の引き出しが開錠されました。中の「救済アイテム」をお受け取りください』

引き出しを覗くと、そこにあったのはコンドーム一つ。結衣と顔を見合わせ、俺は直感した。

(やっぱり……最終課題は「中出し」か)

マスターがニヤついた声を響かせる。

『私たちも鬼ではありませんのでね。必要になるかもしれないと思いまして。もっとも、使用できるのは一度だけですが。……ああ、消費した時間2分48秒、引かせてもらいますね』


使用できるのは一回。私は使うなら今だと思う。でも彼にどう伝えよう…。


画面が消える。俺と結衣は、コンドームを前に黙り込んだ。

――

観戦ルームでは、男たちが、画面に映し出された二人の様子を、興奮した様子で見ていた。

「おい見ろ! 服の下にあんなすごいもの隠してやがったぞ!」

「ハハハ、あの清純そうな顔でな!」

「ブーメランだ、ブーメランパンツだぞ!」

観戦ルームは笑いと怒号で震えた。

誰もがグラスを掲げ、結衣の肢体を嘲笑と欲望で貪る。

その喧騒の背後――。

元老と社長が、淡々と声を交わしていた。

「先生、おかげさまで大きな案件がひとつまとまりました」

「うむ、そうか」

「ただ……私の粗相をゴシップ誌に嗅ぎつけられまして」

「あの社長の社か。……おい、いつものようにしておけ」

取り巻きが即座に動く。

元老はグラスを揺らし、低く続けた。

「献金の方は、大丈夫なんだろうな」

「ええ、それはもう、ばっちりです」

嬌声と哄笑の中、その冷たい会話だけが異様なほど鮮明に響いていた。

安藤清志は、相変わらず無表情で画面を見つめている。彼の視線は、裕介と結衣がコンドームを前に、どう決断するかに注がれていた。その眼差しには、結衣への関心は欠片もなく、ただ息子を駒として値踏みする冷たい計算だけが宿っていた。

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