第7話 塞がれる口 春の祭典
黄色いタイマーの残り時間は
「7:32」
俺たちは、コンドームを前に、再び言葉を失っていた。俺は、この薄いゴムが最終課題「中出し」に温存すべき命綱だと確信していた。
だが、それを結衣に伝えることはできなかった。羞恥心と恐怖で顔を赤く染めている彼女に、最終課題の真実を告げ、これ以上精神的に追い詰めることはできなかった。
じっと見つめていた。綾野くんもそうしてる。
彼にも何か考えがあるんだ。
でも……。
私は彼の手の中のセロファンに手を伸ばした。
結衣がコンドームにそっと触れた。
彼びっくりして、じっと私を見る。
「ねえ、裕介……これを使えば……もしかして、あの課題、できるかな……」
結衣は、声が震えないよう必死に堪えながら、か細く尋ねた。これまでにも幾度となく、身体を傷つける恐怖に震えてきた。
その度に俺が守ってきたけれど、いつまでも俺の頑張りだけでは……。
俺は、それが意味することを悟り確認した。
「課題……って?」
「その……口で……」
本当に口にしてみて、初めて頬にチリチリと熱さを感じる。
多分、ううん本当の使い方は違うのかもしれない。
今まで彼にどう見られるかなんて、考えたこともなかった。
嫌いな訳がない。これまでの課題で、嬉しさがなかったといえば、きっと嘘になる。
いつも、教室の一番後ろの席で外ばかり見ている彼が、背景から浮き上がって見えたこともある。
こんな状況だから、仕方なくとは思われたくない。でも……。
彼女は羞恥に染まる瞳で俺を見上げた。ほんのわずかなまつ毛の揺れに希望が混じっているように見えたのは、錯覚だろうか。
口にすることで、身体の奥まで汚されるのを避けられるのではないか。この薄いゴムの存在が、彼女にそんな一縷の望みを抱かせたのだろう。俺は、その純粋な眼差しに、胸が締め付けられるのを感じた。
彼女は、コンドームを使うことで、唇や舌が直接触れることなく乗り越えられると考えたのだ。彼女は、このコンドームの真の目的を知らない。ただ、自分の身体と心をこれ以上傷つけずに済む方法を、必死で探しているだけなのだ。
「結衣……それは……」
俺は、言葉に詰まった。コンドームは温存しておきたい、と。
母の借金という重圧と、結衣を守りたいという強い思いの間で、俺は激しく引き裂かれた。
彼はすごく困った顔を見せた。ちょっとだけ、上を見て私の目に焦点を合わせる。
「わかった……」
トーンに複雑な不協和音。
俺は、自らに言い聞かせるように呟いた。それは、課題達成への決意であると同時に、結衣の優しさに報いるための、精一杯の誠意だった。
「大丈夫だよ……これを使えば、きっと……」
結衣は、俺の手からコンドームをそっと受け取ると、俺を上目遣いで見つめてきた。その瞳は、まるで幼い子供が、大好きな親に褒められたいと願うように、純粋な輝きを放っていた。俺は、その瞳に吸い込まれるように、彼女の提案を受け入れることを決意した。
「わかった……」
俺がそう呟くと、結衣は安堵と、かすかな喜びの表情を浮かべた。
セロファンを破り中身を取り出す。
(私がつけるの?手慣れてるように見えたら……)
結衣はすぐにどう扱っていいのか分からず、困惑した表情で俺を見上げた。
「これ……つけてくれる?」
彼の手に戻す。意識して見ないようにしてきたけどすごい腹筋。サークルをしてるようには見えなかったけど、鍛えてるのかな。
美容室で順番を待っているとき、隣の席のおばさまがファッション誌の後ろのほう、男性グラビアのページをめくっていた。
正面から見ることなんてできない。ちらっと目に入るだけで心臓が跳ね上がって、慌てて雑誌を自分の顔の前に持ち上げた。
(……あんなのを、堂々と見られるなんて。大人って、やっぱりすごいな)そう、思った。
今、私も少しだけ登れているのかな。
小さな声で頼まれると、俺は頷き、彼女の目の前で慎重に自らのものに装着した。結衣は、生まれて初めて目の当たりにしたそれに、わずかに目を見開いた。
彼女の頬は羞恥で熱を帯び、呼吸が浅くなる。これまで想像することすらなかった男の欲望が、目の前で確かな存在感を放っていた。
唇を寄せようとするが、恐怖と戸惑いでどうしてもすべてを含みきることができない。代わりに、震える舌先をそっと先端に触れさせた。わずかに塩気のあるゴムの味が口に広がり、思わず目を閉じた。
俺は、そんな結衣の姿を見て胸が締め付けられた。無理をさせたくない。だが、ここで立ち止まってしまえば、二人の未来はない。自らの内に渦巻く欲望を理性で抑え込む、
「結衣……大丈夫。少しずつでいい」
彼が優しい声で囁いた。
彼の温かい声と、頬に添えた手のひらの感触が、私の心を解きほぐしていく。
(私も、裕介の支えにならなくちゃ)
俺の温かい声と、頬に添えた手のひらの感触が、結衣の表情を変えていく。俺が彼女をただの道具として見ていないことが、彼女にも伝わったのだろう。
(俺がしっかり支えてあげたい)
結衣は勇気を振り絞り、唇を押し開き、ぎこちなく先端を口に含む。しかし、慣れない動きに力が入りすぎてしまい、思わず歯がかすかに触れてしまった。
「ごめんなさいっ……!」
すぐに顔を離し、歯が当たった場所を見る。ゴム越しでも赤くなっている。彼を見上げる。痛いよね。
すぐに顔を離し、怯えたように俺を見上げる。俺は微笑み、首を振った。
「大丈夫だよ。少し痛いけど、怖がらなくていい。俺は結衣を信じているから」
その言葉に、結衣の瞳が揺れた。恐怖が少しずつ溶け、代わりに俺を支えたいという強い思いが込み上げたのだろう。
「じゃあ……教えて。どうしたらいいの?」
それが、彼女の心からの叫びだった。俺は一瞬迷ったが、彼女の真剣な瞳に押され、静かに答える。
「歯は当てないように、唇と舌で……そう、優しく包んで。自分がされて気持ちいいことを…」
彼のアドバイス通りに、とにかくやるしかない。
結衣は小さく頷くと、もう一度ゆっくりと口を開いた。今度は唇で慎重に縁を覆い、舌を柔らかく這わせる。先ほどよりも深く含むことができ、俺の体がかすかに震えた。俺の反応が伝わるたび、結衣の中に安堵と自信が芽生えていくのだろうか。
だが、時間は刻一刻と迫っていた。
『残り時間、3分です』
冷たいアナウンスが響き、私は焦りを覚える。
「わたし、もっと頑張るから……!」
懸命に舌を動かし、唇を強く押し当てた。
彼もそうしてくれたように、私もできることをしなくちゃ。
舌で唇で伝わるかわからないけど、想いを乗せる。
よく分からないけど、わかってきた。
彼の反応から……。
目が合い、閉じる。きっと彼の頭の中もさまざま揺れてるんだろうな。でも、きっとそのルーレットの針が「喜び」で止まることは、無いんだ。
必死の声とともに、結衣はぎこちなさを捨て、懸命に舌を動かし、唇を強く押し当ててきた。まだ不器用だが、そのひたむきさが俺の理性を削り取っていく。俺は彼女の頭を優しく撫でながら、胸の奥で誓った。
――これは汚辱ではない。結衣が、自分の意思で掴もうとしている力だ。
そして、俺の欲望はついに臨界へと近づいていった。
結衣は必死に俺へと奉仕を続けていた。俺を喜ばせたい一心で、舌と唇を懸命に動かす。その拙ささえ、俺には愛おしく感じられた。だが、冷酷なアナウンスが二人の耳を打つ。
『残り時間、2分です』
口を離し、「裕介」を見上げる。
俺の背筋を、冷や汗が伝った。結衣の真摯な想いが伝わってきても、時間は容赦なく削られていく。このままでは間に合わない。彼女は潤んだ瞳で俺を見上げた。
「裕介……どうすれば……? わたし、本当に……なんでもするから」
その声は、迷いのない決意に満ちていた。俺の心に、電撃のような衝撃が走る。
また、彼は困ったような顔をする。
「結衣……」
名前を呼びながら、私の体は彼に引かれる。
俺は彼女の体をそっと起こさせた。震える手で、彼女のビキニの布地へと伸ばす。ずっと心の奥で抑え込んできた衝動――胸への渇望が、今、理性を突き破る。
「ここ……触ってもいいか?」
声が掠れる。視線は私の、胸だ。ちょっとだけ、みんなより大きくても、いいことなんてなかった。男子はみんな顔よりもそこばかり見ている気がして、すごく嫌だった。
結衣は頬を赤らめ、俯いたまま小さく頷いた。俺が指先で布を押し分けると、柔らかな膨らみが手のひらに収まった。
汗で湿った彼の手のひらが、双丘に沿って優しく滑り込む。体の奥底から震えが湧きあがる。正体はわからない。
その温もりに触れた瞬間、全身を駆け抜けるほどの熱が迸る。指先で形を確かめるように揉みしだき、硬くなりかけた突起に触れると、結衣の口から小さな吐息が漏れた。
自然、口から何かがこぼれる。胸から伝わる彼の指先、その動きが私の体に旋律を刻んでいく。
その声が、俺の心を決壊させた。胸に触れた悦びと、結衣の素直な反応――それが最後の引き金となった。俺は再び結衣の唇を導き、己を口内に迎え入れる。彼女の舌が懸命に動き、柔らかな胸が手の中で弾む。その二重の刺激に、俺の視界が白く塗り潰された。
『残り時間、30秒です』
モニターの文字は赤に転じている。
その瞬間、俺の体が大きく痙攣する。
「――っ!」
口の中で彼のものが暴れる。
驚きに目を見開きながらも、必死に歯を立てないように唇で押さえ、彼の震えが収まるまで受け止め続けた。
(大人になるって、こういうこと?)薄い、薄いゴム一枚に隔たれた距離、受け止めるはずだった想いが迷子になる。
彼は眉間に皺を寄せ。宙を視線が彷徨う。それは達成した喜びには見えなかった。苦しげに息を整えながら、目を閉じる。
何も言葉をくれない。よくやったと褒められたいのか、違う何かを期待しているのからそれすらも分からない。
とても、うまくできたとは思えない。時間もギリギリ。
でも少しは私のこと、見てほしいな。
声にならない声を噛み殺し、熱い奔流がコンドームの奥へと激しく解き放たれた。結衣は驚きに目を見開きながらも、必死に歯を立てないように唇で押さえ、俺の震えが収まるまで受け止め続けてくれた。やがて俺が荒い息を吐きながら脱力すると、冷たいアナウンスが部屋に響いた。
『課題達成。おめでとうございます。ボーナスとして15分を追加します』
結衣は顔を上げ、口元に残る熱と、胸を揉まれた余韻に頬を染めたまま俺を見つめた。俺もまた、罪悪感と同時に、彼女と共に生き抜くための決意を固めていた。
私、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
順番が全然違う。好きなの?好きでいてくれるの?
確認してる暇なんて、とても、無い。
モニターの数字が切り替わり、「15:26」を示した。
また、青に戻った。
俺はその数字を、胸に刻むように見つめた。
私はその数字を、胸に刻むように見つめた。
なんだか訳のわからないものに、夢を踏みにじられて、それでも黙ってるなんて、とてもできない。
これは私の、私たちの抵抗の証だ。
⸻
豪華な観戦ルーム
結衣の抵抗も虚しく、裕介が彼女の声を塞いだ。モニターのカウントダウンは、容赦なく数字を刻んでいく。観戦ルームでは、ざわめきと笑いが渦を巻いていた。
「まったく、くだらない小細工を弄しおって」
白髪の元老が、葉巻に火をつけながら低く吐き捨てる。
マッチを軽く振り、大理石の灰皿に投げ捨てる。
「しかし、これで万事休すですな」
「うむ。この前の女の分も、しっかり働いてもらわねば」
元老の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
そのやり取りを横で聞きながら、安藤は黙ってグラスを傾けた。氷の音がカランと響く。
「……安藤の連れてきた小僧も、存外に思惑通りに踊ってくれる」
「よい拾い物をしたではないか、耳の形なぞ、貴様そっくりだ」
安藤は、グラスを持つ指で自らの耳たぶに触れた。わずかに微笑む。
「しかし、安藤。あの小僧の捜査に圧力をかけたことが、古狸の耳に入った。これまでに免じてワシの方でなんとかするが、より一層励めよ。」
一口酒を含んで続ける。
「あの小僧にも役立ってもらわねばならん」
「ええ。まさに」
安藤はわずかに微笑んだ。その目の奥に浮かんだのは、誇りではなく、冷徹な打算の光だった。
――これで結衣さえ掌にあれば、駒は使える。後継も、人質も。すべては盤面の上だ。
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